映画ストーリー原案『REAL ILLUSION』
[Noise Creators, 1994年]



【第2章】  徹

徹は気づくと暗闇にいた。
徹「信也?? おい、ふざけるなよ………。」
声は辺りに響くだけで、何の反応も返ってこない。
徹は周りを見回したが、暗くて何も見えない。 なにかに触れる事もできない。
徹「おーい!」
もう一度叫んでみるが、やはり何の返事もなかった。

向こうに何か光が見える。徹は近づいてみた。
見えた光はコンピュータのディスプレイだった。
徹はログインして2人を探そうと思ったのか、コンピュータのキーボードを打ち 始めた。
その時、ディスプレイの光でできた徹の影から、何かがモコモコと出てきた。 そして、人間の形になり、1人の青年が出現した。
「君、そのログイン名じゃログインできないよ。ここでは君の世界のコードは無効だ。」
青年は軽く笑いながら言った。
徹はひどく驚いて後ろを振り返った。人の気配など全く感じていなかったからだ。
青年「こうだろ………。」
と、その青年はキーボードをたたく。徹の新しいログイン名を入れた。
青年「ほら。パスワードは同じだ。自分で入れな。」
青年は隣の席に座り、コンピュータの画面をつけた。 そして、『Jack』というログイン名でログインした。


Jack「僕の名前はJack。まあ、名前っていってもニックネームだけどね。
   君もコンピュータやる人間なら知ってると思うけど、
   ハッカーはハンドルネームっていうコンピュータ上の名前を持っていて
   いわば仮面をかぶったまま行動するんだ。
   Jackはその名前さ。まあ、Jackって呼んでくれ。」

Jackはキーボードを打ち、ディスプレイに向かったまま淡々と言った。
いやに落ちついた奴だ。
次々に空中にウィンドウが開いていく。
徹「おお、すっげぇ………。」
徹はそれを見て感動していた。
徹「俺は徹。なかなかやるなぁ、おまえ。俺、こういうの初めてだよ。」
Jack「それは今のアメリカホワイトハウスのメインコンピュータの
   最新極秘データ。その隣が日本のだ。
   こっちはNASAの衛星からの通信情報。
   そしてこれが世界の裏に流れる裏情報。犯罪、裏取引、………」
徹「すげぇなぁ。ネットワーク関係は俺よくわかんないけどさぁ、とにかくすげぇよ!!」
徹は目を輝かせている。
Jack「君も Digital UnderGround に入ろうよ。自分がメンバーだと知った時からメンバーなんだ。」
Jackはまだディスプレイを見つめたままキーボードを打ちながら言った。
コンピュータをやる人間は、相手の目ではなくコンピュータの画面を見つめながら話すことがしばしばある。
Jack「僕はゲームが好きだ。自分が主人公になって冒険するRPG。
   疑似世界を動かすことのできるシミュレーションゲーム。
   だけど、いつからか、他人の考えた世界で冒険していることに
   気がついたんだ。他人の思考の中で遊んでいるにすぎなかった。
   僕の好奇心は失せた。それはもう冒険でも何でもないんだ。
   だけどネットワークハッキングは違った。
   ネットワークを作った人間の思考の隙間、設計の盲点を発見して
   探検するんだ。
   システムマスターはたくさんとラップを用意してくれる。
   僕らはそれをひとつずつ外しながら進んでいく。
   社会の裏に侵入していると思うとワクワクするよ。ふふふ………。」

Jackは笑みを浮かべた。少し不気味な感じさえする。
徹「Jack、もっといろいろ教えろよ。」
Jackは得意そうに、しかしそれは決して表情には出さずに話しだした。


Jack「コンピュータは人間の生活を便利にするためにあるべきで、
  人間を管理するために使われるものではない。
  だけど皮肉なことに、メディアを統合したマルチメディアも悪用すれば
  逆に人間を管理するためにも使えるんだ。」

パッパッパッと空中に5つの画面が開いた。
Jack「ほら、これは何の映像だと思う?」
徹「監視カメラ?」
Jack「そう、どこにでもある監視カメラだ。
  こうやって人間を監視し、管理する。
  情報管理者が何かをたくらむと、その下の全ての人間は無力に等しい。」
徹「ん?」
徹が一つのディスプレイに目をやった。
徹「信也だ!玲子も…。Jack、このカメラのうつっている場所、もっとよく見ることできるか?」
Jack「エアパネルを開いて、そう。
   今僕が設定を変えた。空中タッチパネルだ。
   その3つ目を、そう、あ、だいたいわかるね。 
      新しいウィンドウを開いて。
   すごいだろ?
   ヘッドマウントディスプレイなんて必要ないんだ。
   こんな技術がアメリカの小さな研究所に埋もれてる。
   社会に売り出すには、技術の他に経済的社会的問題も関係してくるのさ。
   僕らにとってはそんなこと関係ないけどね。
   あ、そこは、64-fg を選んで……。
そして、………」

徹は言われた通りに入力し、実行する。
すると、5つの監視カメラの映像が消えて、新たに徹の前に画面が現れた。
Jack「右の方のパネルで話の内容がわかる。」
徹はカチャカチャとキーを押した。

『gabdfkerihdhs;sckfp…… 《RE-SCAN》 が、でてきたものなのだ。』

画面にはローマ字が出てきては、単語ごとに日本語に変わっていった。
そう、まるでワープロでローマ字入力で漢字変換したときのようだ。
背の高い男と信也と玲子が話している。
(背の高い男を仮にYと呼ぼう。)


