よもやま話: 2010年1月アーカイブ

食事のことではなく、本のこと。

本の背表紙を裁断し、スキャナーにかけて自分で電子化してしまうことを「自炊系」というらしい。

SFCだと玉村さんが有名。『整理HACKS!』でも紹介されていた。

そんな馬鹿なことをするもんかと思っていたが、スペース問題が深刻。片付かない研究室をどうにかするためには何らかの方法でため込んだものを捨てるしかない。

いきなり捨てろといわれるとプレッシャーが高いが、スキャンしてとっておけるならまあなんとかという気がする。そういう気持ちで候補の本や雑誌をテーブルの上に並べるとけっこうな数になる。

まずは、いらないというより、いつもパソコンに入れておきたいと思う本を選び、裁断機で背表紙をざっくり落とす。すばらしい切れ味で爽快感すらある。それを、少し前から使っているScanSnapで一気に読み込む。

ばんばん裁断はできるのだが、ScanSnapにつないでいるパソコンの性能がいまいちで、本一冊や雑誌一冊を読み込もうとするとメモリが不安定になるようだ。馬力のあるものに変えたほうが良さそう。

思ったほど一気には進まないことがわかったが、やり方は簡単だ。年度末までにはテーブルの上を一掃したい。研究室が片付いたら自宅を片付ける。とにかくすべてをシンプルに。

マクドナルドで本を読んでいた。相変わらず付箋を本にベタベタ貼っていた。一息ついたのでラップトップを広げたところ、近くに座っていた女性が「3分いいですか」と声をかけてきた。

げげ、いきなり宗教の勧誘かと身構える。女性は、「この本に付いている付箋の色に意味はあるんですか」と聞いてきた。色に全然意味はないのだが、よく聞かれる質問だ。本から目をそらさずに付箋を付けるので、いちいち色など気にしてはいない。たまたま手に付いたものを貼り付けているだけだ。

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どうやら女性は修士論文を書いているらしく、どうやって論文を書いたらいいのか分からないらしい。正月からマックで付箋のベタベタ付いた本を読み、ラップトップを広げるのは大学院生だと思って声をかけてきたという(まだ若く見えるのか)。

いろいろ質問を受けた後、「指導教官から指導を受けるコツを教えてください」といわれた。指導教官からまず文献を読めといわれたが、何をどう読んでいいのかも分からず、困っているようだ。

「指導教官は男性ですか」と聞いてみると、やはりそうだった。レナード・サックス『男の子の脳、女の子の脳―こんなにちがう見え方、聞こえ方、学び方―』という本を読んで分かったのだが、先生と学生(生徒)の男女の組み合わせはけっこう難しいらしい。男性の先生は基本的に丁寧なアドバイスを与えたがらず、学生の自主的な取り組みに任せようとする。男子学生ならそれで良いが、女子学生は先生から突き放されたように感じるらしい。

結局3分以上話し込んだが、最後に、「ばんばん投稿論文を書いているんですか」と聞かれた。そうしたいけどできないなあと内心思いつつ、「教える側に回ってしまったので、もうあまりしてませんね」というと、「私の指導もしてもらえませんか」とのこと。それはさすがにね。

彼女にアドバイスをしたのは、たくさん論文を読むということ。論文を読んだことが無い人は論文を書けない。bookishな学生が今は多いから、本のような論文を書こうとする。しかし、論文と本は別のもの。論文が書けても本が書けない人、本が書けても論文が書けない人もいる。

公文俊平先生によれば、村上泰亮先生は、社会科学者は論文よりも本を書けというポリシーだったそうだけど、それは論文を書く能力があった上での話だと思う。日本の学会誌には見るべき論文が多くないということがあるかもしれないけど、海外の学者はちゃんと論文を書いている。売れっ子の学者が本を出す場合、たいていは最初に論争を呼ぶような論文を書いていて、それをふくらませて本にしている。フランシス・フクヤマとかサミュエル・ハンチントンもそう。

たいていのコンセプトや発見は、論文の長さがあれば示すことができる。これから研究者になろうとする人は、まずは論文を書くべきだと思う。そのためにはたくさん読まないと。

