モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(3)
2. 日本にいながら英語力を高める方法
さて、ここまでの話を踏まえて、「だから外国にいくことが大切です」という結論に達するのでは、あまりにも面白くないだろう。たしかにひと昔前までは、実際に現地に何年か住まないと身につかない、というのはひとつの真実だったのかもしれない。しかし、ここでは、それとは違う方向性を探求したい。「日本にいながらどうやって英語力を伸ばすのか」を考えたいのである。
この「日本にいながら」ということが現実味を帯びてきたのは、情報技術の発展のおかげである。インターネット経由で海外の情報・コンテンツが容易に、かつ安価に入手できるようになった。また、モバイル機器の登場によって、自分の身の回りに「パーソナルな環境」をつくり、持ち運ぶことができるようになった。これらを最大限に活用することで、日本で生活しながら海外にいるような環境をヴァーチャルに(実質的に、事実上そうであるように)つくり上げることはできないだろうか。その具体的な方法について考えてみたいのである。以下では、私の試行錯誤の経験から、具体的な方法を紹介することにしたい(これらは私自身が今も行っているものである)。
2 . 1 「言語のシャワー」を浴びる環境をつくる
日本にいながら英語力を高める第一方法は、「音としての英語」に絶えず触れることができる環境を構築することである。これは、現地で授業や講演を聴いたり、カフェで周りの人たちのおしゃべりを聴いたりするということと同じ状況を、ヴァーチャルに構築するということである。自分が興味ある分野・内容の音声/映像コンテンツを、iPodやiPad 等のモバイル機器に入れておけば、どこでも英語に触れることができるパーソナルな環境が出来上がる。この「言語のシャワー」をじゃぶじゃぶに浴びるための環境が、現地で英語を聴く機会が多いということの代わりをしてくれる。そのような環境を構築する要素として、ここでは、オーディオブック、講演映像、授業映像、テレビ映像、ラジオ音声を取り上げたい。
オーディオブック
英語環境構築の一つ目の要素は、オーディオブックである。私が利用している「audible.com」( http://www.audible.com/ )では、本として出版されているものを音声で読み上げて収録したオーディオブック(音声ファイル)を販売している。1冊あたり8時間とか10時間くらいの長さになる。このオーディオブックがよいのは、対応する本が存在するということである。オーディオブックを聴いていて、聴き取りにくい部分の英文を本で確認することができる。逆に、本で読んだあと、音声で聴くということもできる。こうすることで、多重的に自分のなかに入ってくるはずだ。いくつか試したなかで、私のおすすめのコンテンツは、『Wikinomics』(Don Tapscott & Anthony D. Williams)である。もともとわかりやすく魅力的な表現/時事的な言葉が多い本なのだが、このオーディオブック版は、非常にゆっくりとしたペースの語りで、初心者にとって聴き取りやすい。このほか、私のお気に入りは、『The Stuff of Thought』(Steven Pinker)と 『The Trouble With Physics』(Lee Smolin)。ネットワーク科学の『Linked』(Albert-Laszlo Barabasi)もオーディオブックで出ている。『Grammar Girl's Quick and Dirty Tips to Clean Up Your Writing』(Mignon Fogarty)は、内容が英文ライティングの内容であるうえに、女の子のペラペラしゃべる感じが異色な感じで、他のオーディオブックに飽きたときには、よくこれを聴いている。
講演映像
英語環境構築の二つ目の要素は、ウェブで公開されている講演映像である。私が活用しているものに「TED: Ideas worth spreading」( http://www.ted.com/ )があるが、このサイトでは世界的に有名な専門家たちが一般聴衆向けに行った魅力的な講演映像が多数公開されている。高詳細な映像をダウンロードしてPC で見ることもできるが、PodCast でダウンロードし、iPod 等で見る(聴く)こともできるので、時と場所を選ばない。また、10~20 分程度の講演なので、短時間で楽しめる点もよい。研究者も数多く講演しているほか、実務家や芸術家の講演/パフォーマンスもある。これまで見たなかで個人的に好きなのは、Steven Wolfram、John Maeda、Freeman Dyson、Lee Smolin、Steven Strogatz、Daniel Dennett などである。オーディオブックのように「書かれた文章」を読み上げているのではなく、聴衆に語りかけているので、抑揚があり、自らのオーラリティーを高めるための参考になるだろう。
授業映像
環境構築の三つ目の要素は、授業映像である。授業映像で有名なものに「iTunes U」( http://www.apple.com/education/itunes-u/ )があるが、実に様々な大学・学部の講義が映像としてアップされている。先ほどの講演映像とは異なり、授業なので、回を重ねてじっくりと説明がなされたり、議論が深められていく。いくつかの講義を選んで、自分なりの時間割を組めば、擬似的な留学体験ができるだろう。このほか、授業映像としては、「The Teaching Company」( http://www.teach12.com/ )という会社が販売しているレクチャーDVD もおすすめである。これは、大学で行った講義を収録したものではなく、このために録画された講義である。私がこれまで楽しんだのは、『Chaos』(Steven Strogatz)、『Understanding Complexity』(Scott E. Page)などである(このDVD、定価は高いが、毎日のように商品指定のSaleをしているので、それにタイミングを合わせて買うとよい)。
