インテリジェンス: 2008年5月アーカイブ
ニュー・ヘブンで2年ぶりにCFP(Computers, Freedom and Privacy)に出ている。なんだか規模が小さくなってしまっていて残念だ。参加者の数も少ないし、おもしろいスピーカーも少ない。観光的にはほとんど魅力のないニュー・ヘブンで開催したせいだろうか。
SNSとプライバシーの話を議論しているところはだいぶ遅れているんじゃないかという気がする。2004年頃にアメリカでSNSってどう思いますかと聞いてもよく分からんという顔をされたのも当然だったのだろう。
ネットワーク中立性についてはパネルがあるが、ブロードバンドや周波数などのインフラ系の話が全くなくなっているのも特徴かもしれない。
時差ぼけは全くないのに退屈で居眠りしてしまうセッションが多い。
期待していたのは、オバマ陣営とマッケイン陣営の技術政策担当者によるパネルだったけど、ディベートではなくディスカッションにしましょうと司会が述べたため、あまり対立点がはっきりせず、期待はずれだった。
今のところ一番おもしろかったのは「21世紀のパノプティコン」というパネルで、連邦と州の間、インテリジェンスと法執行機関の間の情報共有について。これは3月に卒業したN君が卒論のテーマで書いたテーマで、彼は先見の明を持っていたのかもしれない。無論、CFPはプライバシーを大事にする人たちの集まりだから、フュージョン・センターのような形でやたらと情報が集められ、共有され、ブラックホールに入っていくのは危険という議論だ。
かつてのインテリジェンスの世界の合い言葉はneed to knowで、知る必要のある人だけが知れば良いというものだった。ネットワーク時代にはneed to shareにしなくてはならないと私も自分の本の中で書いたが、逆に、need to shareの弊害が大きくなっていることに気づく。やれといわれたことをまじめにやりすぎてしまって問題を起こすのが政府機関の悪いところだ。
今日はこれから各国のネット・フィルタリングについての話を聞き、最後にクレイ・シャーキーのキーノートを聞いて終わり。シャーキーは最近Here Comes Everybody: The Power of Organizing Without Organizationsという本を出している(まだ読んでない)ので期待している。
ニュー・ヘブンの近くに海軍潜水艦博物館というのがあり、世界初の原子力潜水艦ノーチラス号が置いてあるらしい。是非途中下車したいが、今晩用事があるのでまた次回だ。
【追記】
ネット・フィルタリングのパネルはすばらしかった。クレイ・シャーキーの話もおもしろかった。来た甲斐があった。
【さらに追記】
上述のネット・フィルタリングのパネルについての記事がWIRED VISIONに掲載されている。聴衆は20人ぐらいしかいなかったけど、そこにアメリカのWIREDの記者がいたということか。さすがだ。
カイ・バード、マーティン・シャーウィン(河邉俊彦訳)『オッペンハイマー』(PHP研究所、2007年)。
アメリカの狂気を記した伝記だ。原爆開発のためのマンハッタン・プロジェクトをリードしたJ・ロバート・オッペンハイマーの生涯を分厚い上下巻で論じている。正直、上巻の途中までは読むのを止めようかと思うぐらい冗長な記述が続くが、上巻の最後に原爆実験を成功させた辺りから一気におもしろくなる。そして、上巻の冗長な記述が結局は(全部とは言わないけど)後の理解のために必要だと分かる。
原爆を落とされた国の人間としては、それを作った人たちがその投下に対して必ずしも肯定的な評価でなかったことにほっとする。今でも原爆投下を肯定するアメリカ人はたくさんいるけれども、少なくともオッピーは、敗北が明白になっていた国に対して使用したことを否定的に考えていた。彼自身は、ナチス・ドイツが先に原爆を開発してしまうことをおそれてアメリカが先に開発することを求めており、日本に使われることは想定していなかったようだ。
しかし、開発されてしまった原爆は、ワシントンの論理に縛られていくことになる。繊細な精神の持ち主であり、かつて左翼シンパであったオッピーは彼に降りかかる政治的難題をうまく切り抜けることができなかった。彼は魅力的な人ではあったのだろうが、政治的に洗練されていたかというとそうではなかったのだろう。
科学者が政治に関わる方法を考える上でも示唆的だ。彼が一科学者として、政府の言うことを聞くだけの存在だったらこんなことにはならなかった。しかし、彼は自分の信念のためにあえて政治の世界に踏み込んだ。体制に逆らい(今の言葉で言うなら空気を読まずに)、自分の信念を貫くことは誰にとっても大変だろう。
そして、何よりも、アメリカという国の汚点をしっかり書き記し直した著者たちの姿勢は立派だと思う。そもそもこうした事件が起きたこと自体が大きな問題ではある。「オッペンハイマーの敗北は、アメリカ自由主義の敗北でもあった」(下巻374ページ)。しかし、それを時間がかかっても正していこうという姿勢は、アメリカの強さでもある。
核政策を学ぶ人は是非読むべきだ。この文脈を理解しない、単純なゲーム論的核戦略は本質をつかみ損ねるのではないかと思う。
もう一つ、余計な感想としては、「セキュリティ・クリアランス」の訳語として「保安許可」というのは、判断が難しい。「セキュリティ・クリアランス」が本書の後半を読み解くカギだ。これに良い訳語はないだろうか。
といっても10ヵ月前にもワシントンDCには来ているから、そんなに久しぶりでもない。でもほっとするのは、やはりふるさとだからだろう。ボストンに戻ったときもそんな気になる日が来るのだろうか。
ワシントンはボストンと比べて暖かい。南部に来たという感じがする。今日は特に初夏といっても良いような陽気で、半袖で歩いている人も多い。
午前中、ウォーミングアップの意味を込めて、昔よく通ったLストリートの本屋ボーダーズへ。だいぶ本の配置が変わっている。地下に行ったらMANGAコーナーができていた。ボストンとは違う品揃えで、政治関係・軍事関係の本が充実している。6冊ほど欲しいものがあったが、3冊だけ購入し、後はネットで買うことにする。
ランチは二人の専門家におもしろい話をうかがいながら、Kストリートで中華をいただく。ここの麻婆豆腐も懐かしくて食べ過ぎてしまった感がある。知りたかったけど良く知らなかったことが聞けて良かった。このランチだけでもワシントンに来た甲斐がある。
Kストリートはロビイストの事務所やシンクタンクなどが多いことで知られている。しかし、数字とアルファベットをストリートの名前にするというのはボキャ貧も甚だしい。ワシントンDCの街を設計したランファンはわかりやすさを重視したのかもしれないが、その割にはJストリートがないなどよく分からないところがある。西洋流の一種の風水を取り入れて作られていると主張する本(デイヴィッド・オーヴァソン『風水都市ワシントンDC』)もあるけど、どうなのかなあ。
午後はジョージ・ワシントン大学の図書館の中にあるナショナル・セキュリティ・アーカイブに行く。ここはインテリジェンス関連の資料をたくさん集めている。しかし、行ってみて分かったのは、ここの資料のほとんどはオンラインに上がっており、わざわざ資料室をひっくり返して出てくるような目新しいものはないということだ。しかし、ここで専門家数人の連絡先を教えてもらえたので、それをたぐっていくことができる。
資料がないことは少しがっかりしたが、新しい可能性がいくつか見えてきた。調べるべきポイントもより明確になってきたし、話を聞ける人が見つかったことも大きい。フィールド調査をやるときは、こうした可能性に自分の心を開いておくことが重要だと思う。うまくいかないことも多いが、そこでふてくされていると先に進まない。