"PINK"(岡崎京子:1989)の世界「消費する幸福論」
 
1. スリルとサスペンス
2. 夜、妹がやってくる
3. ショウネンノ ヤボウ
4. 裸でランチ
5. ノベリストのユウウツ
6. HAPPY SEED
7. 女子大生は尾行する
8. 無関心な彼女はマニキュアをぬる
9. 屋内熱帯の洪水
10. おままごとはいつもたのしい
11. サザエさんのゆめ
12. 不能と鏡と毒リンゴ
13. 王女様は労働する
14. 動物としての人間のさまざまな思わく
15. ハサミでチョッキン
16. ブラッディ・ラヴァーズ
17. すてきな食事
18. もう、やめてよ
19. 愛と暴力
20. すべてトランクにつめて
21. せいりのせいり

6.HAPPY SEED

a. ハルヲくんは、未来の文豪=吉野くんの名前です
b. ハルヲのBFとして、彩子ちゃん登場。料理とフェラチオが得意
c. 彩子は、ハルヲが小説家なのをしらない。彩子は雑誌とTVとマンガで十分
d. 文豪は、専属読者のケイコを満足させる作品ができない
e. ユミちゃんは、商売で、おじいさんから「幸福の種」をもらう
f. おじいさんは、「あなたのおもいでの品ぜんぶいただいてゆきます」と、逃げる
g. 「幸福の種」を植えると、すぐに芽がでて、花が咲いた
h. 文豪は、「立派で偉大な小説家になれますよーに」と願った
i. ユミちゃんとケイコも、願いごとをした。それは、ヒ・ミ・ツ
j. 願いごとは、かなうまでナイショにしておくもんよ。なのだ
k. 文豪とケイコは、このごろユミちゃんの部屋に入りびたりです

しあわせ物語のきっかけになる「しあわせの種」と、不吉な攪乱を予感させる彩子ちゃんの登場です。はなしが動きます。
まず彩子ちゃんからいきましょう。彩子ちゃんは、ブンガクには関心がなく、あるのはTVとかマンガですから、ユミちゃんとまったく同じです。そして料理とフェラチオが得意なわけですから、ハルヲくんとは、けっこうな仲で、けっして単純なBFという関係ではありません。とすると、彩子ちゃんは、ハルヲくんを間にして、ユミちゃんとトライアングルのラブゲームを楽しむ状況になりつつあります。ユミちゃんの世界に囚われつつあるハルヲくんにとって、彩子ちゃんはやや重たくなりつつあります。初登場から重い役で、彩子ちゃんとしてはやや気分斜めです。いつもならば軽いタッチが得意なはずなのに、このシーンではしつこい役を演じざるをえません。その矛盾のなかに、不吉ななにかが潜んでいます。

もう一つは、「しあわせの種」です。これだけが、『ジャックとマメの木』のようなおとぎ話になっていて、不幸な交換のあと、ウメボシの種のようなものを蒔くと、なんとあっというまに花が咲いてしまったのです。いそいで3人は、願いごとをします。もちろん文豪は、文豪になりたいと願をかけました。

さて、残りの2人は、どんな願いをしたのでしょうか。

ここでは、大きな仕掛けがかけられました。
一つは、彩子を登場させることで、ユミちゃんと彩子のゲームが開始されます。これは、ワニの世界の話でして、スリルとサスペンスにみちていなければいけません。なぜか60年代の田舎ボーイのハルヲをめぐって、同型の東京ガール2人、ひとりがOL、もうひとりが女子大生という典型的な東京ガールが対決します。この仕掛けによって、ワニの世界がさらにふくらみます。ゲームは血をみるまでに派手に展開されなければいけません。
もう一つはピンクのしあわせ物語にかんする仕掛けで、「しあわせの種」の交換です。ここだけが完璧なおとぎ話であることで、しあわせ物語の「嘘と内緒」の重層化がはかられます。「裸でランチ」でのテーマがここでもう一度提示されたのです。しかも、そのことで、ピンクの「しあわせ物語」は理想(リアリティの欠如=嘘)と知りながら、あるいはだからこそ、永遠にそこに囚われてしまう世界(内緒)であることが、暗示されます。
『スリルとサスペンスのゲーム』と『しあわせ物語』が、女子大生ともうたたない老人という外部を導入することで、動き始めました。これからが勝負ですし、佳境です。