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2.ネットワークの社会的意味
4)公共空間(贈与性)と私的空間(ニーズ)の融合と拡散
既存のコミュニケーション論は、対面的(face-to-face)なコミュニケーションを前提に考えられていた。しかもそれが一般的なコミュニケーション理論を構築するときのモデルであった。そこでのコミュニケーション状況にはたった2人しかいない。これがモデル作成の原点である。その2人が関係を形成するとき、どのようにしてコミュニケーションは展開されるのか。当然、情報を所有する人が、情報を所有しない人にたいして、そこでの情報落差を利用して、コミュニケーションが始動される、と考えることが自然であろう。こうして、情報所有と情報発信の考え方がコミュニケーション論の基本原則になっていった。その場合2人が共に価値ある情報を所有していれば、「交換」という形態になるし、他方1人しか情報を所有しない場合には、その人がコミュニケーションを一方的に支配するので、「権力」形態が発生することになる。どちらにしても、情報所有と情報発信からコミュニケーション理論が作成されることに相違はなかった。
マスコミュニケーション論もこの流れにある。これは上記のコミュニケーションの権力形態の特殊ケースで、情報所有・発信の主体が放送局のようなマスメディア(公共空間)だけで、情報非所有・受信の主体が「大衆」という「無数のしかも匿名の人々」の集まりである、という関係で特定化されたケースである。ここでのコミュニケーションは、マスメディアが一方的に情報を所有し、それを所有しえない大衆(マス)にたいして、一方的に情報伝達してみせるだけである。ここには2人モデルからはみ出る問題は何もなく、大衆はマスという大量ではあっても同一の個性をもつ1つの他者でしかない。マスはどこまでもひとりで、しかも情報を受信するだけの受動的な存在にすぎない。したがってここでは公共空間(マスメディア)と私的ニーズ(マス)が、情報所有と非所有という権力関係を構成している。
このようなコミュニケーション論ではもはやネットワークは解読できない。ネットワークでのコミュニケーションは、1対1のダイヤドモデルではなく、無数の人々が相互に関係をもつN対Nモデルである。そこではすべての人(弱さとボランティア)は、情報探索/支援のコミュニケーションによって、相互に「贈与」する関係にある。交換と権力にたいして、第3の「贈与」という社会関係がネットワークにふさわしい関係である。しかもここでの贈与は「見知らぬ無数の異なった多様な他者」という公共空間からの無意識の贈与であり、しかもネットワークに関与する以上、誰もがその意味での公共空間を構成する贈与主体でもある、という構造にある。したがってここでは公共空間と私的空間が贈与/被贈与の関係を媒介にして相互に融合する状態にある。贈与する公共的な主体と贈与される私的なニーズの主体が融合し、その拡散する形態としてネットワーク環境が存在する、という構造である。したがって同じ公共性といっても、対人関係では「外部としての公共性」を前提にして私的ニーズの交換がなされ、マスコミュニケーションでは「公共性というマスメディア」が私的ニーズの主体にたいして一方向的な権力関係を強いるのにたいして、ネットワーク環境ではすべての主体が贈与/被贈与の関係に組み込まれることで、公共性と私的ニーズが不可分に融合した「小さな公共空間」が生成され、さらにその小さな無数の公共空間の間でつぎの融合した公共空間への拡散が生成されるのである。
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