ORF 2010

 九十九里浜から帰った翌日とその翌日はSFCの研究イベントORF。もうかなりこの頃になると疲れている。

 初日の22日はG-SECのプロジェクトの中間報告のためのセッション。みんな「話すことがない」とかいいながら話まくりで、全然議論の時間がとれず。ちょっと残念だったが、それぞれの話はかなりおもしろかった。

 G-SECでご一緒している法学部の田村次朗先生のセッションものぞく。交渉学はかなりおもしろいかもしれない。関連本をネットで注文。

 二日目は朝から「メディアと民主主義」のセッション。堀先生の熱い思いで実現。もうちょっと話したかったが、元気がないのと、お二人のゲストの話を優先させたほうが良いと思い控えめに。壇上で腕組みをするなと後で身内に怒られた。反省。

 学生の発表を少し見て早めに帰宅。何せ翌日からは台湾行きなのだ。

九十九里浜でICPC

 毎年11月はICPC(情報通信政策研究会議)の合宿が恒例になっている。アメリカ西海岸から戻って一日休んでから九十九里浜へ。予定の特急は東京駅の京葉線ホームから出ることに直前になって気づき、東京駅に着いてから地下ホームへ猛ダッシュ。久しぶりに全力で走った。

 ICPCはだいたい半年ごとにやっていて、今回が13回目。よく続いているものだ。中身を漏らさずにディープに話ができるところがおもしろい。

 今回は風邪気味だったので早めに就寝。ところが午前4時に戻ってきた相部屋住人の豪快ないびきで目が覚める。時差ボケもあったのでそのまま起き出し、朝風呂へ。ロビーで仕事をしていたら、日の出は6時19分だと聞こえてきたので、私も海岸へ。あいにくの曇り空だったが気分が良い。

20101121062041j:image

 2日目の議論もいろいろ脱線しながら、刺激が多かった。

 帰路、予定を変更して実家へ向かう。つながらなくなっていたブロードバンドを復旧。1ヶ月も使ってなかったらしい。それでもたいして困らないらしい(ま、それなりに困ったから私に連絡が来たのだけど)。

西海岸へ

 11月11日の夜、正確には12日(金)の0時5分、羽田の国際線ターミナルから飛行機に乗り、ロサンゼルスへと向かった。羽田の国際線ターミナルが開業してから初めての利用だ。ゲートを離れた飛行機は、整備上の横をゆっくりタクシー(地上走行)しながら滑走路へと向かう。飛び立った飛行機は東京の夜景を少しだけ見た後、一路、アメリカへ向かう。

 ロサンゼルスへ着くと日付が戻り、11日の夕方16時55分になる。まだ外は明るく、カリフォルニアの青い空が見え、準備不足の出張だが、幾分気分が軽くなる。今回は同僚のSさんが一緒で、目的はサイバーセキュリティに関する調査である。本当は東海岸に行く予定だったのだが、メインで行きたいと考えていたところのアポが取れなかったこと、東海岸まで行っている時間がとれなかったこともあり、西海岸にした。木曜日に授業があるので、金曜日の飛行機に乗って東海岸に行くと、金曜日の夕方に到着になり、いきなり週末に入ってしまうが、西海岸だと金曜日がまるまる使えるのだ。

 といっても今回の出張では準備期間が短かったせいでロサンゼルスで会いたかった2組に会えなかった。そのため、金曜日はロナルド・レーガン図書館を再訪し、資料集めを行った。

 金曜日の夜にはサンフランシスコに移動し、週末と月・火はUCバークレー、スタンフォード、CDT(Center for Democracy and Technology)、EFF(Electronic Frontier Foundation)といったところを回る。9月に東海岸にちょっとだけ行ったときとは全然違う話が聞けておもしろかった。

 週末には20年来の友人Cに会えたのも良かった。バークレーには今回2回行ったのだけど、最初の日はフットボールの試合があって大騒ぎ。旧知のKさんがBRIEを案内してくれたのだが、その前には試合前のバーベキュー会場と化していた。Kさんと待ち合わせたStradaというカフェはフェルマーの定理が解明されたところだとか。ずっとここでお茶を飲みながら仕事していたいと思った。

20101114030224j:image

UCバークレーのキャンパス

20101116040721j:image

Caffe Strada:フェルマーの定理が解明されたところ?