テレビ映像
英語環境構築の四つ目の要素は、テレビ映像である。私が見ているのは米国でのテレビドラマシリーズのDVD で、英語字幕を表示して見る。ドラマでは、講演やレクチャーのようなモノローグではなく、ダイアローグ、つまり会話が展開する。また、口頭での省略やスラングも登場する。ドラマなので、あくまでも脚本に基づく演技ではあるが、それであるがゆえに、音声と同期して文字ベースの確認ができるので、他にはないメリットがある。また、時事的なコンテンツがよければ、海外の英語ニュースのストリーミングなどを見るのもよいだろう。最近では、YouTube に「CC」(Closed Caption)の機能もついているので、CC データが含まれていれば、様々なコンテンツを英語字幕も表示させながら見ることができる。
ラジオ音声
英語環境構築の五つ目の要素は、ラジオ音声である。今日、ラジオの音声がWeb 経由でストリーミングされていることが多い。例えば、私がボストンで聴いていたFM 局「Magic 106.7」( http://www.magic1067.com/ )も、Web 経由で日本で聴くことができる。ラジオ局によって内容やバランスはいろいろであるが、音楽とトークが混ざっているラジオ音声は、BGM として流しやすいだろう。
以上の五つの要素のどれか一つに絞るのではなく、すべて取り入れるとよい。それぞれに特徴が違うので、ある方式に飽きたら、別の方式のものを流す、というようにすることで、絶えず英語が流れている状況を継続させることができる。「英語を聴く/聴かない」という選択ではなく、「どれで英語を聴くのか」という選択に変えることが大切なのである。
また、このヴァーチャル環境構築を支える機器も、いろいろ組み合わせて使うとよい。私の場合は、音声ものはiPod と自家用車の車載HD、音声と映像はiPad に入れている。当初、映像はPC で再生していたが、研究上の重い処理をさせているときにPC に負荷がかかりすぎるため、現在は映像はiPad に入れ、それをPC の横に置いて絶えず再生するようにしている。このように、いくつものコンテンツを、いくつもの機器に入れておき、状況に応じて何かしらの英語コンテンツが絶えず流れているようにする。これが、日本にいながら、ヴァーチャルに英語に触れることができる「言語のシャワー」環境を自ら構築するということである。
(つづく)
※「モバイル時代の英語力強化法 ―日本にいながらの環境構築―」(井庭 崇, 『人工知能学会誌』, Vol. 25, No. 5, 2010年9月)をベースに加筆・修正
さて、ここまでの話を踏まえて、「だから外国にいくことが大切です」という結論に達するのでは、あまりにも面白くないだろう。たしかにひと昔前までは、実際に現地に何年か住まないと身につかない、というのはひとつの真実だったのかもしれない。しかし、ここでは、それとは違う方向性を探求したい。「日本にいながらどうやって英語力を伸ばすのか」を考えたいのである。
この「日本にいながら」ということが現実味を帯びてきたのは、情報技術の発展のおかげである。インターネット経由で海外の情報・コンテンツが容易に、かつ安価に入手できるようになった。また、モバイル機器の登場によって、自分の身の回りに「パーソナルな環境」をつくり、持ち運ぶことができるようになった。これらを最大限に活用することで、日本で生活しながら海外にいるような環境をヴァーチャルに(実質的に、事実上そうであるように)つくり上げることはできないだろうか。その具体的な方法について考えてみたいのである。以下では、私の試行錯誤の経験から、具体的な方法を紹介することにしたい(これらは私自身が今も行っているものである)。
2 . 1 「言語のシャワー」を浴びる環境をつくる
日本にいながら英語力を高める第一方法は、「音としての英語」に絶えず触れることができる環境を構築することである。これは、現地で授業や講演を聴いたり、カフェで周りの人たちのおしゃべりを聴いたりするということと同じ状況を、ヴァーチャルに構築するということである。自分が興味ある分野・内容の音声/映像コンテンツを、iPodやiPad 等のモバイル機器に入れておけば、どこでも英語に触れることができるパーソナルな環境が出来上がる。この「言語のシャワー」をじゃぶじゃぶに浴びるための環境が、現地で英語を聴く機会が多いということの代わりをしてくれる。そのような環境を構築する要素として、ここでは、オーディオブック、講演映像、授業映像、テレビ映像、ラジオ音声を取り上げたい。
オーディオブック
英語環境構築の一つ目の要素は、オーディオブックである。私が利用している「audible.com」( http://www.audible.com/ )では、本として出版されているものを音声で読み上げて収録したオーディオブック(音声ファイル)を販売している。1冊あたり8時間とか10時間くらいの長さになる。このオーディオブックがよいのは、対応する本が存在するということである。オーディオブックを聴いていて、聴き取りにくい部分の英文を本で確認することができる。逆に、本で読んだあと、音声で聴くということもできる。こうすることで、多重的に自分のなかに入ってくるはずだ。いくつか試したなかで、私のおすすめのコンテンツは、『Wikinomics』(Don Tapscott & Anthony D. Williams)である。もともとわかりやすく魅力的な表現/時事的な言葉が多い本なのだが、このオーディオブック版は、非常にゆっくりとしたペースの語りで、初心者にとって聴き取りやすい。このほか、私のお気に入りは、『The Stuff of Thought』(Steven Pinker)と 『The Trouble With Physics』(Lee Smolin)。ネットワーク科学の『Linked』(Albert-Laszlo Barabasi)もオーディオブックで出ている。『Grammar Girl's Quick and Dirty Tips to Clean Up Your Writing』(Mignon Fogarty)は、内容が英文ライティングの内容であるうえに、女の子のペラペラしゃべる感じが異色な感じで、他のオーディオブックに飽きたときには、よくこれを聴いている。
