井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

『フューチャリスト宣言』(梅田望夫, 茂木健一郎)

『フューチャリスト宣言』(梅田望夫, 茂木健一郎, ちくま新書, 2007)を読んだ。

FuturistBook
この本は、シリコンバレー在住で『ウェブ進化論』の本で有名な梅田望夫さんと、脳と「クオリア」の観点からマルチに活躍する研究者 茂木健一郎さんの対談を収録した本だ。対談のなかでも言及されているように、とにかく未来に対して明るく行こうという、戦略的オプティミズムとでもいうべき、前向きな二人の対談である。このなかで、研究者や企業家の生き方として、印象に残ったところ、考えさせられたところがいくつかあった。

 まず、グーグルについて。梅田さんは、「『ネットって何なのか』ということを、グーグルが発見した」(p.19)と評価する。グーグルは、ご存知のようにウェブページ間の関係性から順位づけを行うPageRank(ページ・ランク)というアルゴリズムで検索結果を表示する点で革新的だった。WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)という巨大なネットワーク(グラフ)構造を、数学的な観点から捉え直し、まったく新しいWWWの世界をみせてくれた。
 だからこそ、「グーグルが出てこなかったら、おそらくいまもなんとなく『ネットって何なんだろうね』という模索状態が続いていたのだろうと思います。彼らが、インターネットとは何ぞや、というのを発見したんだと思います。」(梅田: p.20)と言うのである。
 確かにね、と思う。僕は以前から「検索して一覧表示するというだけではネットワークを巨大なブラックボックスのデータベース化するだけで、物足りない! もっとネットワーク性を活かした面白いことができるはず。」と言ってきたが、それでもやはりグーグルがやったことはかなり革新的だとも思う。単なるページ内の情報ではなく、ネットワークの構造自体に付加価値の源泉を見出したからだ。ここでの梅田さんの指摘のような、グーグルのすごさを一言で言い切った文章に出会ったことがなかったので、この部分は、なかなか印象的だった。

 次に、アップル社の話。マッキントッシュやiPodを生み出したアップルね。そのアップルを梅田さんが訪れたときに、メンバーが「アップルというのは世界史の中の三つ目のリンゴ」(梅田: p.38)なんだ、と語っていたというエピソードが紹介されている。それまでの2つのリンゴというのは、アダムとイブのリンゴと、ニュートンのリンゴだ。
 そういうふうに「世界を変えるのは自分たちだ」という自負でもって、自分たちは第三のリンゴだと言っていたそうだ。これもなかなかすごい。そこまで言えちゃうなんて、かっこいいなぁ。

 そして、なるほど!と思ったのが、茂木さんの方針転換に関する話。最近、茂木さんは、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』のキャスターをやったり、小説を書いたり、文芸評論をやったりと、脳科学の研究をはるかに超えたマルチな活躍をしている。
 このような多分野にわたる活動は、真面目な研究者からするといかにも軽い行動に見え、批判的な声もあるのは事実だ。僕からするとなかなか魅力的にも見えるが、その僕でも、脳科学から離れて一体どこまでいくつもりなんだろう、という疑問を多少なりとも感じていた。
 そんななか、今回の梅田さんの指摘・解説で、茂木さんの目指すところが少し理解できた気がした。茂木さんは「いま自分が目指すべきは、アインシュタインではなくてダーウィンなのだ」という発見から、方針転換をしたというのだ。つまり、脳科学において、意識や心の問題をアインシュタインのように理論的にきれいな形で定式化するというのではなく、ダーウィンがビーグル号でやったようにいろいろな現場を見てまわり、「突然変異」と「自然選択」のような、大雑把でもいいからリアリティをうまく捉える概念を提案する、ということだ。そういう方針転換をして、いままさにそれを実践しているのだという。
 実は僕は10年くらい前に、複雑系の関係で茂木さんと飲んだことがあったのだけど、そのときも、クオリアの問題を考えているとなかなかサイエンスにならない、と困っていた記憶がある。そのころは、学術論文ではオーソドックスな脳科学の研究をやって、本ではサイエンスから離れて自由に好きなことを書くという、二重生活を送っていたようだ。その後、特に最近は、そのようなことを考えて、ふつうの脳科学ではないアプローチで、脳と創造性の問題に取り組んでいるんだな、ということがわかり、なんだか少しすっきりした。
 それにしても、茂木さんは多忙で人並みならぬ生活を送っているようだが、梅田さんもネットに重きを置いた相当めずらしい生活を送っているようだ(詳しくは本の方で読んでほしい)。ストイックな感じ。

 梅田さんも茂木さんも、僕が好きな方向性の先にいる感じの人たちだ。いろいろな分野に興味があって、全体的に考えながら、世界の捉え方を提供したいと思っている人たち。梅田さん自身、「好きなことを一つずっと深堀りするというよりも、世の中を俯瞰して理解したいという気持ちがある」(梅田, p.110)とか、「異質なものと異質なものを結びつけるとか、歴史との比較で未来を考えるとか」(梅田, p.111)、そういうことが好きだと語っている。茂木さんも、旧来の枠組みに当てはまらないような進み方で、いろいろなことを考え、言及していく。
 しかし、それと同時に、僕は最近考えてしまう。そういった俯瞰的な思考で、本当に新しいものを生み出せるのだろうか、と。新しい世界の解説者として、また面白くてわかりやすい教育者として成功する姿は、イメージできる。でも、さっき紹介したグーグルやアップルのように、本当に新しいことを成し遂げられるのだろうか。そこが最近、とても気になる。きっと、もう1つ、何かもう1つ、足りないんだと思うのだ。
 やはり、どこで勝負するのか、という実践領域が必要だ。「T字型」とはうまく言ったものだ。ジェネラリストだけではだめで、一部に深い専門性を持たなければ、という。これは勉強の仕方として言われていることがあるが、活動領域の話として捉え直すと、ふたたび注目に値する話だ。そういうことを考えている今日この頃だからこそ、僕にとって、この本はなかなか刺激的だった。

 最後に、茂木さんが紹介しているエピソードを取り上げて終わりたいと思う。MITはこれまでに63人のノーベル賞学者を輩出しているらしいが、そこで教員がテニュア(終身教授資格)をとるには、次のような審査基準があるそうだ。

「それまで誰も手をつけていない分野を切り拓いたかどうか」

この基準のすごさと魅力。ううむ。。。実に考えさせられる。
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