太平洋島嶼国の一つ、パラオに行ってきた。
かつてパラオは30年以上にわたって大日本帝国の委任統治領だった。パラオまでは現代の飛行機でも、グアムでの乗り換えを含めて8時間かかる。大日本帝国政府はパラオに南洋庁を置き、産業振興を図ったが、よくこんなところまで来たものだと感心する。
パラオというと南洋の暑い国というイメージだったが、意外にも夜は涼しくて過ごしやすい。酷暑日が続く東京から来ると、夜の涼しさは天国のようだ。無論、昼間は強烈な太陽が照りつけるので暑いが、東京のような交通渋滞や満員電車はない。
「パラオまで何しに行くんだ」と多くの人に言われたが、今回の目的はAPT(Asia-Pacific Telecommunity:http://www.aptsec.org/)という総務省がバックアップする団体主催のワークショップに参加することであった。テーマは無線ブロードバンド(http://www.aptsec.org/2010-WS-WBP)で、対象者は太平洋島嶼国の代表たちである。総務省はAPTを通じてこのワークショップに資金提供しているので、総務省からも担当官が来ており、挨拶もかねて日本のIT政策に関するブリーフィングを行った。
それ以後は、無線ブロードバンドをめぐる規制や技術についてのプレゼンテーションとディスカッションが行われた。昨年、インドネシアのバリで開かれた大臣会合で「Bali Plan of Action」という文書が採択されており、それに沿った形で提言案を考えるのがゴールである。
各国の事業者や規制者、それにクオルコムやインテル、インテルサットといったベンダーや事業者、さらに各国のコンサルタントも参加し、太平洋島嶼国を念頭に置いたソリューションのプレゼンテーションもあった。
太平洋島嶼国の課題は二つ。(1)小さな島々をどうやってつなぐか、(2)国際回線をどうやって確保するか、である。
島が一つだけであれば、その島の中にネットワークをつなぐのはそれほど難しいことではない。むしろ、小さい分だけ簡単だともいえる。例えば、WiMAXとWiFiを組み合わせればそれなりのネットワークは構築可能である。電波も混み合っているわけではない。
しかし、太平洋島嶼国の多くは無数と言っても良いくらいの小さな島々で構成されていることが多い。人口が数十人しかいないという島もある。そうした小さな需要のために設備へ投資しなくてはならないとしたら大赤字になってしまう。音声電話だけならマイクロウェーブ波の無線でも良かったが、インターネットを想定するなら光ファイバーによる海底ケーブルが欲しい。これが第一の課題である。
さらに深刻なのが、第二の問題の国際回線の確保である。音声通話の時代には人工衛星による通信が主であり、国際電話や国際ファクシミリは国営事業者にとって大きな収益源であった。しかし、電子メールが使えるようになると国際電話や国際ファクシミリの利用は急速に減り、収益も減少するようになった。さらに、インターネットのコンテンツはどんどんリッチになり、帯域を必要とするようになる。そうすると、人工衛星では大きな需要を裁ききれなくなってきた。例えば、2010年8月現在、パラオでは三つの人工衛星回線を使ってインターネット接続をしているが、合わせて30メガbpsしか帯域が確保できていない。人口が少ないとはいえ、島内の需要を満たすのは難しい。
そこで、光ファイバーの海底ケーブルが必要になるが、その敷設には莫大な資金が必要になる。その資金をまかなえるだけの事業規模がほとんどすべての太平洋島嶼国で確保できない。米国領のグアムは米国の重要な軍事拠点となっているために、大容量の光ファイバーが接続されている。しかし、グアム(米国)やオーストラリア、ニュージーランド、台湾、フィリピンといった国々との海底ケーブル接続を行うためにはそうした国々が納得するうよな事業規模と収益が見込めなくてはならない。
インターネットにおける相互接続では、規模の小さなネットワークが規模の大きなネットワークに料金を支払うことになる。同規模同士のネットワークならばピアリングという料金相殺を行うことができるが、太平洋島嶼国の場合は、どうしても料金を支払って接続してもらうという構図になってしまう。国内で十分な収益が確保しにくい上に多額の国際接続料金が必要となれば、海底ケーブルによる国際接続は現実的なオプションではなくなっている。「つなぎたいけど金はない」という状態を脱しないことには太平洋島嶼国のデジタル・デバイド解消は不可能である。
今回のワークショップを通じてもブレークスルーは見つからなかった。私にとって新鮮だったのは、O3bという人工衛星を使ったサービスである。GEO(静止軌道)でもLEO(低軌道)でもなく、中間のMEO(中軌道)の人工衛星を使い、各衛星は毎日地球を4周する。一つの衛星は10本のビームをだし、1本のビームは400メガbpsから1.1ギガbpsの間の通信容量を持つ(最大で下り600メガbps、上り500メガbps)。しかし、いまだしっかりとしたサービス実績があるわけではないようで、料金もよく分からない。地上で10キロごとに受信アンテナを作らなければいけないということも課題のようである。
今回のワークショップで私にとっての成果は、太平洋島嶼国の当事者たちが何を考えているのか、生の声を聞けたことである。頭では難しい問題と分かっていても、実際に会って話をするとより多くの情報が伝わってくる。彼らも自分たちの課題を痛いほど理解しているし、それが解決できないことに非常にいらだっている。APTがそうした当事者たちの声を束ねる場になっており、それに日本が資金を出してくれていることに感謝してはいるものの、それだけで話は進むのかとイライラしているのだ。
それでは日本が援助すれば良いではないかという声もあるが、日本のODA予算は1997年を頂点に、その後はどんどん減ってきている。財政赤字の拡大が大きな要因である。総額が減り続ける中で、通信関連のODA予算は総額の1%を切っており、どんどん縮小傾向にある。
また、被援助国によっては通信事業はすでに民営化されており、民間会社を直接的に支援することも難しい。音声電話の基本サービスならまだしも、インターネットは「贅沢品」とする見解もまだ残っている。
最終日、ワークショップは昼で終わり、午後は地元のPNNCという国営事業者を見学。写真の二つのアンテナのうち、上を向いているのがインターネット用、斜め上を向いているのが音声用とのことだった。
飛行機は夜中の1時発である。PNNC見学の後、ボートに乗り、ロック・アイランドというダイビングの名所に連れて行ってもらう。本格的なダイビングではなく、シュノーケリングだが十分楽しめた。あいにく雲があったが船上で夕日が沈むのを見て、港に変えるまでは久しぶりに天の川を眺めた。開発が進んでいないからこその美しさだと思うと複雑な気分になる。
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