2002年度研究会概要 B(テーマ)

 

社会理論と社会運動

Social Theories and Social Movement)

担当者 小熊英二(総合政策学部)

 

1、主題と目標

 2002年春学期の研究会では、近年の社会理論を応用した日本近代史の近年の研究をとりあげ、参加者に報告してもらった。そして2002年秋学期には、そうした社会理論の著作を読み、やはり報告を行なってもらった。

 そこで2003年の研究会では、こうした社会理論が、現在の日本でどのような社会状況や運動と結びついているかに焦点を当ててみたい。近年、社会学などで注目を集めているポストコロニアル論やカルチュラル・スタディーズなどは、理論のための理論ではなく、元来は社会的な必要から出現したものだからである。そうした理論と運動の接点をみることで、理論もより深く学ぶことができ、社会の状況も知ることができる。

 テーマとなるのはグローバリゼーションやフェミニズム、歴史問題、ナショナリズム、障害者やエスニック・マイノリティなど、多岐にわたる。ことに近年では、政治と文化、そしてアイデンティティの問題の境界領域にあたるものが、注目されることが多い。また公共性をめぐる議論も、一部で盛んになっている。

 この研究会で重視したいのは、外国の理論の紹介と並行して、日本においてどのような展開がなされているかである。外国の理論が「輸入」される以前に、日本の一九六〇年代から七〇年代の社会運動の中でそれを受けいれる土壌が準備されていたケースは多い。そうした近過去の歴史をふりかえることによって、現代の理論や運動の展開もよりよく理解できることも少なくない。

 研究会では、理論や運動の展開などをカバーできる著作や論文を、テーマごとに毎週読んでゆく。そのさい、できるだけ参加者に報告してもらうことにしたい。受身で聞いているだけではなく、自分で調査し報告をしてこそ、「身になる」というものである。これまでの研究会で理論書を読んだ人は「応用編」として自分を試すつもりで、始めて履修する人は実地から理論に入る橋渡しとして、勉強してもらいたい。

 

2、参加資格

 下記の各回表に挙げる課題図書のうち、複数を必ず読んでくること。

 履修希望者が多数いる様子なので、参加資格として「テキスト」に挙げてある課題図書の「まとめ」の提出を課すことにする。字数は自由でよいが、課題図書および参考図書のうちから二冊を選び、開講にあたり提出すること。今回は、それほど読みにくい本はない。履修者は原則として全員、どれかの回で報告に参加してもらう。

 なお理論的な面で、読んでおくことを勧めておきたいのは以下の2点。

 

@上野千鶴子・大沢真理・竹村和子・足立真理子『ラディカルに語れば』(平凡社)

フェミニズムを中心に日本における政策的・理論的最前線が一望できる便利な本。注記に挙げてある参考書籍もためになるし、対談集だから読みやすい。

Aウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』(岩波書店)

 基礎的な本だが、読んでいない人は読むこと。

 

 なおミシェル・フーコー「性の歴史T 知への意志」(新潮社)は、現在の社会運動理論に影響が大きいので、読んでおくとよい。

 過去の研究会を履修した経験のある者は、上記の本のほか、下記に挙げてあるもののうちできるだけ多くの書籍をフォローしておいてほしい。担当者の研究会を始めて履修する者は、「ヴィジョンと社会システム」の履修経験者であることが望ましいが、理解できるようできるだけ解説はする。

 

3、研究会スケジュール

 1回か2回の講義を経て、発表と講義を行なってゆく。履修者は原則として全員報告をしてもらうつもりなので、どのテーマを報告したいか、事前に考えておくこと。

 

4、テキスト

 以下の書籍は、一二月の暫定版を二月に完成させたものなので、チェックをしていない者は目を通すこと。

 なお、各回のうち*印が付いているのは、参考文献である。今回の本は、読みにくい本はごく少ないが、「一冊で決定版」とはなりにくいので、参考文献を含めてまとめて読んで、複数の角度から問題を究明するかたちになると思う。

 今回は、履修者が「ついていける」「買いやすい」ことを重視して、新書やガイド本など、安めで読みやすい本をできるだけメインに選んだ。指定文献だけでなく、参考文献のほうにむしろよい本が多いので、できるだけ休み中に読んでおくとよい。

 社会運動系のものには、まとまった単行本よりは、雑誌の特集のほうがためになる場合が多い。ガイドブック的な本(『思想読本』シリーズ)も挙げたので、そこから読み進むとよい。「理論的な本が少ない」と思うような人は、挙がっている本や雑誌特集を読み、さらに紹介されている本や注で言及されている本を読むとよい。

 参考文献以外の本で、よい本があれば読んでおいて、もちろんかまわない。社会学よりの本を選んだので、教育学や経済学の本は外れている部分があるから、自分なりにフォローするならそれもよいことである。

 テキストに挙げた文献は、履修者には可能なかぎり抜粋のコピーを配布するが、購入しておいて損はないものが多いと思う(全部とはいわないので、各自で判断すること。雑誌のバックナンバーは安いし、図書館で見ることができる)。

