やめるための見きわめ

研究のための時間が足りない。予定していたことは全部できそうにないことがほぼはっきりしてきた。だから、取捨選択をしなくてはいけなくなっている。

そこで、ケンブリッジ界隈でちょっと話題になっているらしいSeth GodinのThe Dipを読む。薄い本なのですぐ読める。dipという言葉はいろいろな意味があるが(例えば、「能なし」という意味もある)、たぶんここでは「くぼみ」というのが一番良いだろう。

新しい仕事やプロジェクトを始めると最初はうきうきしている。新しい研究テーマに取り組むときもそうだ。しかし、しばらくすると行き詰まる。このままで良いのか。ちゃんと終わるのか。意味があるのか。悶々とし始める。この状態がdipである。

選択肢は二つ。頑張って続けるか、やめるか。Godinは「やめろ」という。とっととやめるのが賢い。一流の人はそもそもそんな仕事は始めもしない。一流になれないと分かったら手を出さない、手を出してしまっていても一流になれないと分かったらすぐやめろという。

普通は、成果が出るまであきらめるな、頑張れ、というところだ。Godinはそれはバッド・アドバイスだという。

仕事やプロジェクトには三つのパターンがある。努力をしていると最初のうちは容易に成果が上がる。しかし、そのうち成果が上がらなくなり、くぼみにおちこむ。あるいは壁にぶち当たる。その壁を乗り越えると多大な成果が手にはいる。これがDipのパターン。

二つ目のパターンは、Cul-de-Sac(袋小路)。努力を続けてもたいした成果が上がらない状態がずっと続いて袋小路に至る。

三つ目のパターンは、Cliff(断崖絶壁)。最初は努力の分が報われるが、そのうち成果は全く上がらなくなり、奈落の底に落ちる。

ここの図が分かりやすい。

http://www.lifeevolver.com/strategic-quitting/

Godinは、自分がやろうとしている仕事、やっている仕事が、この三つのうちどれなのかを見きわめろという。Cul-de-SacあるいはCliffであると分かった瞬間に「やめろ」というわけだ。

そして、それがDipであり、自分が乗り越えるべき壁にぶち当たっているなら、やめてはいけない。くぼみから抜けだし、壁を乗り越えたときに報酬が待っている。オバマが得た報酬は実に大きい。

凡人は、壁を前にしてやる気をなくし、やめてしまう。逆に、Cul-de-SacやCliffにしがみついている。見きわめがついていない。

卒論、修論、博論を書くのもこれと同じ。やめれば良いのになあというテーマにしがみついている人や、もう一踏ん張りすれば良い成果が出るのにあきらめてコロコロとテーマを変えてしまう人。

なんで学位くれないのですかという人がいるが、課題を乗り越えているのかもう一度考え直すべき場合が多い。簡単に手に入るものは意味がない。Godinも言っているように、落ちこぼれる人、やめる人がいるからこそ、資格には価値が出る。誰でもMBAやロースクールを簡単に出られるなら、多大な努力と投資をする意味はない。簡単にとれるものにありがたみはない。もっと意地悪な言い方をすれば、すでに学位を持っている人たちにとって仲間は少ない方が良い。だから、試練をちゃんとくぐり抜けた人にしか学位は出せない。

Dipから抜け出ることをゲームのように楽しめる人は強い。イライラしているとバンカーはいつまでたっても抜けられない(ゴルフをしたことはないけど)。早く抜け出る方法はあるはず。学術でもスポーツでもビジネスでも、努力を惜しまない、努力を努力と思わない人がDipを抜けられる。楽しければ簡単に感じられるだろう。楽しいと思えないものに努力は傾けられない。

Godinによれば、一流の人は自分がthe best in the worldになれるテーマに集中し、なれないものは戦略的にやめてしまう。簡単にやめられる人が一流になれる。やめてばっかりだと嫌われるかもしれないけどね。

