火曜日の夜、肩が痛いまま、ボストンのローガン空港へ向かった。地下鉄でアクセスできる空港はすばらしい。スイス航空に初めてチェックイン。2002年に一度つぶれているが、その後どうなったのだろう。夜の9時半のフライトなのに、食事がどんと出てくるのには文字通り閉口する。その分、早く眠らせて欲しい。しかし、食事が終わっても肩の痛みでよく眠れない。結局、一睡もしないままチューリッヒに到着。乗り換えて30分のフライトでジュネーヴへ。初めてのスイスだ。
空港の外に出ると暑かった。額に汗がにじんでしまう。スーツケースにマフラーと手袋を入れてきたが、バカなことをしたと思った。バゲージクレームのところで手に入れた無料バスチケットを持って5番のバスに乗る。2両連結の長いバスだ。ドアは自分でボタンを押して開ける。6つめの停留所がホテルの目の前だ。周りの人たちを見ると、乗るときも降りるときもチケットを見せていない。ちょっと心配なので降りるときに運転手に見せるが、興味なさそうだ。豊かな国なんだなあ。ホテルにチェックインすると、さらに滞在中全ての乗り物が無料になるチケットをくれた。何なんだ。
少し眠りたいので横になるが、ホテルの改修工事が行われていてうるさい。NHKの国際放送がテレビで見られるようになっていたので、騒音を消すためにつけっぱなしで眠る。1時間ぐらいで目を覚ますと、『プロフェッショナル』をやっていた。トヨタ方式の大野さんに弟子がいたとは知らなかった。山田日登志さんという方の話。無駄を省くって重要だ。
気を取り直して夕ご飯を食べに行く。またもや5番のバスに乗り、レマン湖を渡るまで乗ってみる。途中、国連欧州本部の前を通り、UNHCRの前も通る。鉄道の駅を通り、繁華街を通り抜け、レマン湖から流れ出る川を渡ったところで降りる。なかなか良い雰囲気だ。湖岸を少し歩いて散策する。ヨーロッパの都市は川沿いにあることが多いが、湖畔にこれだけ大きな街ができているところは他にあるのだろうか。
市街で食事。フランス語で分からないものを食べる元気がないので中華料理屋に入る。味はまあまあだけど、高い。何で3000円もするんだ。
帰りは歩いてホテルまで戻る。途中、国連欧州本部の前を通る。門の前に大きな椅子のオブジェがあり、足が1本かけている。その下にある解説を読むと、対人地雷防止条約の批准を呼びかけるためのものだそうだ。最初はよく分からなかったが、意味が分かるとインパクトがある。とにかく大きい。周りにはITU(国際電気通信連合)やWIPO(知的所有権機構)がある。こういう位置関係は現場に来てみないと分からない。グーグルのストリートビューを使ってもこの距離感はまだつかめないのだ。
国連欧州本部はもともと国際連盟本部だったところだ。日本は国際連盟の創設から常任理事国だった。しかし、自ら脱退してしまった。なぜそうなってしまったのだろう。
翌朝4時に目が覚める。時差ぼけだ。やはり東に行くと時差ぼけになりやすい。6時半まで寝直す。
ジュネーブに来た目的は、国連欧州本部で開かれる「情報通信技術と国際安全保障」というセミナーで話をするためだ。こういうテーマで国連がセミナーを開くなんて、今までやってきて良かったなあと思う。陽の目を見ないテーマでもいつか出番が来るものだ。聞き手は各国政府代表部の方々や本部のスタッフの方々など(一般にはオープンになっていない)。
8時半にホテルを出て、国連欧州本部の裏口へ歩いていく。受付で2日間有効なIDを作ってもらい、中へ。会場はCouncil Chamberだ。ここは国際連盟時代の本会議場というわけではないだろうが、かなり大きな部屋で、天井と横壁に大きな絵が描いてある。開始前に日本代表部の人が声をかけてくれ、ロシア代表部の人も紹介してくれる。このセミナーを企画したのはロシアなのだそうだ。ロシアはこの分野に関心を強く持つようになっているという。意味深だ。
オープニング・セッションは国連側とロシア側の挨拶。セッション1の最初のスピーカーが私だ。トルコで話した内容をアップデートし、短くしたものを話す。今回はまじめな会議なのでジョークは控えたのだが、笑ってくれても良いようなところでもしーんとしている。笑ってくれるのは政府代表ではないパネリストだけだ。国連の会議というのは拍手がない。誰が話してもしーんとしていて、伝わったのかどうか分からない。話が終わった後の休憩時間やランチタイムにいろいろコメントをもらって、おもしろかったと言ってくれた人が多かったのでほっとする。
他のパネリストたちも、インターポールやスウェーデンの研究機関、ケルン大学の人などで、おもしろい話が多い。初日で一番おもしろかったのは、最後のセッションの最後の発表者。某国からオンラインで攻撃された国の研究者が、その時の分析を発表した。相手国の名前は一言も発しなかったので、知らない人には何が何だか分からなかったらしい。だけど、その相手国の代表がかなりむきになって何度も発言を求めたのだ。発表者の国の政府代表も負けじと発言する。表面的には穏やかな言い方なのだけど、緊張した40分だった。外交の現場を見た気がする。これを見られただけでも来た甲斐があった。明日はどんな話が聞けるのだろう。自分の出番が終わってしまうと気が楽だ。