風と窓:近未来からの生活情報メディア史(1991)
 
序論
1. 狂気に潜む正気 サイバーリアリティと<いま>の小説
2. トリックの解法:ルールとルーツ
3. がらくたのウィンドゥ:TVと”孤独な群衆”
4. 細やかなネットワーク 電話と”家族解散”
5. わがもの顔のポップメディア AVと”ハッピークエスターズ”
1.狂気に潜む正気 サイバーリアリティと<いま>の小説

僕は、大沢まことです。噂ネットで聞いた話ですが、「マスオさんが不倫をし、カツオくんが同級生を妊娠させ、絶望したサザエさんが新興宗教に走って一家離散した」ということです。それはありうることだ、と思いました。テレビの中では、マスオさんもサザエさんも「幸福で真面目な夫婦」を我慢して演じているのでしょう。

僕の生みの親は、いとうせいこうですが、僕と一緒に暮しているわけではありません。僕は母さん(まみ子といいます)と二人だけです。母さんは「小さな商店から電話回線で送られてくるデータを解析して、メインコンピュータとつなぎ、全国的な売り上げレベルとの比較や、仕入れ商品等のアドバイスをする」仕事を夜遅くまで自分の部屋にこもってやっています。僕の家は小さな情報会社です。

僕は小四で、いまゲーム・ソフトの「ライフキング3」に夢中です。このソフトのおかげで、ディスク対応型キーボード付きコンピュータ・ゲーム・ハード(ディスコン)が日本中の子供部屋に蔓延しました。もちろん僕の部屋にもディスコンがありますし、それに僕専用の電話だってあります。僕の部屋はもう勉強部屋ではありません、気分はコクピットです。だから家の中でいつも「良い子」ばかりを演ってるわけにはいきません。しっかりと僕探しゲームをしないと、みんなについていけなくなります。

夜の11時頃、僕は僕のソフトが「ライフキング3」である証拠をつかんで、狂喜しました。そこで母さんの部屋のドアを叩いて、ドア越しに会話をしました。二人しかいないからこそ、プライバシーを守ろうと言ったのは母でした。ドアが開いて母さんが顔をだしたとき、僕は照れ臭くてゴリラの真似をしておどけました。母さんは、照れ隠しのゴリラ顔を見ると吹き出し、まるで恋人にするように僕を抱きしめました。そんな母さんを僕の部屋に誘ってライフキングの証拠をみせ始めました。でも途中で大事な裏技を忘れたので、電話ネットをフルに活用しました。母さんは「こんな時間に、しかもこんなたくさんの友達に!」とびっくりしてましたが、いつものことです。電話ネットでは、僕には千人の友達がいます。

こうして傑作『ノーライフキング』は、そのプロローグで 「粒子家族」を提示し、「暗黒迷宮」の情報環境に一気に疾走します。