3人がいるのはSFCのラウンジだった。
信也がいつも授業をさぼって逃げ込むラウンジである。
Y「つまり、ここは君達の心の内部世界なのだ。」
Yは低い声で、エコーやディレイがかった合成音のような声で話した。 彼は口を開かず、ゆっくりと話した。 まるで、信也たちの心に直接話しかけるかのようだった。
Yはゆっくりと右手をさしだした。 彼の動きもどこかぎこちなく、旧世代の機械人間を思いださせる。
Y「信也、君の落とし物だ。」
信也「これが? 何だこれ?」
信也はYから石のかけらのようなものを受け取り、それをまじまじと見つめた。
Y「拾ったころは、もっと青い色をしていた。」
背の高い男Yは無表情のまま、そして口も動かさないまましゃべるので不気味で、 不思議な雰囲気だ。
Yは玲子の方を向き、見つめた。
Y「玲子、どんなに化粧をしても中身はきみのままだ。」
気のせいか、少し声の感じが変わったように感じられる。
しばらく玲子とYの視線は1点で交わっていたが、玲子はふと我に返って恥ずかしそう に視線をそらした。
信也「そうだ玲子、徹……。」
玲子「あ、あの……。徹がどこにいるか……。」
Yは玲子がしゃべり終わらないうちに口を挟んだ。
Y「彼は君達とは違う世界に生きようとしている。」
ゆっくりとそして低い声で言う。元の声に戻った。
信也「違う世界って……。でも、現実には同じ世界に生きているじゃん。」
Y「現実………。
  本当に君は彼と同じ現実に生きているといえるか?
  君の見ている現実は君の目の中にあるのだ………。」


徹はJackの方を見た。
徹「目の中? 現実が? どういうことだ??」
徹はJackの方を向くがJackはコンピュータ画面に釘付けになっていて耳をかさない。
徹はまた監視カメラの映像に目を向けた。


Y「外は危険だ……。 外に出ては いけない………。」
無表情だったYの顔が、険しい表情になった。 そして言葉は少しぎこちなくなっていた。
どうやら、玲子がラウンジから出ようとしているらしい。
信也「玲子、よそうよ……。」
外に出ることに乗り気のしない信也は玲子を止めようとした。
玲子「徹をさがさなきゃ。」
信也「でも………。」
玲子「何かが起きるまでいつまでもここで待っててもしょうがないじゃない。
   私は行くよ。信也、行かないの?」
玲子は強い口調で言いながらラウンジを出た。
信也「危ないよ………。」
Y「行くな信也。」
信也はYの方を見た。
Yはゆっくり顔を横に振っている。
信也は一度玲子の方を向き、そしてまたYを見た。

仕方ない、という表情をして信也は玲子の後を追いだした。
Yは、恐ろしい事になった、という表情をした。
信也は駆け足でラウンジを出ていった。


ちょうど信也がラウンジの外に足を踏み込んだとき、遠くにいた機械兵士がピクッと 反応し、振り返った。
そしてスコープの中には、なにやら警告文のようなものが表示された。


徹はボーッと見ていたが、2人が自分を探していることを思い出すと、Jackに話し かけた。
徹「Jack。こっちからも発信できるんだろ?」
Jack「そうだな、これはただの監視カメラだから、他の方法が必要だ。ネットワークを通って行けばいい。」
徹「面白そうだな。やり方を教えてくれ。」
徹はウキウキしていた。自分の未知のことを今から行うのだ。
キーボードに向かって言われた通りにうち始めた。
Jack「一度 QUIT で抜けてくれ。
   そこでメニューの中から、上から4つ目の Network IV を選択。
   そこで君の ID を入力してくれ。
   あ、そこに指でサインすればいいんだ。そう…。
   OK?その後 ENTER を入力して………・。」
徹「すげぇー!!ネットワークの一部が出てきた………、あ、あれ?」
ネットワークが表示されていたディスプレイの画面が突然消え、こう表示された。

『ERROR BF3 あなたの想像力が足りません。』

徹は、ホゲッと口をあけたまま固まっていた。
Jack「ははははは。
   コンピュータの世界っていうのはさぁ、存在しているけど存在してない
   不思議な空間なんだ。だからいかにその世界を頭の中に創りだせるかが
   重要なんだよ。
   プログラムするときもそう、ディレクトリの構造を考えるときもそう。
   それだけじゃ意味をなさない文字群から、君の頭の中でどう構成しな
   おせるかにかかってる。
   君はまだ、余計なことに頭を使いすぎている。
   ほら、メニューに戻って、9番のメモリーを選択して。
   そう、それだ。下から2つ目の領域選択があるだろ?それを解放して。
   そう、その領域を解放するんだ。」
徹は言われた通りにして、最後に実行パネルを押した。
すると、目の前のディスプレイが1つ消えた。
信也たちが映っていた監視カメラの映像だ。
徹「あれ?今何かディスプレイが消えたぞ。」
徹は既にそのディスプレイに何が映っていたのかを忘れていた。
徹は思いだそうとするが、やはり思いだせない。
Jackのいう思考の一部の領域を解放する、というのはこういうことなのだろう。

Jack「平気さ。余分な部分のメモリを解放して、想像力の容量を大きくしたんだ。今度は君もネットワークに入れるはずだ。」
徹は「おお!!」
徹はネットワークに入ると、思わず声をあげてしまった。
コンピュータの中にすっぽりと入り込んでしまった感じだ。
もう徹は夢中になっていろいろな場所にアクセスしだした。
徹は信也たちに発信する、ということも既に忘れていた。
右下の小さなディスプレイには、今もなお、信也たちの話しが表示され続けていた。