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2007年04月27日

第2回授業レビュー(その3)

【紛争の管理と解決の方法】

授業では、紛争の管理と解決に関する一般的なパターンを提示しました。もちろん、これは機械的な分類であって、具体的な紛争解決というのは、紛争の原因・構造・利害関係に根ざした、複雑なものになることはいうまでもありません。でも、大枠だけはとらえておきましょう。

[1] 紛争当事者同士を引き離す
A国・B国がある争点によって紛争に陥っていた場合、互いの権益から距離をとって、紛争の対立点をなくすという方法があります。アメリカの「モンロー主義」(1823年のモンロー大統領による宣言)は、米国が将来の欧州の戦争に対しては中立を保ち、欧州も米国に介入しないようにする、という政治姿勢のことをいいます。これは、典型的な不介入主義によって、互いに距離をとろうとする政策です。

もうすこしtacticalな次元でいうと、「非武装地帯」(Demilitarized Zone: DMZ)の設定も[1]としての意味をもっています。朝鮮半島では、現在でも38度線から数キロをDMZとして、緩衝地帯(Buffer Zone)として紛争予防に役立てています。軍事力が互いに対峙する刺激を、距離をとることによって、軽減しようとする措置です。

しかし[1]は、近年の軍隊の輸送能力の発達、長距離ミサイルの開発と配備、戦力投射能力(Power Projection Capability)などによって、比較的紛争の管理・解決との関係が不明確になってきました。たとえば、米軍の現在の通常兵器の能力は、かなり遠方からでも正確に相手を攻撃できる兵器(精密誘導兵器)が主力となっています。その場合、仮に米軍が遠方に退いたとしても、あまり安心できないということですよね。。。


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これが実は、朝鮮半島における米軍再編にも大きく影響しています。かねてより北朝鮮は、韓国に駐留する米軍(とりわけDMZ付近に配備されている第二歩兵師団)を脅威とみなし、米軍の撤退を主張してきました。現在の米軍再編では、まさにその第二歩兵師団を再編し、DMZから南方に再配備するという方針を示しています。。。普通に考えれば、米軍は遠くに退くわけですから、北朝鮮に有利だと思いますよね?

でもそれが違うんです。北朝鮮は、これまで38度線の北の山々に配備された、長距離火砲(大砲のことです)によって、これらの米軍を射程に収めていたわけですね。いざとなった時は、第二歩兵師団を攻撃できたわけです。ところが、米軍が南方に退いてしまうと、北朝鮮は火砲によって攻撃することができなくなります。でも米軍は圧倒的な技術で、遠くからでも北朝鮮を攻撃できます。攻撃の距離(空間)が非対称であるからこそ、こうした考え方が可能なんですね。つまり「当事者を引き離す」ということは、互いが満足する手段とはならない、典型的な例です

[2] 征服・侵略
相手を侵略し、植民地化したり併合したりすることによって、紛争を解決する方法があります。帝国主義の時代までは、こうした征服・侵略による紛争解決の方法は、主たる方法のひとつでした。現代では征服・侵略というのは、紛争解決の手段としては実行が困難になりました。

その主たる理由は、1)全世界的にナショナリズムが高まった結果、侵略後の「泥沼化」が生まれやすくなった、2)通常兵器が拡散している結果として、侵略しようと思っても相手の能力が比較的高くなっている、3)基本的に現代は侵略戦争が違法化されており、国際社会の支持がえられにくい、4)先進民主主義国では兵士の命に対する意識がとりわけ高く、戦争そのものの政策的ハードルが高い・・・などが挙げられます。


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[3] 抑止
抑止についてのハンディな解説は以前にも紹介した「安全保障論ノススメ」(第3回)のレビューになります。こちらを参照してください。


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[4] 先制
先制(Preemption)とは、脅威が顕在化する前に、未然に相手の意図・能力を封じ込めることを示します。先制についての解説は、私が『中央公論』(2003年4月号)に書いた「『先制行動』を正当化する米国の論理」を読んでみてください。

[5] 妥協による共存
国際紛争の平和的解決のほとんどは、当事者同士の妥協をどのように導くかにかかっているといっていいと思います。このような妥協を導きだす論理として、よく用いられるのが「囚人のジレンマ」ゲームです。「囚人のジレンマ」とは、「個々の最適な選択が、集団の最適な選択とはならない」という関係性をあらわした状態を示します。