大きな地図で見る

 スタンフォード大学は私が初めて行ったアメリカの大学。1週間ほど寮に潜り込ませてもらった。ブックストアの2階のカフェでも少し仕事。ここも懐かしい。キャンパスの中には間近に迫っていたUCバークレーとのフットボールの試合に合わせて「BEAT CAL」の巨大な垂れ幕がかかっていた。

20101116084619j:image

スタンフォード大学の垂れ幕「BEAT CAL(カリフォルニア大学をやっつけろ)」

 サンフランシスコのホテルは9年前の9.11のときに泊まっていたところと同じにした。来年で10年かと思うと感傷的になる。あれからアメリカも世界も変わってしまった。ウィキリークスの問題までつながっている。

 火曜日の夜にサンフランシスコからロサンゼルス経由で羽田へ。到着は木曜日の朝5時。飛行機に乗っている間に水曜日がすっかり蒸発してしまう。5時まで眠っていられるからいいやと思って搭乗後はしばらく仕事をしていた。ところが日本時間の午前2時半には食事で起こされてしまう。これは失敗。その日は午後から仕事だったので疲れてしまった。

ORF 2010

今年もORFがあります。昨年はサボりましたが、今年は2つのセッションに出ます。

http://orf.sfc.keio.ac.jp/

22日(月)11:45-13:15 サブセッション会場

サイバーセキュリティ対策に関する国際比較研究

佐々木智則 防衛省防衛政策局調査課戦略情報分析室

原田泉 国際社会経済研究所研究主幹 情報社会研究部長

加茂具樹 総合政策学部准教授

清水唯一朗 総合政策学部准教授

神保謙 総合政策学部准教授

司会:土屋大洋 G-SEC副所長、政策・メディア研究科准教授

23日(祝)10:30-12:30 メインセッション会場

メディアと民主主義

郷原信郎 名城大学コンプライアンス研究センター長/教授、弁護士

神保哲生 日本ビデオニュース株式会社

清水唯一朗 総合政策学部准教授

土屋大洋 政策・メディア研究科准教授

司会:堀茂樹

日本国際政治学会

 最近、学会発表ばかり。昨日は札幌で開かれた日本国際政治学会2010年度研究大会で発表。

土屋大洋「米国におけるサイバーセキュリティ 対策の進展とその背景」日本国際政治学会2010年度研究大会、札幌コンベンションセンター、2010年10月30日。

 なぜか発表者は私一人で、コメンテーター二人というさびしいセッションだったが、フロアも含めてたくさんコメントと質問をいただけた。感謝。これを次に活かして論文にする。

 久しぶりにお会いする先生方とお話しできたのも良かった。

 29日夕方の中国政治のセッションも聞いていておもしろかった。だんだん中国政治の専門家たちの言葉遣いが分かるようになってきた。

 帰路は台風とぶつかって飛行機が飛ばないのではと焦ったが、実際はたいしたことなく変えることができた。

アジア政経学会

 今日の午前中はアジア政経学会の2010年度全国大会へ。同僚の加茂さんとともに発表。

加茂具樹、土屋大洋「現代中国地方政治における人民代表大会:政治的『つながり』の可視化の試み」アジア政経学会の2010年度全国大会、東京大学駒場キャンパス、2010年10月24日。

発表は全部加茂さんがやってくれて、私は質疑応答だけ。先日の台湾での発表と同じ内容。

質問を聞きながら、新しい手法を使うことの難しさを再確認したが、やって良かった。

同じセッションで発表されたのは大阪大学の坂井田夕起子先生の「文化冷戦と中国仏教:第二回世界仏教徒会議東京大会をめぐって」というもので、仏教外交というテーマにびっくりした。おもしろかった。

Googleからオバマ候補への献金

 Googleと中国の問題についてカナダで議論していたとき、Googleはオバマ政権に多額の献金をしているという話が出た。

 こういうときにはopenscrets.orgである。確かに出ていた。

http://www.opensecrets.org/pres08/contrib.php?cycle=2008&cid=N00009638

20101024070938j:image

 2008年の大統領選挙におけるオバマ候補への組織別献金者で5位になっている。金額は$803,436(約6,500万円)。規制があるのでGoogleが会社としてポンと出したのではなく、個人やPAC(政治活動委員会)などを通じて小口で献金されたものをopensecrets.orgが集計したもの。マイクロソフトよりちょっと少ない。

 この献金があったから、Googleが中国とやり合ったとき、国務省が強くバックアップしてくれたのだろうという解釈がカナダで出ていた。Googleにとっては割に合うものだったのかどうか。

