ミュンヘン

ミュンヘン安全保障会議(MSC)は、日本の防衛省によると「欧米における安全保障会議の中で最も権威ある民間主催の国際会議の一つ」だそうだ。今年は55回目で、もともとは米国とドイツの間の小さな二国間対話だった。今年は故ジョン・マケインを記念した賞が創設されたり、マイク・ペンス副大統領、ジョー・バイデン前副大統領、イバンカ・トランプが顔を見せた他、米国議会からはナンシー・ペローシ議長をはじめ52人もの現役の連邦上院・下院議員が参加したりしたそうだ。そんなに大量にワシントンDCを離れて大丈夫なんだろうか。

MSCでは、聞くところによると100以上のサイド・イベントが開かれるそうで、日本国際問題研究所もその一つを開いたそうだ。現地で佐々江賢一郎理事長、小谷哲男さん、佐藤俊輔さん、北海道大学の遠藤乾先生にお目にかかった。

通常、この時期は大学入試がぶつかるのだが、今年はたまたま日程の都合が付き、サイド・イベントの一つのミュンヘンサイバー安全保障会議(MCSC)にご招待をいただいたので行ってきた。

会場はミュンヘン中央駅から歩いて15分ぐらいのHotel Bayerischer Hofの6階。MCSCはMSCの前日に行われるので、6階のバルコニーから下を見ると、VIPの車がホテルの前にわんさか乗り付けていて渋滞になっている。ホテル周辺は厳戒態勢で、銃を持った警官がたくさん集まっている。

MCSCの会場はやたらと細長い部屋の真ん中にステージを作っている。ステージの上から見ると、目の前の奥行きがなく、両側に広く客席が展開していて、やたらとたくさん人が詰めかけているのだが(以下の写真2枚は終盤でだいぶ人がいなくなった後のもの)、それほど圧迫を感じない。

午後2時から7時半までセッションが続き、その後にレセプションがあって、時差ぼけの身にはつらいのだが、私は幸い第1セッションだったので、元気なうちに話ができた。スライドを一切使わず、全部即興でやれという話で、一応事前に司会者とネット会議があったのだが、その段取りと全然違う展開で進行が進み、なんだよと思ったが、まあ楽しむことができた。

友人が撮影してくれた登壇中の写真

多少、私の話がおもしろいと思ってくれたのか、休憩時間にバルコニーでブルース・シュナイアーと話ができたのはうれしかった。「サイバーセキュリティ政策を教える教授たち」というメーリングリストがあるらしく(本当か?)、入れてくれるそうだ。

ブルース・シュナイアー(真ん中)

GCSCの仲間2人も別のパネルで登壇。フロアには他に3人のGCSCコミッショナーがいた。

翌日、サイド・イベントとして、サイバー・セキュリティ・ラウンドテーブルも開かれた。当初は35人の招待制ということだったが、実際に行ってみると45人が招待されていて、部屋にはそれを上回る60人ぐらいが来ていて、座席が奪い合いになっている。知り合いの教授の席は関係ない人に占拠されており、彼が部屋に来たときには座る席がなく、彼はそのまま出て行ってカフェでお茶をしていたらしい。このラウンドテーブルでは韓国外相が話をしたが、基本的にはセンターテーブルに座っている人がごく短く一言ずつ話をして終わってしまった。私はお呼び出ないという感じだったので、内職しているうちに終わった。

それにしても、MCSCでもMSCでも、ラップトップを広げている人が全然いない。通常のネット系の会議と全然違う。もちろんみんなスマホとにらめっこしているのだが、ラップトップを使わない人種(年代)ばかり来ているのか、ラップトップを使うこと自体が時代遅れなのか、判断が付かない。

本体のMSCは、初日のみ参加できた。メインのホールはかなり小さく、VIPと政府関係者優先なので、私はオーバーフロー用の別室に回され、そこでネット中継を見る。河野外務大臣もパネルに登場していた。

河野外相が出たパネルが終わって休憩になると、さーっと人が引けていった。そして、メインのホールが開放されたので潜り込んで、NATO事務総長の演説を聴いた。

その最中に、夕食のお誘いのメール。事務総長の演説と質疑応答が終わってレストランに駆けつけ、ビールとドイツ料理をごちそうになった。

ホテルに戻ってMSCのウェブサイトを見ると、夕食の間にイバンカ・トランプが登場し、ジョン・マケイン賞の席ではペンス副大統領が演説していたことを知る。どうやらメイン・ホールではなく、別室だったようなので、中に入れはしなかっただろうが、ちょっと残念だった。

MSCの2日目は、日本でも報道されたように、ペンス副大統領、楊潔篪・中国共産党中央外事工領導弁公室主任、ロシアのラブロフ外相らのつばぜり合いが繰り広げられた。3日の最終日はシリア問題を中心に議論が繰り広げられた。

会議の合間に、是非行きたかったドイツ博物館にも足を運んだ。

受付で「Uボート(ユー・ボート)はどこか」と聞いたら、一瞬キョトンとした顔をされ、「ウー・ボート」はあっちだと言われた。ドイツ語では「U」は「ウー」だった。最初のUボートであるU1は確かに置いてあったが、想像以上に船体が長すぎ、全体を写真に収めることができない。船体に穴が開けてあって、中身を見ることができるようになっている。しかし、ドイツのキールにあるUボート博物館のほうが良かった。

もう一つ見たかったV2ロケットの展示はなんと休み中だった。Wikipediaにあるペーネミュンデ陸軍兵器実験場のジオラマも見たかったのだが、見当たらなかった。見ていたガイドブックが古かったせいか、全然展示の内容が違う。飛行機は郊外の別館のほうに移されていて、楽しいものはなかった。残念。

コンピュータや通信機器の展示も充実しており、お約束のエニグマも2台置いてあった。1台欲しい。ドイツのエニグマは世界中にたくさん残っているのに、日本のパープルの完全なものは見たことがない。NSAのCryptologic Museumにカバーのないパープルが残っているだけだ。どこかにないものか。

ともあれ、慶應の入試日程が変わらない限り、MCSCにもMSCにももう参加することはできそうにないので、とても良い経験だった。

時差ぼけで早く起きて、こんな長々と書いてしまったが、今日一日耐えられるか心配だ。