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2007年05月13日
第5回授業レビュー(その4)
【国連決議1701号】
レバノン紛争は、最終的に欧米諸国の仲介によって、国連決議1701号を当事者が受諾することによって、停戦にたどり着きました。この国連決議1701は、安保理決議としてはかなり具体的な文章になっています。その内容は大きく5つに分かれます。
第一は「イスラエル・ヒズボラ双方の敵対行為の全面停止」です。これが国連決議1701の第1番目の原則となっています。第二は、停戦監視のため「南レバノン全土にレバノン政府軍と国連レバノン暫定軍(UNIFIL)を展開」するということです。このイスラエル・ヒズボラを停戦させ、その停戦を担保するために国連がUNIFILを強化し、停戦を監視するという役割になったということですね。
第三は「南レバノンでのレバノン政府軍、UNIFILの展開と並行し、イスラエル軍は撤退」するということです。国連決議1701号には“2.Upon full cessation of hostilities, calls upon the Government of Lebanon and UNIFIL as authorized by paragraph 11 to deploy their forces together throughout the South and calls upon the Government of Israel, as that deployment begins, to withdraw all of its forces from southern Lebanon in parallel”と記述があります。「並行的展開・撤退」というのは、90年代のユーゴ紛争のときに、国連の平和維持部隊とセルビア軍が撤退するプロセスにみられるように、国連が比較的得意としている方式です。このように、軍事的な空白をつくらない形で徐々に撤退していくという形式がとられました。
第四は「レバノン政府軍およびUNIFILを除く武装勢力のリタニ川以南への侵入を禁止」するということです。これはヒズボラの具体的な行動を縛ろうとする文言です。第五は「UNIFILを15, 000人に増強する」という形で、旧来のUNIFILにこの国連決議1701のマンデートを新たに付加するという形で、「停戦監視・人道支援・レバノン国軍支援などを主なマンデートとする」として部隊を増強することになっているということです。
最も多く派遣しているのがイタリアで、次がドイツ、フランスというふうにつながっていって、ここで非常に特徴的なのはトルコが派遣したことです。さらにインドネシア、カタール、そして最近ブルネイが100 名、マレーシアが360 名という、イスラム国家が国際部隊に関与していることがたいへん重要な位置づけになっています。中国もこの部隊に1,000人の派兵を決定し、国連の事務局自体は、さらなるアラブ諸国の参加を慫慂(しょうよう)している状況だということです。この配備の仕方についてもひと悶着あり、レバノン南部だけではなく、シリア・レバノンの国境付近にもこのUNIFILを配備したらどうかというような議論がなされたわけですが、これについてはシリアが、主権の侵害だということで強く非難をして実現をしなかったという経緯があります。いずれにせよ、欧州、アラブ諸国、中国を含む多国間主義がレバノンで成立したということは、高く評価してよいことだと思います。
【国連決議1701号の『選択的履行』】
国連決議1701号は、イスラエル・ヒズボラ(レバノン)関係を、どれほど安定的に管理できるのでしょうか?この問題については、国連決議1701号が十分に達成していないことについて、検討が必要となります。第一は、(イスラエルや米国が当初強く求めた)ヒズボラの武装解除が棚上げされているということです。ヒズボラが1701号をしぶしぶ受け入れた背景は、おそらくヒズボラ自身の武装解除を実行しないという内々の約束が成立していた可能性が高いです。EU諸国も、ヒズボラの武装解除を任務としないことを確認した上で、部隊の派遣に同意をしているようです。すなわち、対立の原因の一つとなった、ヒズボラの戦力の管理について、国連決議は役割を果たしている状況にはありません。
