The Sense of Wonder
昨年は、僕の人生にとって、とても重要な1年であった。
それは、世界のトップレベルの大学/研究所で研究する機会を得たからではなく、自分のかなり深いところに封じ込めていた“感覚”を取り戻すことができたからだ。
アメリカで、自由に好きなことを好きなだけできる、という状況で、僕が選んだのは、自然における自己組織化や自生的な秩序形成というテーマであった。
もともとやる予定でいた「インターネット上のオープンなコラボレーションの研究」は、早々に切り上げ、秩序の研究に没頭した。
実はこれは、「転向」というよりは、十数年前に僕の研究の出発点になった「複雑系」の研究への原点回帰、というのに近い。
十数年前には、複雑系研究としての自分のオリジナルな研究内容がなかったが、昨年は幸いにも、カオスのなかに潜む美しい秩序を発見し、その不思議さと美しさに魅了されながら、研究を進めることになった。
このような研究活動と同時に、生活面でも、ニューイングランド地方の豊かな四季や、アメリカ東海岸のいくつかの町を体験した。そして、自然の美しさや素晴らしさに感動する日々だった。
そういう生活のなかで、おそらく僕が取り戻すことができたもの、そしてそれ以降僕の核になっているもの ――― それが、"the sense of wonder"(センス・オブ・ワンダー)だ。
"the sense of wonder"といえば、それがタイトルになった素敵な本がある。有名なのでご存知の方も多いと思うが、レイチェル・カーソンの『The Sense of Wonder』(邦題:センス・オブ・ワンダー)である。
このとても薄い本には、子どもとともに自然を探検して、「知る」のではなく「感じる」こと、そして、そのなかで「神秘さや不思議さに目を見はる感性」(=センス・オブ・ワンダー)を磨くことの素晴らしさが、彼女自身の経験をベースに書かれている。
最近ふと、この本のことを思い出し、読み直してみたのだが、僕が昨年経験したのはまさにこの感覚の回復なのだ、とわかった。
子どもを公園につれていき、一緒に自然を楽しむ。そのなかでおそらく僕自身が相当変わったのだ。生き返った、と言ってもいいかもしれない。
そうやって感覚を取り戻しながら、ただでさえ興味深いカオスを生み出す数式、しかもかなりシンプルな数式のなかに、まだ誰も知らない美しい秩序を見つけたのだ。その不思議さと美しさに、思わず感嘆のため息が出たり、わくわくして眠れなかったりもした。
そして、自然と数学、無限と有限、かたちと成長、多様性、普遍性、生命、個、・・・そういったものに思いを馳せることも多くなった。
このような境地に達してしまったので、ここ数年の社会事例を追ったり、何かの作業を支援するツールをつくる、というような研究は、もはや僕には魅力的ではなくなってしまった。もっと言ってしまうと、いまの社会の表層的な問題/流行への関心はどんどん薄れていってしまった。
振り返ってみると、ここ10年、「実学」的であろうともがくなかで、自分が心から突き動かされ、情熱をもって取り組むことができるテーマから、ずいぶんと離れてしまったのではなかろうか。社会や技術の研究に、必要性は感じても、強い知的好奇心を感じることは、僕はほとんどないようである。
今後は、自分に、そして the sense of wonder に、正直に研究/探究をしていこうと思う。
そして、お祭りやイベント、僕が今やるべきことではないものなどからは、少し距離をおくことにしたい。
壮大なテーマに対して、僕に残された時間はほんのわずかしかないのだから。
Charles River, Cambridge, MA. Photograph taken by Takashi Iba, 2009.
