サイバーセキュリティに関する日米協力についての未公刊論文を読ませてもらった(英語)。インタビューを受けたので先に読ませてもらった。
ところで、この年齢になるとだんだん情報が自分に向かって集まってくるんだなと最近気がついた。
学生の頃は、どこに情報があるのかも分からず、手に入れた情報の価値も分からなかったけど、今はパズルのようにその情報の位置づけが分かるようになりつつある。
無論、まだ瞬時に判断できないものもあるし、間違えるものもある。後から、あれはそういう意味だったのかと気づく。
社会科学ってこういう経験値の高さが重要だって気がする。専門家と見なされている人に情報は集まってくるし、情報を処理すればするほど経験値が高まる。
無論、自然科学にもあるんだろうけど、自然科学者のピークが30歳から40歳の間に来るのに対し、社会科学者は年の功が大きい。大御所の先生はやはりその分だけすごい。社会の変化に対する差分を理解しやすいというのもあるんだろうな。
首都圏にいると、政府関連の情報も入りやすい。逆にそれに頼りすぎる傾向も出てくる。関西の人たち、特に京都の研究者たちは、そうした現場の情報が入りにくい分、理論的に考え、おもしろい発想が出てくる。
東京に出てきて、「社会科学者は年の功が大きい。大御所の先生はやはりその分だけすごい。社会の変化に対する差分を理解しやすいというのもあるんだろうな」このことをひどく感じました。
「首都圏にいると、政府関連の情報も入りやすい」も、学生同士の研究会でさえ、地方とのレベルの差を学生時代にも感じ、敗北感を強くしました。
けど、片方で地方の研究者は研究者(熱心な人だけど)で、論理的に物事を考えたり、学生へのケアはすごかったです。私は地方で何人の専門以外の先生にマンツーマンで教えて頂いたことか。(←それを活かし切れていないので、大変申し訳ないけど)
どうやったら経験値を上げられるのか、黄金則みたいなものはよく分からなくて、手厚い指導を受けたからというわけでもないと思う。少なくとも師匠の足跡をそのまま辿るだけじゃダメなんじゃないかという気はするな。
「少なくとも師匠の足跡をそのまま辿るだけじゃダメなんじゃないかという気はするな」
うん、その通りだと思う。「良く勉強はするけど、独自性がないから、お前は研究者に向いてない。でも腕試しで入院するならば、井の中の蛙大海を知らず、ということを実感してこい」と送り出してくれた。
何かしら、内的に「どうしてもこれだけは主張したい」というないと研究者としては成り立たない、と思うことまでは分かった。けど、成功するか否かの法則は分からずじまい。
でも研究を手段じゃなくて、目的としているtaiyosfcさんだったら、たどり着けるとは思うけど。