井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

2021年秋学期 井庭研シラバス「ナチュラルにクリエイティブに生きる未来をつくる」

井庭研シラバス(2021年度秋学期)

ナチュラルにクリエイティブに生きる未来をつくる:創造実践学、創造の哲学、未来社会学の構築と実践

[ アドホックなプロジェクト型組織 / ゲストハウスのレジリエントな適応 / 新しい開発援助&エンパワーメント / ともに生きる高齢者ケア / 自然のなかの子育て / ワクワクする人生の育て方 / 道を極める / クリエイティブ・ラーニング・コミュニティの実現 / 商いの実践コミュニティ研究 / 企業理念の実践支援 ]

担当:井庭 崇(総合政策学部教授)
研究会タイプ:A型(4単位)

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2021年7⽉24⽇(土)・25(日):井庭研春学期発表会@オンライン ※エントリー予定者参加必須(両日とも9:00〜18:00で2日間かけて行います)
2021年7⽉25⽇(日):エントリー〆切
2021年7⽉29日(木):面接@オンライン

※エントリーを考えている人は、「井庭研に興味があるSFC生の連絡先登録(2021年7月用)」に登録してください。最新情報をメールで送ります。また、ここに登録してくれた人には、7⽉24⽇(土)・25(日)に行われる井庭研春学期発表会@オンラインの情報も送ります。この発表会は、エントリー予定者は参加必須なので、各自予定を調整・確保し、参加してください(両日とも9:00〜18:00。2日間フルに参加してください)。


2021年度秋学期は、以下の10プロジェクトのメンバーを募集します。

(1) 「アドホックなプロジェクト型組織のつくりかた」のパターン・ランゲージの作成
(2) 「コロナ禍におけるゲストハウスのレジリエントな適応のしかた」のパターン・ランゲージの作成
(3) パターン・ランゲージによる新しい開発援助地方の高校生のエンパワーメント
(4) パターン・ランゲージを活用した「ともに生きる」高齢者ケアの実践支援の研修デザインと実施
(5) 「自然のなかの子育て・暮らし」のパターン・ランゲージの作成
(6) 「ワクワクする人生の育て方」のパターン・ランゲージの作成
(7) 「道を極める」ことのパターン・ランゲージの作成とボードゲームの開発
(8) クリエイティブ・ラーニング・コミュニティの実現を支えるパターン・ランゲージの作成と導入
(9) 商いの実践コミュニティの研究
(10) 組織の理念を具体的実践につなげるためのパターン・ランゲージの作成

☆      ☆      ☆


井庭研究室では、より自然で創造的な暮らし・生き方・社会へのシフトを目指して、一緒に研究・実践に取り組む仲間を募集します。

井庭研では、これからの社会を「創造社会」(クリエイティブ・ソサエティ:Creative Society)だと考え、特に、自然とつながり人間らしく豊かに生きる「ナチュラルな創造社会」へのシフトを目指し、それが可能となるための支援メディア(パターン・ランゲージ)をつくるとともに、そのベースとなる理論・方法論を含む新しい学問の構築に取り組んでいます。

目指している未来社会は、「創造社会」と呼び得る社会です。しかも、自然との関わりを深めた「ナチュラルな創造社会」です。

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自然(ナチュラル)」というとき、そこには、(突き詰めると表裏一体となる)2つの意味を持っていることに気づきます。一つには、森林や海山などの「外なる自然」のことを意味しており、もう一つは、素の自分らしさと自由度をもっていきいきと生きるという「内なる自然」の意味です。これらは別ものではなく、相互に関係しており、理想的な状態では、これらは調和的に重なり合って、ひとつの「自然(ナチュラル)に生きる」ということに収斂します。

この二つの「自然(ナチュラル)」が分離してしまっていることが、現代の諸問題の根源にあると、僕は見ています。「外なる自然」と「内なる自然」のつながり抜きに、どんなに人工的に別の手をつくしても、限界があると思うのです。ですので、これら2つの意味の「自然(ナチュラル)」---「外なる自然」と「内なる自然」---がうまく重なり合うようことが可能な未来を目指したいと思っています。

そして、実は、その意味での「自然(ナチュラル)」は、「創造的(クリエイティブ)」であるということにも重なります。かつて、作家のミヒャエル・エンデは、「創造的であるというのは、要するに、人間的であるということにほかならない」と語りました。一人ひとり創造的に生きるということは、誰かがつくった(社会的に与えられた)「人工的」な人生ではなく、その人らしく(「内なる自然」の意味での)自然で人間的な人生を生きるということにほかなりません。そして、そういうことが可能なのは、人工的な環境のなかではなく、深く美しい自然(「外なる自然」)の秩序との触れ合いがある生のなかで、本当に実現できると考えているのです。

その意味で、井庭研が目指す「創造的(クリエイティブ)」というのは、何らかのメソッドやテクノロジーを用いて「人工的」に飛躍的な思考を実現するというようなものではなく、一人ひとりが本来もっている創造性を十全に発揮するということなのです。この一人ひとりがもつ創造性は、人工的なものではなく、自然(ナチュラル)なものなので、それを僕は、「ナチュラル・クリエイティビティ」(Natural Creativity:自然な創造性)と呼んでいます。世の中的にはAI(人工知能)が全盛ですが、だからこそ、僕らは人間が本来持っている「ナチュラル・クリエイティビティ」の方に着目したいのです。

ナチュラルにクリエイティブに生きる」とは、一人ひとりがもつナチュラル・クリエイティビティを発揮して生きていくということです。そして、それが最も高まるのは、「外なる自然」とつながり調和し共鳴するときである、と考えているわけなのです。このような考えのもと、井庭研では、一人ひとりが自身のナチュラル・クリエイティビティを発揮し、「ナチュラルにクリエイティブに生きる」ことができる社会、すなわち「ナチュラルな創造社会」を実現することを目指して、研究・実践に取り組んでいます。

以下では、井庭研が目指している未来像(Vision)、それに向かう研究・活動の根底にある「問い」(Mission)とアプローチ(Approach)、そして、その研究の学問的な位置づけ・野望に対する考え(Academic)、そして、そのための教育・育成の方針(Education)について説明します。


