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2007年05月13日

第5回授業レビュー(その3)

【レバノン紛争の軍事的側面】

レビュー(その2)では、なぜイスラエルがレバノンを攻撃したのかということについて、いくつかの見方を提示しました。それがイスラエルの「比例原則」による反撃以上の大きな意味を持つということは、レバノン紛争の軍事的側面をみることによって、よりはっきりとすると思います。

レバノン紛争の緒戦における特徴は、イスラエル空軍がレバノン全土に対する大規模な空爆を実施したことです。授業で使用したスライドでも示したように、イスラエルのレバノンに対する空爆は、南部に関しては、ヒズボラのさまざまな基地、トレーニング施設、物資の集積基地などを狙い、北部のトリポリでや、中部のベイルートも含めて、さまざまな形で空爆を行うなど、レバノン全土にわたりました。


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授業中の写真でみたように、南部レバノン諸都市やベイルートは、多くのビル・建物が破壊され、凄惨な状況となりました。ところが、これほど大規模の空爆にもかかわらず、イスラエルが十分にヒズボラの戦力を削減させたとは、いえない状況にあるようです。さらに、ヒズボラの戦力や関連インフラの復興は、急速に進んでいるというのが実態のようです。

その理由は、さまざまなところを爆撃しても、ヒズボラの多くの集積施設自体が地下施設であったことと、ロケット弾もたいへん素早いスピードで移動し、無人発射できるような時限発火式のロケット弾など、かつてよりも洗練され、生存性の高い兵器体系を配備していたからでした。イスラエル軍がどれほどこれらの戦力を除去できたかについては諸説ありますが、ヒズボラのロケット弾が多く見積もって13,000発だとするならば、3,000~4,000発位の破壊にすぎなかったともいわれています。

今回の34日間の紛争をとおして、多くのインテリジェンスや軍関係者は、ヒズボラの戦力に対する評価が予想以上であったことを、実際の戦闘を通じて実感したものと思われます。今回、イスラエル側が「ヒズボラの戦力を可能な限り多く削いでおくことで、短期的にも、中期的にも散発的な攻撃を防止する」ことを軍事的目的に置いていたこととは裏腹に、「ヒズボラは、イスラエルの攻撃に対する持久力を身に付け、かつイスラエルにより効果的な攻撃をもたらしうる兵器を蓄積していた」ことが判明したのです。

今回のヒズボラ側の攻撃で主役となったのはロケット弾ですが、イスラエルがいくら空爆をかけても、停戦に至るまで、ヒズボラは1日数百発ものロケット弾をイスラエル諸都市に撃ち続けました。ロケット弾は短距離・中距離に分かれていますが、その中にはカチューシャ、ファジル3と5及びゼルザル2という、射程が夫々40km、70km、150 kmと言われているロケット弾が含まれます。「ヒズボラのロケット弾(種別・射程)」(BBC資料)によると、仮にレバノン南部のラインをベースに射程を見てみると、大体45km圏がハイファ、100km 圏でテルアビブまで到達します。そして仮にゼルザル2の射程が最大で200kmに達するとするならば、これはイスラエルのほぼ全土、ガザ地域北部にまで達することになります。


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これをアジアとのアナロジーとして考えてみると、北朝鮮が今、アメリカの介入を抑止している兵器体系はいったい何かということを突き詰めて考えてみると、実は核兵器でもなく、スカッドミサイルでもなく、実はDMZ(Demilitarized Zone:非武装中立地帯) 付近の山中に配備されている長距離火砲です。その長距離火砲がソウルを1万発近く攻撃できる。TNT 火薬であっても1万発撃ち込めるという即応状態にあることが、実はアメリカ軍の介入を妨げている最も大きな抑止だと評価されています。もちろん北朝鮮がこれに対して、スカッドのB・Cミサイル、ノドン、テポドンを含めて、核を運用可能な形で実戦配備可能にするとするならば、北朝鮮にとっての抑止体系というのはまさに多層的になるわけです。

