FDAというアメリカの新薬審査体制と、日本のそれとの相違の第一点は、組織の
充実ぶりだ。日本の中央薬時審議会(薬時審)委員は約五百人いるが、全員が
大学教授、国立病院長などの本職を抱えたアルバイトで、事務局で専従している
厚生省審査課員は45人しかいない。
これに対し、日本と医薬品生産額、新薬成分承認数がほぼ互角の米国では、FDA
新薬評価部門の専従スタッフは1400人もいる。毒性学者、統計学者、弁護士、
医師など専門家がおり、事務職員も臨床試験査察官、監視官、安全担当官など
専門職で、新薬の安全性・有効性について高度な分析、監視能力を持つ。
予算も円換算で196億円と、厚生省の6.4億円をはるかにしのぐ。
二つ目は、治験中の助言体制が充実しているかどうかだ。
FDAの助言体制は「IND(治験薬)審査」と呼ばれ、1963年から実施されて
いる。承認申請までの治験中に、製薬会社は3回チェックを受ける必要がある。
まず治験届の際、提出された動物実験などのデータを基に安全性などを調べ、
問題があれば製薬会社に届を修正させる。2回目は、健康な人対象にし安全性
などを調べる「第一相試験」と、同意を得た少数の患者を対象にする「第二相試験」
を終了した段階。3回目は多数の患者で既存薬と比較する「第三相試験」終了時に、
治験計画書や治験成績のデータなどについて相談し、助言を受けるよう製薬会社に
義務付けている。安全性に疑問があれば、FDAが治験中止を命じることもある。
ソリブジン薬禍では、治験中の87年12月、フルオロウラシル(FU)系抗がん剤
とソリブジンを併用投与された女性患者が死亡。患者の臨床データと、両剤を
併用投与したラットすべてが死亡した89年の動物実験がともに新薬承認申請資料
として厚生省、薬事審に提出されていた。
「治験中の死者は当時、死因不明とされた。日本商事から二つを結び付ける説明
もなかった。」と同省担当者は釈明する。だが、審査段階で死に至る危険性を
見抜くことが出来なかったことが、発売後の死者続出につながった。
「米国並の厳しい新薬審査体制があれば、ソリブジンのような薬禍は防げたはず」。
治験(臨床試験)中を含め16人の死者を出した日本商事のソリブジン薬禍を
きっかけに、有識者からこんな声があがっている、という。FDAは日本の30倍の
審査スタッフと予算を持ち、審査で申請データのねつ造を見抜くなど、世界で最も
厳格といわれる。FDAの経験とノウハウを、日本の審査体制改革にいかすべきでは
ないだろうか。
もちろん、FDAのような審査体制を実現しようとするならば、トラブルは少なく
なるが、そのぶん、国民の膨大な費用負担が必要となるのである。
しかし、スリムな行政は、何に対して求められているのか。現に、スリムな行政
を求める動きは財界・経済学者を通じて出されているが、彼等が目指しているのは、
企業としての発展を妨げる規制を、行政を改革することで取り払おうということ
であって、決して一般市民の立場に立ったものの考え方ではない。彼等は、会社の
発展が、従業員(つまり、一般市民)の幸福につながるという、日本的経営方式
の思想にのっとって、強い調子で行政のスリム化を、唱える。しかし、本来
主権国家にとって国家が国民の安全を保障するのは最低限の、義務であるし、日本
国民にとっては憲法に保障されている権利でもある。これに関しては我々は行政に
対して、その機関の十分な拡充を目指すよう求めていかなくてはならないのだろう。
行政改革は、国民にとっての行政改革にしていかねばならないし、そのために
我々もその問題について熟考することが求められているのであろう。