インテリジェンスという新しい政治

Richard K. Betts, “The New Politics of Intelligence: Will Reforms Work This Time?,” Foreign Affairs, May/June 2004.

ここ数年のインテリジェンスの数々の失敗にも関わらず、制度改革はうまくいかないだろうと悲観的。

CIA長官はインテリジェンス・コミュニティ全体を統括するDCI(Director of Central Intelligence)でもあったのだが、新設のDNI(Director of National Intelligence)はCIA長官を兼務しなくなるがゆえに立場は弱くなるのではとも指摘。ますますインテリジェンス・コミュニティのパフォーマンスは悪化するのではないかという気もするが大丈夫なのだろうか。

ORF

宣伝です。

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慶應義塾大学 SFC研究所主催

SFC Open Research Forum 2004 (ORF2004)

<21世紀をつくる対論12>

21-12

〜未来技術戦略から福澤精神まで〜

2004年11月23日(火、祝日), 24日(水)

於 六本木アカデミーヒルズ40(六本木ヒルズ森タワー40階)

参加無料、事前登録不要

詳┃細┃決┃定┃

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http://orf.sfc.keio.ac.jp/

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再選ブッシュの外交政策

ブッシュ政権の今後の外交政策に関してブルッキングス研究所とCSISが専門家の討論会を開いたそうだ。地政学なんて言葉が出てきているなあ。

1. ブルッキングス研究所

Richard C. Bush III, Philip H. Gordon, Fiona Hill, and Martin S. Indyk, “The Direction of U.S. Foreign Policy,” Brookings Institution, November 4, 2004 (pdf, 43p).

2. 戦略国際問題研究所(CSIS)

Kurt Campbell, Patrick Cronin, Teresita Schaffer, Jon Alterman, Robin, Niblett, and Bathsheba Crocker,”New Administration’s Foreign Policy: How Election Results will Affect Geopolitics, Global Perceptions,” CSIS, November 4, 2004 (pdf, 29p) .

ブッシュ圧勝?

ワシントン・ポストに出た図をスキャンして載せている人がいる。これを見るとブッシュ圧勝の様子がよく分かる。ケリーは都会人にしか支持されていない。アメリカの田舎に住んでいる人はブッシュが大好きなのだ。得票数でも今回はかなり差が出ていたようだから、これでケリーが選挙人をとって当選していたらそれこそ暴動でも起きそうだ。だから、一つ前のエントリーは訂正が必要。民主党は都会派政党になり、共和党はアンチ都会派政党になったのだろう。

分裂

その昔、アンソニー・ダウンズが『民主主義の経済理論』(邦訳もあるけど絶版)で確か説明していたと思うのだが、二大政党制といっても、できるだけ得票するためにはどうしても過激に走るのではなく中道にならざるをえない。だから二大政党制でも結局は政策は近づいてきて、差が分からなくなるといわれた。クリントン政権の時には中道化が顕著に出ていた。

今回の大統領選挙を見ると、それがあてはまるのかどうか分からない。ケリーとブッシュで政策に大きな差はなかったように見える。ケリーも「私のほうがうまくできる」というぐらいで、ラディカルに政策に差があった気がしない。

しかし、有権者は二人の政策以上に分裂していたのではないかと思う。ブッシュにうんざりしたアメリカ人がカナダの移民局のウェブサイトに殺到しているというニュースは、米国民の間の分裂があまりにも深いことを示している気がする。

p2p-politicsは失敗?

とても面白いとおもってp2p-politics.orgを見ていたのだが、とうのレッシグ教授は失敗だと思っているそうだ。そんなこともないと思うのだが。

そのために、われわれはp2p-politicsを制作した。だがすばらしい技術的実装にも関わらず、このアイデアは失敗だった。無数の人々がサイトを訪れてビデオクリップを観た。たくさんの素晴らしいクリップが寄せられた。だがそのなかで、誰かに議論を、理由を、せめてビデオクリップを送信する機能を利用したのはごく僅かだった。

何が彼らを怒らせているのか

残念ながら日本人の人質が遺体で見つかったようだ。

私は9.11以来、何が彼らをそこまで怒らせているのかについて考えてきた。以前、このブログで下記の本を紹介したが、この本の著者(匿名になっている)の見方に私はだんだん与するようになってきている。

Anonymous, Imperial Hubris: Why the West is Losing the War on Terror, Washington, DC: Brassey’s, 2004.

