映画ストーリー原案『REAL ILLUSION』
[Noise Creators, 1994年]



【第4章】  死んでいた現実

Jackがいなくなった後、しばらくするとディスプレイが次々と消えていった。
徹はそのままボーッと暗闇の中に立っていた。
だんだんと目が慣れてきて、少しずつ周りが見えるようになってきた。
徹「ん………?」
コンピュータの周りには何もないと思っていたが、よくみると世界が広がっていた。
ただ、周りは白黒の世界だった。
徹を囲む日常の世界、世界の状況、戦争、飢餓、人々の生活………。
徹が最近忘れていたことが次々に起こった。
徹はハッとした。
「(今まで俺は何を見ていたのだろう……。)」
SFCが出てきた。
白黒だがみんないる。彼女も友達も先生も先輩も、最近話してない懐かしい友達も。 みんないた。
振り返るたびに違う場面場面が展開していった。


信也と玲子は全速力で走り続けた。
そして目の前のドアを開けた。
すると、ドアの向こう側から発せられるまぶしい光に包まれた。
その光のなかで、一瞬Yの姿が見えた。
Yはドアの横にいて、まるで2人を誘導しているかのようだった。
ふと気がつくと、信也と玲子はラウンジの中にいた。
Yはいない。
信也「また。ラウンジだ………。」
玲子はテーブルの上に、機械を見つけた
。 Yが機械兵士に対して使った稲妻発信機である。
それをもって、玲子は外に飛び出した。

信也もそれをみて急いでついていったが、信也が足を外についたとたんに、遠くでは また機械兵士が振り返った。
また、警告文のようなものがスコープの中に表示された。

廊下を逃げる信也と玲子の前に、突然風とともに男が現れた。
まさに、『現れた』という表現が適している。2人は驚いて止まった。
Jack「信也くんと玲子さん。大丈夫。僕は徹くんの友達のJackだ。君達を安全な場所に逃がすために来た。」
信也と玲子は顔を見合わせた。
玲子「徹は? 徹はどこ?」
Jack「うん、問題ない。それより話は後だ。」
Jackの視線は2人の後ろに見える機械兵士にいっていた。だいぶ近づいてきている。
Jackは2人を連れて二つ角を曲がった。
そして壁にポケットから出したコンピュータをつなげると、なにやら打ち始めた。
すると、ただの壁だったところに、ふわっと四角い穴が開いた。
信也「これは……。」
3人が通ると、穴はまた元の通りにただの壁になった。
Jack「『BACK DOOR』だ。正規の出入口の他に必ず隠された出入口がある。
   見えるものだけに頼っていては、誰でも知っているような場所にたど
   りつくだけだ。」

3人はトンネルのような道を進んだ。
まさにSFCの裏を通っているといった感じだ。
階段を下り、そしてまた薄暗い暗い廊下が続く。
Jackは曲がり角から顔を出し、天井の監視カメラをチェックした。
そしてポケットから出した透明の特殊ゴーグルをかけた。
監視カメラの死角がはっきりと色分けされて見えた。
Jackはその死角を縫うように2人を誘導した。
Jack「機械兵士も監視システムにアクセスしている。
   だから君達を確実に見つけることができたんだ。
   でも、カメラっていうのはある決まった方向から一方的に被写体をとらえるだけだ。
   決まったアングルから現実を切りとっていると、必ず見落とす盲点がある。」

相変わらず冷淡な話ぶりだ。息切れさえしていない。
Jackはいくつもの『BACK DOOR』を開け、いくつもの監視カメラの監視をくぐり抜けた。


徹の周りに現れる世界は、今度は夜のラウンジだった。
女の子がうつ伏せになっていた。
「(どうしたの?気分でも悪いの?)」
声はエコーがかって幻想的だった。
女の子が顔をあげた。玲子だった。
徹「(玲子………。どうした?なんで泣いてるんだ?)」
玲子は何も言わないで涙を拭いた。何も言おうとしない。
徹は自動販売機でカップのコーヒーを2つ買った。
販売機のなかに落ちたコインの音が響く。
すると、周りの世界に少しだけ色がついた。
徹「はい。どうしたんだよ。」
徹は優しく微笑んだ。
玲子「………私、疲れたの。
   みんなが「すごい、すごい」って言ってくれて………。
   すごく嬉しいんだけど、でも本当は私全然すごくなんかなくって……。
   で、それで、そのギャップがたまに辛くなるの………。
   みんなは本当の私を知らなくて、本当の私を見てくれてないような…。
   私も自分が素直に出せなくなってきて………。」


Jackはチラッとポケットコンピュータの画面を覗いた。
今の徹の状況が映っている。
やばい、という表情をJackはした。
そして2人をドアに通したあと、こう言ってJackは去ってしまった。
Jack「しばらくここにいてくれ。ここは安全だ。また迎えにくる。」
そこは屋上だった。
風が熱くほてった体に気持ちいい。
信也と玲子は壁にもたれかかってしゃがみ込んだ。


