"PINK"(岡崎京子:1989)の世界「消費する幸福論」
 
1. スリルとサスペンス
2. 夜、妹がやってくる
3. ショウネンノ ヤボウ
4. 裸でランチ
5. ノベリストのユウウツ
6. HAPPY SEED
7. 女子大生は尾行する
8. 無関心な彼女はマニキュアをぬる
9. 屋内熱帯の洪水
10. おままごとはいつもたのしい
11. サザエさんのゆめ
12. 不能と鏡と毒リンゴ
13. 王女様は労働する
14. 動物としての人間のさまざまな思わく
15. ハサミでチョッキン
16. ブラッディ・ラヴァーズ
17. すてきな食事
18. もう、やめてよ
19. 愛と暴力
20. すべてトランクにつめて
21. せいりのせいり
13.王女様は労働する

a. ケイコは、すべてが、ママハハに知れたことを、ハルヲに密告する。
b. どうしてやろうか、とバラをむしりながら、ママハハは思案する。
c. ママハハは、ユミちゃんの家に来たときからの二人の葛藤の過去を思い出す。
d. ユミちゃんは会社の同僚の愚痴(毎日がBランチ)に悲しくなる。
e. ユミちゃんは、王子様を待たない。だって、ガマンなんてできないから。
f. 私にはワニがいるる。それを守るためならば何でもする、と売春労働に励む。
g. ママハハは、気づく。ワニをカバンに、というアイデアにナイスだわ、と思う。

白雪姫の物語では、彼女は「ただ王子様を待つだけの処女でウブな眠り姫」でした。 この物語は、そんな「幸福で単純な時代」の物語だったのです。でも今は、違います。 「こわーい魔女も、お姫様には手を焼くヘンテコな時代」なんです。
ケイコがハルヲくんに「おねいちゃんとケェッコンすれば」とアドバイスします。こ れは、白雪姫をモデルとしたケースです。ハルヲくんが若い王子様になって、白雪姫の ユミちゃんを救え、ということです。白雪姫はいつまでも、それを待っている、という ストーリーです。
このストーリーは、ユミちゃんの会社の同僚との会話を重ねると、もっとはっきりし ます。同僚の女の子たちは、ケイコの発言(王子様との結婚を夢見て、つまらない毎日 を過ごす)を実践している本物の白雪姫です。

夢見る白雪姫はいまどきの女の子で、ユミちゃんは労働する王女様です。

ユミちゃんは、ガマンしません。待つという弱い戦略を採用しません。彼女は、ワニ を飼わなければならないのです。そのためには、Bランチ(ハンバーグ・魚フライ・ス パゲッティ添え・ライス・コーヒー付き800円)についても、同僚のように「退屈な メニュー」なんて愚痴を言いません。退屈なメニューなのは、「何かいいことないか なー」とか「お金欲しいなー」とか「いい暮らししたいなー」と言い、「いーつか王子 様がやってくる」と歌うだけで、結局は待つだけしかない彼女たちの生き方なのです。

白雪姫の物語は『待つ=我慢』の物語です。

女の幸福は「待つ=我慢」によって成就されるというメッセージが白雪姫なのです。 これが同僚の女の子たちの生き方です。
ユミちゃんは、Bランチも好きです。そしてつまらない仕事も平気です。「関係ない もん」といえるからです。彼女は、ワニを飼うといういいことをしていますし、お金は しっかり稼いでいますし、いい暮らしもしています(今は安アパートなのが、気になり ますが)。だから、待つ必要がないのです。いつやってくるか分からない王子様をじっ と待つなんてことをしないで、「ピンクのワニ」と一緒でしあわせに生きています。

だから、ユミちゃんに、王子様は不必要なんです。すると、ハルヲくんは???

もうひとりの重要人物は、白雪姫を殺害することに夢中になっています。ママハハは 白雪姫の物語に囚われています。だから、毒リンゴの具体的な戦略を練ります。そして 名案が浮かびました。「生きたワニを殺し、カバンにしてプレゼントしてあげよう」と いうものです。

これは、「死と再生」の物語です。

これはワニの死とカバンとしての再生であり、生まれ変わりの物語であり、その意味 では、ママハハは王子様の役割も兼ねることになります。本物の白雪姫では王妃は死の 使者ではあっても、再生の使者は若い王子に委ねられていました。なのに、ここでは、 ママハハが両方の役を演じることになります。問題は、再生は「ワニ=カバン」と認知 できれば、再生であるが、その変換が同値ではないと認知されたならば、再生とはなり ません。そこが、問題なのです。少なくとも、ママハハは同値ではないと考えたはずで す。なぜならば、彼女にとって、このプレゼントは復讐劇であり、死の刻印を明確にす るためにカバンが意味をもつのであり、カバンがワニの再生された姿であるはずがない、 という認知をしているはずです。ですから、そういう意味では、「死と再生」の物語だ、 というのはママハハにかんしては間違っています。では、ユミちゃんにとってはどうな のか、これが興味のあるところです。
もしも「死と再生」の物語だとすると、再生の使者役を演ずべきハルヲくんの影が薄 くなります。ハルヲくんは、ここでもなんの役にもたっていません。ハルヲくんは、ケ イコの良きパートナーだけなのかもしれません。