2009年2月アーカイブ

だいぶ春めいた陽気になってきた。

気分転換に屋外のベンチに座って『シャーロック・ホームズの冒険』を日本の文庫本で読んでいた。すると、白人の中年男性が近づいてきて、「英語分かる?」と聞いてきた。「分かるよ」と答えると、「今読んでいるのは中国語?」という。「日本語だよ。」「日本語も縦に読むの?」「そうだよ。」「ジョークを聞いたんだけどさ。英語は左から右へと横に読むでしょ。だからアメリカ人はいつもノー、ノー、ノー。中国人は縦に読むからいつもイエス、イエス、イエス。」「ははは、おもしろいね。」彼は突然きびすを返して無表情のまま行ってしまった。

いったい何だったのだろう。ジョークの実験台にされたのだろうか。ノーなのに何でもイエスと答えてしまうのは中国人より日本人ではないだろうか。

シャーロック・ホームズは小学生の頃に何度も読んだはずなのだけど、全然内容を覚えていないので楽しめる。初版の訳が昭和28年(1953年)のせいだろうけど、ホームズがコカイン常習者になっているのがおもしろい。翻訳には賞味期限があるというが、今ならどうやって訳すのだろう。ロンドンのアヘン窟の話も出てくるなど、時代背景がずいぶん違う。

『シャーロック・ホームズの冒険』の中の「ボヘミアの醜聞」におもしろいホームズの言葉がある。

資料もないのに、ああだこうだと理論的な説明をつけようとするのは、大きな間違いだよ。人は事実に合う理論的な説明を求めようとしないで、理論的な説明に合うように、事実のほうを知らず知らずに曲げがちになる。

この部分、ある先生の博士論文の冒頭に引用されていた。自戒も込めてメモしておこう。

USエアウェイズが1月にハドソン川で事故を起こしたせいか、ボストン=ニューヨーク(ラガーディア)間のUSエアウェイズのシャトル便が激安(1万1010円)だったので、今回はアムトラックではなく飛行機でニューヨークに行った。

ボストンからの便で隣に座ったのはコミュニティ・カレッジで先生をしているというおばあちゃんとその孫娘。私が首にヘッドホンを付けていたので、「あなたは話がしたくないと見えるわね。おまけにそんな書類の束を抱えちゃって」なんて言われてしまう。「これからニューヨークで学会発表があって……」なんて雑談をしているうちに、短いフライトなのでニューヨークに着陸してしまう。最後に、「学会発表は必ずうまくいくわよ。ボストンで最後の時間を楽しんで、日本に帰ったら良いことがまた待っているわよ」なんて言ってくれた。

こちらはあんまり気の利いたことは言えないが、昔ながらの良いアメリカ人がまだいるなあと久しぶりに感じた。気さくで親切で楽天的なアメリカ人をあまり見なくなった気がする。テロと戦争はアメリカを変えてしまったのだろうか。あるいは競争社会と不況のせいか。

翌日の帰りの便。早く帰りたい用事があったので16時にパネルが終わってからタクシーに飛び乗り、ラガーディア空港に向かうが、さすがに17時のフライトに前倒しでは乗れなかった。19時の予約だったが、18時のフライトには乗ることができた。

離陸まで少し時間があり、小腹が空いたのでフードコートへ。しかし、たいしておいしそうなものはない。アメリカに来てから一度もマクドナルドには行ってないので、ハンバーガーでも食べるかという気になった。私の博士論文はマクドナルドで書いた。昔は大変お世話になっていた(カロリーの高いものは食べずに爽健美茶やアイスティーばかり飲んでいた)。

今回は、一番安かったのでビックマックセットを注文(他のメニューは知らないものばかり)。たいして味は変わらないなあと思いつつ、学会でもらったコメントを思い出しながらぼーっともぐもぐ食べていた。ふと、あれっと思う。ポテトの量が少ない。