 

@失業

 『論争・中流崩壊』(中公新書ラクレ)

  現代日本の階層格差の拡大について起きた論争をもとに、多数の論者の論考を集めたもの。

玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論社)

「若者に就職がない」ことの理由と背景を、経済学的に解き明かす。

 *だめ連編『だめ連宣言!』(作品社)

  仕事もなければ恋人もない「だめ」人間たちの「社会運動」。上野俊哉や香山リカなどが対談で参加。

 

A教育

 『論争・学力崩壊』(中公新書ラクレ)

 「学力崩壊」や教育改革についての論争集。教育界の議論を一望できる。

上野千鶴子『サヨナラ、学校化社会』(太郎次郎社)

 かなり特定の角度からの本だが、いわゆる「現代思想」と教育問題を架橋する。読みやすい。「教育の現在」(『現代思想』2002年4月号特集)も併読することを勧める。

 

B不登校

朝倉景樹『登校拒否のエスノグラフィー』(彩流社)

 不登校児側からのリアリティと、不登校児たちが集う「東京シューレ」の状況がわかる。

 *参考文献として、小熊研究会卒業生の貴戸理恵(元不登校者)が書いた最新文献を配布する予定。

 

C障者と福祉社会

 石川准・長瀬修編『障害学への招待』(明石書店)

 「障害学」の現状が一望できる共著。姉妹編の『障害学の主張』(明石書店)および『身体障害者』(『現代思想』一九九八年二月号)も併読するとよい。

斎藤道雄『悩む力 べてるの家の人びと』(みすず書房)

 ある種の「コミューン型施設」。他者との関係の構築の模索としても読める。

立岩真也『私的所有論』(勁草書房)

この領域における「理論的思索」として評判をとった本。

 

Dフェミニズム

 上野千鶴子・大沢真理・竹村和子・足立真理子『ラディカルに語れば』(平凡社)

 フェミニズムを中心に日本における政策的・理論的最前線が一望できる便利な本。対談集だから読みやすい。関心のある人は、注記に挙げてある参考書籍を読んでいくとよい。

 *ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』(青土社)

 近年必読とされている理論系本。万人に読みやすいとはいえないが…。

 *『男女共同参画社会の死角と誤算』(『インパクション』131号、2002年)

 あまり入手しやすくないが、政策的批判の論考が読める。

 

Eゲイ・ムーブメント

 『レズビアン/ゲイスタディーズ』(『現代思想』一九九七年五月臨時増刊号)

*掛札悠子『レズビアンである、ということ』(河出書房新社)

 入手困難ではあるが、上記の問題にリアリティを持つにはよい本である。

 

F「在日」

 田中宏『在日外国人』(岩波新書)

 基礎中の基礎本。単なる「差別」だけでなく、法的な関係がわかる。

 *『「在日」が差別する時、される時』(『ほるもん文化』9号)

 「在日」の現在の複雑さがうかがえる本。「在日内部」の女性や障害者への差別問題もフォローする。

 

G沖縄

 新崎盛輝『沖縄現代史』(岩波新書)

 戦後沖縄史を一九九〇年代までフォローする。概略をつかむのによい。

小熊英二『<日本人>の境界』(新曜社)

この本の第W部は戦後沖縄の復帰運動の複雑さをとりあげている。

 

H歴史認識

 高橋哲哉編『<歴史認識>論争』(『思想読本』7、作品社)

 一九九〇年代をにぎわした歴史認識論争に参加した論者たちを一望できるガイド本。

 *上野陽子「<普通>の市民たちによる『つくる会』のエスノグラフィー」(小熊研究会卒業論文、研究会ホームページ掲載)

 「つくる会」の末端の実情がわかるフィールドワーク。小熊英二「<左>を忌避するポピュリズム」(『世界』一九九八年一二月号)も併読するとよい。

 *VAWW-NETジャパン編『裁かれた戦時性暴力』(白澤社)

 「慰安婦」問題を裁いた「市民裁判」にかかわる共著。マスメディアの対応をフォローした吉見俊哉の論文は読んでおくべき。上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』(青土社)も併読してよい。

*彗眞『ナヌムの家のハルモニたち』(人文書院)

 元「慰安婦」女性たちと一緒に生活した僧が書いた、彼女達の生活がわかる本。思いきり力の抜けた柔らかい記述から、かえってリアリティが伝わる。

 

Iグローバリゼーション

 伊豫谷登士翁編『グローバリゼーション』(『思想読本』8、作品社)

 Hと同じシリーズのガイド本。参考文献などから学習を進められる。

 *ウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』(岩波書店)

 この手の学習では基礎本。

 

Jナショナリズム

 小熊英二『<民主>と<愛国>』(新曜社)

 ナショナリズムの形成よりも、その実際的機能の多様さについて戦後日本を題材に考えた本。

 *マーサ・ヌスバウム編『国を愛するということ』(人文書院)