自分を振り返ってみると、やったことを後悔している仕事・プロジェクトもある。見きわめができてなかった。ちょっとシニアの同僚から、帰国したら人のために使う時間を増やしなさいと言われている。そのためには仕事の棚卸しをして、集中すべき仕事の見きわめをしなくてはいけない。しかし、時間がもっと欲しいなあ。

大統領就任式

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大統領就任式はMITの研究所の会議室で、同僚たちとランチをとりながら見た。午前11時からCNNのネット・ストリーミングをプロジェクターで投影し、隣に音声を切ったテレビでFOXの中継を見る。ネット・ストリーミングはテレビより35〜40秒ほど遅れていて、LIVEと出ているのに何か変な感じだ。

11時45分ぐらいにCNNのストリーミングがかなり乱れた。世界中から一気にアクセスが増えたのだと思う。しかし、その後はかなり安定していて、見事なものだった。MITの回線が太いことも良かったのだろう。MITではキャンパス内の5カ所ぐらいの大きな部屋で中継していたらしい。個人的に見ていた人もいるだろうし、よくCNNのサーバーはパンクしなかったものだ。

就任式を通しで見るのは初めてで、かなりおもしろかった。元大統領や現職大統領、その他の要職にある人、家族たちが順番に呼ばれて登場する。座っているだけで良いブッシュ大統領は余裕綽々だ。チェイニー副大統領が車椅子に乗っているのは知らなかった。オバマの娘二人が登場したとき、研究所の黒人女性スタッフは「かわいらしい〜!」と実にうれしそうだった。

最初の笑いが起きたのは、オバマが登場するときに「Barack H. Obama」と呼ばれたため。「フセイン」というミドルネームを使うかどうかに注目していたのだが、「妥協したんだね」とみんなにやにやしていた。

次の笑いは、オバマが宣誓の言葉を言いよどんでしまったとき。彼でもさすがに緊張するんだなあ。

スピーチそのものは、それほどインプレッシブではなかったように思う。研究所のみんなも、あれ、終わったのという反応で、拍手もなかった。

演説の後の国歌斉唱では、元CENTCOMの司令官ウィリアム・J・ファロンがすっくと立ち上がり、半分ぐらいの人が立ち上がって一緒に歌う。しかし、さすがリベラルなケンブリッジ。立ち上がらない人もけっこういる。

日本のニュースで見ると大統領の宣誓と演説ぐらいしか見られないが、副大統領の宣誓や、アレサ・フランクリンの歌など、いろいろおもしろいものも見られた。なんと言っても詰めかけた群衆がすごい。オバマの姿は全く見られなかった人も多かったはずだが、あれだけの人が集まるのは大変なことだ。銅像や木によじ登っている人も多い。

パレードが始まる前、少しハーバード・スクエアを歩いてみたが特に何もなく、地下鉄に乗るとき政治集会のビラをもらったぐらいだった。レストランではいろいろサービスをやっていたらしい。リーガル・シーフーズではメインの料理を頼むと第44代大統領にちなんで名物のクラム・チャウダーが44セントだったとか。

帰宅してパレードを見ると、装甲車のような車からオバマ夫妻が出てきて、ペンシルベニア・アベニューを手を振りながら歩き出した。このときが一番感動的だった。シークレット・サービスは嫌がっただろうが、オバマ夫妻の覚悟が伝わってきた。

本当はワシントンで見てみたかったが、テレビで通しで見られただけでも良かった。アメリカに新しい時代が来た。日本の首相がいちいちこんなイベントやったらお金が続かないし、人も集まらないかもしれない。任期が決まっている大統領制だからこそできることだ。

FCC委員長人事

CIA人事に触れたからにはFCC(連邦通信委員会)の人事にも触れておきたい。オバマ次期大統領は、年末に噂に出ていたとおり、ハーバード・ロースクールの同級生をFCC委員長に指名する見通しになった。Julius Genachowskiはベンチャー・キャピタリストで、オバマのキャンペーンに50万ドルの資金提供をしている(猟官制という言葉が懐かしい)。