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写真のポテトはだいぶ食べてしまった後なので実際少ないのだが、もともとの量が少ない。確か、2001年にワシントンのマクドナルドで食べたときは、食べきれないほどのポテトが付いてきて、アメリカ人は食い過ぎだと思った。このときの1年間、負けてなるものかとアメリカでの食事を残さず食べていたら激太りして後悔した。今回はセーブしている。

しかし、目の前にあるポテトは日本のMサイズとおそらく変わらないだろう。これは不況のせいなんだろうか。あるいは『デブの帝国』で批判されたせいなのだろうか。

不況のせいでアメリカで日本が見直されている。過去20年近く、日本が不況の間にどんな政策をとってきたかが議論されているからだ。もちろん、すばらしいというわけではなく、反面教師的なところもあって、無駄な公共事業をやってもダメという引き合いにも使われている。

過去20年近く、アメリカには言われっぱなしだったのだから、ここは日本側からいろいろ言ってもいいのではないか。ま、喜んで聞いてくれるわけではないだろうけど、無駄をなくして適度なサイズにしなさいというのは良いアドバイスだと思う。

ISA

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ニューヨークで開かれているISA(International Studies Association)に参加。全4日の日程のうち、最初の2日間しか出席できなかったが、初日にポスター発表、2日目にパネル発表をこなした。

ポスター発表はたぶん初めてやった。多少不安があったが、グーグルで指定の大きさに合ったフォーマットのパワーポイントをダウンロードして、コンテンツを埋めて、キンコーズに持ち込んで印刷してもらった。かなりの大筒を持って飛行機に乗らなくてはいけなかった。案の定、開けて中身をチェックされたらしい。

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普通、ポスターは学会の間ずっと掲示されていて、指定時間にポスターの前に立って説明するというスタイルだが、ISAではポスター発表はまだ実験段階のようで、指定時間だけ掲示して、そこに立っていれば良い。指定時間が終わったらはがしてしまい、掲示板は次のポスター発表に使われる。

実際に始まるまでは、1時間45分は長い気がしたが、やってみると割とすぐに終わってしまった。インテリジェンスに関連する発表だったのだが、Fのビューローに17年いたとか、Cのエージェンシーに35年いたとか強者がいろいろ現れて、私の研究発表をするよりも、こちらからインタビューする感じになって、けっこう楽しかったし、いろいろ聞けて良かった。それと、ポスター発表になれていない人が多いらしく、「ポスター発表ってどうやるの?」と後でポスター発表する人から質問を何回か受けた。

翌日のパネル発表はサイバーテロに関して。日本の国際政治学会もそうだけど、ISAもまだパワーポイントを使う文化が無くて、わざわざホテルと交渉しないとプロジェクターを持ってきてくれなかった。実際、3人のパネリストのうち使ったのは私だけ。

そもそも5人のパネリストがいたのだが、2人がドタキャン。国際学会はno showが多い。私以外の二人はヨーロッパの大学の同僚同士なので、何となく分が悪い。二人はお互いの研究をよく知っているからリファーしながら発表している。しかし、ヨーロッパの人は飾りっ気なしで、とうとうと話すスタイルがいまだ主流のようだ。

サイバーテロについてのパネルといいつつ、あまり中身の話はなくて、聞いている人は若干つまらなかったのではないかと思う。他の二人のうち一人は予告と違う内容で、テロリスト系ウェブサイトの静的な分析、もう一人はYouTubeでテロに関するどんなメッセージが流されているかという話だった。欠席した一人はペーパーだけ出したのだけど、彼の結論はサイバーテロはただのハイプだというもの。それはちょっと言い過ぎで賛成できない。現に起きているわけだし、使われる技術は核兵器と比べたら実に簡単でどこでも手にはいる(だから軽視されているともいえる)。

ま、私の発表はやはり準備不足の感は否めないが、まあまあだろう。終わった後にポーランドの先生から自分が編集している雑誌に載せるからペーパーを送ってくれと頼まれた。ちょっとうれしい。

今回の大きな収穫は、実積寿也先生の紹介で福田充先生とお知り合いになれたこと。地元ニューヨークのコロンビア大学で在外研究をされている(実積先生もコロンビア大学にいらしたがすでに帰国)。研究の関心が重なる部分もあり、大いに刺激を受ける。私のプレゼン中の写真まで撮っていただいた。