ついでに言うと、ネイティブでない私が多大な時間をかけて英語の本を読むよりも、エッセンスの詰まった学術論文をしっかり読むほうが、その著者の言いたいことが短時間で分かるかもしれない。話題の本はほとんどが翻訳されるから、少し待てば日本語でも読める。だから、英語のジャーナルに継続的に目を通すほうが大事なんだろうな。すでに誰かが読んで評判になっている翻訳書を読むよりも、自分で原著論文の目利きができるほうが研究者としては有能だろう。

ちなみに読んでいたのは、マーク・ブキャナン(阪本芳久訳)『人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動―』(白揚社、2009年)。『歴史の方程式』とか『複雑な世界、単純な法則』なんかを書いた人。この本も英語で読むと時間がかかりそう。

もう一度、昨年を振り返ると、「やめる、ことわる、さぼる」のに躊躇がなくなってしまうというネガティブな年だった。

頼まれた仕事は基本的に断らない方針でやってきたけれども、それがついに破綻して、長々とお断りのメールを書くことができるようになった。

しかし、そういうのの連続は後ろめたさを堆積させてしまい、仕事全般、生活全般に愚痴ばっかり。ノリがどんどん悪くなる。未処理のメールがどんどんたまり、「ごめんなさい」と「お願いします」というメールを毎朝書き続ける。

今年はとにかくこの状況を立て直す。無理な仕事は受けないようにするとしても、今までのやり方を一新する。帰国してから11ヶ月もたつのに研究室の中の片付けができていない。これはいくらなんでもどうかしている。

周りを見れば、もっと忙しくても楽々と仕事している人もいる。

小山龍介『整理HACKS!—1分でスッキリする整理のコツと習慣 』によれば、「整理」とは英語で「デザイン」というそうだ。いいねえ。

今年はデザインし直すという意味で「リデザイン」。研究も生活もリデザイン。新しいことを試すのに躊躇するまい。

日付が変わってしまった。元旦には何か書いておこうと思い、「昨年の総括と今年の抱負」というのを書いて、数分だけ公開したのだけど、さすがに怒られそうな内容だと思って削除した(でもRSSリーダではちょっと流れてしまったみたい)。

それはそれとして全然別の話。amazonのkindleをここしばらく使っている。周囲では評判が良いのだけど、私はどうもなじめない。そもそも私は本に付箋を付けたり、書き込んだりしておくタイプなので、kindleではそれがやりにくい。もちろん、下線を引いたり、注釈を付ける機能はあるのだけど、あのキーボードで入力するのは面倒。

3Gのネットワークを使って瞬時にダウンロードできたり、価格が安かったり、スペースを節約できたり、検索機能があったりといろいろ良いところがあるのは十分理解できたけど、後々に論文に引用しようと思って読んでいる本には使いにくい。小説なんかを読み流すには良いのかなあ。

まだ試していないのだけど、自分の手元にあるPDFデータも読み込み可能なようなので、自分の英語スピーチ原稿があれば、それを機械が読み上げてくれるはず。うまくいけば練習に役立つかもしれない。スタンダードな発音は教えてくれるはず。これは便利(まあ、でも他のソフトでもできないわけではない)。

気になるのは、まず、私にとっては画面がやや暗く感じるのに明るさの調整ができないこと。確かに明るい屋外でもはっきり見えるのは優れているが、屋内ではちょっと見えにくい。それと、古い本が手に入らないこともつらい。研究として使うときには古い本を参照できることがどうしても必要。今のところ図書館の代わりには使えない。これから過去の本にも守備範囲が広がるのかなあ。

しかし、もうちょっとつきあってみよう。本のデジタル化は必然の流れだ。誰が一番読みやすいシステムやデバイスを作るかだ。

もう一つ、噂されているアップルのタブレット(iSlate?)も気になる。kindleは開発途上のにおいがぷんぷんする割に、ユーザーが機能拡張する余地が全然ない。コンテンツを入れ替えるだけ。たぶんアップルのタブレットは、iPhoneのアプリをそのまま使えるようにするだろうから、かなり拡張性があるだろうし、WiFiその他にも対応するだろう。期待してるぞ、アップル。