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2007年04月27日

第1回授業レビュー(その3)

【安全保障の「空間」と「時間」】

第2象限の安全保障の特徴はどのようなものでしょうか?これを理解することにより、現代の国際紛争と安全保障政策の構造の重要な課題に、私たちは迫ることができるかもしれません。これを「空間」軸と「時間」軸という二つの指標をつかって、考えてみることにしましょう。

「空間」という概念を冷戦期・冷戦後・9.11後の三つの時代区分にあてはめた場合、いくつかの特徴が浮かび上がることに気づきます。冷戦期は、米国とソ連を両軸とする西側諸国と東側諸国との熾烈なイデオロギー・軍事・経済的な対立関係に規定されていました。そして、その対立関係がもっとも先鋭化していたのは、欧州大陸でした。欧州はドイツが分断され、ハンガリー、チェコ・スロバキア、ルーマニア、ユーゴスラビアなど、北部から南部バルカン半島にいたるまで、「鉄のカーテン」(チャーチル)と呼ばれる分断線が引かれました。

欧州大陸は陸続きですから、第一次、第二次大戦を戦った大陸型の対立構造が、冷戦期も継続していたのです。そして欧州の対立を背後からメタ構造化していたのが、米ソの核兵器を中心とする戦略的対峙でした。西側は北大西洋条約機構(NATO)を、そして東側はワルシャワ条約機構(WP)を形成し、多国間の集団防衛機構によって対立を深めることとなったのです。これらの欧州を主要舞台とした対立構造を冷戦の「第一戦線」とよびます。

冷戦期の対立構造は、当然ながら欧州以外の地域にも異なる波及をもたらしました。第8回に詳しく扱うアジアの安全保障では、共産主義が必ずしも東欧諸国のように一枚岩ではなく、ロシア・中国・北朝鮮・ベトナムなど、複雑な対立と協調関係がみられました。そのため、西側の一員となった東アジア諸国同士でも、NATOのような集団防衛機構を形成することはできず、日米、米韓、米比、米タイ、米豪ニュージーランド(ANZUS)のような、二国間のネットワーク(ハブ・スポークス関係とも呼びます)によって、同盟関係を形成していました。こうした冷戦期の戦略関係を「第二戦線」と呼んでいました。


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重要なことは、冷戦期の戦略的「空間」は、こうした第一戦線・第二戦線・それ以外の国際関係という構造によって生み出されていたことです。第三次世界大戦が不幸にも生じたとすれば、それは全「空間」における戦争の波及を意味したわけです。

他方で、冷戦期は脅威が比較的特定され(例えばソ連)、それに対する対抗のありかたも特定しやすかったという特徴があります。日本についていえば、極東ソ連軍との関係が重要であり、北東アジアにおけるソ連とのパワーバランスをどのように日米安全保障条約によって維持していくかが重要な政策でした。

【第2象限における「空間」】

ところが、現代の安全保障、とりわけ第2象限の安全保障には同じような「空間」概念があてはまりにくくなっています。例えば、国際テロリズムの脅威を取り上げてみましょう。9.11の実行犯は19名にのぼるわけですが、彼らが2001年9月11日までにどのような準備をしていたのかを振り返ってみると、興味深い現象に気づきます。

当時、国際テロ組織アルカイダはアフガニスタンを本拠地とするヘッドクオーターを中心に、多重型・自立分散型ネットワークとして世界各地に展開していました。そして、企業献金や金融取引などを通じて莫大な資金を獲得し、多くのエージェントやブラックマーケットを通じて、武器や訓練技術などを獲得していました。アルカイダの訓練基地は、ソマリア、アフガニスタン、インドネシアなど多くの国に分散していたこともわかりました。そして、米国国内でも飛行ライセンスのための訓練学校に通うことによって、飛行技術を習得していました。


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こうしたテロ実行までのヒト・モノ・カネの結びつきをみると、このネットワークが全世界的な広がりをもっていることがわかります。ソ連の攻撃を抑止するためには、ソ連と東欧諸国の地理的進出を抑止し、兵器体系のバランスを保つことこそが大事でした。しかし、アルカイダのテロリズムに対抗するためには、単一の地域や能力を対象とするだけでは、とても食い止めることができないということなのです。

さらに、領土をもたないネットワーク組織は、ひとつの組織を破壊したとしても、また別のユニットが再生され、再組織化されます。このようなミュータント的組織構造であるがゆえに、場所を選ばず、偏在することが可能なのです。このためテロリズムの脅威の空間というのは、特定することがきわめて困難なのです。還元すれば、脅威はどこにでも存在することが可能なのです。

