1.スリルとサスペンス
最初の章(スリルとサスペンス)で、“PINK”の基本フレームがさりげなく提示されます。つぎの10のフレーズを記憶してください。
a.あたしは、ユミちゃ〜ん、22歳です。
b.あたしは、ワニのペットを飼っている。
c.ワニは、私の「スリルとサスペンス」。
d.ワニを飼うためにおまんこ商売をする。
e.あたしは、ピンク色って本当に好きだ。
f.帰りに、ピンクのバラを20本買った。
g.ピンクは、あたしの「しあわせ」の色。
h.ピンクは、本当のお母さんの爪のいろ。
i.あたしは、お金でこんなキレイなもんが買えるんなら、いくらでも働くんだ。
j.あたしは、大学生ぐらいの男の子が本屋で万引きすんの見た。ドキドキした。
ここでは、2つの話の基本フレームが提示されます。
ひとつは「ピンク」で、もうひとつは「ワニ」です。
この2つがどのようにもつれていくのか、それが今後の問題です。
「ピンク」は、『しあわせ物語』です。
主人公のユミちゃんは、ピンク色に「“あたし”のしあわせ」のメタファを求めます。 それは、やさしくてきれいだった母親の爪の色にルーツをもつメタファです。とすると、
ピンク=“あたし”のしあわせは、「母親」と、その彼女の属性である「やさしい」と 「きれい」と「爪」から構成されることになります。
A.母親はやさしい。・・・・・・・・・・(母親の精神にかんする価値判断)
B.母親はきれいだ。・・・・・・・・・・(母親の身体にかんする価値判断)
C.母親の爪はピンク色だ。・・・・(母親の身体部分にかんする認知)
母親像は、精神(やさしい−こわい)と身体(きれい−みにくい)の特性によって、 つぎのように位置づけられます。
1.きれいだからこそ、やさしくなれる。・・・・・・・・・・<善玉>
2.みにくければ、こわくならざるをえない。・・・・・・<悪玉>
3.きれいならば、こわくなれる。・・・・・・・・・・・・・・・・<強者>
4.みにくければ、やさしくならざるをえない。・・・・<弱者>
この4つのタイプは、「善玉と悪玉」というドラマの世界における母親イメージと、 「強者と弱者」というゲームの世界における母親イメージに分けられます。とすると、
ユミちゃんが求める「しあわせ」には、まずは「ドラマの世界における善玉」という条 件が必要なのだ、ということになります。「母親はきれいであってほしい、そうであれ
ば子供にもやさしくなれるはずだから、子供である“あたし”は、しあわせになれる」 という論理が、ここにはあります。ユミちゃんのしあわせは、母親がきれいであった事
実とその母親が善玉の役割を選択した結果、実現されたものです。
善玉と強者は、選ばれた人です。悪玉と弱者は、ふつうの人です。
選ばれた人が、善玉になるかそれとも強者になるか、その選択は社会のルールが決め ます。モダンの至上ルールでは、<強者>の選択が期待されます。とすると、それとの
関係で悪玉/弱者選択も決定されますから、結果として<弱者>が選択されます。しか しこのゲームのルールは男の世界(=組織)に適応されるもので、女の世界である家庭
ではこのルールと補完的で劣位的なドラマのルールつまり<善玉>の選択が優先されま す。
ユミちゃんの母親の善玉役は、モダンの社会において「選ばれた人=きれいでやさし い女性」にのみ許容された希少な役割です。ですから、そこでえられたユミちゃんのし
あわせも希少なものです。
この希少性は、さらに母親の爪のピンクによって強化されます。
爪は、人間の身体の中身(血/赤+肉/白=ピンク)が透けてみえる唯一の部分です。 それ以外はすべて皮膚で覆われており、中身はみえません。みるには皮膚を破るしかあ
りません。ただし例外に近いところがあって、あかたも皮膚に覆われてはいない感じを 抱かせる部分があります。身体の穴の中です。口と性器の中です。そこもピンクです。
しかしこの部分は通常はみせるものではありません。隠しておくべき部分(陰部)です。 これにたいして爪は、みせることのできる部分です。ですから、みせる部分がピンクで
あることが重要です。しかも爪も陰部も年齢の上昇によって、黒ずんで穢れてきます。 だから、爪にかんしてはマニュキアを塗ってきれいにします。でも陰部はどうしようも
ありません。ですから、女はみんな中年になるのを恐れます。
このように考えると、ユミちゃんの母親は、ここでも選ばれた人であることを証明し ています。母親になっても、彼女の爪はマニュキアなしでピンクのままです。彼女は、
陰部のピンクに頼って生きる必要がないのです。その意味でも、彼女はあまりにも純粋 あるいはイノセントすぎるのかもしれません。母親であるにもかかわらず、天使のよう
な無垢な精神の持ち主であることは、ある危うさを予感させます。この点でも、ユミちゃ んの母親は希少な存在です。
そこで、ひとつの結論にたどりつきます。ピンク=“あたし”のしあわせは、「善玉」 =「選ばれた希少性」の条件を備えた「ピンクの母親」に育てられた子供だから実現さ
れたのだ、ということになります。主人公のユミコは、きれいでやさしくてイノセント な母親といっしょだから、しあわせなのです。ピンクとは「きれい」「やさしい」「イ
ノセント」な条件(天使のような善玉)をすべて備えた母親のことですから、したがっ て、「あたしにとって、ピンクはしあわせの色」となります。このようなピンクは希少
