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Desember 31, 2005

2005

少しも実感ない。ただ、いつでも生々しかった一年前の出来事が、今は遠い思い出のように感じる。もちろん、その時隣にいた人や、話していた話題や、机の色や、空の温度も覚えているんだけど、手ごたえも現実感もない。(人間二十歳にもなるとだめなんだろうか)

ときどき、限界だとかを考えると怖くなる。どこまで行けるのかわからずに怖くなる。社会に進歩史観が当てはめられなくなったとしても、まだ個人に進歩や発達や成長という概念はある側面では有効だろう。本当へ前へ進めているのかわからない。

こんな時代だから、どこが前かは自分が決めなくちゃいけない。どこが前だかもわからず前を目指すのも若者の特権かなとは思うけれど、でもいい加減そんなふうに甘えてられるのも終わりかな。もちろん、大人になんかならなくてもいい、成熟しなくてもいいと言われている時代だけど、そんなこと言われると主体意識とか持ちたくなっちゃう。(きもいね)

ただね、少しでも遠くへ行きたい。少しでも多くの人を見渡せる場所まで行きたい。あんまり人が多くない場所がいいな。走る速度や忍耐力じゃきっと勝てない人が多いから。こんな場所があるんだってことを教えられるような。たとえそれが過去にしか存在しなくても。

Godt nytt år

取り戻せない日々の
手放し方を身につけて
少しだけ歩くのがうまくなる

記憶を記憶と受け入れて
その事実を問わなくなる

そして誰かを
傷つけたときの痛みもいつの日か
うまく忘れてしまうのかな

枯れ果てた線路の上
うつ伏せになりながら
最後に見た夢は何だったか

共に、さえも壊れていたことを
見せてくれた吹き荒れた夢
まだ見つからないあの人の痛みも

誰かがそっと
回収してゆくんだろう

いつの間にアイだとかリンリだとか
難しい言葉を誰でも使うようになる

中身さえも知らずに
誰でも使うようになる

この時代のゴールは何だったのか
昨日にでもならない限りわからないだろう

やまない花火
いつか世界中が再び
輝く日でも期待するように

あのくにが揺れたとき
いつもの笑顔でいつもの話題を

あまりにも異郷の
あまりにも異形の

それでもなお同じ場所を
生きていくだろう場所と人々の
取り戻せなさはあまりにも違う

墜落の後もなお
日々は続いてゆくように

あまりにも異郷の
あまりにも異形の

物語の片隅に生きる
ささやかさの痛みはきっと

明日も代わりがないことを
せめて今だけは抱きしめてもいいかな

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Desember 30, 2005

いつかまた会うんだろうなあだとか、人生って何十年も続いていくんだしその中のどこかでまたすれ違うこともあるんだろうなあだとか、昔はなんとなく漠然と考えていたんだけど、一生の中でもう二度と会うことはない人って結構いるんだろうなあってことをあらためて思う。

この場合、街ですれ違うだけだったり、掲示板で書き込みを目にするだけだったりの匿名の人はまあ脇においておくとして、たとえばおんなじ授業をとってて意外と話したりしていたんだけどいつの間にかそこに来なくなってしまって唯一の共通点がなくなってしまった人や、いやそんなわずかな人じゃなくても、たとえば小学校の六年間を一緒に過ごしていたはずの人や、この前まで隣の部屋にいて空気までシェアしていた人とも、なんとなくもう二度と会うことはないんだろうなと感じている。

誰かと会うことは受動的に生きていてもできることで、その回数は引きこもりなどの状況をのぞけば際限なくたまってゆくけれども、誰かとつながってゆくことには自分の意思だというか、関係を続けたいという気持ちが必要で、たとえばGREEかとかMIXIといったSNSを使えば比較的安易にその担保を持てた気にはなるけれど、それは別に会うことを前提としているわけじゃなくて、今何しているんだろうなとかそういう軽い気持ちでの覗き見程度のつながりでもある。

ただ、もう二度と会えないだろうなという人と、会いたいかと聞かれればそれは少し違っていて、もし会ったとしてもきっと話すことはあまりない気もするし、つながりが思い出だけの人と長い間会ったところで、そこに新しい関係性をうむ自身もない。

だからむしろ、SNSみたいに「会う」じゃなくて「見る」くらい、つまり今までの時代じゃ風の便りだとか不確かなものが担っていた役割を可視化させて、しかも自分でその便りを探しにいけるSNSってこの薄弱した、というか全てではない一部としての自分と、一部としての他社のつながりにおいて、意外とマッチしているんじゃないかな。

なんか一文がどれも長くなってしまった気がするけど、他の言葉じゃいつの間にか主語だとかを間違えてそうでなかなか長い文が書けないし、さらに意図的に色々ぼかすことが出来るためについついこの言葉だと長めの文を書きたくなってしまう。よ!

夜が明け離れ
地平線にはただ一筋の
淡光だけが結ばれる

きつく繋げた
空の鎖を握り締め
やがて消える闇に
こころをそなえる

引き潮は
11時56分

鮮やかな月の先
確かにつないだ翼と共に

平行光線は
君にはもう影を落とさない

墜落を形跡は
ついにはどこの海にも見つからなかった

たとえば僕が壊れても
僕という現象が消えるだけなのだろう
無残な記憶や身体は置いてきぼりで

君という現象だけが残された朝凪のなぎさ
もうすぐ白月の消える頃

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Desember 29, 2005

勉強、遊び、

授業用の論文を読まなくていいから好きな本や、今後活用できそうな本ばっかり読んでる。しっかりノートもとってね。なんか、こっちにきてはじめて勉強らしい勉強をしている感じ。

勉強って定義しだいであらゆるものを含みうるけど、主観的に「勉強したなあ★」って感じられるのは、ノートに情報をまとめるときと、その情報を暗記する努力をしているとき。つまりインプットにあたる作業をしているときだね。