米軍の再編が東アジアでなされるときに、その最大の対象となるのは第二歩兵師団です。現在38度線の非武装地帯(DMZ) 付近に配備されている第二歩兵師団を、長距離火砲の届かない南部に移動させるわけです。韓国漢江(ハンガン)の南側は長距離火砲が一応届かないと言われていて、そこに新しく平澤(ピョンテク)という基地を構え、それが第二歩兵師団を人質に置かない形で、北朝鮮に対して外科的攻撃(サージカル・ストライク)をかけるときの一つの担保になるわけです。つまり、長距離火砲が、ソウルは撃てるけれども第二歩兵師団を撃てないという形にしておくことが、アメリカにとっての先制攻撃の一つの大きな担保になるというのが東アジアにおけるアメリカの考え方です。

仮に同じようなアナロジーがあてはまるとするならば、ヒズボラが攻撃力の強い火砲およびロケット弾を大量配備するということになりますと、イスラエルの軍事行動を将来、かなり強い形で抑制することが可能になるような軍事体系が整備される可能性さえ含んでいます。その意味はたいへん大きいのです。例えばイランは、自らの攻撃によらずとも将来のヒズボラの戦力を連動させることによって、イスラエルのイランに対する攻撃を抑止することができるかもしれません。これまで比較的ローカルに局限されていたヒズボラの戦力評価が、ここでも「リージョナル」な意味を持ち始めているのです。つまり、イスラエルの安全保障にとって「リージョナル」な次元からも中長期的な戦略目標としてたいへん大きな意味を持ち始めたということです。ヒズボラの戦力が十分に形成されないうちに、彼らのロケット弾とさまざまな兵器体系をどれだけ削ぐことができるか、ということが安全保障という視点から見た場合の、イスラエルの問題意識であったのです。

さらにマニアックな部分を見ていきますと、今回ヒズボラは、ロケット弾以外の多様な兵器体系によって、さまざまな攻撃を仕掛けました。対戦車砲では、ロシア製のRPG-29を中心としてイスラエルの戦車に予想以上のダメージを与えました。また携帯型の地対空ミサイル(SAM)によってヘリコプター等に対する攻撃を仕掛けました。さらに多くのインテリジェンスを驚かせたのが、ヒズボラが対艦巡航ミサイルを7月12日に発射し、レバノン沖約16kmの海上哨戒中のイスラエル海軍ミサイル搭載コルベット艦INS Hanitに命中させたことでした。つまりヒズボラが、かつてのようなゲリラ的な戦術ではなくて、かなり多層的な攻撃を仕掛けてくる軍事組織として成長したことが実証されたわけです。

【ヒズボラに対するイランの関与】

ヒズボラは過去3~4年間、一体どのような方法で能力向上をはかったのでしょうか?ここで登場してくるのがイランとの関係です。ヒズボラ-イラン関係については、明確な資料・証拠が少なく、断定的にいえることが限られた状況にあります。しかし、近年のヒズボラの戦力を考える上で、特に2002年以降の流れは、今後も解明されなければなりません。

多くの分析者が指摘しているのは、イランからシリア経由、イラン⇒イラク北部⇒シリアというルートで大量の武器がヒズボラに供与されてきたということでした。兵器供与の内容としては、先程申し上げたようなロケット弾、対空砲、対艦砲など様々な武器が供与されていて、かつ、戦術面に関するトレーニングを供与しているといわれています。戦術面での支援の内容については、よく判明していません。しかし、今回のヒズボラの攻撃の仕方を見ていますと、かなり組織的に、かつ連続的に行われている。しかも、できるだけヒズボラの幹部や、指揮・命令系統を秘匿する形で行われているという点においては、かなりヒズボラが戦術面についても多くの訓練を受けているのは事実だと考えられます。

(つづく)

投稿者 kenj : 2007年05月13日 12:58

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