井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

声、神話、地下水脈:谷川俊太郎・覚和歌子『対詩 2馬力』を読んで

谷川俊太郎さんと覚和歌子さんの『対詩 2馬力』は、お二人の「対詩」でつくった詩と対談が収録されている本。覚(かく)さんは、『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」の作詞をされた方ですね。

「対詩」についての話も面白かったが、それ以外のところで僕にとって重要なところがいろいろあった。まず最初は、覚さんが声から入っているということについて聞かれての発言。

「『一期一会』感覚というか、『そのとき声出してしまったものがすべて』みたいなことと、もう一つは『言葉において、声のほうが文字よりもえらい』と確実に思っていますね。」(覚, p.30)

「文字は『意味』に近いけれども、声は意味を超えて『波動』そのものだということですね。波動のほうがより真実で、リアリティがある。」(覚, p.30)

そうそう、そうなのだ。だからこそ、僕は、パターンの中に事例の文章を入れず、その代わりに対話ワークショップやパターン・カードを用いた対話のようなかたちで、声で自らの経験を語り、それを聞く、ということを重視してきた。パターンの記述だけで伝達のための自己充足的なコンテンツとするのではなく、あえて「スキマをつくる」ことで、語り=声が引き出されるようにつくってきた。

そして、これからのチャレンジは、パターンそのものの内容を声でどう共有していくか。パターン・ソングというのは、その試みの最初のものだし、ラジオやポッドキャストのようなものでの共有なども試してみたいと思っている。いまでも僕らは、パターン・ランゲージをつくり込むときには、視覚的な文字面だけでなく、音として発したり聴いたときにもわかるようになることを気にして、パターン名を考えている。そういうことが発揮される音声的な共有手段についても、もっと模索していきたいと思っている。


また別の箇所で、覚さんのつくる詩が物語詩であることについての話題のなかで語った次のことも、僕をワクワクさせた。

「物語というか、神話をね、詩のかたちでやりたかったんです。小説はどうしても微に入り細を穿(うが)ちすぎるというか……。読みながら『そこ、別に知らなくてもいい』ってところまで説明されすぎていてまだるっこしいんですよね。・・・でも、物語を読みたいという普遍的な人間の欲求はあるだろうなと思って。だからそれを詩のかたちでやりたかったんです。」(覚, p.34)

この気持ちすごくわかる。そう、そうなんだよ。僕は、神話を、詩ではなく、パターン・ランゲージのかたちでやりたい。もう物語として提示されること自体から変えて。でも人類が普遍的にもっている理や型など、神話が伝えてくれたようなことを、物語の形式ではなく、自分が生きるということのなかで物語化がなされるようなやり方で、共有したい。まだうまく言えないけれども、パターン・ランゲージでやりたいことはそのことなのです。そういうわけで、最近、また、神話について、読み直し、学び直そうと思っていたところだった。


詩の創作についての谷川さんが語った次のことも、重要。詩人が2人で対詩をつくるということについて。

「水の比喩で言うと、一人一人が泉でね。泉っていうのは、地下の水脈につながっていて、そこから湧くでしょう?」(谷川, p.45-46)

「僕なんかはやっぱりそういう集合的無意識にできるだけ根をおろしたいというか、届きたいという気持ちがどこかにありますね。」(谷川, p.46)

この地下水脈のメタファーは、井戸と地下という言葉で語る村上春樹さんの話にも通じるし、河合隼雄さんの「個を突き抜けての普遍」という話にもつながる。

まさに、僕がパターンを洗練させて、仕上げるときに、ぐっと深く潜り込んで探るのも、この多くの人の奥深いところに通じる地下水脈である。


最後に、覚さんが言っていたすごく素敵な執筆スタイルの箇所を。

「私は、基本、詩は八ヶ岳のアトリエでしか書かない、と決めて、すごく試作が楽しくなりました。やっぱり自然の中には「お助け小人」がいるんですよ。そういう話をこの間、画家の友人としていたら、彼も『絶対いる』って言ってましたね。自然の中で書くのは、楽しい。エッセイとか散文は東京でも書けるんですけど、詩は山で書くほうが楽しいですね。」(覚, p. 51)

素敵すぎる、そのスタイル。世界の作家たちも、丘の上のヒュッテ(小屋)みたいなところをもっていて、そこにこもって書く、というような人は多い。僕もそういう特別な場所を持ちたいなぁ。実に。


『対詩 2馬力』(谷川俊太郎,‎ 覚 和歌子, ナナロク社, 2017)

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