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7月以来のニューヨークはやはり楽しい。寒い季節のニューヨークのほうが良いと思う。

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先週、友人とともにボストンのジャズ・カフェへ。ここに来るのは2回目。ジャズといってもファンク・ジャズとかいう分類らしくて、激しいジャズである。諸事情あって控えていたアルコールを再開。音楽のせいか、アルコールのせいか、何だか頭の中がしびれる。

演奏しているミュージシャンの一人は日本人だった。私のテーブルには他に3人アメリカ人がいたのだが、全員日本語がペラペラで、そのミュージシャンがテーブルの脇を通り過ぎたとき、いきなり全員から日本語で話しかけられて面食らっていたのが愉快だった。バークリー音楽院で勉強しているという。

翌日、MITの「日本のポピュラー・カルチャー」という授業で話をする。担当のイアン・コンドリー准教授が日本に来たとき、私の授業で話してくれたこともあり、アメリカの教壇に初めて立つことになった。授業自体が1年ぶりである。といっても少人数のゼミ形式の授業なので楽しみながら話すことができて良かった。普段接しているアメリカの大学院生は一癖ある人が多いが、学部生は素直な子が多い。議論で相手を負かそうという雰囲気でもなく、率直に自分の意見を述べている。ほんのわずかな時間だったが、良い経験だった。

授業が終わった後、女子学生二人が雑誌を見てキャーキャー言っている。ジャニーズの写真満載の日本語の雑誌だった。ほとんど読めないらしいが、少しは分かるらしい。ジャニーズに慶応出身の子がいるんだよと言ったら「知ってる!」と言っていた。たいしたもんだ。

写真は12月のMIT。ここ数日とても暖かかったので雪はほとんど溶けた。道路脇にかちんこちんになった固まりが残っているだけ。摂氏11度まで気温が上がった日、半ズボンで地下鉄に乗っている人がいてあきれた。さすがに寒そうだった。

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週末は暖かかった。日曜日は摂氏8度まで上がり、年末から固まっていた雪がだいぶ溶けた。

ずっと行きたくて行けなかったジョン・F・ケネディ・ライブラリーへ。ボストン湾に突き出た州立マサチューセッツ大学のキャンパス内にある。

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ケネディ時代の研究はしていないので、アーカイブには行かず、ミュージアムの展示だけを見る(ここのアーカイブはアポが必要な上に、親切ではないと聞いたことがある)。

ケネディはいろいろなエピソードが知られているし、キューバ危機は国際政治を学ぶ者には必知事項なので、あまり新しい収穫はないが、それなりに楽しい。

大統領就任式のビデオを、オバマと比べながら見ると、ケネディは国際的な視点を持っており、世界の人々に語りかけているのが印象的だった。オバマは現下の情勢からアメリカ国内の話にフォーカスせざるを得ない。

有名なテレビ討論会のビデオも流されている。ニクソンの顔色が悪かったという話だが、白黒画像なので、顔色云々はどうかと思う。ニクソンの人相が悪いといわれればそうだが、若さというか、はつらつとしたところが無かったのだろう。

ライブラリーの中にあるカフェから海を挟んで見えるボストンの景色が良い。ヨット好きだったケネディにふさわしいロケーションだ。こんな景色を見ながら読書ができれば幸せだ。

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3月16日(月)に情報通信学会のソーシャル・イノベーション研究会の今年度最終回を開催します。

スピーカーは韓国のインターネットの父といわれるキルナム・チョン教授です。幸い、日本語で講演してくださる予定です。

チョン教授はアフリカとアジアで取り残されている人々にインターネット・アクセスを提供するためのプロジェクトを開始しておられます。その概要と意気込みを伺う予定です。

ようやく私も出席の見込みです。



【日時】2009年3月16日(月)18:30~20:30

【発表者】キルナム・チョン氏(韓国KAIST教授、慶應義塾大学特別研究教授)