グローバリゼーションの深化した現代では、ヒト・モノ・カネの移動が即時的に世界を駆け巡ります。アフリカにおけるテロリストの訓練キャンプが活発に活動していることは、日本にとっても無視できない現象となりました。サウジアラビアの石油関連企業が、マーシャル諸島などを経由して、テロ関連資金として送金している可能性もあるかもしれません。モスクやイスラム教関連組織ではテロ関係者のリクルーティングがあるかもしれないし、もっと身近な学校や宗教組織にもそのような機能があるかもしれません。2005年7月のロンドンにおける同時テロ事件の首謀者は、イギリス生まれのロンドン育ちにもかかわらず、アルカイダと関係することによって、テロを起こすにいたりました。

第2象限の世界における脅威は、世界に展開しているのと同時に、身近なところにも偏在しているのです。これを私は「空間横断の安全保障」と呼んでいます。

【第2象限における「時間」】

「新しい安全保障」を「時間」という概念からとらえた場合に、どのような特徴があらわれるでしょうか。「時間」というのは、空間と同じく哲学的な概念なのですが、ここでは「紛争サイクル」における時間に限定して考えて見ましょう。「紛争サイクル」というのは、平時(緊張がなく平和な状態)⇒危機(緊張が高まる状態)⇒有事(実際の戦闘行為が行われている状態)⇒紛争後(停戦後の状態)という各段階の移行過程ととらえてください。


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かつての時代の「紛争サイクル」は、上記の平時から紛争後にいたる直線的(リニア)モデルによって描くことが一般的でした。ある国家間同士の紛争は、領土や資源の配分などの問題をめぐり対立関係を深め、制度や合意による平和的な解決が見込めない場合「危機」に突入し、最後通告をしても互いの妥協が図れなくなった場合、宣戦布告による「有事」となりました。そして一方の勝利、手詰まり(stalemate)、厭戦(weariness)などによって戦闘の継続ができなくなった場合、停戦が成立し、紛争後のリハビリテーションがはじまるというサイクルです。

ところが第2象限の「紛争サイクル」はこのような伝統的な流れをたどるとは限らなくなりました。とりわけ国際テロリズムは、「危機」の段階と予兆を把握しにくく、宣戦布告もないままに、テロリズムの実行にいたるのが普通です。テロリズム実行への危機の高まりを十分に把握できないまま、気づいたら航空機がビルに突入したり、地下鉄にサリンが撒かれたり、重要施設で爆弾が爆発したり、場合によっては生物兵器や化学兵器が都市で使用されることになるかもしれません。

こうした現象を突き詰めて考えてみると、「平時」「危機」「有事」というのは、その境界が曖昧となってきたことに気づきます。現在は「平時」にみえて「危機」かもしれないし、今日は「平時」でも明日は「有事」かもしれません。つまり、第2象限の世界において、これらの概念はほぼ同時に存在しうるのです。「時間偏在の安全保障」「共時性の安全保障」とでも名づけてみようかと思っています。

(第1回おわり)

【Study Question】
[1] 国防(defense)から安全保障(security)という概念が重要となった背景は何か?
[2] 国家安全保障(national security)・国際安全保障(international security)・経済安全保障(economic security)・人間の安全保障(human security)などの概念とは何か?それぞれの関連性は?
[3] 安全保障の「空間」(space)と「時間」(time)は、20~21世紀の世界にどのように変遷しているだろうか?

<参考文献・資料>
[1] 佐藤誠三郎「『国防』がなぜ『安全保障』になったのか:日本の安全保障の基本問題との関連で」『外交フォーラム』(1999年特別号、1999年11月)
[2] 田中明彦「21世紀に向けての安全保障」及び「現在の世界システムと安全保障」『複雑性の世界:「テロの世紀」と日本』(頸草書房、2003年)
[3] 納家政嗣「人間・国家・国際社会と安全保障概念」」『国際安全保障』(第30巻第1・2合併号、 2002年9月)
[4] 永井陽之助『時間の政治学』(中央公論社、1979年)

*[1] は「安全保障」概念の台頭をめぐるもっとも優れた業績。あとで配布したいと思います。[2]21世紀の安全保障の特質を概観し、[3]は人間・国家・国際社会という3つのレベルにおける安全保障の捉え方を分析している。[4]は「空間」「時間」概念と政治学への接近を図った名著。

投稿者 kenj : 2007年04月27日 09:46

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