"PINK"(岡崎京子:1989)の世界「消費する幸福論」
 
1. スリルとサスペンス
2. 夜、妹がやってくる
3. ショウネンノ ヤボウ
4. 裸でランチ
5. ノベリストのユウウツ
6. HAPPY SEED
7. 女子大生は尾行する
8. 無関心な彼女はマニキュアをぬる
9. 屋内熱帯の洪水
10. おままごとはいつもたのしい
11. サザエさんのゆめ
12. 不能と鏡と毒リンゴ
13. 王女様は労働する
14. 動物としての人間のさまざまな思わく
15. ハサミでチョッキン
16. ブラッディ・ラヴァーズ
17. すてきな食事
18. もう、やめてよ
19. 愛と暴力
20. すべてトランクにつめて
21. せいりのせいり
4.裸でランチ

a. ユミちゃんと未来の文豪は、アルコールを飲む
b. ユミちゃんはなぜホテトルになったか? 神のお告げがあったから
c. 女の子には、ナイショの話が多いものよ
d. ねー聞いて、ウチにねーワニ!ワニがいんのー
e. 未来の文豪、ワニに餌をやる。こわがる
f. ケイコが来て、未来の文豪がママの愛人であることを見抜く
g. 頭にきたケイコが叫ぶ。ワニ、こいつを食べておしまい!

「裸でランチ」のテーマは、「嘘と内緒」の物語です。いままでは、物語の構造をな んとなく紹介していただけです。ここから、物語が動き始めます。そのスタートが「嘘 と内緒」の関係なんです。

なんで、PINK4は「裸でランチ」なのでしょうか。

朝と夜は裸で食事をすることもあります。ついついこんな格好で食べてしまいたくな る気分の時もあるもんです。でもランチは、裸ではいけません。それは、アブノーマル です。ランチは、ちゃんと服を着て食べなくてはいけません。だってランチは仕事の時 に食べるものだからです。仕事を裸のつきあいでやるのは、気持ちの悪いものです。仕 事の話をするときには、嘘が必要です。嘘は、相手との距離を適当にとっておくために は不可欠なことです。丸裸になって密着したら、損するだけです。
嘘は距離をとることです。内緒は、その反対では距離をゼロにすることです。内緒の 世界にはいったら、もう外にはでられません。その内緒の世界を共有してとたん、その 世界に囚われ、自由を失います。

裸は、内緒の世界を共有することです。

ランチは嘘で自由を享受することです。

裸でランチは、単純には矛盾しています。囚われの世界は自由ではありません。でも、 ここでは内緒と嘘が両立します。囚われるからこそ、自由になれるのです。未来の文豪 がここで経験していることは、ワニという、外部からすれば嘘(リアリティの欠落)で しかない内緒の世界に囚われることで、逆に外部にたいして自由になっていくイニシエー ションの儀式なのです。未来の文豪は、ワニという常識的虚構がリアリティに変換され る瞬間を体験させられているのです。未来の文豪の誕生は、この儀式によって約束され ます。ワニは、ここでは未来の文豪そのものなのです。虚構がリアリティであることを 表現するワニは、文豪の作品のあるべき形式つまり「嘘だからこそ、内緒である」を語っ ているのです。
ユミちゃんの分身であるケイコが、未来の文豪がついた下手な嘘(ユミちゃんのBF であり、ママの愛人ではない)を見抜き、怒り、ワニに「食べろ!」と命令する場面は、 ワニが未来の文豪に合体する最後の儀式なのです。これによって、未来の文豪は、ワニ に餌をやる動物園の飼育係という客体ではなく、ワニに一体化し融合する存在に変身し、 それによってこの新しい内緒の世界に溺れていくのです。
未来の文豪がワニになった瞬間から、かれはユミちゃんに飼(買)われる存在になっ ていきます。しかし同時に、ユミちゃんを噛む存在にもなりうることなんです。文豪は ユミちゃんを滅ぼすパワーをも獲得したのです。

新たな事件は、このパワーに関係して起こるのです。