そして、現職のマーチン委員長は辞職し、アスペン・インスティチュートに行くという。ワシントン・ポストは、「スペクトラム・オークションの勝者に対してそのネットワークを外部の技術にオープンにすることを強いたとしてマーチンは記憶されるだろう。そして彼はまた、ネットワークで特定のインターネット・トラフィックをスローダウンさせる行為においてコムキャストに不利な裁定を下した」と記事をしめくくっている。

1996年通信法から12年経ち、ようやくもってFCCはインターネットに焦点を絞った政策・規制にシフトすると見られている。規制撤廃と言いつつ、これまでのFCCは細かいルールをやたらと作り、それが意味不明で裁判・裁定がたくさん必要になり、ブロードバンドが普及しないという事態になっていた。オバマ政権がブロードバンド普及に力を入れると言った以上、FCCの方向転換は不可欠だ。

ところで、これまでアメリカのインフラやサービスの悪口を書いてきたが、そうそうと思う記事がワイアード・ビジョンに出ていた。アメリカのトイレは紀元前と変わらない。紀元前でも別にいいのだけど、それでは世界一とは言えない。

アメリカのブロードバンドはダメなんだと日本で言うと信じてくれない人が多いが、FCCのブロードバンドの定義は768kbpsである。これでは世界一とは言えない。

チョムスキー講演

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MITで最も有名な人の一人がノーム・チョムスキーだ。現在79歳で、名誉インスティチュート・プロフェッサーである。彼の著作は英語でも日本語でもたくさんあるが、恥ずかしながら読んだことがない。私の所属する研究所の主催で講演会が開かれるというので聞きに行ってきた(ビデオもすでに公開されている)。会場は学生や一般の人でいっぱいで、立ち見が出ていた。

何となく過激な発言をする人というイメージがあったのだが、実際に見てみると物腰は柔らかい。開始時間になってもなかなか現れないので、キャンセルになるのではないかと思っていたのだが、よろよろと階段教室を降りてきた。ほっそりした人を想像していたが、割と体つきはがっしりしていて、裾をまくったゆるめのジーンズに愛嬌がある。

テーマはイスラエルのガザ侵攻だ。口ぶりは過激ではないのだが、やはり内容は辛辣で、今回の侵攻はイスラエルとアメリカが周到な準備を行い、周到なプロパガンダの下で展開されているという。

そう言われてみれば、「侵攻がまもなく始まる」と一報が流れ、CNNが中継をするとすぐにイスラエル側のスポークスマンが現れ、しかし、ガザの内部の様子はよく分からないという状態だった。

講演はその後、ガザをめぐる問題の詳細なクロノロジーになっていったので、私にはいまいちつかみきれないところがあったが、チョムスキーは2時間弱、立ったままよどみなく話し続けた。一緒に聞きに行ったY先生によれば、1960年代から彼の発言は日本でも影響力を持っていたという。本来の言語学から離れて政治的な発言を続ける彼のエネルギーはどこから出てくるのだろう。

CIA長官人事

ブッシュ政権のCIA長官マイケル・ヘイデンはNSA長官時代に令状なし通信傍受を始めた張本人で、プライバシー業界では非常に評判の悪い人だ。ところが、オバマ新大統領が彼を留任させるかもしれないという噂が出ていた。

結果的には、クリントン政権の古狸であるレオン・パネッタが指名され、インテリジェンスのプロたちを怒らせている。パネッタはインテリジェンスの経験が全くないからだ。

ヘイデン留任はなかったが、クリントン政権からブッシュ・W・ブッシュ政権に移る際、ジョージ・テネットCIA長官が政党を超えて留任したことがあるから、あり得ない話ではない。

