2002年度研究会概要 B(テーマ)

社会理論を学ぶ

(Learning the Base of Social Theories)

担当者 小熊英二(総合政策学部)

ページ最下部に先生からの連絡がありますので、履修・聴講を希望する方は
目を通してください。


1、主題と目標
 2002年春学期では、日本近代史の近年の研究をとりあげ、参加者に報告してもらった。
 現代の日本史研究では、各種の社会理論がベースとなっており、その学習も兼ねることとなった。こうした社会理論は、歴史研究のみならず、現代社会を読み解くうえでも重要なものである。そこで秋学期では、そうした社会理論の書籍をとりあげて、学習してゆきたいと考える。
 とりあげる本は、政治、経済、文化、格差、環境、性別、民族、外国人、南北問題など、現代社会のさまざまな問題をあつかっている。また近年、社会学などで注目を集めているポストコロニアル論やカルチュラル・スタディーズなどの基本となっている書籍も多い。
 こうした研究の特徴は、政治と文化の中間領域をあつかっている点にあるだろう。政治なら政治、文化なら文化のみを扱うのではなく、政治のなかの文化、文化のなかの政治を対象としている傾向が強い。具体的には、国民統合やナショナリズム、植民地支配とアイデンティティ、ジェンダーや階級と文化の関係といったものである。
 現代社会においては、こうした政治と文化のクロスした領域が拡大しているため、こうした社会理論が台頭しているのだともいえる。また同時に、人間のアイデンティティの問題、つまり「自分は何者か」という視点から政治や国際関係を研究するという関心が、高まっていることの反映でもあろう。従来の政治研究などがとりこぼしてきた、アイデンティティの問題から政治をあつかっていることが、一つの特徴となっている。
 研究会では、こうした研究の源流となっている著作を、一週に一冊ずつ読んでゆき、できるだけ参加者に報告してもらう。

2、参加資格
 下記に挙げる課題図書を読んで、まとめを提出すること(提出方法などは末尾参照)。担当者の研究会を始めて履修する者は、並行して開講される「ヴィジョンと社会システム」を必ず履修すること。

3、研究会スケジュール
 1回か2回の講義を経て、発表と講義を行なってゆく。

3、テキスト
 現在のところ、以下の書籍が候補予定(変更可能性あり)。履修者には抜粋のコピーを配布するが、どれも購入しておいて損はない。一応、読みやすそうな順番から挙げておくが、まったく読めないほど難しい本は選んでいない。

@ポール・ウィリス「ハマータウンの野郎ども」(ちくま学芸文庫)
 カルチュラル・スタディーズの元祖的研究。イギリスの不良少年グループの、生々しく面白い聞きとり調査。

Aエリザベート・バダンテール「母性という神話」(ちくま学芸文庫)
 近代家族論でよく言及される歴史的研究。「母性」の発生をフランス史から検証。

Bミッシェル・フーコー「性の歴史T 知への意志」(新潮社)
 性研究の基礎文献として必読書。フーコーの本にしては薄い。

C同「監獄の誕生」(新潮社)
 権力論およびアイデンティティ論では必ず言及される、フーコーの代表作。

Dハーバーマス「公共性の構造転換」(未来社)
 メディアと政治意識の関係を、ヨーロッパ史の事例と哲学者たちの思想を交えて論じた社会学・政治学の古典。

Eエティエンヌ・バリバール/イマニュエル・ウォーラーステイン「人種・国民・階級」(大村書店)
 近年の人種問題研究ではよく言及される。経済システムと人種問題、アイデンティティの関係を、社会経済学者と哲学者が論ずる。

Fフランツ・ファノン「黒い皮膚・白い仮面」(みすず書房)
 アルジェリア解放闘争の理論家として六〇年代に知られたが、近年ポストコロニアル論で再評価された。マイノリティの自己意識研究として興味深い。

Gハンナ・アーレント「全体主義の起源」(みすず書房)
 政治思想とヨーロッパ史から、全体主義や人種主義、国家との関係を論ずる。よく言及される古典。全三巻だが、一冊だけ買うなら第2巻の「帝国主義」がよい。

Hマルクス「ドイツ・イデオロギー」ないし「経済学・哲学草稿」(文庫本が各出版社より)
 この手の社会理論では、基礎である。

Iガヤトリ・スピヴァック「サバルタンは語ることができるか」(みすず書房)
 インドの女性思想家。昨年秋学期の研究会で解説したので、聞いた者は読んでみるとよい。

Jエドワード・サイード「オリエンタリズム」(平凡社)
 ポストコロニアル論の基本中の基本。
 
*以下は入手困難だが、とりあげる可能性がある。

Kリン・ハント「フランス革命の政治文化」(平凡社)
 フランス革命を、シンボルや服装など「政治文化」という観点から論じたもの。単純に面白い。

L『現代思想』一九九八年三月臨時増刊「スチュアート・ホール特集」
 カルチュラル・スタディーズの親玉として知られる研究者の論集

 以下の本は直接にとりあげる予定はないが、上記書籍の入門書として良いものである。読んでおくと、とっつきやすい。

1、桜井哲夫「フーコー」(講談社)
 フーコー入門書としてはもっとも親しみやすい。フーコーの人生もわかる。

2、落合恵美子「21世紀家族へ」(有斐閣)
 近代家族論の入門書として定着。講演なので非常に読みやすい。

3、内田義彦「資本論の世界」(岩波新書)
 マルクス入門書としては不朽の名著。これも講演である。

4、杉山光信編「現代社会学の名著」(中公新書)
 社会学の名著を要約して紹介したアンチョコ本。課題図書のうち、フーコー、ハーバーマス、ウィリスが紹介されている。

 ガイド本としては、最近以下の二冊が出た。前者はそこそこ読みやすいので、入門書にも悪くない。後者はこれだけ読んでもかえってわかりにくいと思うが、一応紹介しておく。

 姜尚中編「ポストコロニアリズム」(『知の攻略 思想読本4』 作品社)
 「現代思想を読む230冊」(『現代思想』2001年11月臨時増刊)