■Vision - 「ナチュラルにクリエイティブに生きる」ことができる「ナチュラルな創造社会」へ

僕は、ここ一世紀の社会の変化として、3つのCの重点のシフト --- Consumption → Communication → Creation --- が起きていると見ています。「消費社会」から「情報社会」、そして「創造社会」へのシフトです。

欧米では一世紀ほど前に、日本では戦後に「消費社会」が始まり、物やサービスを享受するということに人々の関心が集まり、それこそが生活・人生の豊かさの象徴となる時代でした。その後、1990年代から始まった「コミュニケーション社会」(いわゆる情報社会)では、インターネットと携帯電話が普及するにつれて、人間関係やコミュケーションに意識がより向けられるようになり、オンライン/オフラインを問わず、よい関係やよいコミュニケーションを持つことが生活・人生の豊かさを象徴するものになりました。そして、これからの「創造社会」の時代においては、自分(たち)を取り巻く世界や自分の暮らし・人生を構成するものを、どれだけ自分(たち)でつくっているのか、ということが生活・人生の豊かさを表すようになっていくと思われます。

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創造社会はいま徐々に始まりつつあるのですが、その萌芽的な事例としては、ファブ(FAB)による「ものづくりの民主化」、社会問題を解決する独自のモデル・仕組みを試みる「社会起業家」、地域における「住民参加型のまちづくり」、自分たちでの新しいライフスタイルやワークスタイルの構築、自分らしい人生キャリアをつくる、などがわかりやすいでしょう。このような、自分(たち)でつくるという「創造化」は、これから、教育、ビジネス、組織、行政、地域、家庭などあらゆる場を変えていくことになるでしょう(情報化によっていろいろなことが変わったように)。

このような創造社会では、一人ひとりがもつナチュラル・クリエイティビティを発揮しながら、日常や仕事上の問題を解決したり、これまでにないものを生み出したりしていくことになります。これには、そういうことができるという自由度・可能性が高まるという希望に満ちた素晴らしい面と、そうやって各自が自分で問題解決や創造をしていかないと、誰も代わりにはやってくれない(すなわち、自分たちでなんとかしなければ生き残れない)というシビアで過酷な面もあります。複雑多様化した社会を動的に維持・生成し続けるためには、一人ひとりがもつナチュラル・クリエイティビティを発揮することが求められるのです。

「創造社会」に重なる未来ヴィジョンを早くから描き伝えてきたダニエル・ピンクは、ロジカルで分析的な「情報化」の時代に対して、これからの時代は、創作力や共感、喜び、意義というものが、より重要になってくると指摘しています。まず、「パターンやチャンスを見出す能力、芸術的で感情面に訴える美を生み出す能力、人を納得させる話のできる能力、一見ばらばらな概念を組み合わせて何か新しい構想や概念を生み出す能力」が発揮される機会が増え、求められるようになります(ダニエル・ピンク『ハイコンセプト:「新しいこと」を考え出す人の時代』)。そして、「他人と共感する能力、人間関係の機微を感じ取る能力、自らに喜びを見出し、また、他の人々が喜びを見つける手助けをする能力、そしてごく日常的な出来事についてもその目的や意義を追求する能力」も重要になると言います。

このように、一人ひとりが、自分の自然な創造性を発揮する「創造社会」では、このような力とセンス(感性)を磨いていく必要があり、それらをうまく発揮することそのための教育・支援が重要となります。さらに、一人ひとりが創造性を発揮するとともに、チームでのコラボレーションや、より広い他者との連鎖・増幅を通じて共創していくことができれば、自分たちで自分たちの社会をアップデートしていく「自己革新的な社会」になるでしょう。そうなれば、現在、すでに限界が感じられているような「一部の人が考え、それを承認して受け入れるだけの民主主義」から、誰もがその具体的なアイデア生成に寄与することで社会を形成していく「創造的民主主義」(クリエイティブ・デモクラシー:Creative Democracy)の世界へとシフトしていくでしょう。

しかも、それは単に「創造的」であればよいだけではありません。現代社会が抱える諸問題を解決していくためには、「ナチュラル(自然)」という側面が欠かせないと思うのです。ここ一世紀の間に、日本をはじめ世界中の多くの人々が、自然から離れた暮らしをするようになりました。改めて、自然との関わり方自分たちの暮らし方について再考しなければならない時期に来ていると思います。

解剖学者の養老孟司は『都市主義の限界』という本のなかで、「戦後社会の変革を、私は都市化と定義してきた」と述べています。都市化においては「なにごとも人間の意識、考えること」が重要だとされ、「排除されるのは、意識が作らなかったもの、すなわち自然」であると言います。そして、「排除された自然は、やがて都会人のなかでは現実ではなくなる」のだと指摘しました。そして、「人間を構成するもう一つの重大な要素」である「無意識」も、意識化できないがゆえに排除されてしまうと指摘しました。まさに現代社会で起きていることだと思います。

さらに、「都市とはすべてが人間の所行で生じたものであるから、そこで起こる不祥事はすべて『他人の所為』なのである」ため、すべてのことが行為・思考に帰せられる「人工的」な世界になるわけです。養老孟司との対談のなかで宮崎駿が「視線の矛先が、いまの時代、人間にばかり向いているというのは、ドキリとさせられます」(『虫眼とアニ眼』)と語っているのですが、同感です。このように、人工的な環境のなかで、意識化された物事と人間同士の関係のなかで生きているために、現在のようなとても息苦しく、閉塞感を感じるようになってしまっているのではないでしょうか。

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そして、現代では、あまりにも人々が自然から離れてしまっています。哲学者ミシェル・セールは、現在のフランスでは農家の人口は全体の約10%に過ぎないけれども、一世紀前には80%が農民だったと言い、「われわれの子どもたち、いや、私以降の世代の大半が都会育ちで、農業の経験も動物や植物の生に触れるような体験も非常に少ない」(『惑星の風景 中沢新一対談集』)と憂いていたことがあるのですが、これは日本も同様でしょう。これからの「ナチュラルにクリエイティブに生きる」時代においては、もっと多くの人が、自然のなかに入り、農にも多少関わり、自分たちの身体をつくる「食」のこと、そして、「暮らしの環境」について考えていくことが重要になるでしょう。そして、そういうことに関わることが、生活・人生の豊かさを考えるということになるのです。