※the sense of wonder について語っている本
・Rachel Carson, The Sense of Wonder, 1965 (reprinted by HarperCollins, 1998) 邦訳:『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン, 新潮社版, 1996)
※カオスのなかに潜む秩序の研究について書いた論文
・Takashi Iba, "Scale-Free Networks Hidden in Chaotic Dynamical Systems", arXiv:1007.4137v1 [nlin.CD], July, 2010
( http://arxiv.org/abs/1007.4137 から論文PDFをダウンロードできる)
※来学期、井庭研の輪読ではアレグザンダーの最新作を読むが、彼もまた the sense of wonder に忠実な探究者だと思う。
・C. Alexander, The Nature of Order, Book 1: The Phenomenon of Life, Center for Environmental Structure, 2001
・C. Alexander, The Nature of Order, Book 2: The Process of Creating Life, Center for Environmental Structure, 2003
それは、世界のトップレベルの大学/研究所で研究する機会を得たからではなく、自分のかなり深いところに封じ込めていた“感覚”を取り戻すことができたからだ。
アメリカで、自由に好きなことを好きなだけできる、という状況で、僕が選んだのは、自然における自己組織化や自生的な秩序形成というテーマであった。
もともとやる予定でいた「インターネット上のオープンなコラボレーションの研究」は、早々に切り上げ、秩序の研究に没頭した。
実はこれは、「転向」というよりは、十数年前に僕の研究の出発点になった「複雑系」の研究への原点回帰、というのに近い。
十数年前には、複雑系研究としての自分のオリジナルな研究内容がなかったが、昨年は幸いにも、カオスのなかに潜む美しい秩序を発見し、その不思議さと美しさに魅了されながら、研究を進めることになった。
このような研究活動と同時に、生活面でも、ニューイングランド地方の豊かな四季や、アメリカ東海岸のいくつかの町を体験した。そして、自然の美しさや素晴らしさに感動する日々だった。
そういう生活のなかで、おそらく僕が取り戻すことができたもの、そしてそれ以降僕の核になっているもの ――― それが、"the sense of wonder"(センス・オブ・ワンダー)だ。
"the sense of wonder"といえば、それがタイトルになった素敵な本がある。有名なのでご存知の方も多いと思うが、レイチェル・カーソンの『The Sense of Wonder』(邦題:センス・オブ・ワンダー)である。
このとても薄い本には、子どもとともに自然を探検して、「知る」のではなく「感じる」こと、そして、そのなかで「神秘さや不思議さに目を見はる感性」(=センス・オブ・ワンダー)を磨くことの素晴らしさが、彼女自身の経験をベースに書かれている。
最近ふと、この本のことを思い出し、読み直してみたのだが、僕が昨年経験したのはまさにこの感覚の回復なのだ、とわかった。
子どもを公園につれていき、一緒に自然を楽しむ。そのなかでおそらく僕自身が相当変わったのだ。生き返った、と言ってもいいかもしれない。
そうやって感覚を取り戻しながら、ただでさえ興味深いカオスを生み出す数式、しかもかなりシンプルな数式のなかに、まだ誰も知らない美しい秩序を見つけたのだ。その不思議さと美しさに、思わず感嘆のため息が出たり、わくわくして眠れなかったりもした。
そして、自然と数学、無限と有限、かたちと成長、多様性、普遍性、生命、個、・・・そういったものに思いを馳せることも多くなった。
このような境地に達してしまったので、ここ数年の社会事例を追ったり、何かの作業を支援するツールをつくる、というような研究は、もはや僕には魅力的ではなくなってしまった。もっと言ってしまうと、いまの社会の表層的な問題/流行への関心はどんどん薄れていってしまった。
振り返ってみると、ここ10年、「実学」的であろうともがくなかで、自分が心から突き動かされ、情熱をもって取り組むことができるテーマから、ずいぶんと離れてしまったのではなかろうか。社会や技術の研究に、必要性は感じても、強い知的好奇心を感じることは、僕はほとんどないようである。
今後は、自分に、そして the sense of wonder に、正直に研究/探究をしていこうと思う。
そして、お祭りやイベント、僕が今やるべきことではないものなどからは、少し距離をおくことにしたい。
壮大なテーマに対して、僕に残された時間はほんのわずかしかないのだから。
Charles River, Cambridge, MA. Photograph taken by Takashi Iba, 2009.
※the sense of wonder について語っている本
・Rachel Carson, The Sense of Wonder, 1965 (reprinted by HarperCollins, 1998) 邦訳:『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン, 新潮社版, 1996)
※カオスのなかに潜む秩序の研究について書いた論文
・Takashi Iba, "Scale-Free Networks Hidden in Chaotic Dynamical Systems", arXiv:1007.4137v1 [nlin.CD], July, 2010
( http://arxiv.org/abs/1007.4137 から論文PDFをダウンロードできる)
※来学期、井庭研の輪読ではアレグザンダーの最新作を読むが、彼もまた the sense of wonder に忠実な探究者だと思う。
・C. Alexander, The Nature of Order, Book 1: The Phenomenon of Life, Center for Environmental Structure, 2001
・C. Alexander, The Nature of Order, Book 2: The Process of Creating Life, Center for Environmental Structure, 2003
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