"PINK"(岡崎京子:1989)の世界「消費する幸福論」
 
1. スリルとサスペンス
2. 夜、妹がやってくる
3. ショウネンノ ヤボウ
4. 裸でランチ
5. ノベリストのユウウツ
6. HAPPY SEED
7. 女子大生は尾行する
8. 無関心な彼女はマニキュアをぬる
9. 屋内熱帯の洪水
10. おままごとはいつもたのしい
11. サザエさんのゆめ
12. 不能と鏡と毒リンゴ
13. 王女様は労働する
14. 動物としての人間のさまざまな思わく
15. ハサミでチョッキン
16. ブラッディ・ラヴァーズ
17. すてきな食事
18. もう、やめてよ
19. 愛と暴力
20. すべてトランクにつめて
21. せいりのせいり
16.ブラッディ・ラヴァーズ

a.ユミちゃん、腹痛をおこす。アップルパイに毒が入っていたのか?
b.ユミちゃん、血まみれ。生理だった。女の子は、血まみれなんか恐くない。
c.ハルヲくん、真夜中にコンビニにアレを買いにいかされる。
d.小説の工作ができあがる。
e.ユミちゃん、小説の出来を絶賛。ハルヲくんのファンになる。
f.昼間、血まみれの恋人ごっこをする。ケチャップまみれのソーセージ。
g.ワニが、ユミちゃんをかじる。

ハルヲくんの夢は、小説家になること。その最初の作品がやっとできました。その小説は鉛筆で書いたオリジナルではなく、他人の小説を切り刻み、のりとハサミでくっつけた編集工作の小説です。これは、新しい小説創作の方法です。あらゆる他人の小説をデータベースと位置づけ、それをもとに好き勝手に編集作業をすることで新しい作品を生み出すのであって、ここには<オリジナルとコピー>の考え方が希薄です。オリジナルが本物で、コピーが偽物であり、他人の小説の一部でもコピーしたら、それは盗作だ、といった考えはありません。1000の小説からのコピーならば、それは正統なオリジナルなのです。コピーが容易になるほど、編集が創造の源になります。そのためには、ハルヲくんも、のりとハサミではなく、せいぜいマックぐらいは使えるようにならないといけません。コピーと編集にはコンピュータのおたすけが必要です。

ハルヲくんは、新しい小説手法を開発しました。
ハルヲくんは、新しい読者層をも開発しました。
しあわせの種は、どんな夢をかなえるのですか。

少なくとも、ハルヲくんの小説はユミちゃんには絶賛されました。本来的な意味での小説の愛読者層ではないので、彼女の絶賛はかえって彼に不安を残すことになりますが、それを超えるプレゼントがもらえました。それが血まみれの恋人ごっこです。

生理中の女とは、穢れの存在です。ですから、通常はセックスをしません。でも、ハルヲくんは、そんなことかまいません。いままでこのアパートとでは、まともにセックスをしていません。最初はフェラチオのサービスでごまかされますし、つぎの日は仕事で疲れたからと厳しく拒絶され、その次の日も疲れたのでキスだけで、ずっと我慢させられてきました。だからハルヲくんにとっては、穢れなんかと贅沢なことはいってはおれません。ユミちゃんであれば、なんでもいいんです。弱者には、穢れた女とのセックスが似合っているのでしょう。あるいは、生理で穢れていると、商売にはならないので、そのかぎりでは、他の客たちに穢されていないユミちゃんを所有できると思えたのかもしれません。身体の穢れは、ハルヲくんにとっては聖なることなのかもしれません。

穢れた身体は、聖なる儀礼によって浄化されます。

しかし、
血まみれには、死の予感がします。

アップルパイは毒リンゴなのです。
しあわせは、つぎに死を呼びます。

ワニが嫉妬します。単純には、血の匂いに反応したためなのでしょうが、ワニがユミちゃんの足をかんだのは、ライバルのハルヲくんとセックスしていたからです。ワニははじめて飼われる立場を放棄して、ご主人さまに反逆します。飼われるという弱者の立場ではなく、ユミちゃんを対等に愛したいとでも思ったのでしょうか。