創発

創発に関する研究プロジェクトを進めている。機中で読んだジョンソンの本の抜き書き(文中太字は原文のママ)。

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スティーブン・ジョンソン(山形浩生訳)『創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク―』(ソフトバンクパブリッシング、2004年)。

p. 10

[アラン・]チューリングが一九五四年に死亡する前の、最後の刊行論文の一つは、「形態形成」の謎を取りあげたものだった。形態形成とは、あらゆる生命形態が、とんでもなく単純な出発点から、すさまじくバロックで複雑な体を発展させる能力のことだ。

p. 12

チューリングの形態形成に関する研究は、単純なエージェントが単純な規則にしたがうだけで、とんでもなく複雑な構造が生成できるような数学モデルの概略を述べていた。

p. 16

それは複数のエージェント同士が、複数の形でダイナミックに相互作用して、ローカルなルールにはしたがうけれど、高次の命令などまったく認識していないシステムだ。でも、これが本当に創発的なものとして認められるのは、こうしたローカルな相互作用が、何かはっきり見えるマクロ行動につながった場合だけだ。(中略)つまり、ローカルなエージェント同士の複雑な並列相互作用で、高次のパターンが生じるということだ。

p. 68

アメリカ企業でも、流行り言葉は「品質管理」から「ボトムアップ知性」になりつつあり、ラディカルな反グローバリズム抗議運動は、意識的に自分たちのペースメーカーなしの分散組織をアリの巣や粘菌にしたがってモデル化している。

p. 74

そもそもデボラ・ゴードンがアリに興味を持ったのも、このミクロ組織とマクロ組織との結びつきのためだった。「個体が全体的な状況を判断できないにもかかわらず、協調して働くようなシステムに興味があったんです。そしてアリは、局所的な情報だけを使ってそれを実現しています」と彼女は今日語る。

 実は局所性こそが、群生理論の力を理解するにあたっての鍵となる用語なのだった。アリのコロニーのようなシステムに創発行動が見られるのは、システム内の個別エージェントが上からの命令を待つのではなく、その直近のご近所に関心を払うからだ。彼らは局所的に考えて、そして行動も局所的だけれど、その集合的な行動はグローバルな行動を生みだす。

p. 77

この局所的なフィードバックこそは、アリ世界の分散化した計画の秘密なのかもしれない。アリの個体は、その時点で何匹の食糧調達アリがいるか、巣作りアリがいるか、ゴミ集めアリがいるかを知るよしもない。でも自分が一日の行程でそれぞれ何匹に会ったかは記憶できる。その情報――フェロモン信号そのものと、その頻度――に基づいて、自分の行動を適切に調整できる。

p. 84

DNAの圧政は、創発の原理に反するように見える。もしすべての細胞が同じ台本を読んでいるなら、それはまるでボトムアップのシステムではない。究極の中央集権だ。それは、アリのコロニーでそれぞれのアリが一日の始めに慎重に計画された予定表を読むようなものだ。昼までゴミ出し作業、その後昼食、午後は片づけ、という具合。これは指令経済であって、ボトムアップシステムではない。

p. 85

細胞は、DNAの図面を選択的にしか参照しない。それぞれの細胞核は、人体すべてについてのゲノムを持っているけれど、個別の細胞が読むのはそのごく一部でしかない。

p. 85-86

細胞は近隣から学ぶことで、もっと複雑な構造に自己組織化する。

p. 87

でも細胞は自分を含む組織の俯瞰図は持っていないけれど、細胞連接経由で送信される分子信号を経由して、街路レベルでの評価を行うことができる。これが自己構成の秘密だ。細胞共同体は、各細胞が自分のふるまいについてご近所を見ることで生じる。

p. 100

エージェント間のフィードバックが必要なのだ。他のセルの変化に応じて他のセルも変化しなければならない。

p. 103

その速度で見ると――千年紀単位の高速度撮影で見ると――人間個人の自由意志はコロニーの一五年にわたる存在のうち、ごく一部しか生きて見届けられないゴードンの収穫アリとそんなに異なるようには思えない。今日の都市の歩道を歩く人々は、アリがコロニーの生命について無知なのと同じくらい、大都市の千年単位のスケールという長期的な視野については無知だ。このスケールで見てやると、都市という超有機体の成功こそは過去数世紀における唯一最大のグローバル現象かもしれない。

