本論文では、複雑系のシステム観に基づく社会・経済シミュレーションを作成するためのモデル・フレームワークとシミュレーション・プラットフォームを提案する。複雑系とは、広義には「内部状態をもつ多数の構成要素が相互作用し、それぞれの内部状態を変化させていくシステム」であり、狭義には、これに加えて「構成要素の振舞いのルールが変化し得る」という定義が加わる。近年、社会科学においてこのような捉え方が重要視されているが、現状では、複雑系のモデルを記述し操作するための有効な手段は存在しない。
本論文では、複雑系の社会・経済モデルを記述・操作するために、オブジェクト指向計算モデルを導入する。そして、基本となるモデル要素を定義し、モデル化からシミュレーションまでの一貫した支援を行うためのモデル・フレームワーク「Boxed Economy Foundation Model」を提案する。さらに、提案モデル・フレームワークに基づくモデルのシミュレーションの作成・実行・分析を支援するために、コンポーネントベースのソフトウェア「Boxed Economy Simulation Platform」を提案する。また、動的な振舞いの構成方法を、モデル・パターンとして記述することを提案し、具体的なモデル・パターンを提示する。
本論文では、提案モデル・フレームワークと提案ソフトウェアの有効性を明らかにするため、これらを既存モデルおよび独自モデルに適用する。既存モデルでは、成長するネットワークモデル、繰り返し囚人のジレンマモデル、貨幣の自生と自壊モデル、Sugarscapeモデル、人工株式市場モデルという5つの代表的なモデルを取り上げる。独自モデルとしては、家庭用VCRの規格競争シミュレーションを取り上げる。これらの事例への適用により、本論文の提案の有効性が実証された。