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政治的視点から見た閣僚人事

政権の閣僚級人事は、純粋に政策立案及び遂行能力のみによって選ばれるので はない。他の政府がそうであるのと同様、米国に於いても政権のおかれている 政治的環境が大きく政権人事に影響する。閣僚級の任命に上院の承認を必要と する米国では、その点が特に強調されるだろう。共和党が議会の多数を占める という環境要因の中で、国民の指示を得ながら、安定した政策運営を行ってい く必要がある。人選チームはパネッタ、ボウルズ新旧首席補佐官が中心になり、 途中からカンター商務長官も加わった。さらに、「別格」の発言権を得たのは ゴア副大統領だったとされる。(『日本経済新聞』、1996年12月7日)閣僚人 事に際してクリントン政権が考慮したと考えられる政治的視点は以下の3点で あると思われる。

  1. 共和党議会対策のための超党派的、若しくは中道的人部、議会うけの良い人物
        オルブライト、コーエン、ルービン、その他

  2. 「アメリカの縮図」の実現を始めとする政権支持層対策の人物
         オルブライト(女性)、リノ(女性)、バシェフスキー(女性)、ブラウン (女性)    スレーター(黒人)、ハーマン(黒人、女性)、不明     ペニャ(ヒスパニック)、リチャードソン(ヒスパニック)    デーリー (イリノイ集票)

  3. 政策の継続性及び政権内の「チームプレー」を重視するための人物
         オルブライト、ルービン、バーガー、タルボット、バシェフスキー、ス パーリングその他留任閣僚等

    1に関しては、1995年末からの予算不成立による政府窓口閉鎖の自体の反省か らも、共和党に対する配慮が目立つ。熱心なリベラル派と目されてきたライシュ 元労働長官やシスネロ住宅都市開発長官は政権を去っており、「リベラルの代 表格」といわれたイッキーズ大統領次席補佐官が回顧されるなど、伝統的民主 党のリベラル色を取り除く人事が行われている。新たに迎えられた人物はほと んどが中道派に属する人々である。これらの中道色の強い人事を率先したのは 自らも中道派であるボウルズ主席補佐官である。(『朝日新聞』1997年1月22 日)

     その他特に議会共和党に配慮したと思われる主要閣僚人事は、オルブライト 国務長官、コーエン国防長官、ルービン財務長官の指名であると思われる。  国連大使だったオルブライト氏は、国連外交の場や対キューバ政策などでも、 弁舌鋭く米国の国益保護を迫り、「タフな外交官」として知られてきた。 (『朝日新聞』1996年12月6日) 米国の指導力の重要性を強調してきた点か ら共和党議会からの承認を受けやすい人物であったといえる。議会承認の鍵を にぎった上院のヘルムズ外交委員長(共和)からも、「強くて勇敢な女性だ」 と歓迎されるなど、国務長官として順調に議会の承認を得られた。(『朝日』 12月7日)

     コーエン国防長官は共和党下院議員6年、上院議員18年を努めた議員であり、 国防関係の役職を歴任し安全保障問題に詳しい。クリントン大統領が、共和党 から中道派の閣僚候補を検討したとき、ゴア副大統領が上院議員時代にいっしょ に国防問題にとりくんだコーエン氏を強く推薦した。政治的には穏健的で党派 的でなく、「国益にかなう超党派の防衛政策」を持論としており、行政府と共 和党との調整役として期待されたものと思われる。

     ルービン財務長官は、ウォール街出身の市場重視派で政治的には中道として 議会の受けがよい。(『朝日』1月22日)

     2に関しては、第一期目に打ち出した、「アメリカ社会(の人種、性別構成) を反映した内閣」を引継ぎ、女性、黒人、ヒスパニック系の閣僚を配置するこ とによって、安定した国民からの支持、とりわけ民主党支持者からの支持を取 り付けようとしているように思われる。オルブライト氏を国務長官という高官 につけたのを始めとし、クリントン政権では閣僚内に女性5名、黒人3名(一期 目は4人)、ヒスパニック系3名(一期目は2人)を配置した。 このなかで、特に注目すべき閣僚人事は、オルブライト国務長官、ペニャエネ ルギー長官、スレーター労働長官であると思われる。 オルブライト氏は、ア メリカ史上初の女性国務長官であり、内閣の高官としても初めての女性の人事 である。民主党は女性の支持者が特に多く、指名に際してはウェルズリー大学 の同窓生であるヒラリー夫人からの強い推薦があったといわれており、女性団 体からの支持も多い。

    ペニャ元運輸長官は一旦辞意を表明したものの、ヒスパニック系の閣僚を内閣 に配置しておく必要性からクリントン大統領が説得し、エネルギー長官に横滑 りした。スレーター運輸長官は、自身が黒人閣僚として必要であっただけでな く、黒人票の取りまとめ能力もかわれて長官指名に至った。その他、人種性別 と無関係に選挙の際の功績によって閣僚入りした人物に、イリノイ州での集票 活動で貢献したデーリー商務長官がおり、バーガー氏が国家安全保障担当補佐 官に指名されたのも、安保政策の国内政策に及ぼす影響について洞察力を持っ ているからと言うよりも、彼が92年の選挙で選挙対策本部に参加していたこ との方が重要であるように思われる。

     3については、特に外交安保政策官僚に顕著であるが、いわゆる「大物」を 配置して人事を刷新するよりも、クリントン大統領が掌握しやすい人物を政権 外から招致するか、政権内の他の部署から昇任させる「チームワーク」重視の 傾向が見られる。大統領の大学時代からの友人であるタルボット国務副長官に 留任させたのを始め、「包括的経済政策」を実行する上での大統領補佐官とし てNECを取り仕切っていたルービン氏は財務長官として再びNECの指導的地位に ついているし、ボウルズ首席補佐官は「民主党指導協会」に関わる民主党議員 である。承認が拒否されたレークCIA長官も補佐官として大統領に近い人物で あった。

    この傾向をさらに如実に表している人事は国務長官の指名である。

    国務長官はペリー長官の辞任の意向をうけて、次期長官に最も有力視されてい たのは、ミッチェル前民主党上院院内総務であった。しかし、彼は現執行部と のソリが合わなかったとされ指名には至らなかった。国防畑の大物、ナン上院 議員も確固とした持論を持っており、大統領に服従するとは思われず、指名に 至らなかったという。また、ドイッチェCIA長官も国務長官への筆頭候補であっ たが、イラクへの武力攻撃に際して政権に批判的な発言を行った経緯があり、 指名に至らなかった。その点、オルブライト氏は国連大 使時代からレーク大統領補佐官らと協調して国連政策の再検討をすすめるなど、 大統領の意向に従いやすく、そうした点も評価されて今回の指名にいたったと される。



Shuichi Shibukawa
Thu May 15 15:42:32 JST 1997