たとえそれがどんなくだらなく見える情報だとしても、意識的に何かを覚えよう、整理しようとしている時点でそれは自分の中じゃ勉強。だって、池袋モンパルナスだとか、日本に文字がうまれなかった理由だとか、まじでどうでもいいことだもんね。

逆に、アウトプットをしているときは、お遊戯みたいな感じ。インプットはコツさえつかめば誰でも或る程度のレベルのことが出来るんだろうけど(受験とか)、一定のレベル以上のアウトプットってかなり訓練をつんだり、文法を身につけないと出来ないじゃん。そこまでのレベルまでいけない。だから逆に、お遊戯と割り切って楽しめる。

こうやって気が向くままに文字をつらねたり、本で仕入れた情報で架空の人物作ったり、パッチワークの世界を妄想したり、そこでの出来事を思い浮かべてるときが、きっと一番楽しい。本当はこのお遊戯を、そのある程度のレベルまで高めたいんだけど、今の自分の力じゃ、めちゃくちゃ論理的で意識的になって苦労して推敲して、やっとそこまでたどりつくかどうかってレベルだから、遊びにはなかなかならない。

とそういうわけで、また今日もこんな雑文を撒き散らしたわけです。なんかこの、一度もここで今書いたものを見直さないで、「公開」「保存」ボタンを押せる手軽さが嬉しい。

誰かの名前を呼ぶたびに
少しだけ世界が揺れる気がする
つながりを探してそしてたった一人の
君を見つけたのも今は遠い話

もう戻れないことを知っているのに
なぜ君はこんなに優しくて
そして僕はその優しさに甘えてしまうのだろう

終わる街の灯りが
やけににぶく僕らを照らす
探す次の言葉を
打ち消してまた行く手を照らす

言葉のちからを知るたびに
過ぎ去った誰かに怯えてしまう
かさぶたにならずに今も誰かどこかで
僕のつけた傷で泣いているんですか

もしこれが罰ならば仕方ないかな
もしたとえ涙が止まらずに
そして僕が潰えたとしても甘えず生きて行けるなら

終わる街の灯りが
やけににぶく僕らを照らす
二度と「君」の名前を
口に出せない僕らを照らす

伝う意味のささやき
ついに明日を打ち壊してゆく
いつか「君」の名前を
呼びなおす日を傍らにして

終わる街の灯りが
やけににぶく僕らを照らす

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Desember 27, 2005

一人称ヤイ

日本語の一人称は未だによく迷う。

まあ、ちょっとフォーマルな場では「僕」。もともと私的な書生言葉みたいなものだけど、どうやら現代じゃ立派にフォーマルな場でも使えるらしいしね。

で、普段はなんだろう。比較的使うのが「うち」とかかな。これは中学校のとき友達から移った。優れた点は、指している対象が曖昧であること。かなり緩やかな包括的一人称でもあるわけ。WEかもしれないし、MY FAMILYかもしれないし、MY SIDEかもしれない。

ただ、この日記ともなんともいえないブログだとどうしたものか。僕でもいいんだけど、ちょっとうわついた感じがするし、うちとか明らかに一人称としてわかるような文脈で使ったら少しひかれそうだし。文章だと強調したくて一人称を使うのに、それは「うち」の曖昧さと愛称が悪いとうちは思うわけです。(ほら、まるでギャル語じゃん)

日本語以外で、しかも恣意的に一人称を使い分ける言語はそうそうないみたい。(ちなみにノルウェー語はJEG(ヤイ)。ちょっとこの発音は好きかもとヤイは思います。)

ほとんど人工言語と言ってもいい、この現代日本語になんでこんなたくさんの一人称が残ったのだろう。森(有礼)くんは日本語の規則性をなくした簡易化を唱えてたりしていたけど、結局そういったことよりも言文一致を優先させた結果なのかなあ。

ちょっと読んでみたいな、一人称の研究書。翻訳とかアイがあふれた本になるんだろうな。

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Desember 26, 2005

年賀状

年賀状書こうと思ったのだけど、もう間に合わない。むしろ今出すと配達ラッシュに巻き込まれ、1月4日だとか遅れた人用の日に届きそうなので、もうしばらくあとに出すことにする。

文面も「明けました、おめでとうございました」と二重過去にしておけば一月中くらいは有効な気がする。「明けましたか、おめでとうございましたか」と疑問形にしておけば二月でも許されそうな気がする。

そういえば、年賀状が郵便制度と結びついて、現在のような流行になったのは何時からなのだろう。まあその答えは年賀状にでもこっそり書こうかな。文字だけの、論文形式の硬い年賀状も外国からなら大目に見てもらえるだろう。

では、あけましておめでたくございましょう(未来系)。

投稿者 POE : 05:07 EM | コメント (1) | トラックバック

今してること。

北欧での冬休みらしく、日本の近代小説を色々読んでいる。今まであらすじしか知らなかったような有名どころの、有名じゃない短編から徐々に攻めている最中。「近代化」という一言で片付いてしまう時代の実際の鼓動って、それが整理されたあとの社会学だとかじゃなかなか見えてこないから、社会化見学とか旅行のつもりでつまらない話にも耐えている。

留学生でも年末にかけて旅行に行く人が多い。ノルウェーに住んでいたり、何年もノルウェー在住とかならわかるけど、たった一年しかノルウェーに滞在しないのにヨーロッパとかアメリカに出かけてゆくのは個人的には謎。そりゃ、まだまだ現役のイギリスやドイツとかと比べて、北欧はずいぶんと老成した感があるおとなしい国だけど、最初で最後かも知れないんだからわざわざ海を越える意味がわからない、とすっかり個人的な気分まで老成。(それとも幼さからの僻みかな)