第二に、UNIFILの権限にも大きな限界が存在します。仮にイスラエルとヒズボラのいずれかが停戦違反によって戦闘を再開した場合、UNIFILはこれに対する強制行動を伴う権限やマンデートは必ずしも明確ではなく、かつその装備はイスラエル軍やヒズボラ軍に対抗できるものではありません。特にレバノン国軍は、不幸な内戦の歴史も重なり、その軍事建設・部隊の整備(ミリタリー・コントストラクション)が十分ではありません。レバノン南部に配置されているといっても、その装備と訓練はたいへん未熟な状態です。レバノン南部自体がレバノン国軍によって安定を保っていくには、なお大きな課題があるといえます。
第三は、「残された係争問題」があります。ガザの南部における戦闘をいかに処理するかという問題は、国連決議1701号と併せて、引き続き重要な課題として残っています。また「シェバ農場」の占領問題については、ヒズボラが武装解除を拒否する口実としていまだに残されています。
現在のヒズボラは、(その3)で解説する国連決議1701の合意以降、基本的に1989年に締結された「タイフ合意」の遵守を表明することによって、引き続きレバノン政府の中の既存の政治体制の内側にとどまることを表明しています。但し、現在のレバノン政府のガバナンスやガバナビリティーには、依然として問題があります。例えばレバノン国軍にしても、ヒズボラの武装組織との関係に混乱がみられます。政治体制の中に「タイフ合意」をもって入るといえども、なかなかそれが二重構造、三重構造の中でうまくいっていないというのが現状です。これが平和の定着という点で非常に大きな問題になってくるであろうと思います
【国連決議1701のバランスシート】
この国連決議1701号全体について、イスラエルとヒズボラ双方の「バランスシート」として考えてみましょう。仮に停戦が脆弱な状態だとするならば、その脆弱さはどこにあるのかを見る上で重要な指標となるでしょう。
レビューの(その1、2)でみたように、イスラエル側は①ヒズボラ戦力の武装解除(できれば解体)、②「(サブ・広域)リージョナル・リンケージの打破」、③グローバルな対テロ戦争の含意ということを、戦争の目的としていました。ところが、国連決議1701号で達成できたことは、必ずしも多くありません。イスラエル北部と南レバノンの安定については、同決議によって相当担保されたのではないかと評価できる一方で、UNIFILがどれほど抑止力として働くかという問題が残されています。さらに、「ヒズボラ組織の武装解除・解体」については全く達成できず、場合によっては将来さらに強化される可能性も残してしまったということだろうと思います。従ってイスラエルにており、実はイスラエル国内で満足できるものはあまり達成されていない、と言わざるを得ない状況です。
それでは同決議でヒズボラが何を実現できたか、あるいは将来的に何を定着できたかということを考えてみると、必ずしもヒズボラが中長期的に勝利を得たとも言えない状況にあります。ヒズボラの武装闘争は、イスラエル側の大規模な攻撃を招き、レバノン全土に大きな被害を与えました。そのため、これまでのヒズボラ路線に対する支持についても、レバノン国内で大きく揺らぐ可能性もあるでしょう。また、「レバノン南部の解放」「反イスラエル占領・抵抗・武装闘争を継続」していくという従来からの路線を、共存路線に転換できるのかということについては予断を許しません。 「ハマスとの連帯支援」ということにつきましても、イランとヒズボラとの結びつきをさらにハマスに連携させて、強化するということについては、まだ多くの困難が伴っているという指摘もあります。
「バランスシート」として考えて、どのアクターも十分な利益を得ていない。イスラエル国内で「一体この34日間は何だったのか」という疑問は、当然起こり得るものでしょう。またヒズボラ側も「勝利とばかりは言っていられない状況」ということになります。その全体構造を考えても、国連決議1701号の脆弱性はいまだに残されています。しかし、この現状を打破して新たな戦争を起こすほどの利益を双方にもたらすわけではありません。双方の信頼は大きく損なわれ、また将来への恐怖は残されたまま、という状況において、レバノン紛争は停戦しています。
(第5回レビューおわり)
投稿者 kenj : 2007年05月13日 14:01
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