Jackが徹たちの前に現れた。
Jack「徹、向こうのトラブルは解決した。
   さぁ、Digital UnderGround へ招待するよ。
   コンピュータのパラダイスだ。」
Jackは右手で徹を引っ張り、左手でキーボードを叩いた。
大きなディスプレイが現れ、アンダーグラウンドの入口らしいことが書いてあった。
徹はJackに手を引かれ、その中へ入っていった。
真っ暗な空間が続く。
後ろには今2人が入ってきた入口が見える。 その向こうにはさっきいた白黒の世界が広がっている。

徹の手がスッとJackの手から離れた。
そして徹は立ち止まった。
迷っている徹………。
確かに Digital UnderGround には興味はある。 それなのに何かが心に引っかかるんだ。

Jackが不思議そうな顔で見ている。
Jack「徹、どうした?早く行こう。」
徹「………。」
徹は振り返った。
向こうには入口が見えた。そして周りは闇だった。
どこかで見たような景色だ。
………。
そうか、徹がこの世界に来て、Jackと出会った時に似ているのだ。

徹の頭は混乱し、すでに判断能力を失っていた。

Jackは苦笑いしながら徹の手をつかみ、強引に引っ張った。
Jack「何暗い顔してんだよ。」

そのとき、徹のポケットの中から財布が落ちた。
落ちた拍子に中身が辺りに散乱した。
そして、コインが転がり、その音が鳴り響いた。
スローモーションでコインが散らばる。

徹はしゃがみ込んでそれをかき集めた。

その中に、ふと1毎枚の写真を見つけた。
徹と彼女があふれんばかりの笑顔で写っている。
去年の夏………つき合い始めた頃の写真だ。

徹の中にその頃の景色が浮かんだ。
楽しそうに浜辺でじゃれあっている。

その心地よい気分をもう一つの映像が引き裂いた。

そして次のシーンが鋭い音とともに心に刺さる。

バリーン!!
その映像が割れ、ふと気がついた。

徹「Jack………。俺って、どんどん世界が狭くなっているのかなぁ。」
Jack「そ、そんなことはないよ。ネットワークは世界につながっているんだ。」
徹は考え込んでいる。
Jack「Digital UnderGround から世界の情報がいくらでも手に入る。さあ、もう行こう。」

徹はJackの後ろをトボトボついていく。
徹「でも………。
  コンピュータを通して情報が入ってくるだけじゃ………。
  Jackも言ってたよね………。
  監視カメラの盲点の話………。」

徹は後ろを振り返った。
入口の光は、遠くに見える。
徹は今度は来た道を引きかえした。

Jack「徹………。」

Jackが呟いた。
徹には聞こえてない。
徹はぶつぶつ呟きながら、歩いていく。
徹「そうか、そうだよ………。
  部屋の中から、窓の外をみているだけじゃいけないんだ。
  いつも同じ景色が見えるだけだ。
  外が暑いか寒いか、日の当たる場所の心地よさ、空の広さ、
  そして風の香り。
  みんな窓を開けて外に飛び出さないとわからないんだ。
  ………。
  そうだよ、Jack。
  自分がどんな家に住んでるかさえ、外に出てみなくちゃ
  わからないじゃないか。」

徹は何かをつかんだ、という表情をした。
Jack「………。徹……?」
徹は立ち止まって、そしてJackの方を向いて言った。
徹「さよなら、Jack。」
徹は入口の方に早足で歩いていった。

Jack「徹!! 幻想に惑わされちゃだめだ!」

徹はピタッと止まった。
徹「Jack、俺はわかったんだ。昨日まで俺が見ていたものが幻想だったんだ。」
徹は叫んだ。
Jackは理解できないという表情をした。
Jack「何言ってんだ。現実だよ!君も生きて………、君が見ているものも………。」
Jackは混乱しだした。

徹は何て説明しようかと考えている。
徹「違うんだ、Jack。………。
  背の高い男が言ってた意味がわかったんだ。
  『君の見ている現実は君の目の中にある。』
  俺が今まで知っていた『現実』っていうのは、わがままで一方的で、
  視野の狭い幻想にすぎなかったんだ。」

徹は一息ついた。
徹「俺が現実だと思っていた幻想………
  そんな狭い尺度で世界をはかろうとしていた、俺は………。」

Jackは何も言えない。
徹「さよなら。」
そういうと振り返って走っていった。

徹が入口を抜け、白黒の世界に戻ると世界にだんだんと色がついてきた。
徹は黒白世界にいた玲子と話している。

その状況を遠くから眺めていたJackは振り返り、Digital UnderGround の奥へと歩いていった。
入口がだんだんと小さくなっていく。

Jackは顔に手をやると仮面をとった。
『Jack』というコンピュータ上の仮面を。

Jackの素顔は実はなんと徹だったのだ!
仮面は地面に落ち、そして仮面は少し苦笑いをした。

もちろんその時、そのJackの素顔を徹と玲子は見ていなかった。