まあだからといって、何も日本の近代だとかをここで勉強する必然性はあまりないのだけど。それでも、モチベーションとしてあるのが、大学の図書館にある全集が新品同様にきれいなこと。たいてい、日本の図書館で、日本の有名な人物の全集って手垢にまみれているけれど、ここじゃすっごくきれー。今まで汚くて読めなかったあの人やこの人を読もうという気にもなる。

投稿者 POE : 04:47 EM | コメント (0) | トラックバック

Desember 24, 2005

God Jul

アメリカじゃあまりmerry christmasと言わないと聞いた。happy holidaysや、クリスマスカードにならseson's greetingだとか。きっと他宗教に配慮してのことなのかな。

ノルウェーはというとほぼ間違いなくGod Jul(英語ならmerry christmas)。一応、ノルウェーは国教がキリスト教で、state church systemもある。ただみんなが信仰深いキリスト教徒かというとそんなことはなくて、ある世論調査によると、キリスト教の神を信じると答えたノルウェーの人の割合は半数以下。さらに若い人を中心にまったく教会に行かない人はすごく多い。

たぶん、あんまり難しいことは考えずGod Julなんだと思う。というわけで、ゴォッドゥユゥゥル(少しだけ、他宗教に間違った方向で配慮してみました)。

投稿者 POE : 04:53 EM | コメント (3) | トラックバック

Desember 23, 2005

SSS

今年の夏の暑さがはるかまぼろしのように感じる。30度の都心だとかにわかには信じられない。どんな顔でどんなふうに歩いていたかうまく思い出せない。

かといて、毎日霧と雪の続くここでの日々も現実感はあまりない。あの夏の続きにこの冬があるという連続性を感じることは出来るのだけど、そのどちらもどこかうそ臭い。この半年の中にいくつもの終わりと始まりを繰り返したはずなのに、どうしてすべてが舌の上でざらつく砂のように、不安定なんだろう。

その中間の春に期待かな。(って別に世界に過度な現実感なんていらないけど。)

*SS*

いつか生まれてきたことに
ただ一人寄り添いながら
ただ一人この世界を生きてきた

誰もその世界の外側じゃ
ここがここで
君が君だということさえ証明はできない

ここはとても暖かいよ
通り過ぎてゆく人々 家路の先に待つ穏やかな灯火
交差しては消える確かだったリースたち

やがて消えてしまう足跡を
守りきれずにやがて埋もれてゆく街灯の一瞬

たとえば
今ここに君がいて
いくつかの言葉を交わたとして

この想いは
別の何かにたやすく形を変えてしまうのだろう

憧れだとか愛だとか夢だとか
作り物の箱に言葉はたやすく押し込められてしまうから


どこにもいない君を
どこにもない場所で待ち続けていた
優しかった僕たちだからこそ

そこに君はいて
そこに僕たちは切実に存在していた

わかるはずもない
ありえたはずもない

この僕だけの世界で
そこに君がいたことや
ここで君が見えることに

それが真実だと信じられた夜を
いくつも越えてきたことが
今はすごくここでうれしい


君はまだ乗客のいない列車を
ただ誰かたちの言葉の中

消えそうな日々を走り続けているのかな
差し出した夢がまだここへ届くかというように

投稿者 POE : 08:26 EM | コメント (0) | トラックバック

もしかしたら壮大な洒落かも知れないけど。

ハロウィンパーティーをSFCで主催した人のブログみたいなのだけど。
やばいね、超面白い。これでこそSFC。

http://yaplog.jp/kiopino/archive/268

でも、もしかしたらこれでいいのかな。おかしな大人になりすぎちゃうよりはね。

投稿者 POE : 01:26 FM | コメント (0) | トラックバック

Desember 21, 2005

OSLO

ベルゲンに留学してる子がオスロに来ていた。肉が比較的安価で売られていることや、デパートがあることや、地下鉄があることにしきりに驚いていた。オスロが一応首都だということを思い出した。でもベルゲンのほうが全体的にケバいらしい。なんか想像できないかな。

ムンク美術館に行く。叫びを一昨年に盗まれた後一年以上かけて改装工事をしただけあって、セキュリティーがばっちり。入館時の持ち物検査、金属探知機。もう盗まれるような有名な絵がないにも関わらず、こうした飛行機並みのチェックをするのは、ただの意地なのか、それともいつか叫びが帰ってくる日を信じているのか。どちらにしてもいたたまれません。

現代美術館にも久しぶりに行く。お客さん1人に職員4人くらいの割合で人が少ない。公営で無料なので、商売っ気もまったくなくミュージアムショップもつぶれてた。でも、ここ好きなんだ。現代美術ってわけわかんないんだけど、わけわかんない世界じゃわけわかんないもののほうがうまくそこに嵌ることがあったりするから。

授業の成績がもう出ていた。結果はWEBで自分用のページにログインして見るだけ。悪くないんだけど、そこまで全てが良いわけじゃないから、慶應には多分全ての単位は移管しないかな。

日本はなんで、試験後に二ヶ月もかかるのだろう。教員は一週間くらいで採点を終えるのに、その後の謎な数週間に何が行われているんだろう。履修申告がWEBで出来るなら成績閲覧も同じようにWEBで見られるようにすればいいのに、しないということは、きっとそれなりに理由があるのだろう。留年をしてしまった学生の怒りを静めるためお払いとか、成績表を使った職員全員参加の賭けだとか。

