井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

自己変革能力のある社会システムへの道標(抜粋)#1

最近、集合知(collective intelligence)を使うことで新しい政治の可能性が開けるのではないか、という議論が始まった。その問いに対する僕の解答はしばらく時間をもらうことにして、このブログでは、関連する情報や考えを紹介していきたいと思う。

まず最初に紹介したいのは、僕がいまから11年前に書いた論文である。タイトルは、「自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から」。この論文は、学術論文としてではなく、懸賞論文として書かれたものだ。結果は、読売新聞社主催の第四回読売論壇新人賞の佳作となった。最優秀賞でないのが残念なところだが、論文をほとんど書いたことがないコンピュータ・映像系の学生が、社会人相手に戦った結果としては、まずまずの結果だとも言えなくもない。これを書いたのは修士の学生だったときで、福原くんとの共著『複雑系入門』(NTT出版)を書いた直後である。

この論文で書いたことは、多くはいまでも僕の根本的な問題意識となっている。1998年当時を思い起こしてもらえればわかるように、インターネットの社会的普及という面では、まだまだ序盤であった。もちろん、Web 2.0なんて言葉も事例もない時代であり、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンがちょうどGoogleを立ち上げ始めた頃のことだ。いま振り返れば、この論文で最も欠けているのは、「集合知」技術への視点である。上に述べたように、時代背景的には発想できなくて当然といえば当然なのであるが、複雑性の縮減をいかに行うかということに答えていないということは認めなければならない。しかし、その問題意識については、明確に書かれていると思われる。

そこで、数回にわたって、この論文のなかに書かれた「自己変革能力のある社会」のための提言の一部を抜粋したいと思う。(無気力の心理学などの話も面白いのだけれども、焦点を絞るために省きたいと思う。)以下は、論文のイントロ部分だ。




自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から

1.自己変革能力のある社会システムを目指して

硬直した巨大システムの中で、途方に暮れる無気力な人々――――これが現在の 日本を象徴する構図である。人々は、自分ではコントロールできないほど巨大化した システムを前に、時代遅れのシステムのルールを仕方なく受け入れ、その状況を変え ようとする気力や手段を喪失している。

かつてA・ハーシュマンは、社会や組織の変革の力として退出(exit)オプションと発言(voice)オプションの二つの重要性を述べた。退出オプションとは、ある政党を選択しなくなったり組織を脱退するという退出行為を通じて社会を変える方法である。一方、発言オプションとは、その政党や組織に対し直接意見を述べることによって社会を変える方法である。この観点から現在の日本を眺めてみると、退出オプションが若干機能しているだけで、発言オプションはほとんど機能していないことがわかる。この社会変革のための退出・発言オプションの選択ができない日本社会は、社会システムとして自己変革能力に欠けていると言わざるを得ない。

また、社会変革の中心を担う人間が無気力になっているのも、日本社会の自己変革が困難な理由の一つである。心理学の分野で研究されてきた無気力の獲得メカニズ ムを現代社会に当てはめてみると、人々を無気力にさせるメカニズムが社会の中に組み込まれていることがわかる。

現在表面化している様々な社会問題の背後には、実はシステムの自己変革能力の欠如と人々の無気力の問題が隠されているのである。今、私たちに必要なことは、システムとそれを構成する人間の相互の関係性を考慮しながら、社会や組織が自己変革能力を獲得するための処方箋を模索することである。

自己変革能力をもつシステムで、最も身近なものは生命システムである。生命は内在する自己変革能力によって、自己を成長させ、また状況に応じて環境に適応する。 これが「生きている」ということに他ならない。私は、自己変革能力をもつ社会システムを目指す際には、この生命の「生きている」仕組み、すなわち複雑系のシステム 観を導入するとよいと考える。複雑系とは、システムを構成する要素の機能(役割)が 全体の文脈によって変化するシステムのことである。この複雑系の視点で社会システ ムを再構築することにより、従来の機能固定的なシステム観では実現できない、自己変革能力のある「生きている」社会システムの構築が可能になるのである。

本論で私は、複雑系と無気力の心理学の視点から、日本社会に自己変革能力を組 み込むために以下の具体的な提言を行なう。

(1) 自律的なサブシステムへの分権化
(2) ボイス・アブソーバーの設立、およびポリシー・インキュベーターの役割強化
(3) 効力感を育成する教育への改革
(4) 人々の心理コストを考慮したシステム設計の奨励

私はこれらの実現により、社会システムに発言オプションを導入でき、また人々 の無気力を回復することができると考える。その結果、自己変革能力を備えた創造的 で柔軟な社会へと躍進できるのである。


(井庭 崇, 「自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から」, 第四回読売論壇新人賞佳作, 読売新聞社, 1998 より抜粋)
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