米国の自由や民主主義という価値観を彼らは嫌っているのではない。ただ単に「彼らの土地に異教徒がいる」ことが問題なのだ。もともとイスラムは異教徒に必ずしもひどい仕打ちをする宗教ではない。特に同じルーツを持つユダヤ教とキリスト教には比較的寛容だった。しかし、それは彼らが主導権を握っていた時代の話だ。今は(理由は必ずしも石油だけではないだろうが)異教徒が入り込み、大きな顔をしている。それがアメリカ人だろうが、日本人だろうが、本質的には関係ない。

われわれの価値観で見ようとするから本質を誤っている気がする。29日にアルジャジーラが流したビン・ラディンのテープでは、「米国の不実」が批判されている。そして、「ブッシュ政権は堕落したアラブの政府と変わらない」とも言っている。彼が批判しているのは、イスラムの教えに忠実ではないアラブの政府と人々であり、異教徒だ。だから、彼がサダム・フセインと手を組むはずもない。サウジ・アラビアから追放されたのも、サウジ・アラビア政府の姿勢を批判したからだ。イスラム諸国が民主化されるということにはビン・ラディンは関心を持っていない。イスラムの教えに忠実な政府と国を確立することがねらいなのだろう。そうだとすると、こちら側の目的が何であれ、招かれざる客人としてイラクを訪問することはとても危険だ。自分の家に他人が入り込んで騒いでいたら誰だって不愉快なはずだ。

無論、私はまちがっているかもしれない。だが、以前よりは問題がクリアになりつつある気がする。

上記の本で筆者が指摘しているポイントは下記の六つだ。

  1. 米国の指導者たちは明白な事実を受け入れなかった:われわれが戦っているのは犯罪でもテロでもなくイスラムの反乱(insurgency)であり、これに対処できていない
  2. 軍事力だけが米国のツールになっている:パブリック・ディプロマシーやさまざまな外交対話が成り立っていない。13億のイスラムが米国を嫌うのはその価値ではなく行動
  3. ビン・ラディンは正確に理由を語っている:フリーダム、リバティ、デモクラシーは無関係。イスラム世界での米国の行動が問題
  4. ビン・ラディンが遂行している戦争はすべてイスラム教の教義に関係がある:イスラム教徒たちがイスラム教を信仰していなかったら彼の成功はない。イスラム教徒たちは自分たちの土地が米国と西側に蹂躙されていると思っている
  5. ペルシャ湾の石油と代替エネルギー開発の欠如が問題の核心である:石油がなかったらサウジアラビアのような専制国家を米国が支持する理由はない。ビン・ラディンはこうした専制国家を破壊しようともしている
  6. この戦争は子供の代までの戦いになり、米国本土が戦場になる可能性がある

修士論文中間発表

今日、久しぶりに修士論文の中間発表を聞いた。全体的にずいぶんレベルが上がった気がする。6〜7年前には仮説といっても通じない発表や、時間配分がまったくできていない発表があったが、今の修士課程の学生はそつがない。「以上です」といった瞬間にチ〜ンとベルがなる人もたくさんいる。昔はぶっつけ本番の人が多かったから、格段のレベルアップが起きている。伝統というのは作られていくものだ。よくできた発表ほど論点が明確だから、先生たちの突込みも厳しくなることがある。評価する先生たちはあら探しのプロなんだから仕方ない。でも授業評価でこっぴどく書かれることもあるのだからお互い様かな。毎週何回も緊張を強いられるとだんだん麻痺してくるよね(それが快感になる人もいるようだが、私にはありえない)。聞くほうも話すほうも楽しめるようになるのが理想。ひとまずおつかれさまでした。

翻弄

人質情報に翻弄される日本政府の様子を見るに、情報を収集し、分析するプロセスとサイクルがまだないのだろうなと思う。無論、日本にヒューミント(Human Intelligence)は事実上ないわけだから、現場で直接情報をとってくることができる人はほとんどいないだろう。その結果、シギント(Signal Intelligence)やイミント(Image Intelligence)が及ばないこうした人質事件では、目と耳がない状態になる。いきおい米国に情報を頼らざるをえない。政府が未確認の段階で情報をメディアに流したのは、世論と家族にいきなりショックを与えないようにするためだったのかもしれないが、いい加減さを露呈するマイナスも大きい。「日本にインテリジェンス・コミュニティはいらない。米国から情報はもらえばいいのだから」と主張する人がいるが、それでいいのか、どうしても疑問に思う。無論、現場を知らない私がごちゃごちゃいえることではない。ただ、現地の対策本部ではできることが実はほとんどなくて、座って電話を待っているだけになっている、ということがないように願いたい。

もうすぐ大統領選挙

こんなご時世だとのん気なことも書けない。地震の時は車に乗っていたのでまったく気づかなかった。ラジオの生演奏が中断して地震のニュースが入ってきたので、ミュージシャンは怒っているだろうなとのん気なことを考えていた。今週は雑事に追われて、新聞も読まず、テレビも見ずという生活になってしまった(ニュースはみんなのブログを通じてなんとなく追っている。RSSリーダは便利だなあ)。