また一人
見世物小屋に
男が入ったようだ

目を覆うほどの
悪行を披露すると
誰もが口しきりに噂する

冷淡に表情も変えない彼には
赤も黒も通っていないらしい

彼を蔑めば
客は誰でも仲間になれるという

パンも劇場もあるこの街でさえ
見世物小屋の繁盛はやむことを知らない

屋風、史部屋、仁照例、信二逝区、産気射、
あらゆる場所のあらゆる小屋が様々な形相で
彼を追いかけ続ける

出来事は偶然では有り得ない
彼が全てを起こしたのだから
責任の線は全て彼にたどり着くと

物知り顔の店主が
加熱する客の罵倒を加速させる

あらゆる客は舞台には立ち得ない
それを疑う必要などはないという

彼と自分は有り得ないほど遠い
別の世界を生きてきたのだから

笑顔の客は
また今日も見世物小屋へ向かう

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Desember 19, 2005

18

18時間話し続けた。あの人が総入れ歯だとか、顎の外れるプロセスだとか、ジェアラーだとかいつかそんな話を目を細めて懐かしがったりするのかな。


「最も自分のものである自分の顔は、どうやら他人に見せるためのものであるらしかった。それは愛に似ているだろうか」(川端康成/水月)

何で自分の顔って鏡を使わないと自分で見られないんだろう。川端康成の「水月」に出てくる主人公もそんなことを疑問に思っていた。なぜ鏡なんていう道具を使わないと自分の顔を見ることは出来なくて、なぜそのように人間は進化したのか、と。

現代でもその状況は変わっていない。カメラだとかプリクラだとか自分の姿を確認できる手段こそは増えたけれど、依然として自分の目で直接に自分の顔を見ることは出来ない。顔は、誰のためのものなのかわからなくなる。

もちろん自分の目でじかに見られないものにこの世界はあふれてる。はるか送られてくる土星の写真だとか、実は冬に多い紫外線だとか、数式が描くものだとか、人のこころだとか。だけど、その自分の目で見えない側に、自分の顔が属していると思うとどこか不思議になる。こんなにも近すぎるのに、近すぎるがゆえに、見えない自分の顔。

自分の目でじかに見ること。それにどれほどの価値があるのかはわからない。だってこの目を使ってそれを見ているは誰(何)かはわからずじまいで、データや鏡ごしに見える世界と目で見ることの差異は不透明にならざるを得ないから。

むしろ鏡なんてなければよかったのかも知れないのかな。鏡のテストというものがある。鏡にその姿をうつして、その鏡にうつっているのが自分だとわかるかどうかをためすというもの。それに合格できるのは人間、チンパンジー、オラウータン、イルカだけだといわれている。つまり、その四種の動物以外は自分の姿を知らずに一生を終えてゆく。

自分の顔を見ることを禁止して、誰も自分の姿をわからずに一生を終えてゆく。そうすれば、自分の顔を、自分のものではない他人のためのものにたやすくしてしまうことができるのに。

投稿者 POE : 06:59 EM | コメント (1) | トラックバック

Desember 17, 2005

DONE!

何度見ても文字で書くと、どーねとしか読めません。

とりえあず今学期の全ては一応終了。たぶん、日本にいたときよりも勉強していない。教科数もただの4つでしかも負担はそれほど多くない。一教科につきペーパーも15枚が一回とかでいいんだよ。来期はもっと授業取ろうかな。それとも、4月中旬までに帰って日本で春学期の授業でもとろうかな。可能かどうか問い合わせなくちゃ。

そりゃ、ノルウェーの社会保障制度とかには多少知ったかぶりは出来るくらいになったけど、ノルウェー語の論文が読めるわけじゃないから、結局は誰もがアクセスできるもの(英語)への回路を教えてもらっただけ。ペーパー書くときのREFERENCESが数行増えるだけのはなし。

mixiとかgreeとかにいつまで本名出してこのBLOGのリンクを張っておくか、そろそろ考えなくちゃいけない時期なのかも知れないと思う。両方とも暇なときにのぞくくらいで、積極的な利用者ではないけれども。

そもそもSNSは大学の同窓生名簿のようなものが源流と言われている。極めてCLOSEDなCOMMUNITY。それが今はメールでの紹介というような形をとるものが多いけれど、結局は誰でも入る気になれば入れて、中で起こっていることと言えば友達作りとか同じ趣味の仲間を見つけたりとか、絆の可視化だとかSNSじゃなくても起こっていることばかり。

でも、確かに(日本の一般的な)ウェブサイトとの相違点もある。特に初期、みんながばんばん実名と写真をだしていた。CLOSEDという安心感からか、もしくは現実の社会の縮図のような光景に(現実社会でウェブのようなOPENっていう空間は逆に特異)順応してか。

しかしそれも今は昔になりつつあるのかもしれない。日本で、家にネットがある家庭は56%、ケータイを含めたときの人口普及率は60%を越える。その中でmixiの利用者は200万人。数字を鵜呑みにするなら、ネットを使っている30人に一人くらいはmixiに参加していることになる。これってあの宗教団体の日本の人口比よりも多いことになる。

この先きっと二極化は進んでゆくんんだろう。一つは、とことんCLOSEDを志向する秘密結社型。参入条件もすっごく厳しくて。現に、最近じゃレンタル方のSNSまで登場してきていて、誰でもSNSを作れる(参加できる、ではなく)。もう一つは、今以上にさらに濃度がうすまって普通のWEB化。だんだんみんな匿名になっていって写真も出さなくなって。

その後者にあたるであろうmixiやgreeとどうつきあっていくか。まあ、実名であろうが匿名であろうが社会的には名もなき匿名者であるという時点でそこの大差はないので気分の問題なんだけどね。あとはうっかり実社会で知り合いの人のページにたどりついて足跡が残ったときの気まずさとかね。

たいした問題じゃないか。考えたらこのサイトも実名だしね。別にこの実名でなくすものそんなにないし。

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Desember 15, 2005

背中だとか

友達の見送り。No more Norwayみたいなことを言い残して去っていったよ。ここで或る程度の月日を過ごして、もと自分が住んでいた場所に帰ることは旅立ちなのかな、それともただの帰郷なのかな。少なくとも空港ではDEPARTURE側から立ち、ARRIVAL側に着くわけだけど、もう少し長い期間を考えたときに、彼/彼女は帰ってゆくのかな。それとも旅立ちをまた繰り返しただけなのかな。だってもうかつてそこにあったものは、姿を変えているわけで、行為主の彼/彼女もここで姿を変えてしまったわけで、それを帰ると呼んでもいいのか少しだけ疑問に思った。それとも帰るという言葉はそういう姿の変容まで包み込んでくれるのかな。

