ネットワークはねむらない
 
1. ネットワーク、まずはリンクが大切
2. ネットワークは、ねむらない
3. ネットワークは、身体に装着される
4. ネットワークは、境界を無視する
5. ネットワークは、グローバル・シチズンを求める
6. ネットワークは、情報発信をしない
7. ネットワークは、情報所有を求めない
8. ネットワークは、ボランティアを求める
9. ネットワークは、ポップメディアだ(自由の参加)
10. ネットワークは、ポップメディアだ(編集の参加)
11. ネットワークには、アバンダス(豊かさ)がにあう
12. ネットワークは、既存のコミュニケーション論では解けない
13. ネットワークは、匿名性(マス)を嫌う
14. ネットワークは、マッチングが命
15. ネットワークは、無数の物語をつくりだす
16. ネットワークは、信頼関係の根拠を自己責任に求める
17. ネットワークは、個人をかえる
18. ネットワークは、コミュニケーションのモードを多様化する
19. ネットワークは、行動ではなく、情報の論理に生きる
20. ネットワークは、エイジェントによって自己の拡張をもたらす
21. 携帯家族のすすめ
22. 新しい家族の絆---幻想から構造へ--
23. 専業主婦は、もういない
24. 恋愛の絆では、ネットワークを維持できない
25. 第3の絆、友情で家族は生成できるのか?
18.ネットワークは、コミュニケーションのモードを多様化する。

最近不倫メールが流行る、といわれる。その倫理的な評価は、ここでは問わない。重要なことは、メールでのコミュニケーションは、直接に会う対面的なコミュニケーションとか、長電話でのおしゃべりとか、手紙でのやりとりと、どこが違うのか、を考えることである。

リアルタイムでのコミュニケーションは、対面でも、電話でも、チャットでも、すぐさま相手に反応しないと、リアルタイムであることの意味がない。同時でしかも双方向的なコミュニケーションでは、双方がお互いに瞬時に反応しあう能力が期待されている。だから、とっさの機転のきく人でないと、その場を支配できないし、別の表現をすれば、しゃれたコミュニケーションを楽しむことはできない。すぐに何と応えればいいのか、その機微が理解できない人にとって、このコミュニケーションはつらい。

よく、対面のコミュニケーションは、すべてのコミュニケーションの基本だ、と思われているが、それは違う。少なくともネットワーク環境を前提にしたコミュニケーションでは、リアルタイムのコミュニケーションは、一つのモードにすぎない。チャットも、ここでは、対面的な会話と同じで、リアルタイム・モードであり、空間を共有する通常の対面と同じ機能を果たすコミュニケーション・モードである。ネットワーク環境では、空間的な距離は意味を失うので、対面も、チャットも、リアルタイムのコミュニケーション・モードという点では同じである。もちろん、その先駆はすでに電話にあり、学校でおしゃべりして、家に帰ってからもその続きを長電話でする、典型的な女子学生は、距離を無視すれば、全く同じことをしているのである。それは、リアルタイムのコミュニケーション・モードなのである。

これにたいして、昔から手紙というモードもあった。これは、リアルタイムのコミュニケーションを求めない。その意味では、もう一つの新しいコミュニケーションのモードである。ここには熟慮する時間がある。返事を書くのにじっくりと時間をかけることができる。ラブレターがいい例で、相手になんと応えればいいのか、最適なフレーズを探すのに1週間をかけても、相手は怒らない。そのくらいの時間をかけたほうが、ラブレターの価値は高まるものである。安易に返事を書くことは、戦略的にも好ましいものではなかろう。

手紙のようなコミュニケーションは、十分な時間をかけて応えることができる。手紙には、相手との空間的な距離が長いから、それだけ時間がかかり、だからその分だけ社会心理的な距離が長い、という論理がある。距離がゼロならば、応答の時間もかぎりなくゼロに近くしなければならない。同様に、距離が長ければ、応答の時間も長くなる。ここには、空間的距離と時間の長さと心理的距離は素直に関連している。だから、手紙をもらって、あまりにも素早く返事を書くことは、ビジネスレターを除けば、失礼なことである。

しかし電子メールは違う。ここでのビジネスでは、素早い応答が期待されるが、そうでない場合は、ほどほどの時間差が楽しい。非同期の魅力がここにある。すぐには応えない、でも、ほどほどの時間で応える。そのほどほどにずれた時間差にこそ、新しいコミュニケーションの極意がある。ちょっと考える、しかしそんなに真剣には考えない。でも対面のように、安直には応えない。それなりに考える。その意味では、思考回路が十分に作動しなければならない。このレベルでのコミュニケーションは、電子メール以前には存在しなかった。だから、このレベルでのコミュニケーションが得意な人は、いままでのコミュニケーションモードでは埋もれていたのだ。やっとここで新しい自分を表現することができるようになった。喜ばしいことだ。

メールでのやりとりは、手紙のように重たくないし、対面のトークのように、直感的でもない。ほどほどなのだ。ここでは軽くて、しかしちょっと思考するコミットメントが期待されている。だから、メールでのやりとりは、ポップな感覚ですすめられる。それだけ自由度が高い。これがメールでの恋愛を新たに誘発する。新しい距離感覚が新しい関係をもたらしたのだ。