ITと生産性

ボストンに着いてから生活の立ち上げに追われている。到着の翌日にはヘルスケアのオリエンテーションがあり、アパートの入居手続きをしたり、銀行口座を開設しに行ったりした。3日目は車をレンタルし、家具や生活道具を集める。本当なら家具付きのアパートにしたかったが、ボストンにはあまりないようなので、仕方なく家具なしのアパートにした。

4日目はお世話になる国際関係研究所(Center for International Studies)に行って事務手続きをする。ここは地下鉄レッド・ラインのケンドール駅の上にあり、ビルの1階はMIT Pressの本屋、向かいにはMITの生協があり、絶好のロケーションである。アパートもレッド・ライン沿線なので、地下鉄で15分程度で通える。個室はもらえないが、在外研究の場合はいろいろ教えてもらうために相部屋のほうがむしろ望ましい。同室にはなんと早稲田の教授がいらして、他にインド系アメリカ人の若い研究者がいるらしい。この部屋には窓がないのがさびしい。International Scholars Officeのオリエンテーションに参加すると、私の他に、中国人2人、台湾人1人、韓国人1人、タイ人1人、インド人1人、ブラジル人1人とアジア・シフトが著しい。

問題はこの4日目の午後、発生した。午後1時に約束した家具が届かないのである。MITにはStudent Furniture Exchange(FX)というすばらしいサービスがあって、MITの関係者がいらない家具を寄付し、それを安く再販売している(学生じゃなくてもMITやハーバードなどの関係者は買える)。家具をレンタルすると毎月500ドルぐらいかかってしまうが、FXで最低限必要なものを揃えたら500ドルぐらいで済んだ。新品の家具ではないが問題のない家具ばかりで、500ドル×11ヶ月分浮くのは良い。

問題は配送である。アメリカの配送システムは全く当てにならないことを前回のアメリカ生活で学んでいたので、期待はしていなかったが、やはりうまくいかない。ソファのような大きな家具があると宅配業者ではダメなので、引っ越し業者に頼むのだが、最初は午後1時に持ってきてくれるという話だった。ところが、メールが来て、その日はダメになったので、一日早く持ってきたいというのである。しかし、前の日はレンタカーを予約してあり、各所を回る予定になっていたので、約束の日に持ってきて欲しいと電子メールで返信する。最初はホテルのネットを使っていたが、自宅にはまだ通信回線がなく、3日目にはホテルをチェックアウトしてしまったのでコミュニケーションがとれなくなる。配送当日(4日目)の朝、MITでメールを開いてみると、午後遅くに配送すると連絡がきた。とにかく電話がないので、ずっと部屋にいるから持ってきてくれと返信し、すぐにアパートに戻る。

午後遅くと書いてあったので、1時に持ってきてくれるということはないだろうと思い、本を読んでいたが、時差ぼけのせいか、昼寝をしてしまう。目を覚ますと午後4時で、まだ来ない。アパートの管理人のところに行ってきいてみるが、まだ何も連絡はないという。ああ、まただめかと思ったが、日本のようには行かないなと思ってあきらめ気分になる。

アパートの窓から外を見ると、帰宅ラッシュが始まり、大渋滞になっている。幹線道路に出るための道が混雑し、クラクションを鳴らす車も多い。ニューヨークほどではないが、ボストンの人たちはワシントンDCや西海岸と比べて割とクラクションを鳴らすような気がする。渋滞の車を上から見ているのはけっこう楽しくて時間が早く過ぎていく。今日は家具は届かないかなあと思っていたら、午後7時半になってトラックがゆっくりとアパートの前に止まった。FXから家具を運び出してから、部屋の中に設置するまで2時間半かかったらしく(そりゃ渋滞の中を走って来ればそうなるわな)、時間制の配送料はかさんでしまったが、その日のうちに到着しただけでも良しとしよう。

ここまで数日経ってみて、2001年にワシントンDCに行ったときよりも、格段にスムーズに事が進んでいる。2回目ということもあるだろうし、私の英語が少しましになったこともあるかもしれない。ワシントンDCよりもボストンが効率的とは考えにくいが、それもあるかもしれない。しかし、たぶん、ITを使って生産性が上昇しているのではないかという印象を受ける。特に大きな組織は改善しているように見える。入居したアパートの管理会社は手広く多くのアパート管理をしていて、賃貸料はアメリカではめずらしく銀行引き落としができるようになっている。補修などのリクエストもウェブで予約できるようになっているのは新しい。銀行口座の開設では、コンピュータの端末を目の前で担当者と一緒に操作しながら各種情報を入力し、その日のうちに一時的に使えるATMカードと小切手をもらうことができた。同じ銀行で2001年に口座開設をしたが、その時は1週間かかった。MITの一連の登録作業も効率的で、私のデータベース情報が一元化されていて、ペーパーワークはほとんどない(テロ対策の一環として外国人管理を徹底するよう政府の意向が働いているという側面もある)。

しかし、引っ越し業者のような中小企業では、まだこうしたIT機器・サービスを徹底することができていないのではないだろうか。もちろんたった一件のケースで判断することはできないが、前のエントリーでも紹介した梅田望夫『シリコンバレー精神』では、大企業・大組織こそがITで生産性を上げるという話があった。ITはベンチャーや中小企業にとっても大きなメリットをもたらすが、ネット系ベンチャーでもない限り、昔ながらのやり方を大きく改善するのは難しいかもしれない。私が使った引っ越し業者もウェブページを持っていて、そこから引っ越しのリクエストを出せるのだが、メールのやりとりを見ると、どこかのホスティングサービスとアプリケーションサービスを中途半端に使っているようで、設定がうまくできていないのではないかと思えた(例えば、ウェブ上に掲載されているメールアドレスにメールを出すと不達エラーになる)。

アメリカには毎年のように来ていたが、生活をしてみて分かってくることがやはり多い。ホテルに数日滞在しただけでは生活文化に触れることは難しいと再確認させられる。数年を隔ててまたアメリカ生活を経験できるのは貴重だ。

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