これまでの近代の人工的な社会から「ナチュラルな創造社会」にシフトし、人々がより「ナチュラルにクリエイティブに生きる」ようになる --- このような未来ヴィジョンのもと、井庭研では、そのような未来に向かうための研究・実践・教育を行っています。

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■Mission - 研究の根底にある問い

井庭研での研究の根底にある問いは、「創造とはどういうことか」、「どうしたら一人ひとりのよりよい創造実践が可能になるのか」、そして「創造的な組織・社会を実現するにはどうしたらよいのか」ということです。その背景には、創造という出来事や、一人ひとりのよりよい創造実践、創造的な組織・社会の実現は簡単ではなく、蓋然性が低い(起きやすさが低い)ということがあります。その蓋然性の低さを乗り越えて、それらが可能になるのはいかにしてなのか、そのことを根源的に問うています。

この問いに答えるためには、「創造の研究」に取り組むとともに、「どのような方法・メディアがあれば、人は自らの自然な創造性を発揮して、他者ともに協働的に創造実践することができるのか」ということを考える必要があります。そして、それがいろいろな分野でどのようなことなのかを具体的に明らかにしていくことも不可欠です(その成果が個々のパターン・ランゲージとして表現されます)。さらに、「ナチュラル(自然)であることとクリエイティブ(創造的)であることはどのように関係し、重なり合い、融合させていくことができるのか」ということについても、その本質を深く考えることが重要になります。

井庭研で取り組んでいるすべての研究は、それぞれのプロジェクト目標を達成するだけでなく、今挙げたような根本的な問いに答えるための研究になります。


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■Approach - 創造実践のための言葉をつくる

井庭研では、個人の思考・実践を支えるとともに、組織・社会のなかでのコミュニケーションを変えるメディアとして、「パターン・ランゲージ」の作成と研究に取り組んでいます。パターン・ランゲージが、僕らがつくっている「未来をつくる言葉」なのです。

パターン・ランゲージ(Pattern Language)は、もともとは、人間的な自然な質を生む設計(デザイン)の知を共有するための方法として、建築分野で生まれたものでした。その後、ソフトウェアの設計(デザイン)に応用され、さらには教育や組織におけるやり方・型の共有にも応用されました。井庭研では、そこからさらに領域を広げ、暮らしや仕事、生き方のパターン・ランゲージをつくってきました。これまで十数年間で、70種類を超えるいろいろな領域の1700以上のパターンをつくってきました。それらは書籍として出版されたほか、パターン・カードは全国で使われています。

それぞれの領域のパターン・ランゲージは、それぞれの領域での実践を支え、それについて思考したり、コミュニケーションしたりすることを支援します。それがあることで、多くの人が、起こりがちな問題(落とし穴)に陥ることなく実践したり、問題を解決したりできるようになります。また、今後のことを予期・計画できるようになったり、振り返り、改善していったりすることもできるようになります。さらに、パターン・ランゲージで提供されている新しい「言葉」を語彙(ボキャブラリー)として、実践について語ったり問いを投げたりしやすくなります。このように、パターン・ランゲージは、パターンに支えられた実践を通して、それを使う人たちの「未来をつくる」ことを支援します。

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井庭研では、いろいろな領域に関するプロジェクトを行っています。それぞれのプロジェクトは、自然、創造、暮らし、生き方、仕事、組織、教育、芸術などの個別領域における課題・目標を持っており、これらのプロジェクトは、個別の目標を持ちながらも、その根底には、すでに紹介した「どうしたら一人ひとりがよりよい創造実践を実践できるのか」と「どうしたらチームや社会的によりよい創造実践ができるのか」という問いへ答えようとしているのです。また、ワークショップを設計・実施したり、日常の環境に埋め込むための新しいメディアのデザインなども行うことで、「ナチュラルでクリエイティブに生きる」ことを支援することに取り組んでいます。

さらに、井庭研でつくるパターン・ランゲージは、「ナチュラルな創造社会」という「未来をつくる」ことにも寄与します。パターン・ランゲージがいろいろな領域でつくられていくことで、多くの人々がその人にとっての新しい領域の創造実践を始めやすくなる状況が生まれます。つまり、人々の創造実践の自由度が高まるのです。井庭研が目指しているのは、あらゆる領域でパターン・ランゲージが創造実践の下支えをしている世界であり、僕たちの研究・実践は「ソフトな社会インフラ」をつくることの一翼を担っていると言うことができます。

このように、井庭研では、個々のパターン・ランゲージによって、各人がパターンに支えられた実践によってその人の「未来をつくる」ことを支援するとともに、さまざまな領域でパターン・ランゲージの「ソフトな社会インフラ」を整備していくことで、「ナチュラルな創造社会」という「未来をつくる」--- その二重の意味で「未来をつくる言葉をつくる」ことに取り組んでいるのです。

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■Academic -「新しい学問」をつくりながら実践する

学問的に見たときに、「創造とはどういうことか」、「どうしたら一人ひとりのよりよい創造実践が可能になるのか」、そして「創造的な組織・社会を実現するにはどうしたらよいのか」という問いに直球で答えてくれる学問分野は、現在ありません。そのため、既存の学問的枠組みや方法論を超えた「新しい学問」を構築しながら取り組むことが必要となります。

井庭研では、新しい学問の土台をつくりながら、その上で具体的な研究を進め、そのことによってさらに土台が固まっていくというような、大胆で実験的なやり方で研究に取り組んでいます。その「新しい学問」を、僕は、「創造実践学」「創造の哲学」「未来社会学」と名付けています。

「創造実践学」(Studies on Creative Practice)は、私たちの暮らしや仕事、社会におけるさまざまな領域の実践を、より創造的なものにするためにはどうしたらよいかを研究する学問として構想されています。各領域の創造実践の本質を明らかにするパターン・リサーチと、パターン・ランゲージの形式による表現・発信が、その主力の研究方法となります。作成されたパターン・ランゲージは、実践者の実践支援として用いることができるだけでなく、各領域の創造実践の本質をまとめた(中範囲の理論としての)仮説的理論としての役割を果たします。このような仮説的理論を積み上げ、組み立てていくことで、体系的な創造実践の一般理論の構築を目指します。

