SFC: 2008年4月アーカイブ

またもや訃報である。内山秀夫先生が亡くなった。慶應の法学部政治学科に入ったとき、面接試験があった(今もあるのだろうか)。その面接官二人のうちの一人が内山先生だった。どんな本を読んだかとか、尊敬する人は誰かなんてことを聞かれた気がする。

勢い込んで入学したものの、日吉キャンパスは遊ぶところになっていて、まじめに勉強したいと思ってもあまりできなかった。必然的に勉強以外のことにのめり込むことになるのだが、一年生の授業で一番おもしろかったのが内山先生の政治学だった。同期のほとんどの人たちは、並行して開設されていた別の先生の政治学を履修していたが、私は大教室にまばらにしか人のいない内山先生の政治学が好きだった。

授業はほとんど内容が分からなかった。教科書が一冊指定されているが、毎回2~3ページしか進まない。教科書の行間に書かれていることを解説しながら、内山先生の話は大きく脱線していく。その脱線具合があまりにも大きくて、受験勉強に慣れ親しんだ頭にはさっぱり入らない。

それでも毎回、頭の中をぐるぐるかき回される思いだった。なんだかよく分からないけど、授業に出ていって聞いていた。履修者が少なく、さらに出席してくる学生も少ないのだが、出てきている学生も時々退屈しておしゃべりを始めてしまう。すると内山先生は突然話を中断して、「たのしーかい、おじょーちゃん」と軽い調子で声をかける。みんなびくっとして教室が静まりかえる。内山先生は、そこに学生なんかいないかのような調子で、時に退屈そうに、時に興奮しながら独演していく。(これはもしかしたら私の記憶違いかもしれないけど)日吉の大教室の「禁煙」と書かれている張り紙の下で、内山先生はおもむろにホープ缶からたばこを出してを吸っていた。「キース・リチャーズみたいだな」と思った記憶がある(ホープではなくて、たばこを吸っている姿の話)。

どうやら内山先生は、だんだんおとなしくなりつつあった学生たちに不満を持っていたらしい。学生運動の時代へのノスタルジーもあったのかもしれない。内山先生なりのやり方で、学生を挑発しようとしていたのだと思う。本当は、「先生、禁煙て書いてあるじゃないですか。何でたばこを吸うんですか」と言って欲しかったのだろう。でもそんな勇気は私にはなかった。

二年生が終わる頃、ゼミを選ばなくてはいけなくなったとき、内山ゼミに入ろうと思っていた。しかし、内山先生は新潟国際情報大学の初代学長として転出されることになり、ゼミは開講されなくなってしまった。私は行き場が無くなり、迷いに迷って、新任の薬師寺泰蔵先生のところへ行くことにした。結果的に私の人生にはこれで良かったのだと思うけれども、あのとき、内山先生のゼミに入っていたら、ぜんぜん違う人生になったような気がする。

薬師寺ゼミに入ったとき、意外にも内山先生に興味があるゼミ友が何人かいたので、一緒に内山先生を誘って、新宿の居酒屋で飲んだことがある。内山先生は、熱燗ではなく、「ぬる燗」にこだわっていた。居酒屋チェーンのお店だから、ぬる燗なんてものは作れない。店員さんが困って、いったん作った熱燗に冷たいお酒を足していたらしい。内山先生はぜんぜん食べなくて、お通しで出てきた小皿のもやししか手を付けなかった。それなのにぬる燗をがぶがぶ飲むものだから、帰る頃にはフラフラで、われわれより酔っぱらってしまっている。軍国少年だった頃に覚えた敬礼の仕方をわれわれに教えてくださったのだが、いくら真似してもダメ出しされてしまったのが懐かしい。

大学はどんどんサービス産業化しつつあり、内山先生のような人間くさい授業はもうやりにくい。私がSFCで内山先生のような授業をやったら、授業評価でどんなコメントが学生から来るのだろうか。予備校的な授業になれてしまっている学生は、すぐに要点を教えてもらおうとする。しかし、答えなんてそんな簡単には見つからないし、テストのために覚えた知識はほとんど役に立たない。私にとっては内山先生の授業が原点のような気がする。あの授業を聞いていて、自分がたくさん知らなくてはいけないことがあるということを自覚して、学問をちゃんとやろうと思い直した。どうせやらなくちゃいけないなら、ああいう授業をやってみたい。

内山先生の名講義(復活!慶應義塾の名講義:2006年6月24日)
痛々しいお姿の上に、声が聞き取れないのが残念だ。

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