ていうかノルウェー語のテスト勉強しないと。先生がいい人で、結局最後まで辞められなかったよ。

投稿者 POE : 06:30 EM | コメント (0) | トラックバック

Desember 14, 2005

Pictures

*

200枚くらいあるんだけど、とりあえず。

散るときまで美しくありたいと
君は最後まで戦い続けていたよね

はじまりもなく終わりもなく
そこには美しさが存在すると疑うこともなく

また風が抜けてゆく
降り注いだ花弁をさらいながら
まるで君がいたことを消し去るように


凪ぎわたる朝 君のにおいはもう
波も残さずに連れ去られてしまった

手に結んだ結んだ水に映る月のように
美しさはただ流れの中きらめき続ける

また春は訪れる
君のいた季節が一つ深くなる
やがて君がいたこともまぼろしになる

投稿者 POE : 09:51 EM | コメント (0) | トラックバック

Desember 13, 2005

再び。

今までは、記憶さえ携えてゆけるなら、今まで生きてきたどの日にでも戻りたいと思っていた。戻れると思っていた。信じられないくらいの失態や、うまく受け止めることができないことはあまりにも多くあって、二度目ならばきっともっとスマートに物事をこなしていけるはずだから。

だけど、今まで出会ってきたすべてのものを、たやすく失うことが出来るのかというと心もとない。今の全てを受け止めることはできないし、何もかもに満足なんてしてはいないけれど、すぐに手放すにはあまりにも自身になじんでしまった。

今まで見てきたもの、選んできたものの全てが今の自分をつくっているとして、それを保証するものの大半は記憶でしかないわけで、だけどその記憶を担うものが自分だけになってしまったとき(記憶と共に過去に戻れたとき)、その重さに耐えることができなくて、結局同じようなことばかり選んでしまうのかも知れないなあ。

って、トロムソについて書こうと思ったのに、何を書いてるんだろう?10分前に戻ってやり直したい。けど、このせっかく書いた文字も消したくない。そんなところです。

どこからならやり直せるだろう
どこからやり直したらならば
ここが栄光の光に包まれて
隣に座る誰もと微笑みと共に
過ぎてきた全てを抱きしめられるというのだろう

たとえばそれと引き換えに
今ここで手にしている
片手にも満たない幸せや
ただひと時を共にする人々を
失うことはたやすく出来るのだろうか

気が付けばこんな場所まで来てしまった
戻るには遠すぎて
たどりつく場所も見失った中
ただ続く夜に寄り添うように
歩幅を緩めることもなく

知らない人になってしまった君と
ただの街角ですれ違うとき
何事もなかったかのように
それからの道のりを歩いてゆくことはできるかな

何か一つが欠けて
何が一つが増えただけで
僕や今やここは
瞬間にその姿を変えてしまうかも知れない

たとえ記憶を携えたまま
全てを戻せたとしても
失うことが不器用なままならば
同じような扉ばかりを再び選び
わずかな違いだけを比べては
取り戻せなくなってしまったひとつ前の軌跡と
そこにいるはずだった自分をうらやむだけなのだろう

どこからならやりやり直せるだろう
そして

投稿者 POE : 05:15 EM | コメント (2) | トラックバック

Desember 12, 2005

北極圏*オーロラ

ちょっと北極圏に行ってた。今は冬なので街は昼の2時から朝の11時ごろまで真っ暗。太陽は一日中見えない。そんなトロムソという街に行ってきた。

子どもも大人もお年よりも誰もが安全に夜遊びできる場所です。
北極圏だというから一応服を多めに持っていたのだけど、オスロよりも暖かかった。たぶん夜でも零下1度くらいな気がする。

オーロラも、曇りだったけど見れたよ。あんなに動きはやい物体だとは知らなかった。
写真は全部友達まかせだったので、そのうちアップします★
(って、誰も期待してないだろうけど)

まさかオーロラとは縁のない一生だと思っていたので、不思議な感じ。
でも感動とかはしなかったな。オーロラを生涯見ないであろう何十億の人に対して一つアドバンテージが出来たかな、とかそんな感じ。

服も二枚とかで、氷の上に寝転がりながら、これは自慢できるなとか、そんなことを考えていた。オーロラでさえ感動できないとなると、ほんとうにこころが動く日はいつ来るんだろう。

投稿者 POE : 11:52 EM | コメント (1) | トラックバック

Desember 08, 2005

テストとWikipedia

テストは思ったよりも簡単でした。だって設問が「ノルウェー人のスポーツに対する態度に関して、あなたの印象を答えなさい」とかいう知識のいらない問題や「世界におけるノルウェーの立場について書きなさい」というような、福祉国家の発展、難民問題や世界史を少しかじっていれば答案できてしまう問題が半分以上なんだもん。留学生はお客様だから、Fをつけるわけにはいかないのでしょうか。

知識を問う問題は、教科書を見ないでWikipediaを丸暗記した甲斐があった。ぴったり。もうそのまんま問題に出た。

Wikipedia、やっぱり大好きだ。超マイナーーでつっこみもなく一人によって書かれた記事はひどいものも少なくないけど、多数が参加している項目はweb全体よりも信頼度が高くてまとまった情報がすぐに手に入るから好き。

南京大虐殺だとか、編集合戦で微妙な形のものもあって、その点においてWikipediaの限界を指摘する人もあるけれど、逆に意見の対立も可視化されているあたりが好き(その内容はときにくだらなくても)。だって、今までの辞書では隠蔽されていたことが目に見えることって価値があることだと思う。本来は、そういったイデオロギーの対立が起こることは、真実は一つではない(仮に一つでもそれは記述できない)という点において必然なんだから。

