書籍販売市場における隠れた法則性
以前の僕らの研究(※)で、全国に分布する2,000以上の書店のPOS(販売時点情報管理)システムの実データを解析したところ、販売冊数-順位の関係が、月間・年間のどちらの場合も「べき乗分布」になっていることがわかった。
例えば、2005年度における販売冊数と順位の関係を示すと、左図のようになる。縦軸が、販売冊数の割合(そのタイトルの販売冊数を書籍全体の販売冊数で割ったもの)、横軸が順位である。つまり、グラフの左から右に向かって、販売冊数が多いタイトル(銘柄)から低いタイトルまでが並んでいる。もし販売冊数が同じものがあっても、同位とはせず、順に順位を振っていく。例えば、まったく同じ販売冊数のタイトルが2つあったとしても、100位が2つあるというふうにするのではなく、100位と101位に分けてプロットする。ここで示したグラフは、上が線形グラフ、下が両対数グラフである。上の線形グラフをみると、「ロングテール」である(「しっぽ」の部分が長い)ことがよくわかると思う。
ここで、「線形グラフ」と「両対数グラフ」について、少し解説しておくことにしよう。線形グラフ(linear graph)というのは、一般的によく用いられている普通のグラフだ。線形グラフでは、目盛りごとに100、200、300というような感じで「線形」に数が増えていく。両対数グラフ(double logarithmic graph)では、目盛が増えると、1、10、100、1000というように対応する値が増えていくグラフである。このグラフでは、実は10の「何乗か」という指数の部分が、0、1、2、3と増えているのだ。べき乗分布のデータは、線形グラフでは、軸に限りなく近くて、その特徴が理解できないため、両対数グラフで見ることが多い。べき乗分布は、両対数グラフでは直線上に並んでプロットされる。
販売量-順位分布のべき乗が示しているのは、「破格に売れているタイトルがごく稀にあり,ほとんど多くのタイトルはあまり売れていない」という事実である。テール部分が近似線から乖離しているのは、書店や棚の規模が有限であるために生じる「カットオフ」だと考えられる。書籍販売市場がウィナー・テイク・オール市場だということは、以前から知られていたが、この分析結果の面白い点は、売れ行きの規模に関係なく、順位が下がれば販売量が規則正しく減少していくということである。べき乗分布は、単に「20:80の法則」(ニッパチの法則)が示しているような「ほんの一部のタイトル(銘柄)がとても売れている」ということだけを示しているのではない。また、ロングテール論がいうような「テールが長く、集めるとかなりの量になる」ということだけを示しているわけでもない。べき乗分布が示しているのは、それら二つの特徴を含みながら、最上位や最下位の間に存在するすべての書籍が、べき乗則という法則に従っているという驚くべき事実なのだ。これは、本当に不思議なことだ。
また、月間のデータでも、どの月もほぼ同じべき乗分布を示しているというのも興味深い。市場で販売されているタイトルは日々入れ替わっており(現在日本で発行される新刊タイトル数は年間7万7千点にのぼる)、そこで購入している人たちも日々入れ替わっているにもかかわらず、べき乗分布という市場レベルの法則性は維持されている。それゆえ、この法則性は、個々の要素には還元することができない市場レベルの「創発的秩序」だといえる。
「べき乗分布」は、実は、都市、社会ネットワーク、価格変動、所得など様々な領域で発見されている。都市人口の規模と順位は、べき乗分布になることが知られている。このことは、1890年以降のアメリカの都市についても、日本の都市についても当てはまる。また、社会ネットワークにおけるノードの次数(そのノードがもつリンク数)と順位の関係にも、べき乗分布があることが知られている。そのほか、所得分布の一部がべき乗になることが知られており、「パレートの法則」と呼ばれている。企業の所得分布もべき乗分布に従うことがわかっており、業種ごとの比較研究などもある。さらに、価格変動の規模と頻度の関係をべき乗分布が見出されている。これらのべき乗分布の生成メカニズムについては、少しずつわかってきてはいるものの、まだまだ解明されていないホットイシューだ。
商品市場においてどのようなメカニズムでべき乗分布が生成されるのかについては、まだわかっていない。僕らは今まさにそのメカニズムの解明に取り組んでいるところだ。
※この研究成果は、以下のジャーナル論文、学会研究会で報告している。
●井庭 崇, 深見 嘉明, 斉藤 優, 「書籍販売市場における隠れた法則性」, 情報処理学会論文誌:数理モデル化と応用, Vol.48, No.SIG6 (TOM17), 2007年3月発行, pp.128-136 [CiNiiのページへ]
●井庭 崇, 深見 嘉明, 斉藤 優, 「書籍販売市場における隠れた法則性」, 情報処理学会 第61回数理モデル化と問題解決研究会, 大阪, 2006年9月 [PDF]