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たとえば、2人の囚人が別々の部屋に収監され、「おまえが相手の罪を告白すれば、釈放するぞ」と言われたとします。通常、合理的な行動をとるとすれば、囚人は罪を告白することになりそうです。

でも、仮に「互いに相手の罪を告白すれば、刑はさほど軽くならない」・「互いに黙秘すれば、刑は軽くなる」「しかし相手が告白し、自分が黙秘した場合は刑は極めて重くなる」という状況がわかると、どうするでしょうか?こうした閉鎖空間における合理的な行動は「相手の罪を告白する」ことになりがちです。当然相手も告白しますから、もっとも起こりやすいのは「告白・告白」(ナッシュ均衡)となります。紛争当事者にあてはめると、「自らの妥協が常に不利に働く」という状況下では、平和的解決が望みにくいということになります。

これを妥協による共存にもっていくためには、1)これ以上対立を続ければ損害が著しく甚大になる、2)妥協することによって、対立よりも相対的な利得が得られる、3)紛争当事者同士の妥協・協力が継続する(約束が遵守される)。。。という相互理解が成り立ってこそ可能ということになります。紛争の平和解決のための調停や斡旋などの交渉は、これらの条件をいかに当事者同士に認識させるか、が決定的に重要なのです。

[6] ルールの設定
以上のような「妥協」を制度化(Institutinalize)させることによって、紛争の平和的な管理・解決の状態を、より信頼性の高い状況に担保できる可能性があります。制度化の方法は様々です。フォーマルで堅い制度であれば、国際条約、協定、合意覚書などが挙げられます。これについては、違反したときの制裁措置が明確になっていると、さらに実効性が高まります。インフォーマルで柔らかい制度では、紳士協定、口頭の約束、認識上の一致などがあります。これらは、比較的政権が変わったり、解釈がかわったりすことによって、崩れやすいという欠点をもちます。


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ルールの設定で重要なのは「約束遵守」にかかわる問題です。仮にルールが作られたとしても、ルール外で違反行為を行ったり、ルールを公然と破ったりしたのでは、紛争解決には役立ちません。たとえば北朝鮮の核問題に関しては、核拡散防止条約、南北非核化共同声明、米朝枠組み合意、六者協議共同声明などの、多数の条約・声明・合意がなされているのですが、なかなか核開発を止めることができません。また、90年代のボスニア紛争、コソボ紛争などを振り返っても、多数の停戦合意が、もろくも崩れ去ってしまう繰り返しでした。こうしたルールの設定に関する長所と欠点についても、総合的に学習していきましょう。

【スタディ・クエスチョン】
[1] 国際紛争の定義・類型は、歴史的にどのように変遷しているだろうか?
[2] 現代における国際紛争の特徴とは?
[3] 国際紛争を管理・解決する枠組のそれぞれの長所・短所は?
[4] アジア・欧州・アフリカにおける紛争の特徴は?

<参考文献>
[1] Thomas Schelling, Strategy of Conflict, (Harvad University Press, 1960)
[2] ケネス・ボールディング 『紛争の一般理論』(ダイヤモンド社、1971年)
[3] 中川原徳仁・黒柳米司編『現代の国際紛争』(人間の科学社、1982年)
[4] 山影進『対立と共存の国際理論』(東京大学出版会、1994年)
[5] 浦野起央『現代紛争論』(南窓社、1995年)
[6] 納家政嗣「現代紛争の多様性と構造的要因」『国際問題』(2005年8月)
[7] 田中明彦『新しい中世』(日本経済新聞社、1996年)

* [1] はノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリング博士による紛争研究へのゲーム理論の応用。余談だが、私は自分の論文をシェリング教授に酷評されたことがあります・・・(泣。[2]は国際紛争をはじめ経済・社会の多くの紛争の一般理論をまとめた有名な一冊。日本の研究の中でも、[4]はとりわけ優れている、が初心者には難著かも。[5]はスケールの大きい浦野先生の著作、いつも溜息。[6]は最近読んでもっとも感銘を受けた納家先生の研究、お勧めです。

(第2回レビューおわり)

投稿者 kenj : 2007年04月27日 11:07

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