「創造の哲学」(Philosophy of Creation)は、創造とは何か、についての哲学的探究を行うものです。現象学の方法によって創造の本質を観取するとともに、プラグマティズムの哲学や東洋哲学などとの関係についても深めていきます。この方向性でのこれまでの成果に、創造を「発見の生成・連鎖のオートポイエーシス」と捉える「創造システム理論」(Creative Systems Theory)と、「深い創造の原理」(Principles of Deep Creation)があります。これらとともに、さらに創造についての哲学的探究を進めていきたいと思います。

「未来社会学」(Future Sociology)は、ナチュラルでクリエイティブに生きる未来の社会のヴィジョンを描き、その内実を研究する未来志向の学問です。普通、社会学では現在の社会かこれまでの社会を研究しますが、ここで「未来社会学」と呼んでいるものでは、未来の社会について社会学的に考察します。創造社会では社会の一つの機能システムとして「共創システム」というものが作動し、そこではパターン・ランゲージのメディアや、ジェネレーターという役割が重要になる。そういうような、未来ヴィジョンの社会像を明らかにしていきます。その意味で「未来に向けた社会学」であるとともに「未来社会の学」でもあります。

これらの三つの学問を構築するにあたり、ゼロからスタートするのではありません。これまでの人類のさまざまな知見・学問成果を踏まえながら、大胆に組み替え、読み替えながら、取り組んでいきます。

その意味で、それは、単に既存学問同士を結びつけるというような「学際的」(インター・ディシプリナリー:inter-disciplinary)なものではなく、いろいろな学問領域を横断し、それらを超越して研究するという「超領域的」(トランス・ディシプリナリー:trans-disciplinary)な営みとなります。

哲学、社会学、人類学、認知科学、心理学、教育学、建築学、デザイン論、芸術論、美学、数学、文学、経営学、思想史などを必要に応じて縦横無尽に学び、取り入れていきます。しかも、西洋の学問だけでなく、東洋哲学・思想とも積極的に関わり、西洋と東洋の知を融合させたこれからの学問をつくっていこうとしています。とてもSFCらしい、ユニークな学問のアプローチだと思います。

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井庭研が構築し実践する新しい学問は、社会的な意義をもつ極めて「実学的」な研究です。しかしながら、それは現在の問題を解決するだけでなく、将来起きる問題を解決することにも寄与し、未来をかたちづくるということにつながっています。つまり、「今の実学」であるとともに、「未来への実学」「未来の実学」でもあるのです。

さらに、学問のあり方も、「ナチュラルでクリエイティブ」なかたちに変わっていくことになると考えています。すでに上でも取り上げた哲学者ミシェル・セールは、農業に関わる人口の減少について触れた文脈のなかで、「作家であれ哲学者であれ社会学者であれ、今世紀初頭にはほとんど万人が農業を直接に体験していたのに、現在では誰もそんな体験をしていない。すなわち二〇世紀最大の問題、最重要の事件は、思想のモデルとしての農業の消失だとさえ言えると思います」と述べています。これは非常に興味深い指摘です。

これからの学問は、物事を分解して分析する機械論的なアプローチや「工業的な製造」型の設計・制御の思想にもとづくものではなく、生命的な複雑さをまるごとつかみ、それを育てていくような「農業的な育成」型の学問になるのではないかと僕は考えています。

これから取り組む研究は、単に個々のプロジェクトが掲げているテーマについての探究であるだけでなく、そのような「新しい学問をつくる」というワクワクする知的な冒険の一部であるということを知っておいてください。そして、そういうことが「なんだか、面白そう!」と思う人を歓迎したいと思います。


■Education - 本格的に「つくる」経験を積んでいくクリエイティブ・ラーニング

井庭研では、以上のような研究において、本格的に「つくる」経験を積むクリエイティブ・ラーニング」(創造的な学びつくることによる学び)によって、物事への理解を深め、力を養っていきます。これからの創造的な未来を生きるみんなにとって、井庭研で「つくる」経験を徹底的に積むということは、人生における重要な"財産"を得ることになるはずです。井庭研での「つくる」経験を糧として、将来、自分たちで「未来をつくる」ことに寄与・貢献していってほしいと思っています。

かつて、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)を構想した石川忠雄 元・塾長は、これからの社会で必要となる人を育てるために、慶應義塾に新しい学部(SFC)をつくることを提唱しました。これからの変化の時代においては、「豊かな発想で問題を発見し、分析し、推理し、判断して、実行をすること」が必要になり、それが「人間が経験のない新しい現象に対応する時に使う最も重要な能力」であるとして、「『ものを考える力』を強くするという教育をどうしてもしなければならない」(石川忠雄『未来を創るこころ』)と考えたのです。こうして、「未来を創る大学」として、SFCでは「個性を引き出し、優れた創造性を養い、考える力を強くする教育」が重視されてきました。井庭研では、この問題意識と方針をしっかり受け継ぎ、さらに創造(つくる)の面を強化して、教育・育成にあたっています。

パターン・ランゲージという「未来をつくる言葉」をつくるという研究・実践のなかで、「パターンやチャンスを見出す能力、芸術的で感情面に訴える美を生み出す能力、人を納得させる話のできる能力、一見ばらばらな概念を組み合わせて何か新しい構想や概念を生み出す能力」および「他人と共感する能力、人間関係の機微を感じ取る能力、自らに喜びを見出し、また、他の人々が喜びを見つける手助けをする能力、そしてごく日常的な出来事についてもその目的や意義を追求する能力」を身につけてほしいと思います。

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【「創造道」(創道)井庭研流への入門】

井庭研では、本格的に研究に取り組みます。それは単に、自分の生活に「研究という"部分"が加わる」というようなものではありません。そうではなく、「研究という営みのなかに自分が入る」ということを意味します。「井庭研に入って研究する」とは、「〇〇道に入門する」ということに近いのです(言うなれば、「創造道」(創道)の井庭研流に入門するということになります)。「ひとつ本格的な授業をとる」とか「週2の習い事を始める」みたいな感じではないので、注意してください。

