国際関係論: 2009年1月アーカイブ

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大統領就任式はMITの研究所の会議室で、同僚たちとランチをとりながら見た。午前11時からCNNのネット・ストリーミングをプロジェクターで投影し、隣に音声を切ったテレビでFOXの中継を見る。ネット・ストリーミングはテレビより35~40秒ほど遅れていて、LIVEと出ているのに何か変な感じだ。

11時45分ぐらいにCNNのストリーミングがかなり乱れた。世界中から一気にアクセスが増えたのだと思う。しかし、その後はかなり安定していて、見事なものだった。MITの回線が太いことも良かったのだろう。MITではキャンパス内の5カ所ぐらいの大きな部屋で中継していたらしい。個人的に見ていた人もいるだろうし、よくCNNのサーバーはパンクしなかったものだ。

就任式を通しで見るのは初めてで、かなりおもしろかった。元大統領や現職大統領、その他の要職にある人、家族たちが順番に呼ばれて登場する。座っているだけで良いブッシュ大統領は余裕綽々だ。チェイニー副大統領が車椅子に乗っているのは知らなかった。オバマの娘二人が登場したとき、研究所の黒人女性スタッフは「かわいらしい~!」と実にうれしそうだった。

最初の笑いが起きたのは、オバマが登場するときに「Barack H. Obama」と呼ばれたため。「フセイン」というミドルネームを使うかどうかに注目していたのだが、「妥協したんだね」とみんなにやにやしていた。

次の笑いは、オバマが宣誓の言葉を言いよどんでしまったとき。彼でもさすがに緊張するんだなあ。

スピーチそのものは、それほどインプレッシブではなかったように思う。研究所のみんなも、あれ、終わったのという反応で、拍手もなかった。

演説の後の国歌斉唱では、元CENTCOMの司令官ウィリアム・J・ファロンがすっくと立ち上がり、半分ぐらいの人が立ち上がって一緒に歌う。しかし、さすがリベラルなケンブリッジ。立ち上がらない人もけっこういる。

日本のニュースで見ると大統領の宣誓と演説ぐらいしか見られないが、副大統領の宣誓や、アレサ・フランクリンの歌など、いろいろおもしろいものも見られた。なんと言っても詰めかけた群衆がすごい。オバマの姿は全く見られなかった人も多かったはずだが、あれだけの人が集まるのは大変なことだ。銅像や木によじ登っている人も多い。

パレードが始まる前、少しハーバード・スクエアを歩いてみたが特に何もなく、地下鉄に乗るとき政治集会のビラをもらったぐらいだった。レストランではいろいろサービスをやっていたらしい。リーガル・シーフーズではメインの料理を頼むと第44代大統領にちなんで名物のクラム・チャウダーが44セントだったとか。

帰宅してパレードを見ると、装甲車のような車からオバマ夫妻が出てきて、ペンシルベニア・アベニューを手を振りながら歩き出した。このときが一番感動的だった。シークレット・サービスは嫌がっただろうが、オバマ夫妻の覚悟が伝わってきた。

本当はワシントンで見てみたかったが、テレビで通しで見られただけでも良かった。アメリカに新しい時代が来た。日本の首相がいちいちこんなイベントやったらお金が続かないし、人も集まらないかもしれない。任期が決まっている大統領制だからこそできることだ。

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MITで最も有名な人の一人がノーム・チョムスキーだ。現在79歳で、名誉インスティチュート・プロフェッサーである。彼の著作は英語でも日本語でもたくさんあるが、恥ずかしながら読んだことがない。私の所属する研究所の主催で講演会が開かれるというので聞きに行ってきた(ビデオもすでに公開されている)。会場は学生や一般の人でいっぱいで、立ち見が出ていた。

何となく過激な発言をする人というイメージがあったのだが、実際に見てみると物腰は柔らかい。開始時間になってもなかなか現れないので、キャンセルになるのではないかと思っていたのだが、よろよろと階段教室を降りてきた。ほっそりした人を想像していたが、割と体つきはがっしりしていて、裾をまくったゆるめのジーンズに愛嬌がある。

テーマはイスラエルのガザ侵攻だ。口ぶりは過激ではないのだが、やはり内容は辛辣で、今回の侵攻はイスラエルとアメリカが周到な準備を行い、周到なプロパガンダの下で展開されているという。

そう言われてみれば、「侵攻がまもなく始まる」と一報が流れ、CNNが中継をするとすぐにイスラエル側のスポークスマンが現れ、しかし、ガザの内部の様子はよく分からないという状態だった。

講演はその後、ガザをめぐる問題の詳細なクロノロジーになっていったので、私にはいまいちつかみきれないところがあったが、チョムスキーは2時間弱、立ったままよどみなく話し続けた。一緒に聞きに行ったY先生によれば、1960年代から彼の発言は日本でも影響力を持っていたという。本来の言語学から離れて政治的な発言を続ける彼のエネルギーはどこから出てくるのだろう。

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