p. 117

ただしこうした住民たちは、別に居住地を大きくしようとして努力したわけではない。みんな、自分の畑の生産力を上げるにはどうしよう、とか、発達した都市の排泄物をどう処理しよう、といった局所的な問題を解決しようとしていただけだ。でも、こうした局所的な意思決定が組み合わさって、都市の爆発というマクロな行動が形成される。

p. 147

台風や竜巻もフィードバックの強いシステムだが、だからといってそれを裏庭に欲しいという人はいない。構成パーツや、その組み合わせに応じて、創発システムは多くの違った目的に向かうことができる。

p. 180

システム全体が、初期条件にきわめて敏感です。

p. 247

創発の進歩的な可能性が最もはっきり表れていたのは、反WTO抗議運動だった。これは意図的に、自己組織型システムの分散型細胞構造に基づいて自分たちを組織化していた。一九九九年のシアトルの抗議運動は、驚くほどの分散組織に特徴づけられていた。

Something’s Gotta Give

その3は「Something’s Gotta Give」(よく考えるとPaycheckを見たのはサンフランシスコからワシントンDCに行く機中だったかもしれない。帰りの機中は映画を2本見て、本を1冊読んだからほとんど眠っていなくて、おかげで時差ボケがひどい)。

「ええ加減にしろエロ親父」という感じのする映画。主人公のハリーは30歳以上の女性と交際したことがないという独身貴族。ジャック・ニコルソンは悪役顔なのに最近こういう役柄を好んでいるらしい。

マトリックス』のキアヌ・リーブスが脇役で出ている。007シリーズのロジャー・ムーアのように、キアヌ・リーブスはマトリックスのネオしか演じられなくなるのではないかといわれていたけど、そうでもなかったようだ。

ヒロイン(?)のエリカは劇作家という設定。海辺の豪邸で執筆に励む。アップルのパワーブックG4(15インチ?)を使っている。欲しい。なぜ映画に出てくるパソコンはアップルが多いのだろう。アップルが強力にプロモーションしているか、映画関係者がアップル好きか。

Paycheck

その2は『Paycheck』。

ベン・アフレック扮するリバース・エンジニアが危険な発明に手を貸すのだけど、記憶を消されてしまう。おまけに命をねらわれてしまう。記憶が消される前に何があったのかを追いかけるというストーリー。タイトルのペイチェックは仕事の報酬でもらえる小切手のこと。

やや設定に無理があるかなあ。脳内に発射するレーザーで記憶のペプチド結合を破壊して記憶を消してしまったり、未来がのぞけるレンズなんてちょっと考えにくいなあ。

Chasing Liberty

帰りの飛行機で見た映画その1。「Chasing Liberty」。

現代版『ローマの休日』といったところ。しかし、お姫様はアメリカ大統領の娘になり、お姫様が旅するのはプラハ、ベネチア、ベルリンなど。そしてお姫様に身分を隠して旅をともにし、恋に落ちるのはなんとCIAエージェント。といっても切迫感はぜんぜん無くて、のほほんとした映画。それなりに楽しい。

大統領一家にはコード名が付く。シークレット・サービスは大統領のことを「イーグル」と呼ぶように、大統領の娘のことは「リバティ」と呼ぶ。主人公は権威的な大統領の目から逃れて自由(リバティ)が欲しくて仕方ない。主人公は自由を求めて(chasing liberty)旅に出て、追いかける側のシークレット・サービスはリバティ(大統領の娘)を探し求める(chasing liberty)という二重の意味がタイトルにはある。

『ローマの休日』のアイデアに従っているところからすると一種の二次著作物なんだろうけど、怒られないのだろうか。エンドロールにクレジットが入っていたりするのかな。

12日間で651通

出張から帰国。12日間の不在中、すべて電子メールはメール・サーバーに残しておく設定にしておいた(サーバー管理者の方すみません)。その間に届いたスパムやウイルスは約651通。1日50通以上。ほとんどはフィルタでゴミ箱に入るからそれほど気にならないとはいえ、やはり迷惑だ。

