子供たちに明日はない
教育批判をしたいわけではない。12月21日の日経夕刊一面左上の「今どきキッズ」という特集記事で、子供たちの放課後が習い事などで忙しくなってスケジュール帳を持ち歩くようになっているという話が紹介されている。それは大変だなあと思う一方で、千葉大学の明石要一教授の言葉が印象に残る。「本来、明日を忘れて夢中で遊ぶのが子供の特権」だという指摘だ。
確かに子供は明日のことを考えなくて良い。夏休みが終わるなんてこと考えずに私は遊びまくっていた。大人になるってことは、明日のこと、その先のことを考えるようになるということなんだろう。学生を見ていても、子供っぽいところが残っている学生は、翌日の授業や一週間後の課題のことを忘れて残留(SFC用語で学校に泊まること)している(いや、先が見通せなかったから残留しているというべきか)。
年内の授業が終わって解放感を感じるのは、明日の授業の準備をしなくちゃという重しがなくなったからだ。深夜まで読みたい本を読み続けて、多少寝坊しても問題なくなった。これは実にうれしい。
ところで、レバノンの知り合いから憤怒のメールが届いている。9月のザルツブルグ・グローバル・セミナーで会ったとき、レバノンの大統領になると言っていたが、冗談だと思っていた。しかし、彼からセミナーの参加者みんなにメールが届くようになり、まったく興味の無かったレバノン情勢に興味を持つようになってきている。Googleニュースで「レバノン」と検索してもらえば分かるように、大統領選挙がメチャクチャになっている。
彼自身の名前はニュースに全然出てこないので、たぶん泡沫候補なんではないかと思う。しかし、NYタイムズのニコラス・クリストフが支持を表明しているぐらいだから、全く注目されていないわけでもない。レバノンの子供たちは明日を考えているのだろうか。
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