●井庭 崇, 深見 嘉明, 吉田 真理子, 山下 耕平, 斉藤 優, 「書籍販売市場における上位タイトルの売上分析」, 情報処理学会 第64回 数理モデル化と問題解決研究会, 大阪大学, 2007年5月 [PDF]
例えば、2005年度における販売冊数と順位の関係を示すと、左図のようになる。縦軸が、販売冊数の割合(そのタイトルの販売冊数を書籍全体の販売冊数で割ったもの)、横軸が順位である。つまり、グラフの左から右に向かって、販売冊数が多いタイトル(銘柄)から低いタイトルまでが並んでいる。もし販売冊数が同じものがあっても、同位とはせず、順に順位を振っていく。例えば、まったく同じ販売冊数のタイトルが2つあったとしても、100位が2つあるというふうにするのではなく、100位と101位に分けてプロットする。ここで示したグラフは、上が線形グラフ、下が両対数グラフである。上の線形グラフをみると、「ロングテール」である(「しっぽ」の部分が長い)ことがよくわかると思う。
ここで、「線形グラフ」と「両対数グラフ」について、少し解説しておくことにしよう。線形グラフ(linear graph)というのは、一般的によく用いられている普通のグラフだ。線形グラフでは、目盛りごとに100、200、300というような感じで「線形」に数が増えていく。両対数グラフ(double logarithmic graph)では、目盛が増えると、1、10、100、1000というように対応する値が増えていくグラフである。このグラフでは、実は10の「何乗か」という指数の部分が、0、1、2、3と増えているのだ。べき乗分布のデータは、線形グラフでは、軸に限りなく近くて、その特徴が理解できないため、両対数グラフで見ることが多い。べき乗分布は、両対数グラフでは直線上に並んでプロットされる。
販売量-順位分布のべき乗が示しているのは、「破格に売れているタイトルがごく稀にあり,ほとんど多くのタイトルはあまり売れていない」という事実である。テール部分が近似線から乖離しているのは、書店や棚の規模が有限であるために生じる「カットオフ」だと考えられる。書籍販売市場がウィナー・テイク・オール市場だということは、以前から知られていたが、この分析結果の面白い点は、売れ行きの規模に関係なく、順位が下がれば販売量が規則正しく減少していくということである。べき乗分布は、単に「20:80の法則」(ニッパチの法則)が示しているような「ほんの一部のタイトル(銘柄)がとても売れている」ということだけを示しているのではない。また、ロングテール論がいうような「テールが長く、集めるとかなりの量になる」ということだけを示しているわけでもない。べき乗分布が示しているのは、それら二つの特徴を含みながら、最上位や最下位の間に存在するすべての書籍が、べき乗則という法則に従っているという驚くべき事実なのだ。これは、本当に不思議なことだ。
また、月間のデータでも、どの月もほぼ同じべき乗分布を示しているというのも興味深い。市場で販売されているタイトルは日々入れ替わっており(現在日本で発行される新刊タイトル数は年間7万7千点にのぼる)、そこで購入している人たちも日々入れ替わっているにもかかわらず、べき乗分布という市場レベルの法則性は維持されている。それゆえ、この法則性は、個々の要素には還元することができない市場レベルの「創発的秩序」だといえる。
「べき乗分布」は、実は、都市、社会ネットワーク、価格変動、所得など様々な領域で発見されている。都市人口の規模と順位は、べき乗分布になることが知られている。このことは、1890年以降のアメリカの都市についても、日本の都市についても当てはまる。また、社会ネットワークにおけるノードの次数(そのノードがもつリンク数)と順位の関係にも、べき乗分布があることが知られている。そのほか、所得分布の一部がべき乗になることが知られており、「パレートの法則」と呼ばれている。企業の所得分布もべき乗分布に従うことがわかっており、業種ごとの比較研究などもある。さらに、価格変動の規模と頻度の関係をべき乗分布が見出されている。これらのべき乗分布の生成メカニズムについては、少しずつわかってきてはいるものの、まだまだ解明されていないホットイシューだ。
商品市場においてどのようなメカニズムでべき乗分布が生成されるのかについては、まだわかっていない。僕らは今まさにそのメカニズムの解明に取り組んでいるところだ。
※この研究成果は、以下のジャーナル論文、学会研究会で報告している。
●井庭 崇, 深見 嘉明, 斉藤 優, 「書籍販売市場における隠れた法則性」, 情報処理学会論文誌:数理モデル化と応用, Vol.48, No.SIG6 (TOM17), 2007年3月発行, pp.128-136 [CiNiiのページへ]
●井庭 崇, 深見 嘉明, 斉藤 優, 「書籍販売市場における隠れた法則性」, 情報処理学会 第61回数理モデル化と問題解決研究会, 大阪, 2006年9月 [PDF]
●井庭 崇, 深見 嘉明, 吉田 真理子, 山下 耕平, 斉藤 優, 「書籍販売市場における上位タイトルの売上分析」, 情報処理学会 第64回 数理モデル化と問題解決研究会, 大阪大学, 2007年5月 [PDF]
複雑系科学 | - | -