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18.もう、やめてよ
a. ワニがいなくなる。
b. コピーとりのようなクソ面白くもない仕事マジにやってられるわけないじゃん。
c. ピンクのバラを買って帰り、ワニの絵をかいて、ため息。何もほしくない。
d. ハルヲくん、息苦しい。地獄だ。
e. ハルヲくんの宇宙小説が桜桃賞をとる。賞金3000万円。
f. ユミちゃん、外に出る。????の発作、だれかあたしをたすけて。
g. ユミちゃん、ハルヲくんにうったえる。南の島にいきたい。
h. ハルヲくん、賞をとったことよりも、ユミちゃんに欲望が芽生えたことを喜ぶ。
ワニは、余剰でした。豊かな余剰でした。ユミちゃんは、ワニのために働いたのではなくて、豊かな余剰を享受する行為として働いていたのです。働く行為そのものに価値があったので、「ため」という目的−手段的な行為として働いていたのではありません。
だからコピーとりでも伝票整理でも、嫌な客相手のおまんこ商売でも、苦にはならなかったのです。それは、ワニと一緒に遊んでいることと同じだったのです。ワニが部屋の中でじっとしているとき、外で働くユミちゃんは、気分としては、ワニと一緒になって働いていたのです。だから楽しかったのです。
ワニが消えてしまいました。豊かな恵みである余剰そのものがなくなったのです。すると、働くことが一挙につまらない苦役になってしまいました。貧しくなった瞬間、働くことはその余剰を産出する手段として機能することが期待され、そして我慢ばかりが倫理となって、すべての労働を効率的にするような制御システムが作動してきます。その世界に入った途端、ユミちゃんは働くことの意味を喪失しました。どうしていいのか、分からなくなりました。同僚のように働くことを強要されても、そのノウハウをしらないユミちゃんにとって、我慢は馬鹿くさいだけで、しかもワニの失踪で働く価値も喪失したので、コピーをしっかりとろうといった真面目に気持にはなれません。ただボッーとしているだけです。
ワニの喪失は、ユミちゃんにとって、貧しい世界を知るはじめての体験でした。しかし、すでにそのことは、ハルヲくんの登場によって予感され、そしてかれの安アパートに移った時から十分に予想されることでした。
ワニは、ハルヲくんとのゲームに負けました。豊かな余剰であるワニと貧しい田舎ボーイのゲームは、田舎ボーイの勝利で決着がついたのです。最初の章で、「スリルとサスペンスのゲーム」で、準主役として颯爽と登場したワニと、それとは対照的に端役の万引きで登場したハルヲくんは、この18章になって、ついに立場が逆転してしまいました。ワニは失踪して、ゲームの場から消え、ハルヲくんだけが残りました。
そして貧しさが、豊かさの足をすくいました。
ハルヲくんはシンデレラボーイになりました。
ハルヲくんは、未来の文豪の夢を実現させました。しあわせの種の願いがかなったのか、最高の目的が達成されました。ワニの失踪は、その目的達成感を一層高めます。ワニとハルヲくんは、永遠のライバルだったのです。余剰という豊かさそのものであるワニと貧しさからのテイクオフを目的に掲げたハルヲくんの闘いは、ワニの失踪とハルヲくんのスター誕生によって、見事に決着がつきました。
ユミちゃんは、やっと気づきました。安アパートがすべていけないのだ、と気づきました。そこで、乏しい想像力で考えたのが、「南の島にいこう」でした。ワニが楽しそうに棲んでいるジャングルのある南の島ならば、しあわせであるはずだ、と考えたのです。彼女は、場がしあわせに密接に関係しているという法則性を悟りました。賢明な判断です。安アパートでは、「しあわせになろうね」と誓い、そして死ぬまでしあわせの鳥を追い続けるだけしかできません。それが貧乏の魔法なのです。どんなに頑張っても、安アパートではしあわせにはなりません。なった途端、「こんなにしあわせでいいんだろうか」と不安になり、自己崩壊していきます。そして安心して貧乏を続けるのです。
南の島にいこうというプランは、ユミちゃんの最後の賭けです。もうこんなボロアパートにいたら、ワニという余剰が消滅した以上に、『あたしという余剰』さえも消滅してしまうことに気づいたのです。ですから、場のシフトしかない、と考えたのです。
でも、ユミちゃんは、まだハルヲくんが癌なのだ、とは気づいていません。
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