それは、次のような日々を過ごすということを意味しています。365日いつも、その道の精神のもと研究・活動に取り組み、師匠やコミュニティから最大限学び、本もどんどん読んで自分を豊かにし、その感覚をもって日々暮らし、受けた恩恵に報いるべく自らが成長するとともに、コミュニティに貢献し育てることに参加・寄与する。こういうことが、井庭研というレベルでも起き得るし、パターン・ランゲージという分野でも起き得るし、研究という営みのレベルでも起き得るので、多重に関わってきます。

それは、日常での手持ちのちっぽけな自分らしさではなく、「道」の伝統・文化・型を身につけた上に発現する、より大きな自分らしさを目指す、ということを意味します。型をマスターしないで、その道の素晴らしい成果を生み出すことができるわけがありませんし、ましてや「型破り」など起き得ません。そのため、まずは自分をその伝統・文化・型に「合わせていく」ことが必要となります。今の自分にこだわって変わろうとしない人には、この場は適しません。

ここは、より大いなるもの(研究という営みや分野の知的蓄積の流れ)に身を委ね、いまの自分を超えて成長し、自分をアップグレードしていきたい人のための場です。その覚悟とワクワクを併せ持つ人にこそ、井庭研の門を叩いてほしいと思っています。

それは、「職人」の世界知的な Craft の世界だと言うとわかりやすいかもしれません。「よいものをつくり、よい世界をつくる」ための脈々たる伝統のなかで深い創造をするのです。自分を全身全霊込め、自分を最大限活かしますが、それは、自己主張することでも、自分の個性をアピールするためのものでも、(目指している壮大で偉大なことに比べて)ちっぽけな、なけなしの自分らしさにこだわり、囚われることでもありません。

自分を超えた営みに参加するからこそ、一個人としての自分が成長し、アップグレードされていきます。これが、僕が四半世紀にわたり研究というものに携わり、またいろいろな分野で数々の作品をつくる創造に身を投じて仕えたなかで実感してきたことであり、井庭研でみんなにも経験してほしいことです。井庭研はそのための場です(僕らが取り組んでいるパターン・ランゲージを提唱したクリストファー・アレグザンダーも『時を超えた建設の道』というタイトルの本を書き、よい設計・創造の「」を説いています)。

以上のことから、いろいろとやることがあり忙しくてしっかり時間をつくれない人、自分で予定や時間をコントロールできない人、自分に甘い人、今の自分に満足していて自分をしっかり変えていこうと思わない人には、井庭研は向きません。しっかりと腰を据えて取り組み、真の(オーセンティックな)学びと成長を得て、道を極め、ともに道を育ててほしいと思います。


【本を読んで「考えの型」を身につけ、自分のなかの知識のネットワークを育てていく】

井庭研では、たくさん本を読みます。難しいものも読みます。重要なものは、何度も読み直し、読み込みます。

本を読むのは、単にそこに書いてあることを知るということではありません。本を読むのは、考え方の型を知り、考える力をつけるためであり、それを自分の創造の道具・基盤とするためです。概念・知識は単体ではあまり役に立ってはくれませんが、他の概念・知識とつながって豊かなネットワークに育っていくと、ものを考える力、創造的に発想する力の源泉となります

そのためには、ある程度の量を一気に読むことが重要となります。《量は質を生む》のです。ある程度の分量の本を短期間にどんどん読むことで、概念・知識のつながりがよく見え、また、化学反応のようなものが起きて、思考力と創造力が豊かになり強化され、自分の概念装置として使いこなせるようになっていきます。

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本を読むことに慣れないうちは、「坂道を登る」ような少しきつい感覚があるかもしれませんが、大丈夫。だんだん力がついて、読みこなせるようになっていきます(実際、そうなった人たちがたくさんいます)。

しかも、坂を登って行き、高いレベルに上がると、視座が上がり視野が広がるので、麓(ふもと)にいるときには見ることも想像することもできなかったような素晴らしい景色を見ることができるようになります。それは、とても爽快で、喜びにあふれる感覚です。そうなれば、どんどん自分で読んでいけるようになり、本を読むごとに、これまでに読んだいろいろな話へのつながりをたくさん発見し、ますますワクワクを味えるようになります。こうして、自分の力を高め、人生が豊かになっていく。ぜひその感覚を味わってもらいたいと思います。

さらに、自分たちの研究・思想に重要な文献を各自読んでいると、それが井庭研の他のメンバーとの共通認識を持つことになり、それを共通言語として話すことができるようになります。これは、創造的なコラボレーションに参加するための、とても重要な前提条件となります

とはいえ、何を読めばいいのか、自分で考えるのは難しいものです。そこで、最初の学期に何を読めばよいのか、重要文献をまとめています(→井庭研 重要文献リスト120冊(2021年7月バージョン))。このあたりを押さえておくと、先輩たちの話を理解したり、「井庭研らしい」思考・発想の勘所をつかむことができ、話し合いや創造に貢献することができる入口に立つことができます。各自、本を入手し、どんどん読み進めていってください。

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【道の基本を一通りマスターすること、さらに、自分なりの領域で「師範」=社会をよりよくするドクターになるということ】

井庭研では、大学院まで進み、しっかりと経験を積んで力をつけていくことを強く強く推奨しています。入門しての学部の数年間だけでは、「慣れる」ことはできても、「マスター」するというレベルには到達できないからです。

そのため、まずは少なくとも「マスター」コース(修士課程)に進み、道の基本を一通りマスターする(修める)ことが大切です。そこでは、関心のある領域・テーマにおいて、自分が身につけてきた力を駆使して、ひとつの大きな成果を生み出すという経験をします(その成果は、自分一人で書き上げる150ページ程度の修士論文に結実します)。

その上でさらに、道を極め、自由自在にその力を発揮できるようになるようになり、自分なりの領域を開拓し育てていくという段階が来ます。これが、「ドクター」コース(後期博士課程)です。そこでは、自分なりの領域やアプローチで、社会の問題(病)を治療するドクター(社会の問題を治す医者)になることが目指されます。この段階になると、道の教えや師匠の奥義をしっかりと受け継ぎつつ、それらをすべて踏襲した上で、自分らしさを花開かせることになります。そして最終的には、「師匠超え」をして、独立した「新たな師範」(未来をつくることを先導する人)になるのです。