メールに返事を書いていない皆様、申し訳ありません。なるべく早く書きます。

学者の人生

ボストンのフリーダム・トレイルをたどっていたら、横にボーダーズ(本屋)があったので思わず入ってしまった。そうしたら、ジョセフ・ナイがこんな本を出していることにも気がついた。

Power in the Global Information Age: From Realism to Globalization (Amazon.com)

2004年5月発行とあるから出たばっかり。

内容は1970年代から書いてきた代表的な論文をテーマごとに並べなおしたもの。

おもしろいのは、一番最後の「Praxis and theory」という文章。ナイはよく知られているように、学者であるとともに、国務省や国防総省でも仕事をしてきた。生まれてから今までの自分の人生を振り返ってみて、二つの道を行き来したことが良かったと書いている。ただ、幼少時代は農業をやりたかったり、学部を卒業した後は海兵隊に入ろうとしたり、紆余曲折があったことも書いてある。博士課程での勉強は苦痛だったが、論文を書くのは楽しかったそうだ。学者の人生を考える上でとても興味深い文章。

RFIDとプライバシー

この問題はもうだいぶ議論されている。CFPでも話題になった。しかし、今日、MITのオートIDラボに行ったら、予想以上におもしろい話が聞けてびっくりした。CFPのプライバシー論者たちとは正反対といっていい。でもそういう考えもあるかと思わされた。帰りの飛行機の中でレポートを書いてみよう。

ソフト・パワー

Soft Power: The Means to Success in World Politics (Amazon.com)

ジョセフ・ナイの新著がいつの間にか出ていた。ソフトパワー論の総決算というところか。

序文にも書いてあるけど、ソフトパワーはどうも誤解されている気がする。本当は安全保障を論じるための概念で、コンテンツ産業育成のための議論ではない。

初版150万部

Clinton’s ‘My Life’ hits stores in June

クリントン前大統領の回想録が6月末に出るそうだ。なんと初版150万部。ヒラリーが100万部だったから50万部多い。ヒラリーの回想録は総計200万部売れている。クリントンはこの本で1200万ドル(12億円以上)もかせぐ。もう借金は返し終わっているのだろうか。

問題はクリントンが本の宣伝ツアーを7月以降に行うことでケリーの選挙戦がかき乱されるのではないかということ。

universal broadband

Kerry’s broadband policy plans emerging (news.com)

ブッシュ大統領に続いてケリー候補もブロードバンド政策を発表する予定のようだ。両者とも「universal broadband」を目指すらしいがうまくいくのか。民主党は電波の開放も視野にやっているという。

IT産業が米大統領選を左右する?――支持するのはブッシュかケリーか」でも書いたが、パパ・ブッシュ再選のための選挙(1992年)ではインターネット政策が大きな鍵になった。今回は安全保障・治安維持政策に隠れているが、どうなるか。

ケータイは若者が使う

Teens Ring Up Market Share: Extras Help Cell Phone Firms Woo Youths (Washington Post)

アメリカの携帯電話会社は、若者が収益源になるということにようやく気づいたらしい。写真のやりとりやリングトーン(着メロ)のダウンロードで月75ドル使っている子供が出てきたことに驚いている。これまでアメリカの携帯電話がお金を持っているビジネス・ユーザーに焦点を当ててきた。それが失敗の原因だったのだ。

賢力と愚力

ワシントンDCのホテルの予約がなかなかとれなかったので、おかしいなあと思っていたら、大規模なデモとぶつかっていた。昨日(24日)は世界銀行とIMFに反対するデモ隊が市内に繰り出して、警官隊と衝突していたらしい。

今日(25日)は「プロ・チョイス」の人たちが全米から集まっている。朝からニュース各局は中継をしている。プロ・チョイスの人たちは民主党支持層と重なるから、反ブッシュの色合いも強い。

今日の午前中は予定がないから、メトロ(地下鉄)に乗って、モール(ワシントンDC市内を横断する公園)に行ってみた。日曜日の朝のメトロはたいていがらがらなのに、今日は上りが満員。バッジやプラカードをつけた人が乗り込んでいる。スミソニアン駅を降りるとモールまで長い人の列ができている。