【テーマ】残り数十億人のための未来のインターネット

【概要】未来のインターネットに関する研究が世界中で始まっている。その多くは最初の10億人、つまり、先進国の現在のインターネット利用者に焦点を絞っている。残り数十億のインターネット・アクセスを持たない人々、特に発展途上国の人々のための研究努力もまた非常に重要である。これは、世界中の多くの研究者、先進国および発展途上国の双方の研究者にとって良い研究機会となるだろう。

※講演は日本語で行われます(資料は英語のみになります)。

【会場】インテル株式会社内 会議室
     千代田区丸の内 3-1-1 国際ビル 5階
     (JR有楽町駅徒歩3分。東京駅徒歩6分。)
http://www.intel.co.jp/jp/intel/map_tokyo.htm

【申し込み】情報通信学会事務局研究会窓口(kenkyu2◆jotsugakkai.or.jp)にメールでお申し込み下さい(◆を@に代えてください)。

昨日、アメリカ議会はテレビのアナログ放送停波の延期を決めた。計画では今月17日にアナログ波は止まり、テレビはデジタル化されるはずだった。

ノース・カロライナ州のウェルミントンというところでは昨年のうちに実験が行われ、マーチン前FCC委員長がイベントにも参加している。マーチン委員長はデジタル・テレビへの移行を成果の一つとして退任した。

しかし、今年に入ってから急に、停波は難しいのではないかという話が持ち上がり、大統領就任前のオバマ次期大統領も延期を支持したため、先週、上院が延期を決め、昨日、下院も続き、オバマ大統領が法案にサインすれば延期が確定する。

アメリカはケーブルテレビや衛星放送が主流なのでアナログ停波は大きな問題にならないといわれてきたが、実際には1400万世帯がラビット・アンテナと呼ばれるアナログ用のアンテナをテレビの上に置いて使っている。貧困層、高齢層、過疎地ではアナログ放送に頼っている世帯が多い。

こうした世帯を支援するため、連邦政府はクーポンを配り、60ドルほどのコンバーターが20ドル程度で買えるようにしていた。ところが、予想以上にこのクーポンを求めた人が多く、クーポンが全て無くなった上に、希望者の長いウェイティング・リストができている。クーポン自体は印刷すればよいのだが、補助金の予算が無くなってしまったのだ。議会はオバマ政権の景気刺激策の中にこの補助金の予算を組み込むことを認めることにした。

何ともお粗末といえばお粗末な話だ。

おととい、見たい番組があって夜の8時からテレビの前に陣取っていた。ところが、画面がギザギザになり、音声は途切れ途切れになって、全く意味をなさなくなった。ケーブルテレビだから問題ないはずなのだが、実際にはケーブルテレビの映りはかなりの頻度で悪くなる。おそらくこの日は雪のせいだったのだろう(やはりアメリカのインフラストラクチャは問題が多いのだ)。

アナログ放送では、天気が悪いと画面の中にザーッと雨が降ることがあるが、しかし、それでもある程度判別できる。しかし、デジタル放送になると十分な信号が届かない場合にはほとんど意味不明になる。デジタル放送の受信には高性能のアンテナを正確な方向に向けないと入らないくなる場合があるらしく、単にコンバーターを付けるだけではうまくいかないことが多いとウェルミントンでは報告されている。

デジタル放送は予想以上に問題が大きいかもしれない。テレビと政治の結びつきは強い。6月まで4ヵ月の延期の間に紆余曲折がある可能性が高い。

朝7時に家を出てボストンのサウス・ステーションへ。7月にNYに行って以来のアムトラック乗車。私は鉄分はそれほど多くないが、アムトラックはなぜか好きだ。ちょうど良い時間に特急のアセラがなかったので普通列車でニュー・ヘブンへ向かう。2時間20分ほど。前回乗ったとき、ボストンから南へ向かって左側の景色のほうが良いことに気づいたのでそちらの席を確保したが、雪まじりの天気で景色はあまり良くない。時折見える川や湖(あるいは海の入り江?)が凍っている。