SFCの大学院(政策・メディア研究科)は、単なる研究者養成の場所ではありません。設立当初から、「高度なプロフェッショナル」(高度な職業人、21世紀の社会を担うプロフェッショナル)の育成が掲げられてきました。その「高度なプロフェッショナル」のなかに、いわゆる「研究者」も含まれてはいますが、大学院の卒業生は必ずしも学術的研究者(大学教員や企業内研究者)になるわけではありません。高度な知的能力を身につけ、さまざまな領域・職種で、自らの「新しい専門」を活かして活躍します。そのような「高度なプロフェッショナル」の育成には、本格的な研究活動に取り組み、そのための知的トレーニングで自分を磨いていくという方法が一番である、ということで、研究教育が行われています。

井庭研の研究教育も、この考え方に基づいています。学部からマスター、ドクターまで含めて、本格的に研究に取り組むというのは、必ずしもみんなを研究者として育てるということを目指しているのではありません(もちろん研究者になりたい人も歓迎しています)。理工系の学部では、少なくともマスターまで行くことが一般的ですが、井庭研も同様に、少なくともマスターまで行くことを基本ラインとしています。そして、できれば、ドクターまで進んで、しっかり力をつけ自分の領域も開拓して、本当に独り立ちできる力をつけてほしいと思っています。井庭研流の「新しい専門」をしっかりと身につけ、本当に未来をつくることに寄与する人になってほしい。これが、井庭研での研究教育にかける思い・願いです。


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■Project - 2021年度秋学期のプロジェクト

2021年度秋学期は、以下の10のプロジェクトを予定しています。井庭研のメンバーは、どれかひとつのプロジェクトに参加し、研究に取り組みます。 各プロジェクトは、複数人で構成され、成果を生み出すためのチームとして、ともに助け合い、高め合い、学び合いながら、研究に取り組みます。

(1) 「アドホックなプロジェクト型組織のつくりかた」のパターン・ランゲージの作成
(2) 「コロナ禍におけるゲストハウスのレジリエントな適応のしかた」のパターン・ランゲージの作成
(3) パターン・ランゲージによる新しい開発援助 & 地方の高校生のエンパワーメント
(4) パターン・ランゲージを活用した高齢者ケアの実践支援の研修デザインと実施
(5) 「自然のなかの子育て・暮らし」のパターン・ランゲージの作成
(6) 「ワクワクする人生の育て方」のパターン・ランゲージの作成
(7) 「道を極める」ことのパターン・ランゲージの作成とボードゲームの開発
(8) クリエイティブ・ラーニング・コミュニティの実現を支えるパターン・ランゲージの作成と導入
(9) 商いの実践コミュニティの研究
(10) 組織の理念を具体的実践につなげるためのパターン・ランゲージの作成



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各プロジェクトの概要は、以下のとおりです。

(1) 「アドホックなプロジェクト型組織のつくりかた」のパターン・ランゲージの作成
現在、専属で固定的なメンバーシップによる会社組織ではなく、案件ごとにフリーランスのメンバーが集まり、チームを組んで仕事をしている人たちがいます。それぞれの得意・専門を持ったプロフェッショナルが、そのときどきにプロジェクトを組んで成果を生み出しているのです。固定的な組織への所属ありきではなく、やることによって有機的に組織化がなされるという点で、これからの創造社会における創造的な働き方・組織のあり方として、興味深いと言えます。本プロジェクトでは、ゆるやかなつながりの体制のなかでしっかりとした成果を生み出していくということがいかに可能なのか、また、流動的な成り立ちのなかで問題が生じないためにどのような工夫があるのか、事例を研究し、関係者の実践・経験談を踏まえて、パターン・ランゲージを作成します。

(2)「コロナ禍におけるゲストハウスのレジリエントな適応のしかた」のパターン・ランゲージの作成
コロナ禍において、人が集まることが重要となる商店や施設は多大な影響を受けています。そのなかでも、交流を主目的としていた「ゲストハウス」は、活動主旨そのものが否定されるかたちとなり、その多くが閉業に追い込まれています。しかし、その状況においても、逆境を乗り越え、創造的な実践を行い、一筋の光を見出しているゲストハウスもあります。そこで、本プロジェクトではそのような実践を行っているゲストハウスを研究し、環境変化に粘り強く適応してくために大切なことを抽出・言語化・体系化し、「コロナ禍におけるゲストハウスのレジリエントな適応のしかたのパターン・ランゲージ」を作成します。コアバリューを失わずにコロナ禍を乗り越える実践者の方法論が明らかになれば,全国各地で広がっている空き家活用や場づくりを実践する多くの人たちの活路が見出せるようになるでしょう。観光やコミュニティ育成に関心がある人や、ウィズ・コロナ、アフター・コロナの社会のために何か貢献したいと思っている人に参加してもらえればと思います。

(3) パターン・ランゲージによる新しい開発援助 & 地方の高校生のエンパワーメント
これまで井庭研では、仕事、教育、暮らし、生き方などのさまざまな分野のパターン・ランゲージをつくってきました。それらのパターン・ランゲージは、いろいろな分野の実践上のコツ・大切なことを共有するための実践支援のために活用されています(実践を支える言語)。また、パターン・ランゲージを用いると、自らの経験や未来について語り合うことができるようになることもわかっています(コミュニケーションのメディア)。さらに、他者の実践・事例を見たときに、何をしてどういう効果が出ているのかを分節化して把握しやすくもなります(認識の眼鏡)。本プロジェクトでは、このような効果をもつパターン・ランゲージを、国内外の諸地域の人々のエンパワーに活かしていくことを試みます。例えば、フィリピンの若者の支援として、現地の関係者や支援者と協力し合いながら、これまで井庭研でつくってきたパターンのなかから重要なパターンのセットをつくり、現地語で提供し、活用するための伴走を行います(パターン・ランゲージ・リミックスと伴走型支援)。その実践のなかで、人々のケイパビリティ(潜在能力)を高める、新しい開発援助(発達・発展の支援)のかたちを構築していきます。本プロジェクトでは、海外だけでなく、日本の地方の高校生のエンパワーメントにも取り組んでいます。