モールにはうじゃうじゃ人がつめかけている。日本なら黒山の人だかりというのだろうけど、髪の毛が黒くないし、みんな色鮮やかなTシャツやプラカードをつけているから華やかだ。

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(この写真は合成写真みたいに見えるけど本物です。)

プロ・チョイスは女性の権利と自由のための運動だけど、それを支持する男性もそれなりに来ている。ただ、どうもヨーロッパ系の人が多くて、アジア系やアフリカ系の人は少ないように見える。年齢は子供から年配までさまざま。掛け声もいさましい。ある種、お祭りのようでもある。

しかし、プロ・チョイス対プロ・ライフの対立は、アメリカ政治の大きな軸の一つだ。これだけ深刻な問題を回避せずに、自分の意見をこうやって大声で叫ぶ政治文化は、日本と違うなと思ってしまう。少なくともこの問題に対して、これだけの人間が日本で一同に会することはないだろう。演説台があり、あちこちに巨大モニターとスピーカーが設置されていることから見ても、かなり組織化された運動ではあるが、実際にこれだけの人が動員されているのを目の当たりにすると、政治的なパワーを感じてしまう。

帰りの電車の中で「賢力と愚力」という言葉が思い浮かんだ。こうした大衆が動かす政治を政治家たちは衆愚政治と呼んで蔑んできた。しかし、賢い人たちがやっている賢力政治は権力政治とほぼ等しいと受け止められている。賢力と愚力の間にはそれほど開きがないのかもしれない。もし、大衆が情報技術を使って賢力を持つようになったら、政治は大きく変わるのだろうか。

バークレーの月

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バークレーに初めて来た。しかし、CFPの会場になっているホテルが大学から遠くて、一度しかいけなかったのが残念。しかし、なんだか小汚いというのが感想。

ホテルそのものは良かった。部屋の中では有線のブロードバンド(といっても128Kbps)、会議場やロビーでは無線の11bが使えた。

部屋からははるか遠くにサンフランシスコ湾をはさんでサンフランシスコが見える。夜になると欠けた月が見えてきれいだった。

Internet Archive

Internet Archive、こいつはすごいプロジェクトだ。人類のすべての知識にユニバーサルにアクセスできるようにするという。(今のところアメリカ中心だけど)全世界の出版・公表された本、音楽、映像、ソフトウェア、ウェブページを収集して公開している。

クリエイティブ・コモンズのライセンスは使ってないけど、思想は知っているらしい。CFPのとりで講演したBrewster Kahle氏は、レッシグ教授に言及していた。

電子投票の裏側(2)

米国では電子投票の問題は予想以上に深刻なようだ。

2004年4月23日付けの『San Francisco Chronicle』紙のA1面で「Electronic voting machines dealt blow: Panel wants to pull plug in 4 counties」と題する記事が掲載され、カリフォルニア州の4つの郡で電子投票機の使用禁止が決まったとある。

CFPで配布されたverfiedvoting.orgの資料によると、過去2年間、全米各地の少なくとも15回の選挙で問題が起きている。

CFP最終日には電子投票による模擬選挙も行われた。

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あらかじめ主催者側がソフトウェアを操作しておいたので、電子投票の結果とバックアップでとっておいた投票用紙の結果が異なることになった。ソフトウェアを操作した犯人はその理由を「チョコレートが欲しかったから」と述べた。そう、プログラミングができる人がいて、ソースコードにアクセスできれば、電子投票の結果を変えてしまうことなど簡単なのだ。

無論、紙で投票してもさまざまな問題は起こる。検証できる=紙の投票ではない。しかし、集計の迅速さと正確さをはかりにかけたら、正確さが当然優先されるべきだろう。今のところどちらが正確な投票結果を残せるかというと紙ではないか、というのがパネルの結論。

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電子投票の裏側

日経デジタルコアのネット時評に「電子投票の裏側」が掲載された。

元ネタになったルービンたちが、ちょうどEFFのパイオニア賞を受賞した。

CFPのキーノートも電子投票がテーマだった。このディル教授も電子投票に疑問を呈している。監査(audit)ができない投票はダメで、今のところは紙が唯一のソリューションだといっていた。

一方で、インドでは大々的に導入したらしい。