“デート”(糸井重里)をめぐる社会学的想像力:1991.3
 
1. 構造分析
2. 長嶋さんからの模範回答
3. ゲームの達人からの回答
-1 状況分析
-2 戦略:知性の差別化戦略
-3 戦略:美貌の痴呆化戦略
-4 戦略:“やさしさ”の戦略
-5 長時間プレイへの回答
4. 山口さんちのマサオ君からの回答
-1 モデルとしての「蒲田行進曲」
-2 長時間プレイへの回答
5. code99からの回答
6. code99:期末レポート"date"
4.山口さんちのマサオ君からの回答

ゲームの達人の回答、楽しく読ませていだだきました。確かに一理あるな、と感心させられるものでした。しかし、わたくしの意見とはどうも相入れないようですので、ここに一筆啓上させていだだきます。

結論に近いところから始めますと、“僕”のパワーアップをはかって機能的な関係に持ち込もう、という戦略は賢明でないような気がします。それは、すでにマスカットの皮むきのゲームで証明ずみなのではないでしょうか。彼女も“僕”も、対等な機能的関係になったとき、共に深いつまらなさを感じているのです。とすると、二人の関係をゲームとして語ることがそもそも誤っているのではないか、という疑問が沸いてきます。わたくしは、演劇空間として、二人の構造を分析すべきではないか、と思います。より具体的には、《いじめごっこ》の構造におけるトリックススター論としての展開がもっとも重要ではないか、と思います。