インターネットなんてそもそも多くの人にとって、yahooとgoogleからはじまる巨大な辞書にすぎない側面もあるわけじゃない。その辞書って言う側面に特化して、純度を高めたものを作っていこうっていう立場が好きなのかな。

って、何Wikipediaについて語ってるんだ。
明日からちょっと北極圏行ってきます。
下調べはもちろんWikipediaで。(ここまでの偏愛はちょっとばかっぽいよね)

切り残された夜の影が
メビウスのように世界と世界をつなぐ

伸ばしたはずの手は
あきらめたはずの答えをつかみ

差し伸べた手は
嘲りとともに振り払われる

風はとうに朽ち果てて
誰かをなびかせることも出来はしない

かつて地平線と呼ばれた
珍しくもないただの稜線を

何事もなく人は通り過ぎてゆく
たとえそれが最後の境界だとしても

気づくふりもなく
微笑をたずさえ歩いてゆくことが出来る

まだそこは朝で
そしてその先は夜で

終わりもはじまりもない
世界が永遠に続くとでもいうように

破れ始めたリングに
君は参加していたというのに

投稿者 POE : 10:30 EM | コメント (0) | トラックバック

テスト勉強

今までで一番勉強してないかも。日本での公式な単位に算入しなくてもいいという甘えのせいです。「ノルウェーの生活と社会」。しかもかなりの導入科目で科目コードも3桁。(普通は4桁でマスターレベルのが4000番代)。

どうせテスト勉強しても残るものって結局その後も興味が続くものでしかないからな。と言い訳しながら。去年の秋学期、何百もの単語を緑シートと赤ペンで暗記していた明け方が懐かしいよ。

もっとさかのぼって、2週間前からオリジナル問題集を全教科にむけて作成していた中学生の頃が懐かしいよ。既存のプリントやワークブックのまとめ方には納得できなくて、全部手作り。そしてもちろんワークや教科書の問題も全て網羅。テスト前の2週間、家に帰ってきたらずーっと机に向かってたような。すごいな。

どこで変わってしまったのかな?今でもあの日々が不毛だなんて一笑には付さないよ。だけど、同じことはもうきっと二度と出来ない。

もう2時だ。とりあえずStortingとOdelsting、Lagtingくらい覚えよう。(これがいかにレベルの低い目標設定かというと、それぞれの意味は「国会」「上院」「下院」です。小学生じゃん。)

投稿者 POE : 01:57 FM | コメント (0) | トラックバック

Desember 07, 2005

最近好んで聞いている音楽

松たか子、pool bit boys、小松未歩

.....なんかどの時代のどの地域でもさして聞かれていなかった人たちの気もする。しかも、曲は知らなくても名前だけは知られてそうだから、微妙に面映くもあり。

ちなみに、夏の記憶、東京バード、off shore、君のなせるワザあたりが好きです。って誰も知らないだろけど。ネット上でもほぼ語り合える人が皆無という状況が素敵です。

投稿者 POE : 09:10 EM | コメント (0) | トラックバック

55, 38

少し調べてみてわかったのですが、日本の平均週間労時間って、だいたい55時間くらいだそうです。週休2日なら1日10時間越え労働です。さらに平均通勤時間が片道1時間。朝の8時に家を出て、朝の9時から夜の8時まで仕事して、夜の9時に家に戻る。

こんなに働けない。無理だ。

てっきり週40時間労働って日本でも遵守されていると思っていたら、まさかそんなことはなかったらしい。特に、新入社員なんて安月給で戦士の様に働かされるんでしょ。

無理だ。就職できない。

これは労働と余暇をわけてしまうから発生して問題で、なかには労働することが楽しみだという人もいる。だから単純に労働時間の長さを否定して、その削減を叫んでも仕方ないことかも知れないのだけど、それでもなんかみんな働きすぎてるんだと数字をみてはじめて実感。

ちなみにノルウェーの平均労働時間は週38時間。みんな4時前にはとっとと家路についていきます。また最近では、一日の労働時間を6時間にすべきだという議論もよく聞きます。

まあノルウェーにあこがれていても仕方ないので、来年からのことを少しまじめに考えています。とりあえず、体力も持続力もないから、戦士にはなれない。週55時間も働けない。かといって日本のpart-time workerにはなりたくない。となると、

ニート?パラサイト?

ざわめきの街で名前を知らない顔が
いくつも抜けていった
たった一瞬すれ違うだけで
あの人は敵だと僕たちは簡単に気付いてしまう
孤独が行き交う雑踏も
行き先なんてなくて歩いていけると
あの頃ならば簡単に言えていたのに

空ろな空に染み込む虹色の放物線
雨はもう止んだみたいだね

あなたはどこにもいない
僕らはそれに気付かない
傷に果てて
それでも憧れを消せずに
再び立ち上がり


ささくれた夢を繋ぎ止めてくれる人を
今でも想っている
そっと囁いてた明日のこと
あの夢は終わってしまったのだと
微笑んだ君の横顔
未来が近づく朝焼けを
いつまで二人は抱えていけるのだろう

優しい空が弔う銀色の大人たち
今日もまた終わってしまうから

あなたはどこにもいない
引き返すことはできない
夢はついえ
それでも走り止めずに
いつまで歩いてゆく

稜線は伸び続け
やがて誰のもとへ

あなたはどこにもいない
僕らはそれに気付いてはいけない
傷に果てて
それでも憧れを捨てずに
再び立ち上がり?