 日本とは事情が異なるが、アメリカで起きた「愛国心」論議の本。ウォーラーステイン、バトラーなど参考図書の論者も多数登場する。

 

 春休み中に、できるだけ図書は読んでおくこと。開講してからでは大変である。

 本や雑誌については、@慶應の図書館で探す、A早稲田の図書館で探す(慶應と相互貸借協定がある)、B公立図書館で探す(カウンターで申し出て県内で取り寄せてもらえば、大部分の本は集まる)、などの方法をとれば集められる。買うときには、神保町の三省堂書店か、東京大学の駒場か本郷の書籍部に行くのがよい。半端な本屋に行っても、無駄足になることが多い。最近では通信販売もよい。通販古本も安い。

 本を読むときは、線をひきまくったほうがよい。線を引いておけば、内容を忘れても、あとで思い出せる。借りた本は、必要な部分をできるだけコピーする。慣れれば、100ページは五分でコピーできる。

 読みなれない難しい本は、あまり時間をかけずに、まずは全体をざっと読む。どうしても分らない部分は、どのみち知識がつくまで分らないので、時間をかけても無駄になることが多い。「とりあえずどういう本か」を把握することが大切。あとは、実際に研究会で解説を聞いてから、もう一度読んでみればよい。慣れれば、そんなに恐くない。

 

<発表用レジュメ>

2003年4月29日 失業(小谷吉範)

2003年5月12日 教育(増山亮介)

2003年5月12日 教育(渡久山和史)

2003年5月19日 不登校(念佛明奈)

2003年5月19日 不登校(斎藤綾子)

2003年5月19日 不登校(古河雄太)

2003年5月26日 障害者と福祉社会(森谷真樹)

2003年5月26日 障害者と福祉社会(高橋直樹)

2003年6月2日 フェミニズム(小林みのり)

2003年6月2日 フェミニズム(石井幸代)

2003年6月2日 フェミニズム(福永玄弥)

2003年6月9日 ゲイ/レズビアン・スタディーズ発表アウトライン

2003年6月9日 ゲイ/レズビアン・スタディーズ(伊藤尭)

2003年6月9日 ゲイ/レズビアン・スタディーズ(中嶋寿美子)

2003年6月9日 ゲイ/レズビアン・スタディーズ(小林伸也)

2003年6月16日 「在日」(芦田拓真)

2003年6月16日 「在日」(宮内一)

2003年6月23日 沖縄(杉山貴昭)

2003年6月23日 沖縄(大賀智洋)

2003年6月30日 歴史認識(松成亮太)

2003年6月30日 歴史認識(伊藤雄介)

2003年6月30日 歴史認識(松本純平)

2003年6月30日 歴史認識(朴佳那)

2003年7月7日 グローバリゼーション(谷野直庸)

2003年7月7日 グローバリゼーション(山田大喜)

2003年7月7日 グローバリゼーション(中川圭)

2003年7月14日 ナショナリズム(渡辺朋昭)

2003年7月14日 ナショナリズム(山内明美)

2003年7月14日 ナショナリズム(木村和穂)

2003年7月14日 ナショナリズム(小山田守忠)

<レポート>

1.失業

「論争中流崩壊」(小谷吉範)

「失業とは何か」(神垣さやか)

2.教育

「教育の新自由主義的改革の概観」(増山亮介)

3.不登校

「不登校論」〜『<登校拒否>のエスノグラフィーを元にして』〜(念佛明奈)

「当事者による不登校論に向けて」(斎藤綾子)

4.障害者と福祉社会

「私的所有論の検討」(高橋直樹)

5.フェミニズム

「フェミニズム」〜内部の論争を軸に〜(小林みのり)

「女の言語について」(石井幸代)

『ジェンダー・トラブル』まとめ(福永玄弥)

6.ゲイ/レズビアン・スタディーズ

「クィア・セオリーとクィア・リーディング」(中嶋寿美子)

「『同性愛者』の敵は『異性愛者』なのか」(小林伸也)

「同性愛の分析理論」(伊藤尭)

7.「在日」

「在日のアイデンティティと社会運動」(宮内一)

「日本社会における『在日』」(宇佐美智也)

「朝鮮半島情勢の経過と『在日』への視座(朴佳那)

8.沖縄

「独立論・復帰論・反復帰論」(杉山貴昭)

「沖縄における『植民地支配』について」(大賀智洋)

9.歴史認識

「歴史認識」(松成亮太)

「歴史認識」(伊藤雄介)

「『敗戦後論』と『戦争責任論』を読んで」(松本純平)

10.グローバリゼーション

「グローバリゼーションとフェミニズム」(谷野直庸)

「グローバリゼーション」(中川圭)

11.ナショナリズム

「『戦後思想』のディス・コミュニケーション化過程を追う」(渡辺朋昭)

「近代国家の形成とナショナリズムのあり方」(木村和穂)

 

小熊研究室ホームページ