 以下は名著だが、過去に研究会で何回かとりあげたので、今回は外した。買って読んでおいて損はない。

アリエス「<子供>の誕生」(みすず書房)
アンダーソン「想像の共同体」(NTT出版)
ウォーラーステイン「史的システムとしての資本主義」(岩波書店)
マクルーハン「グーテンベルグの銀河系」(みすず書房)
ブルデュー「ディスタンクシオン」(藤原書店)
ボードリヤール「消費社会の神話と構造」(紀伊国屋出版)

*課題について
 今回担当者の研究会をはじめて履修する者は、上記の図書のうち、「入門書」にあげた桜井哲夫「フーコー」、およびアンダーソン「想像の共同体」(NTT出版)の二冊を読み、まとめを提出すること。
 すでに履修経験のある者は、課題図書のうち二冊以上を読んで、まとめを提出すること。「読みやすい本」だけに報告者を集中させるわけにもいかないので、課題図書はまんべんなく手をつけて(完読は困難としても)おくことが望ましい。
 まとめの提出は、研究会開講の時点でよい。分量の目安は、A4二枚程度でよいが、長くてもよい。

 夏休み中に、できるだけ図書は読んでおくこと。開講してからでは大変である。
 本については、@慶應の図書館で探す、A早稲田の図書館で探す(慶應と相互貸借協定がある)、 B公立図書館で探す(カウンターで申し出て県内で取り寄せてもらえば、大部分の本は集まる)、 などの方法をとれば集められる。買うときには、神保町の三省堂書店か、東京大学の駒場か本郷の書 籍部に行くのがよい。半端な本屋に行っても、無駄足になることが多い。最近では通信販売もよい。 通販古本も安い。

 読みなれない難しい本は、あまり時間をかけずに、まずは全体をざっと読む。どうしても分らない部分は、どのみち知識がつくまで分らないので、時間をかけても無駄になることが多い。「とりあえずどういう本か」を把握することが大切。あとは、実際に研究会で解説を聞いてから、もう一度読んでみればよい。慣れれば、そんなに恐くない。

<先生からの連絡>

私は、十月下旬に南米に行くことになりました。そのため、大変もうしわけないですが、十月二一日と十月二九日は休講になります。
 補講を十月一二日と一一月九日に予定しています。今から予定しておいてください。九月三十日に報告予定者を決めたいと思っているので、十月一二日にやってくれる人を期待します。履修者は、原則として報告ないしコメントをやってもらうつもりです。十月一二日にとりあげる本は、いちばん易しく面白い「ハマータウンの野郎ども」あたりを考えています(ほかの本の希望者がいれば、再考します)。
 十月一二日がどうしても希望者がいなければ、ほかの補講日をもう一度考えますが、いまのところ上記のとおりですので、告知いたします。

<発表用レジュメ、講義まとめ>
11/9/2002 ウィリス『ハマータウンの野郎ども』(横川 大輔)
11/9/2002 ウィリス『ハマータウンの野郎ども』コメント(中川 圭)
11/9/2002 ウィリス『ハマータウンの野郎ども』まとめ(高野 裕美)
11/11/2002 バダンテール『母性という神話』(小谷 吉範)
11/11/2002 バダンテール『母性という神話』コメント(青木 智子)
11/11/2002 バダンテール『母性という神話』コメント(渡辺 朋昭)
11/11/2002 バダンテール『母性という神話』コメント 資料(石井 幸代)
11/18/2002 マルクス『ドイツ・イデオロギー』(高野 裕美)
11/18/2002 マルクス『ドイツ・イデオロギー』コメント(木村 和穂)
11/18/2002 マルクス『ドイツ・イデオロギー』まとめ(高野 裕美)
12/9/2002 リン・ハント『フランス革命の政治文化』コメント(木村 和穂)
12/16/2002 アーレント『全体主義の起原』コメント(生田目 啓)
12/16/2002 アーレント『全体主義の起原』まとめ(横川 大輔)
1/9/2002 ファノン『黒い皮膚・白い仮面』コメント(山内 明美)
1/18/2002 バリバール/ウォーラーステイン『人種・国民・階級』(鈴木 麻衣子)
1/18/2002 バリバール/ウォーラーステイン『人種・国民・階級』(高井 佳奈子)
1/20/2003 スピヴァック『サバルタンは語ることができるか』コメント(小山田 守忠)


<研究会レポート>
横川 大輔 「カルチュラルスタディーズ」
渡辺 朋昭 「社会史・家族史研究はエリザベート・バダンテールにどのような影響を与えたか」
生田目 啓 「資本主義の今後を考える」
中川 圭 「カルチュラル・スタディーズの思想的背景と実践」
小林 伸也 「フランツ・ファノン 『黒い皮膚・白い仮面』≪フランツ・ファノン〜人間解放の思想家≫」
石井 幸代 「フランスにおける母性愛の研究および日本との対比」
鈴木 麻衣子 「『人種・国民・階級』」

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