講演映像
英語環境構築の二つ目の要素は、ウェブで公開されている講演映像である。私が活用しているものに「TED: Ideas worth spreading」( http://www.ted.com/ )があるが、このサイトでは世界的に有名な専門家たちが一般聴衆向けに行った魅力的な講演映像が多数公開されている。高詳細な映像をダウンロードしてPC で見ることもできるが、PodCast でダウンロードし、iPod 等で見る(聴く)こともできるので、時と場所を選ばない。また、10~20 分程度の講演なので、短時間で楽しめる点もよい。研究者も数多く講演しているほか、実務家や芸術家の講演/パフォーマンスもある。これまで見たなかで個人的に好きなのは、Steven Wolfram、John Maeda、Freeman Dyson、Lee Smolin、Steven Strogatz、Daniel Dennett などである。オーディオブックのように「書かれた文章」を読み上げているのではなく、聴衆に語りかけているので、抑揚があり、自らのオーラリティーを高めるための参考になるだろう。
授業映像
環境構築の三つ目の要素は、授業映像である。授業映像で有名なものに「iTunes U」( http://www.apple.com/education/itunes-u/ )があるが、実に様々な大学・学部の講義が映像としてアップされている。先ほどの講演映像とは異なり、授業なので、回を重ねてじっくりと説明がなされたり、議論が深められていく。いくつかの講義を選んで、自分なりの時間割を組めば、擬似的な留学体験ができるだろう。このほか、授業映像としては、「The Teaching Company」( http://www.teach12.com/ )という会社が販売しているレクチャーDVD もおすすめである。これは、大学で行った講義を収録したものではなく、このために録画された講義である。私がこれまで楽しんだのは、『Chaos』(Steven Strogatz)、『Understanding Complexity』(Scott E. Page)などである(このDVD、定価は高いが、毎日のように商品指定のSaleをしているので、それにタイミングを合わせて買うとよい)。
テレビ映像
英語環境構築の四つ目の要素は、テレビ映像である。私が見ているのは米国でのテレビドラマシリーズのDVD で、英語字幕を表示して見る。ドラマでは、講演やレクチャーのようなモノローグではなく、ダイアローグ、つまり会話が展開する。また、口頭での省略やスラングも登場する。ドラマなので、あくまでも脚本に基づく演技ではあるが、それであるがゆえに、音声と同期して文字ベースの確認ができるので、他にはないメリットがある。また、時事的なコンテンツがよければ、海外の英語ニュースのストリーミングなどを見るのもよいだろう。最近では、YouTube に「CC」(Closed Caption)の機能もついているので、CC データが含まれていれば、様々なコンテンツを英語字幕も表示させながら見ることができる。
ラジオ音声
英語環境構築の五つ目の要素は、ラジオ音声である。今日、ラジオの音声がWeb 経由でストリーミングされていることが多い。例えば、私がボストンで聴いていたFM 局「Magic 106.7」( http://www.magic1067.com/ )も、Web 経由で日本で聴くことができる。ラジオ局によって内容やバランスはいろいろであるが、音楽とトークが混ざっているラジオ音声は、BGM として流しやすいだろう。
以上の五つの要素のどれか一つに絞るのではなく、すべて取り入れるとよい。それぞれに特徴が違うので、ある方式に飽きたら、別の方式のものを流す、というようにすることで、絶えず英語が流れている状況を継続させることができる。「英語を聴く/聴かない」という選択ではなく、「どれで英語を聴くのか」という選択に変えることが大切なのである。
また、このヴァーチャル環境構築を支える機器も、いろいろ組み合わせて使うとよい。私の場合は、音声ものはiPod と自家用車の車載HD、音声と映像はiPad に入れている。当初、映像はPC で再生していたが、研究上の重い処理をさせているときにPC に負荷がかかりすぎるため、現在は映像はiPad に入れ、それをPC の横に置いて絶えず再生するようにしている。このように、いくつものコンテンツを、いくつもの機器に入れておき、状況に応じて何かしらの英語コンテンツが絶えず流れているようにする。これが、日本にいながら、ヴァーチャルに英語に触れることができる「言語のシャワー」環境を自ら構築するということである。
(つづく)
※「モバイル時代の英語力強化法 ―日本にいながらの環境構築―」(井庭 崇, 『人工知能学会誌』, Vol. 25, No. 5, 2010年9月)をベースに加筆・修正
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