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Desember 06, 2005

テスト4時間、でも長くない

4時間の筆記試験。食事持込可。滅茶苦茶長いと思ったらそんなことなかった。

二問与えられてどちらか一つを答えなさいという形式。一問はノルウェーとアメリカのchild care policyを記述という、かなり得意そうな分野だったのだけど、dual socializatioだとかいう誰かのコンセプトもついでに説明しなさいと書いてあって、なんとなく想像は出来るのだけど、想像違いだとその論文を読んでいないことがばれるから躊躇。

もう一問目はfatherhood is shrinkingという命題に反対か賛成かしなさいというもの。shrinkって語感ではわかったんだ(ていうか中3か高1でもわかるか)。服が洗濯されているシーンが浮かんだんだけど、縮んだのか、それとも揺さぶられたぐらいの意味なのか結局テスト中に思い出せなかった。まあ、どっちにしてもfatherhoodの変化について書けばいいんだけど、なんか言い切れていない微妙な内容。ていうかshrinking知らないってひょっとしてこれが入試なら大学は入れなかったかな。

4時間もあるんだと思ったから、なんとチャートを描いた上で、全文下書きまで違う紙にしてしまったのだけど、最後で時間が足りなくてせっかく書いたいち段落を削除。ただ清書するだけでも随分時間がかかるんだと、久しぶりに思い出しました。

テストの監督官はおじいさん・おばあさん。でも英語が話せてさすがです。夫婦とかで監督官やっているようです。でもなんで老人なんだろう?相手を油断させて実はこっそり不正に目を光らす、ような図式を狙っているのかな?フーコーの内面化論なんてノルウェーには関係ないんだよ、みんな安心してテストを受けてねってことなのかな?

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Desember 05, 2005

余所者

最近、日本よりもノルウェーの方が生きやすいかも知れないと思っていた。でもその理由がわかった。自分がよそ者だからだ。

ここじゃ、見なくていいものを見なくていい。というかノルウェー語がほとんどわからない中で、極右の外国人排他論だとか人種問題だとか、少なくとも現地の言葉で知ることは出来ない。

消費税25パーセントは払っているけど、その他にこのくにには何も貢献していないし、それを求められてもいない。ただ1年だけいて通り過ぎる人にすぎない。

何も知らないで生きてゆくことができる。世界にはそれなしで生きていけることがたくさんあって、それを知らないほうがきっと生きやすい。歴史も、権力構造も、財政問題も、目には見えないし、知っていてもさしあたり今晩や明日には役に立たないのだから。

何も知らずに漂い続けていけるならそれでもいいのかも知れないね。一番搾取しやすい人間の典型だけどね。(もうすでに気づかず構造的に搾取されてるのか?)


*

あの頃鉄橋の下 
話し続けた未来は
うまく
みんなのこころに散らばって

たとえば君たちを思い出すたびに
きらり乱反射がまぶしい

だけどそれを
もう一度拾い集めても
僕たちは
もうそこには辿り着けないのにね

どこまで行くんだろう
あの頃の未来には少しも近づいちゃいないのに
なんで過去だけが遠くなってゆくんだろう

ここはどこだったんだろう

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バナナ

バナナを食べながらアイスバーンの道を歩いていたら転んだ。

何も知らずにぼくを目撃した人には、バナナでこけたと思われるのだろうか。そもそもバナナですべるというギャグはこのくににもあるのか。そんなことを転んだ瞬間は冷静に考えていました。今度からは道を歩くときはりんごにします。

どこに向かうのかって少し気になる。ただ自分で歩いている感覚は希薄だから、どこへ連れて行かれるかと言い換えたほうが正確かも知れないけれど。

別に運命論者じゃないけれど、限りない可能性が存在したとして、結局自分の手元に残されるのがいつも一つだけなら、偶然も必然もそこに大きな差はない。ならば、ふざけて行く末を見届けていよう、それだけなんだけどね。

ただそれでも衝動だとか、覚えてしまった嗜好はあるわけで、それらと付き合ってゆく中で、どこへ行くのだろうかということはやっぱり大事じゃないとはいえない。どこまで自分がその操縦に関わるのかは別として。


3年前くらいに書きなぐった言葉が見つかったので、ついでに。
2003年の2月19日。
珍しくもない普通の冬の日だったはず。


一通り聞き飽きたアルバムみたいに
毎日も積み重なってホコリ被っていく
溢れていた刺激も
今じゃただの気休めにしかならない
君の胸は温かいけど
新しい風景がもう見つからない
冬ももう終わるんだ