ですから、選ばれた人にのみ与えられるしあわせです。ここでのピンクは「選ばれた人 のしあわせ物語」なのです。
もう一つは、「ワニ」の『スリルとサスペンスのゲーム』です。
ユミちゃんはワニを飼っています。そのワニはペットです。ペットであるワニはユミ ちゃんのお気に入りですが、同時にスリルとサスペンスをもたらす危険物でもあります。
ですから、飼う関係(飼う人と飼われる物)にみられる上下関係はつねに喰う関係(喰 う物と喰われる人)という下克上の可能性を含んだ関係でもあります。だから、ユミちゃ
んは楽しいのです。常識的なペットの関係では満足できません。強い物だからこそ、そ れを飼う(養う)ことが価値を生むのです。弱い物を、やさしさだけで飼うのでは、満
足しません。自分の地位が脅かされないからです。
ユミちゃんは、ワニとの関係で過酷なゲームを楽しみます。ピンクの物語に夢中にな るだけでなく、ワニとのゲームにも熱中します。ここでは、経済的なアバンダンスが維
持されているかぎり、ユミちゃんはワニにたいして優位な立場を誇示できますが、貧困 な事態になったとたん、ワニは飼われる立場を放棄して一気に喰う立場を復活させます。
これが野性というものだ、とでも主張したいのでしょう。とすると、ユミちゃんがこの ゲームで優位な地位を維持しつづけるには、どこまでもアバンダントでありつづけなけ
ればいけません。経済的な豊かさは、ゲームを終結させないためにも、不可欠な前提な のです。ですから、スリルとサスペンスのゲームとは『豊かさゲーム』なのです。
傑作”PINK”は、このように、『ピンクの希少なしあわせ物語』と『ワニの豊かさ ゲーム』を軸にして展開されていきます。
この2つのおはなしは並行して進むのでなく、交差していきます。だから、読者はつ ぎの展開に期待をかけるのです。その交差点が『はたらく/仕事』です。彼女は、「か
う(買う/飼う)」ためならば、がんばって働きます。しあわせのピンクのバラを買う ためならば、そしてスリルとサスペンスのワニを飼うためならば、ユミちゃんははたら
くことを厭いません。「よし!明日もがんばるぞ」と自分を励まします。好きな物語に 夢中になるためならば、そして危険なゲームを楽しむためならば、はたらくことは苦に
はなりません。問題は、幸福と豊かさを維持するために、どんな仕事をするのかです。 それで、ユミちゃんは昼間の会社オーエルばかりでなく、おまんこ商売もするのです。
彼女は2足のハイヒールで頑張ります。
2足のハイヒールと、その1足が怪しい仕事、という2点が気になります。もっともユ ミちゃんは全然そんなことを気にしていません。それだけ、ピンクの夢物語とワニとの
デスマッチ・ゲームが楽しいのでしょう。
豊かな生活には、2足のハイヒールが不可欠です。1足のハイヒールだけならば、貧 しい生活が待っています。それどころか、ワニの下克上にあって、いっかんのおしまい
です。そのとき、ユミちゃんは、迷うことなく豊かな生活のために2足のハイヒールを 選択します。豊かな生活は、もう生きる前提なのです。
ユミちゃんにとって、仕事はがんばるものです。残念ながら、それ自体が楽しいもの ではありません。仕事は2足とも、豊かな生活を実現するための手段です。その1足で
あるおまんこ商売がまず最初にでてきます。
このビジネスは完璧な肉体労働です。「買う」と「寝る」が交換されるビジネスです。 ユミちゃんは、寝る行為によって肉体を売り、客のバカオヤジからお金をもらいます。
正当な報酬を互いに交換しあうことで、完全な経済的交換が成立するビジネスであり、 やましいことは何もありません。なのに、一発終わると、バカオヤジは偉そうな説教を
して自分の行為を恥ながら、かつ正当化しようとします。ユミちゃんは、ビジネスなの に、なんで親(父)子のような権力関係が介在して、「寝ることは悪いなんて、あんた
に道徳教育されなきゃいけないのよ」と怒ります。『すべての仕事は売春である』とい う近代的労働の一般命題からすれば、ここでの彼女の怒りや不満は当然のことでしょう。
「寝る」行為には、セックスするというばかりでなく、素直に「眠る」という意味も あります。その眠るという意味で、<pink1>は終わります。この行為は、しあわせなピ
ンクの夢をみせてくれます。ねむることは、しあわせなのです。寝る仕事に疲れたら、 ゆっくりと寝れば、いいのです。そうしたら、しあわせになります。
このように、2つのおはなしが「はたらく」ことを接点に見事に整理され、完結しま す。「かう(買う/飼う)とはたらく」の関係によって、ピンクの物語とワニのゲーム
は関係づけられ、そしてそれなりに完結した構造をつくりあげます。
では、つぎの展開はどこからいけばいいのでしょうか。そのキューは、大学生の万引 きの話に潜んでいます。この話が、完結した2つの世界に穴をあけます。大学生の万引
きをみたユミちゃんは、コーフンとドキドキすることで、ワニのゲームと同じ「スリル とサスペンス」を味わいます。そうなのです、大学生はユミちゃんにとってワニと同じ
なのです。ここから、新しい展開が開始されます。
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