昨年参加しておもしろかったので、またカナダの首都オタワで開かれているCASIS(Canadian Association for Security and Intelligence Studies)に来ている。よせばいいのに今回は発表することになっているので、うわの空で他の発表に集中できない。
CASISは一見すると学会のようだが、カナダのインテリジェンス・コミュニティの全面的な協力を得ているため、役人や企業人の参加も多い。また、米国や英国と密接なつながりをもちながら、中立的なイメージもあるので、米英はじめ西側各国からの参加者も多い。しかし、アジアや中東からの参加者はあまりいない。
今年の基調講演は、ニューヨークのコロンビア大学のロバート・ジャービス教授である。確かに国際政治学者なのだが、インテリジェンスをやっている印象はなかった。ところが、今年になってWhy Intelligence Failsという本を出していたのだ。知らなかった。基調講演の中身は、社会科学の手法がインテリジェンスに貢献できるかというもの。なぜイラク戦争でインテリジェンスは失敗したのか、社会科学者だったらどう分析したかを論じている。
一般的にはイラク戦争では「インテリジェンスの政治化」が起きたとされている。ブッシュ政権が望む結果をインテリジェンス機関が出してしまったというわけだ。経験を積んだ社会科学者なら、蓄積してきた知見と照らし合わせて何かおかしな事実が出てきたとき、それに集中して取り組む。その事実が何らかのエラーなのか、新しい仮説の導出が必要なのか検討し、一つの事実だけで結論を出したりはしない。インテリジェンス機関が集める秘密情報はバラバラの点でしかない。それをつなぎ合わせるには社会科学的な分析手法が役に立つはずだというわけだ。
それはその通りなのだが、しかし、インテリジェンス機関の分析官がやっていることも同じなのではないだろうか。彼らも政治家がちょっと介入したぐらいでは自分の分析を変えたりはしないだろう。社会科学者と同じくらいの情熱で対象を分析しているのではないだろうか。そうすると、分析官と政治家の間のコミュニケーションが問題なのではないかという気がする。
いずれにせよ、ジャービスの話を聞きながら思ったのは、社会科学者には蓄積がものをいうということ。自然科学の世界では30歳前後で大きな発見をすることが多いが、社会科学者は年齢を重ねてから偉業を成し遂げることが多い。30歳前後の社会科学者は元気だが、経験が足りないことが多く、長老の一言でつぶされてしまうこともある。
ジャービスは政府の内部情報にいろいろ接しているようだった。それは彼が長く活躍する著名な国際政治学者であることもあるが、彼の弟子の多くがそういう世界で働いているせいでもあるようだ。優秀な先生のところには優秀な学生が集まり、卒業してから彼らが先生に新鮮な情報を運んでくれる。こういう好循環が先生の知的生活をより豊かにする。研究と教育はここでも密接に結びついているのだ。教育活動もしっかりがんばろう。