どこかへ行きたい
あの頃よく呟いていたっけな
行くあてもない奴ほど
旅をしたがるけれど
帰る場所がある奴は
結局旅立つことさえ不器用で


懐かしいフレーズが
ぼくにとっては呪文だったんだ
何でも叶う気がしてた
何度でも祈っていたよ
「***********」
だけど今でも臆病なままさ

手に入れたはず
栄光の日々が崩れる音は
いつも背中で聞く
この手で勝ち取ったものは
欲しいものは何だったのか
わからずに全て消えていくのか

足りないものを補うように生きてきたはずが
無いものねだりばかりしてた
誰かの持ち物ばかり手に入れて
扱いに困っては
新しい日々を手に入れた気になってた


所詮、他人のものは他人のものでしかないんだろう
だから今ここには何もないんだ
それでも刺激を欲しがる

満たされていたのは
こころじゃなくて欲望だけだったね
君の胸は温かいけれど
新しい風景がもうわからない
冬ももう終わるんだ

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Desember 03, 2005

ぶー

なんだかぼーっと。うとうと夢うつつ。
テスト勉強しなくちゃいけないのに。
でも勉強はじめたら楽しい。後期近代とか単語だけでわくわく。

来年の科目を考え始める。
頭の片隅で、3月までに終わる科目だけをとって
4月にもう帰っちゃおうかなとか。

難しいことはまだわからない。
わかるのは、ここは少しだけ日常からずれた場所で、
そして帰ってもそこはきっと日常からずれているんだろうということ。

みんなにまっすぐな線路を見せてくれた近代はもう
ほんのわずかしか残されていなくて、

その幻にのるのをどこかで拒否して、ここまで来たことを少し思い出す。
だけど線路の外側って、たいていは荒地なんだよね。


 たとえばこの手を差し出すことで
 僕が消え、君が残るならば

 不確かだった僕がこの世界に
 意味をも残すことになるのかな


いつか席を立つ日が誰にも訪れるのならば
その席を誰かのために残したいと
笑っていたあの人の場所には今
見たこともない誰かがすまし顔で座る

聞いたこともない言葉で
親しげに部屋の空気を取り仕切る

席を立つ日を選ぶことが出来ながら
多くはただ名前を呼ばれる日を散漫に待ち続ける

まるでそこに座ることが当たり前で
世界がその部屋でもあるというように


席取りゲームはまだ
世界中で続いているらしい

知らない部屋の誰かを守るために
今日もまた知らない子どもが借り出されたらしい

ぼくはただ足早に抜けてゆく
あやふやな世界を窓から眺めながら

昨日の夜のことや
来年の夏のことを眺めていた

あの頃はまだ
予約などできるわけもない
未来への投機のように

ここにいることの意味を
あるはずもないのに探し続けた

意味があるよといってくれる人を
失うたびに消えてしまうほどの意味でも
それをほしがり続けた

意味なんてないよねと
笑える強さはまだ風の最中


たとえばこの手を差し出すことで
僕が消え、君が残るとして

僕が消えるだけかも知れない
そうおびえる今はもう

隣の席の彼や彼女と
それが誰であっても微笑みあうことが出来る

彼や彼女が去ったあとの
彼や彼女ともきっと微笑みあうことが出来る

投稿者 POE : 09:24 EM | コメント (0) | トラックバック

マンガ

おたく、コンビニ、ひきこもり、やおい。

どれも翻訳されずもとの言葉が残されたまま注釈として解説されているようで、認知度が高いような気がする。Wikipediaで見ても、5、6ヶ国語でそのページがある。どれもマンガ発。

マンガすごいよ。友達のスイスっ子の部屋にもマンガがあった。しかもほとんどヤオイ。唯一もってきた本がこのマンガだったみたい。国境を越えるのなんて、以外に簡単なのかも知れないね。むしろ国境なんかよりも大きな差が国境の中にもありそうだよね。

たとえばヤオイっていう言葉の認知率は日本の中ではどれくらいで、どれだけの人がそのマンガを読んだことがあるんだろう。(僕はないです)(あと調べなくていいです)(そして調べたあとにひかないでください)(そして一応気を使って言葉を選んでこのエントリーを書いていたんだということに気づいてあげてください)

マンガすごいね。確かにこっちの作者のマンガのレベルはあんまり高くない。均等なコマに、動きのないギャグマンガばっかり。

マンガ史の研究とか、発達だとか手法だとか、そろそろ本格的にはじまってくるのかな。確かに今も漫画学部とかあるけど、きわもの扱いで、しかもたいして研究成果も挙げていないよね。

そのうちナショナルヒストリーの一部としてマンガが組み込まれてしまう日も来るのかもね。正しいマンガを守る会とか。でも、イデオロギーには回収されないとして、利用はされてゆくだろう。まあ結局そんなものは国境を越えられないだろうし(小林よしのりとか)。(そういえばこの前逮捕された極右の政治家のページにもつまんないマンガがあったな)

続きはマンガで。
(書けたらいいんだけど、マンガって文字よりも何倍も時間掛かるじゃん。そのうち手軽にマンガが誰でもかけるツールとかでるのかな。)

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Desember 01, 2005

そこじゃないここ

最近はノルウェー語の授業が夜の6時から8時まで。今日もレポート書き上げたあとに、雪の中買い物をして疲れていたけど無理していった。そこまでして行くのは、授業が大好き!とかじゃなくて、夜を歩くのが好きだから。

今日は白い夜だった。朝からふりはじめた雪はまだ白いまま。そして霧が濃い夜。こんなに明るい夜があることを今まで知らなかった。街灯や部屋からもれるひかりが空中に乱反射して世界が白く明るいの。

ただウォークマンを耳にあてて、プラットホームにいるだけなのに、どこかに行けそうな気がしていた。いや違うな。どこかに来てしまった気がしていた。そこじゃないここにいるなんて感覚、久しぶりだよ。

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ゼッケン

君が代不起立 研修中のゼッケン着用で処分 都教委 2005年12月01日23時32分

 東京都教育委員会は1日、今春の卒業式や入学式の国歌斉唱で起立せずに懲戒処分を受けた教員向けの研修で、処分の反対を訴えるゼッケンをして研修を妨害したとして、公立中の女性教諭(55)を減給処分(10%、1カ月)にした。ほかにも教員10人を懲戒処分にした。

 都教委によると、女性教諭は7月21日、「再発防止研修」の会場で、司会者から「不当処分は撤回せよ」などと書かれたゼッケンを外すよう言われた際に、自席に座らずに「なぜゼッケンがいけないのか」と繰り返し訴え、研修を妨害したとされる。 (朝日新聞)


ヘッドラインを見て、君が代を歌わなかった教師にゼッケンをさせたのかと思ったけど(方言札みたいに)、さすがにそこまで崩壊はしていなかったみたいだね。国歌強制とかキモいけど、個人的な心情としてゼッケンもあまりお洒落じゃない気がします。

ダサさでは同じだけど、まだマスクのほうが意図を伝えるには適当じゃないかな?私以外の誰にも私の口は動かせません、というメッセージを込めて。マスクははずせと言えないだろうし。あと、メガネとか、カツラにメッセージとかね。「私にカツラをはずせっていうんですか?ていうかどうしてカツラってわかったんですか?」

それにしても、都教育委員会はこんな指導をするくらいだから、毎朝全員で起立して君が代を歌っているんだよね?音程ひとつ間違わず、きちんと明治時代の日本語の音を研究して、タダシイ発音で歌っているんだよね?

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