時間があると、話題のp2p-politics.orgの動画を眺めている。しかし、ほとんどのコンテンツはInternet Archiveに入っているので、別にp2pじゃないと思うのだが、自分のサイトに置いておくと、p2p-politics.org経由でアクセスが大量に来るから耐えられないのだろう。大統領選の結果が楽しみだ。

GRID.org

グリッド・コンピューティングが使われるようになってだいぶ時間がたつ。私もSETI@homeの夢に乗っかってずっと使ってきた。

最近、友人の奥さんが白血病と戦い始めた。その友人が教えてくれたのが、grid.orgのCancer Research Projectだ。地球外生命体の夢もいいが、こちらのほうが切実だから切り替えることにした。「白血病解析プロジェクト」のページも参照。マックでも使えるようにしてほしい。

Vote for Changeは終わっていた

いろいろお世話になっている浜村さんのブログによれば、Vote for Changeのコンサートは終わっていたらしい。考えてみれば大統領選は11月3日だから、来月の出張の時にコンサートは見られる訳がない。

私はまだブルース・スプリングスティーンをライブで見たこと無い。いいなあ。妻は見たことがあるらしいが、無理矢理連れて行かれたので有名人だとは知らなかったらしい。まったく。

ガーリック・ピラフ

今週は火曜日から土曜日まで毎日キャンパスにいた。大学院時代も含めて初めてのような気がする。

木曜日の夜は研究会の面々に連れられて食彩ガーデン・デビューを果たし、名物「ガーリック・ピラフ」を食した(祖父江君、写真ありがとう)。強烈な後味だ。それにしても、みんなあまり飲まないね。

こんなことしているせいで締切を過ぎている原稿が二つある(すみません)。来週も授業が一つ余計にあるし、つらい日々だなあ。ただ、ここ数カ月、難航していたアメリカの人たちとの交渉もまとまったので少しほっとしている。次はシンガポールだ(GWの研究会のみんな、来週頼み事があります)。

ソーシャル・ネットワーキング

読売新聞の昨日(10月19日)付け夕刊4面にインタビューを掲載していただいた。本人が書くよりうまくまとまっている(松本さん、ありがとうございます)。実は始めたばかりなのだが、GREEの話を紹介している。もうひとつのキーワードは創発。これがどう結びつくのか興味がある。ブルース・スプリングスティーンが始めた「Vote for Change」もとても気になる。来月アメリカ出張がありそうだが、ライブも見てみたいなあ。今のところうまく日程が重ならない。ブルース・スプリングスティーンはかつて「Born in the U.S.A.」を歌っていたころにレーガン政権がキャンペーンに使おうという話があったらしくて(うろ覚えなので正確ではないかも)、共和党寄りなのかと思っていたら、今回ははっきりと反ブッシュだ。

上記のインタビューはウェブにはないが(たぶん)、モニ太のデジタル辞典「ソーシャルネットワーキング」はとてもかわいい。

団塊の世代

堺屋太一『団塊の世代』文春文庫、1980年(初版単行本は講談社から1976年)。

最近、本屋に行くと中高年をねらった趣味の雑誌が目に付く。いわゆる団塊の世代(狭義には1947年から1949年生まれ)が55歳から57歳くらいになり、子育てが一段落して趣味にお金を投じ始めているのをねらっているらしい。しかし、団塊の世代とは何なのかよく分からないので、読んでみようと思い立った。

社会評論の本だと思っていたのだが、実は短編4本からなる小説だった。読んでいて何だか記述が変だ。高度成長の60年代、混乱の70年代、そして陰鬱な80年代という舞台設定になっている。しかし、80年代後半は円高バブルがあったはずだ。それもそのはずで、1976年時点で未来を予測しながら書いた近未来小説なのだ。高度経済成長期に就職した団塊の世代がその後、80年代や90年代にいかに苦境に直面するかを描いている。

1985年のプラザ合意に伴う円高など予測はできなかっただろうから、細かい点は言っても仕方がないが、団塊の世代が社会にどういう影響を与えるかを予測しているところは正しかったのだろうか(身近に団塊の世代の人がいないので実感がつかめない)。冒頭に書いてある言葉は興味深い。

この「団塊の世代」は、

過去においてそうであったように、

将来においても数数の流行と需要を作り、

過当競争と過剰施設とを残しつつ、

年老いて行くことであろう。

現代社会のブームと変化を世代という視点から見ることは重要だろう(もちろんそれがすべてではないとしても)。アメリカのベビー・ブーマーについて書いたおもしろい本を読んだことがあるが、そのタイトルが思い出せずはがゆい。

orgな人々

orgな人々

GLOCOMのニューズレター『智場』に載ったもの。最短記録ぐらいの短い時間で書いたから、あんまり練れていない(書いたことも忘れていた。思い出させてくれてありがとう、タグー)。