"PINK"(岡崎京子:1989)の世界「消費する幸福論」
 
1. スリルとサスペンス
2. 夜、妹がやってくる
3. ショウネンノ ヤボウ
4. 裸でランチ
5. ノベリストのユウウツ
6. HAPPY SEED
7. 女子大生は尾行する
8. 無関心な彼女はマニキュアをぬる
9. 屋内熱帯の洪水
10. おままごとはいつもたのしい
11. サザエさんのゆめ
12. 不能と鏡と毒リンゴ
13. 王女様は労働する
14. 動物としての人間のさまざまな思わく
15. ハサミでチョッキン
16. ブラッディ・ラヴァーズ
17. すてきな食事
18. もう、やめてよ
19. 愛と暴力
20. すべてトランクにつめて
21. せいりのせいり
8.無関心な彼女はマニキュアをぬる

a. ユミちゃん、彩子をワニのエサにする、と叫ぶ。
b. ハルヲくんは、失神中の彩子を安アパートに運ぶ。
c. ユミちゃん、おこっていたら、おなかがへり、玉子焼きをたべ、元気になる。
d. 部屋をジャングルみたいにしよう。そのグッドアイデアにうっとりする。
e. ごきげんになり、マニキュアをキレイにぬる。
f. ハルヲくん、火曜サスペンスのように、彩子に薬用アルコールの注射をする。
g. ハルヲくん、そんなユメオチ戦略しか考えられない自分の才能に落ち込む。

酸素体系を壊したハルヲくんは、その責任をとって、彩子さんに薬用アルコールの注射をして、「起きたら、ワニをみたのは夢だったんだ」とするユメオチ戦略を考えました。未来の文豪をめざそうとしているのに、てできたアイディアが火曜サスペンスもどきなので、ハルヲくんは自分の能力のなさにますます落ち込みます。しかしかれは必死です。このサスペンス・ゲームに勝たなければ、ユミちゃんのもとに帰れません。自分だけはまたあの部屋に入る資格を獲得しなければなりません。かれはもうユミちゃんの奴隷なんです。
東京ガールのゲームは、ワニが彩子を失神させ、ハルヲが彩子の記憶を喪失させることで、終わります。ワニとハルヲは、こうしてユミちゃんの世界に仕える守護獣なのです。飼われるものには、こうしたお勤めが不可欠なのです。ワニにとっての血のしたたった肉と、ハルヲにとっての血の匂いのするユミちゃんの肉体は、まぶしすぎるごちそうなのです。だから、すべていいなりです。ユミちゃんは、みごとなパワーを発揮します。権力とは何か、が嫌というほど直感されます。

権力者は、何もしません。
ただ黙って待っているだけです。だから、ユミちゃんはマニキュアをぬります。爪にマニキュアをぬるのは、しあわせ物語を描くことです。ハルヲくんがサスペンス・ゲームをしている間、彼女はしあわせ物語の夢をみます。母親の爪のように、ピンクの爪になれと、楽しそうにマニキュアをしながら、部屋をジャングルにするアイディアにうっとりします。

ユミちゃんは、マニキュアが好きです。
ハルヲくんは、注射針が、とても怖い。
ジャングルの夢はピンクの爪なんです。
火曜サスペンスはワニの身代わりです。

ここでは、ハルヲくんも、フリルのついた暴力なんて、甘いことはいっていられません。ストレートな権力行使にうろたえ、しがみつき、許しを乞うことだけです。飼われることの悲劇に、まだ気がついていません。でも、しがみつく快感も、やってみると、けっこういけるもんなんです。
勝者のユミちゃんは、部屋の模様替えを思いつきます。マニキュアのしあわせは、部屋を植物でいっぱいにして、ジャングルのようにすることです。ジャングルはワニが棲むところです。ということは、ジャングルは、ピンクの夢であると同時に、ワニの夢でもあるのです。

ピンクのワニ

やっと、ユミちゃんは、しあわせ物語とサスペンスゲームが交差する一瞬にあたりました。ジャングルは、ピンクの物語とワニのサスペンスゲームが共存する場なんです。ジャングルはピンクのワニが棲むトポスなんです。