さらにさかのぼると、フォード政権下でCIA長官だったパパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)は、任期が短かったこともあり、カーター政権でも引き続き長官職に留任することを希望していたが、カーター新大統領に拒絶されたという話があるそうだ。

当時のパパ・ブッシュは非常に党派的な人間として知られていたので、そこが嫌われたようだ。

この話を読んで、10月にヒューストンのブッシュ・ライブラリーで見つけた資料を思い出した。歴史的価値が特にあるわけではないが、おもしろいのでスキャンして載せておこうと思う。なお、紙が青いのは、原資料と区別するために大統領ライブラリーのコピー用紙が青いため。

(1)ブッシュがフォード大統領に出した辞表

(2)フォード大統領からブッシュへの辞表受理と感謝の手紙

(3)ブッシュがCIA職員に出した手紙

ブッシュ退任スピーチ

昨晩、ブッシュ大統領がお別れスピーチを行い、テレビで中継された。

昨日の昼間はいろいろな人のお別れスピーチが行われていた。私がテレビで見ただけでも、ジョー・バイデン次期副大統領が上院でお別れスピーチを行い、その後、ヒラリー・クリントン次期国務長官が同じく上院でお別れスピーチを行った。それと同じ時間にブッシュ大統領がフォギーボトムの国務省に出向き、ここでお別れスピーチを行っていた。駐日大使がなぜあんなに早く離日するのかと思っていたが、これに参加するためだったらしい。

この国務省でのスピーチでブッシュ大統領は、日本、韓国、中国の三つの国と同時に良い関係を持った政権はなかったのではないかと言っていて、苦笑してしまった。この辺のロジックの展開がブッシュのおもしろさだ。

お別れスピーチの裏では、初の黒人司法長官承認のための公聴会が行われており、CIAの拷問問題やNSAの通信傍受の問題を抱える重要なポストだけに注目されていた。たぶん、他にも政権移行に伴う一連の出来事が行われたのではないかと思うが、ニューヨークの墜落事故のニュースで、雰囲気が一気に切り替わった。

墜落事故で犠牲者がなかったこともあり、午後8時からのブッシュ大統領のホワイトハウスでのお別れスピーチは予定通り行われた。

最初にブッシュ大統領のスピーチを生中継で見たのは、2001年8月のステム・セルに関するスピーチだったと思う。

http://www.whitehouse.gov/news/releases/2001/08/20010809-2.html

このページで見られる映像は、テレビで放送されたものと少し角度が違うと思うのだが(テレビではもっとカメラ目線に近かった)、頼りないなあという印象を持った。たぶん自分で理解していない話を一所懸命話しているという感じだった。

しかし、この後で9/11が起きたことで、大統領の雰囲気はずいぶん変わる。

今日のお別れスピーチも自信たっぷりに見えた。大統領は9/11とイラク戦争で腹が据わったのだろう。ブッシュ大統領の支持率はとても下がってしまったが、将来評価は改善するだろう。確かに安全保障・治安関係ではやり過ぎが目立ったが、大規模なテロを防いできたことも確かだ。オバマ政権になって大規模なテロが起きれば、やはりブッシュはちゃんとやっていたと言われるようになるだろう。

ブッシュ大統領も、自分の決断が万人に評価されないとしても、タフな決断をしたのだと主張していた。彼の決断で多くの人が命を落とした。彼はその評価を歴史に委ねるつもりだが、その責任に耐える鈍感さがないとアメリカの大統領は務まらない。決断をするに臆するところがなく、また意外な決断ができるという点では、まれな大統領であり、最初に受けた印象とは異なって凡庸な大統領とは言えないと今は思う。

ブッシュ大統領のスピーチはこれで最後になり、主役は入れ替わる。CNNの記者によれば、ブッシュはオバマの船出を心から祝福しているという。この率直さが、ブッシュの(かつての?)人気の要因だった。テロ、戦争、カトリーナ、経済危機といった出来事が続いた時代は歴史にどう評価されるのか。