映画ストーリー原案『REAL ILLUSION』
[Noise Creators, 1994年]



【第5章】  夢のかけら と 2人の玲子

信也と玲子は屋上の壁によりかかっていた。
玲子が信也の足の手当てをしている。
信也「いつつつつっ………。」
触るたびに体じゅうに激痛が走る。
信也は夜空を見上げて、つぶやいた。
信也「あれ、空に星がない………。」
玲子も空を見上げた。
信也は遠くを見つめながらゆっくりと話しだした。

信也「子供の頃、星を見るのが好きだった………。
   星座の名前とか天文学とか全然知らなかったけどね。
   僕にとって星っていうのは知識じゃなかった。
   夜空を見上げるといつもそこで輝いている、星の圧倒的な
   存在感がたまらなく好きだった。」

信也の頭の中に昔のことが鮮明に思い出された。
どうしてこういう時、思い出す映像はセピア色なのだろう。

信也「中学に入ってから天文部に入った。
   でもすぐにやめた。
   みんな、すごく星がすきなんだけど、何かが違ってた。
   彼らは、いろんな知識を詰め込むのにあけくれてた。
   その星の半径、距離、衛星の名前……。
   月に1度山に星を見に行くけど、あとは毎日毎日部屋に
   こもって本を読むんだ。
   そして、知識、記号、数式。
   さもそれが一番大事だといわんばかりに頭に詰め込んでいった。
   僕はそんなものを知ってしまうと、本当に星を感じることが
   できなくなってしまいそうで恐かったんだ。
   大切なのはデータじゃなくて、星そのものなんだからね。
   それで、中学の間は1人公園で星を見てたんだ。」

信也は玲子の方を向いた。
信也「子供の頃、じいちゃんがよく言ってた。
   あの空の1つ1つの星が『夢のかけら』なんだって。」
玲子「夢のかけら……?」
信也「そう。人が何か夢に向かって歩き出すと、夢のかけらが空で輝いて
   暗い道を照らしてくれる。
   ピュアな夢ほど強く輝くんだ。
   東京から星が見えなくなっていくのも、だんだん人々が夢を持つの
   を忘れてしまっているからなんだって。」

信也は手に持っている『かけら』をボーッと見ていた。
突然、まばゆい光の束が横から出てきた。
信也は敵かと思い、ビクッとしたが、すぐに徹であることがわかった。


信也は徹が無事なのを見て、安心して口元がゆるんだ。
信也「徹、無事だったか!よかった!」
まだ話し終わらないうちにもう一人が出てきた。
信也「Jack、さっきはありがと………。」
言いかけて途中でやめた。 そこに出てきたのはJackではなく、もう一人の玲子だったのである。
信也は驚いて声も出ない。
自分のすぐ横に座っている玲子を見つめ、そして今度は徹の横の玲子を見た。
玲子は2人ともたいして驚いていない。そして、徹も。
徹「信也、驚かないでくれ。説明するよ。
  信也の横にいるのは、正確にいうと玲子本人ではない。
  俺たちが普段見ている玲子のイメージだ。
  いつも元気で、すごくて頭が良くて、なんでもできる玲子、というイメージ。
  信也もいつも言ってただろ?すごい、すごい、って。
  そして、俺の隣にいるのが本物の玲子だ。」
信也「ちょ、ちょ、ちょっと待って………ちょっと待ってよ。でも………。」
信也はまだ混乱していて、わけのわからない身ぶり手振りで何か言おうとしている。
玲子「私ね、たまにみんなが見ているイメージとのギャップに息苦しくなるの。
   初めて会う人にも、「あの藤井さんね!」って先入観で入られるし。
   だけど、そのイメージっていうのも私の理想像でもあるから、
   どうしても否定しきれないの。だから本当の自分をだせなくて………。
   それが辛くて辛くて、一人で泣いていることもあった。
   幻想の 藤井 玲子 だけがどんどん1人歩きをはじめたの。
   それがあなたよ!」

玲子は信也の隣の幻想玲子の方を向いて言った。
2人の視線がぶつかっていた。お互いじっと見つめている。
信也は幻想玲子を眺めた。
これが、イメージ? 信也にはいつもの玲子にしか見えない。
突然赤いレーザーが幻想玲子をとらえた。
信也はそのレーザーの出どこを目でたどった。
なんと玲子が恐い顔をしてレーザーを幻想玲子に撃っていた。
幻想玲子がおじさんの部屋で見つけた機械とは違っていたが、これも強烈なものだっ た。
信也が玲子の方に片足を引きずりながら近づき、それを止めようとした。
狂ったレーザーが空の方へ飛んでいき消えた。
玲子「やめて、信也!私はあいつさえいなくなれば、もう苦しまなくてすむの!!おねがい!放して!」
叫び声になっていた。こんなに取り乱した玲子を見たのは初めてだ。
これが本当の玲子なのだろうか?
倒れていた幻想玲子が立ち上がりながら、ついに口を開いた。
幻想玲子「あなたは私を自分自身だと認めなかった。
     そして、全ての行動を自分のやったこととは認めず、全て私の
     せいにした………。」

また、レーザーが幻想玲子に当たった。
悲鳴が空を引き裂く。
「やめろ、玲子!!」
信也は玲子の持っている機械を叩き落とした。
玲子「何するの!!」
かん高い叫び声が響く。
信也は幻想玲子の方に歩いていった。
そして上半身を抱き起こし、玲子に向かって言った。
信也「玲子、どうしてこの子を消そうとするんだ。
   このイメージの玲子も君自身じゃないか。
   君と別人じゃない。
   玲子が自分で考えている自分よりも良いイメージなのかもしれない。
   でも、このイメージは玲子の一部じゃないか!
   どうして、それを殺してしまおうとするんだ!
   周りからそういう風に見られる、っていうけど、玲子自身も
   そういう要素を持っているからそう見られるんだ。
   確かにイメージが一人歩きしてしまったのは問題だ。
   でも、それは玲子が、「これは私ではない」って突き放して、
   しっかりつなぎとめておかなかったからだろ!
   それに、今までいろんなすごい事をしてきたものは玲子自身だろ?
   どうしてそれを自分がやったと認めない?
   そんなのあまりにも悲しいじゃないか。
   あの背の高い男も言ってたじゃないか。
   化粧をしても玲子は玲子だって!」

玲子は黙ってしまった。何も言えなかった。
しばらく何か考えていて、3回まばたきをして軽くうなづいた。
幻想玲子と玲子が見つめあっている。
玲子も、幻想玲子を自分の一部と認めたのか、穏やかな表情になっていた。
玲子が何かを言おうとして口を少し開いた瞬間、幻想玲子が安らかな微笑みをし、 体がほんのり光りはじめた。
そして、ふわっと立ち上がると玲子の方に歩いていった。
幻想玲子「ただいま…。」
そうつぶやくと、玲子の体にふわっと吸収された。
玲子の髪が風でふわりと持ち上がり、そして、元に戻った。
玲子はすっきりした顔をして微笑んだ。
玲子「ありがとう。私はもう大丈夫。」
その微笑みは、悩んでいる自分を見つけてくれた徹と、親身になって助言してくれた 信也に向けられたものだったに違いない。
幸せな空気が流れた。安らぎの時間が過ぎた。


徹「よし!3人そろったことだし、出口を見つけて脱出だ!」
玲子も賛成といった感じで明るくうなづいた。
ただ信也だけはまだ何か考えているようだった。
信也「ちょっと待って……。まだ、やらなければならないことが……。」
信也は右手の『かけら』を見ながら言った。
そして、『かけら』を強く握りしめた。