定刻にニュー・ヘブンに着き、時間に余裕があったのでイェール大学までブラブラ歩く。5月にCFPというカンファレンスで来て数日過ごしたのでだいたい土地勘がある。

12時にイェール・ロー・スクールに行き、友人に会う。彼女はコロンビア大学で博士号をとったばかりで、イェールの情報社会プロジェクトでフェローをしている。いずれ彼女もどこかでテニュアをとり、立派な先生になるのだろう。

イェールの建物は統一されていて古めかしさを漂わせているが、ハリー・ポッター的でもある。ロー・スクールの建物もまさにそんな感じで、中の食堂も良い雰囲気だ。そういえば、インディ・ジョーンズの最新作のロケでもイェールが使われていた。

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今、アメリカの大学はセミナーの季節に入っている。セミナーというと日本では講習会というイメージだが、アメリカでは講演会だ。MITでもハーバードでも毎日のようにセミナーが開かれている。イェールの情報社会プロジェクトでも今日から毎週セミナー・シリーズが始まり、私はトップ・バッターの栄誉をいただいた。

これまで英語が下手なのも気にせず、けっこうな数の英語の講演や学会発表をしてきて、たまに大成功と呼べるようなものもある(最近では昨年のトルコはうまくいった)が、今回は明らかに準備不足であまりうまくいかなかった。考えてみると昨年4月のジュネーブ以来、日本語でも英語でも人前で話していなかった。もうしどろもどろで、途中で胃が痛くなってきた。やはり準備は周到にやらないとダメだ。

聴衆には申し訳ないのだけど、今回は自分の研究の進捗を話してフィードバックをもらうことが目的だった。テーマはブッシュ政権の令状なし傍受だったのだが、聴衆の反応が複雑。ロースクールの学生やファカルティだから、法的な側面について彼らはいくらでも語れるはずだが、政治的な側面になるとみんな奥歯に物が挟まっているような感じだ。こういう話もある、こういう動きもあると教えてくれたのはありがたい。しかし、自分のポジションを明確にするような意見はほとんど出てこなかった。

これまでこの問題をいろいろな人に質問をしてきたけれど、アメリカ人にとってもこれは自慢できる事例ではないので、語りにくいのだと思う。さらに言えば、イェールはブッシュ親子の母校である。そんなところでブッシュ批判ともうけとれないことを話す私がちょっとずれているのかもしれない。外国人に言われたくはないわな。例えば、日本の腐敗政治について研究しに来ましたというアメリカ人が東京で講演して受けるはずはない。ま、いいや。

天候が悪くなるという予報だったので、セミナー終了後、タクシーに飛び乗る。本当はイェールの中を案内してもらいたかったなあ。とても残念。もう当面はここに来ることもないだろう。しかし、雪で帰れなくなると困るので仕方ない。

ボストンに帰るアムトラックの特急アセラは数分遅れでニュー・ヘブンを発車。今度も景色の良いはずの右側(ボストンに向かって)の席に座れたが、雪が激しくなり、外の景色はほとんど見えない。日本の電車だったらスピードを落としそうなものだが、さすがニュー・イングランドの特急はスピードを落とさずに突っ走っているので余計景色は見えない。

景色が悪いのでN君が送ってくれた卒論を読む。締切ギリギリに出したためだろうが、誤字脱字が多いのがちょっと残念。でも彼がずっと主張していたコンセプトがかなりおもしろくまとまっている。忘れていた論点もいくつか思い出させてくれた。先学期も卒論を送ってくれた学生がいたが、忘れずに送ってくれるのはけっこううれしい。一年とか二年つきあって話を聞いていると、こうした時間が経ってから読んでもぱっと昔の議論がよみがえってくる。勉強から一歩でも踏み出して研究した成果を形にして卒業できる学生はすばらしい。

飛行機の旅も良いけど、電車はシートベルトに縛られることもなく、電源も使えるからリラックスできる。一つ終わってすっきりしたので、帰国までもう少し頑張ろう。

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