(4) パターン・ランゲージを活用した高齢者ケアの実践支援の研修デザインと実施
高齢者ケアの分野では、現場での実践のなかで多くのことが学ばれていますが、そのような現場での学びにおいて、どのようによりよいケア・介護について意識・経験を豊かにしていくことができるでしょうか? 本研究プロジェクトでは、パターン・ランゲージを用いた対話や実践支援による新しいアプローチを開発し、実践導入していきます。具体的には、井庭研でこれまでに作成してきた「ともに生きることば:その人らしく生きるケアの実践」(仮)や『旅のことば:認知症とともによりよく生きるためのヒント』とともに、『対話のことば』や『コラボレーション・パターン』『おもてなしデザイン・パターン』など、井庭研で作成してきた様々なパターン・ランゲージを活用し、実際に介護施設等で研修を実施していきます。支援する側/支援される側という区分を超えて、自分たちの「ともに生きる」スタイルを育てていくことを促すことを目指します。本研究は、介護現場やそれを支える団体と共同研究として行っています。

(5) 「自然のなかの子育て・暮らし」のパターン・ランゲージの作成
現代社会では、人間は自然との関わりの多くを失い、人工的な環境・制度のなかで育ち・暮らしています。その「人間関係」「人工的な環境・制度」のなかで息苦しさや窮屈さ、閉塞感を感じている人は多く、心身への悪影響も少なからずあるようです。そこで、本プロジェクトでは、子どもの健全な成長を支え、生きる力を育むこと、そして、よりいきいきと暮らしていく人生に向けての心身の豊かな土壌を養うことを目指します。具体的には、0〜14歳くらいの子どもの子育て中の親や、保育・教育に携わる人が、どのように「自然のなかの子育て・暮らし」を実現することができるのかを明らかにし、「自然のなかの子育て・暮らしのパターン・ランゲージ」を作成していきます。作成にあたっては、北欧から始まった「森の幼稚園」や、日本での里山遊び、シュタイナー教育、自然を読み解く力などについての文献調査を中心に、関係者のインタビューも行うことで、実践における大切なことを抽出・言語化・体系化していきます。

(6) 「ワクワクする人生の育て方」のパターン・ランゲージの作成
「自分らしい、よい人生を送りたい」という思いは、誰もが持っているものでしょう。しかし実際には、いつのまにか世の中の常識的な生き方を踏襲していて、思うようにはいかないと感じている人も多いのではないでしょうか。そのような現代の日本において、自分なりにワクワクする人生を生きている人たちは、一体どのようにしてそのような生き方へ至り、し続けることができているのでしょうか? 井庭研では2020年度から、ワクワクする人生を生きている方々にインタビューし、「ワクワクする人生の育て方:一度きりの人生を自分らしく生きるヒント」というパターン・ランゲージを作成しています。そのなかで、ワクワクする人生を生きている方々は、「庭」を育てるように自分の人生を育て、楽しんでいることがわかってきました。2021年度秋学期は、その「庭」を育てるというメタファーとともに、自分らしい人生の育て方についてさらに深く踏み込み、全28パターンを仕上げ、「自分らしい、よい人生を送りたい」と思っている人の実践の支援を目指します。

(7)「道を極める」ことのパターン・ランゲージの作成とボードゲームの開発
芸術でも、学問でも、スポーツでも、どのような分野でも、「道を極める」ということは、極めた者にしかわからない世界です。しかし、「道を極める」上で何が大切かということは、もしかしたら知ることができるかもしれません。そこで、井庭研では2020年度から、「道を極める」ということを研究し、「道を極める」ことのパターン・ランゲージを作成しています。その研究では、650年以上続いている「能」の世界の道の極めかたを、秘伝書である『風姿花伝』を読み解くとともに、能楽師にもインタビューをして、「道を極める」ための大切なことを明らかにしてきました。本プロジェクトでは、そのパターン・ランゲージを仕上げるとともに、「道を極める」感覚を遊びのなかで体感できる面白いボードゲームの開発に取り組みます。ここでいうボードゲームというのは、「道を極める人生ゲーム」のようなものだと考えれば、イメージしやすいと思います。そのようなゲームがあることで、遊んでいるなかで、道を極める感覚を養ったり、チームメンバーと共通認識をもったり、家族で大切なことを共有し語り合ったりすることができるようになると考えられます。本プロジェクトでは、道を極めることの本質を明らかにするとともに、子どもから大人まで、ゲームとして楽しむことができるボードゲームの開発を目指します。

(8) クリエイティブ・ラーニング・コミュニティの実現を支えるパターン・ランゲージの作成と導入
このプロジェクトでは、クリエイティブ・ラーニング・コミュニティ(創造的な学びのコミュニティ)を、いろいろな仕組み・方法、パターン・ランゲージを用いて(必要に応じてつくって)実現する研究・活動に取り組みます。具体的には、井庭研をフィールドとし、「メンバーが自分たちで自分たちの創造的な場をつくる」ことや、「先端的な研究で創造的な活動を行い、そのなかで学んでいく」ということが実際に効果的に実現することを目指します。そのために、井庭研の日頃の研究活動のなかで重要だと判明した実践知を次々と言語化することを中心的に行い、他のメンバーの参加も促しながら進め、そのとりまとめを行います。また、徒弟制度/アプレンティスシップについても文献等から学び、創造社会における創造の師事のあり方についても探究します。

(9) 商いの実践コミュニティの研究
実践者がそれぞれ探究し、集まり交流する「実践コミュニティ」と呼び得るコミュニティがあります。小阪裕司さんが主宰するワクワク系マーケティング実践会では、1500店・社の会員が、日々の商いの実践について報告し、交流し、学び合っています。そのような実践コミュニティはどのように成り立ち、どのような学びが展開されているのでしょうか? また、なぜ、成立が難しい大人数の「学びのコミュニティ」が維持され、拡大し得ているのでしょうか? 本プロジェクトではその秘密に迫り、そのメカニズムを明らかにしていきます。本プロジェクトの成果は、単に現存するコミュニティの研究にとどまらず、これから立ち上がるコミュニティに対しても役に立つ知見を得ることを目指します。本研究は、小阪裕司さんのオラクルひと・しくみ研究所との共同研究です。

(10) 組織の理念を具体的実践につなげるためのパターン・ランゲージの作成
組織が大切にしている理念やコア・バリューが、個々の実践においてしっかりと体現されるようになるには、どのような支援ができるでしょうか? 本プロジェクトでは、理念やコア・バリューのひとつひとつが、どのような状況でどのように実践されているのかを明らかにし、それをもとに、理念やコア・バリューを実践につなげるためのパターン・ランゲージを作成します。本研究は、楽天株式会社との共同研究です。


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【履修条件】

  • 知的な好奇心と、創造への情熱を持っていること。
  • 時間の調整と確保を自分ででき、研究・活動に徹底的に取り組むことができること。
  • 「知的・創造的なコミュニティ」としての井庭研を、与えられたものとしてのではなく、一緒につくっていく意志があること。


    【その他・留意事項】

  • 2021年度秋学期も、全活動をオンラインで行います。安定したネット環境で参加してください。

  • 現1年生のエントリーを歓迎します。長く一緒に研究・活動して経験を積み重ねることで、理解が深まり力がつくので、その後、より活躍できるようになります。そのため、井庭研では早い時期からの履修・参加を推奨しています。

  • GIGA生や海外経験のある人、留学生を歓迎しています。井庭研では、日本語での成果をつくるとともに、英語で論文を書いて国際学会で発表したり、海外の大学やカンファレンスでワークショップを実施したりしています。日本語以外の言語を扱えることは、活躍・貢献のチャンスが大きく高まります。ぜひ、力を貸してください。

  • 2021年の夏休み期間中に、特別研究プロジェクト(A型:4単位)を実施します。今後の研究活動の共通基盤となるので、秋学期から新しく入るメンバーも、原則として全員参加してもらいます。詳しくは、シラバスを参照してください。

    井庭研2021夏の特別研究プロジェクト シラバス「新しい世界観の概念装置を組み立てる:ホワイトヘッド哲学を学び、アレグザンダー思想の理解を深める」


    【授業スケジュール】

    井庭研では、どっぷりと浸かって日々一緒に活動に取り組むことが大切だと考えています。

    全員で集まる時間は、 水曜の3限から夜までのプロジェクト活動の時間と、木曜の4限から夜までの全体ミーティング(ゼミ)の時間です。その時間は、全員での《まとまった時間》としているので、この時間は、授業や他の予定を入れないようにしてください。

    それ以外の日も、365日いつでも、各自で本を読んで知識をつけたり、考えたり、プロジェクトの研究の個人作業を勧めたり、必要に応じて集まって話し合ったりします。また、担当教員(井庭)や井庭研が登壇する講演・ワークショップや学会等には、原則としてすべて参加して学びます。さらに、コミュニケーション・プラットフォームとして用いているslack上で、毎日情報共有ややりとりが行われています。その意味で、日々の暮らしの全体に重なり、包み込むようなイメージをもってもらえればと思います。

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    【評価方法】

    研究・実践活動への貢献度、および研究室に関する諸活動から総合的に評価します。


    【エントリー課題】

    このシラバスをよく読んだ上で、7月25日(日)夜までに、指定の内容を書いたメールを提出してください。

    エントリーメールの提出先: ilab-entry[at]sfc.keio.ac.jp ([at]を@に変えてください)

    メールのサブジェクト(件名): 井庭研(2021秋) 履修希望

    以下の内容を書いたファイル(PDF)を、メールに添付してください。


    件名:井庭研(2021秋)履修希望

    1. 名前(ふりがな), 学部, 学年, 学籍番号, ログイン名, 顔写真 (写真はスナップ写真等で構いません)
    2. 自己紹介と日頃の興味・関心(イメージしやすいように、適宜、写真や絵などを入れてください)
    3. 井庭研の志望理由
    4. この研究会シラバスを読んで、強く惹かれたところや共感・共鳴したところと、その理由・考えたこと
    5. 参加したいプロジェクト(複数ある場合は、第一希望など、明示してください)
    6. 持っているスキル/得意なこと(グラフィックス・デザイン, 映像編集, 外国語, プログラミング, 音楽, その他)
    7. これまでに履修した井庭担当の授業(あれば)
    8. これまでに履修した授業のなかでお気に入りのもの、所属した研究会など(複数可)
    9. 日々の生活のなかで取り組んでいるサークル、学内外での活動・仕事・アルバイトなど

    7⽉29日(木)に面接@オンラインを行う予定です。詳細の日時については、エントリー〆切後に個別に連絡します。

    ※エントリーを考えている人は、「井庭研に興味があるSFC生の連絡先登録(2021年7月用)」に登録してください。最新情報をメールで送ります。また、ここに登録してくれた人には、7⽉24⽇(土)・25(日)に行われる井庭研春学期発表会@オンラインの情報も送ります。この発表会は、エントリー予定者は参加必須なので、各自予定を調整・確保し、参加してください(両日とも9:00〜18:00。2日間フルに参加してください)。


    【教材・参考文献】

    井庭研でやっていること・目指していることを知るための本として、わかりやすいのは次の5冊です。最初の2冊は考え方について語っていて、次の2冊はパターン・ランゲージの実例です。そして、最後の1冊は、創造社会とはどういうことかが、自分たちの暮らし方を自分たちでつくるという事例で感じられるものです。


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    井庭研共通の重要文献は、井庭研 重要文献リスト120冊(2021年7月バージョン)にリストがあります。研究会の時間にみんなで話し合うことになる本もありますが、基本的には自分でどんどん読み進めてもらいます。メンバー同士声をかけあって、理解を深めるような機会を自分たちでつくることもおすすめします。

    【最初の半年で読んでおくべき本】15冊
    【最初の半年から手元に置いて、必要に応じて適宜読む本】10冊
    【入ってから1年以内に読んでおくべき本】25冊
    【入ってから1年半までに読んでおくべき本】30冊
    【より深い理解・思考・創造のためのおすすめ文献】40冊

    この他にも、プロジェクトごとに必要に応じて文献を読みます。プロジェクトごとの文献のリストは、「2021年秋学期 井庭研 各プロジェクトにまつわる文献リスト」にあります。こちらも参考にしてください。

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    慶應義塾の広報誌「塾」第311号(2021年夏号)「半学半教」
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