 しかし、カリフォルニア大学やハーバード大学は何やってるんだろうね。もちろん、OBが少しずつ出しているのだろうけど、大企業に並ぶ献金額になるというのも不思議だ。

「未来のインターネット」プロジェクト最終報告ワークショップ

http://www.internetfutures.eu/?p=187

 昨年から続けてきた「未来のインターネット」プロジェクトの最終報告ワークショップが11月22日にブリュッセルで開かれます。

 あいにく私はSFCのORFが重なっていて行けません。全くもって残念。

 報告書のドラフトはすでに完成していて、欧州委員会に提出済みです。以下からダウンロードできます。

http://www.internetfutures.eu/?p=194

CASISで発表

 CASIS一日目の夜は午前2時まで発表の準備をする。時差ぼけなのは間違いないが、眠いのか眠くないのか分からないまま、とにかく翌朝11時に発表しなくてはいけないのだから仕方がない。結局、直前まで準備している自分が情けない。これでは学生と同じだ。

 眠りが浅いまま朝になり、6時に起きてパッキング。少しプレゼンの修正をしてからチェックアウト。8時20分に会場に入ってパンをほおばり、8時30分からの基調講演を聴く。講演は海軍のリア・アドミラル(少将?)。インテリジェンスと海軍の関係について。

 9時からは一番注目していたサイバーセキュリティのセッション。なんと登壇予定だったロシア人がカナダ入国を拒否されてしまったらしい! そんなことがまだ起こるんだね。ゴーストネットの著者の一人であるラファル・ロージンスキーが司会。イギリスのチャタムハウスに行っているアメリカ人、ベル・カナダの人、カナダ国防省の人がパネル・ディスカッション。あまり頭に入らないが、中国とロシアの動向がやはり議論されている。

 11時からは自分のパネル。なんだかよく分からないことが起きていて、最初のプログラムでは二つのパネルが別の部屋で同時並行で行われる予定で、私の部屋や小さいほうだったのだが、もう一つのパネルが取り消しになったようた。そのため、一番大きな部屋で一つだけやることになった。その上、私のパネルには私を含めて二人しか発表者がいなく、二人の発表の内容は全然関係ない。私は日本のサイバーセキュリティ政策で、もう一人はボスニアを事例にしたインテリジェンスのデータベース管理の話。パネルのタイトルは「民間とインテリジェンスの協力」という変なものになっている。

 司会者は「パネルのタイトルは忘れてくれ」という言葉で始め、私が最初にプレゼン。90分で二人なので30分使って良いという寛大なもの。たぶんちょうど30分ぐらいで終える。準備不足だった割に笑いもとれたし、楽しんでもらえたらしい。ジュネーブで発表したときよりも大きな部屋で、今までで聴衆が一番多かった気がする。

 もう一人は時間に余裕があると思ったのか、割り当ての30分を超えて延々と45分ぐらい話し続けた。それも小さな文字が並ぶプレゼンなので良く頭に入らない。ランチ直前ということもあり、質問もなくパネルは終わってしまった。難しい質問が出たらどうしようと心配していたけど、逆に残念だった。寝不足のせいか、ストレスのせいか、終わってから締め付けられるように腹が痛くなった。

 終了後に何人か声をかけてくれて、前のパネルに出ていたチャタムハウスの人とは共通の友人がいることが分かってびっくり。村井純学部長とも知り合いとのことだった。やはり世界は狭い。彼と一緒にご飯を食べていたら隣に座っていたカナダ政府の分析官も声をかけてくれた。なんと彼は大学ではイタリア文学を勉強して、バチカンの図書館で資料を見たとか。インテリジェンスはやはり不思議な世界だ。

 休憩時間に展示を見ながらぶらぶらしていたら、「おもしろかったよ」とさらに何人か声をかけてくれてうれしい。カナダのNSAにあたるCSEC(Canada’s National Cryptologic Agency)もブースを出している。昨年はエニグマを出していたが、今年は初めて展示という何かよく分からない暗号機を出していた。片付け中で詳しく話を聞けなかったのが残念。

 その後、エネルギー政策とインテリジェンスのパネル、最後に「Puzzles, Problems, and Messes」と題したインテリジェンス分析のパネルを聞いて終わり。タクシーに乗ってそのまま空港に向かう。それなりに充実した楽しい二日間だった。

 夜の飛行機に乗っても東京便はないのだが、トロントに飛んで5年ぶりに会う友人宅で一泊。久しぶりによく眠る。閑静な住宅街でプール付き。家族4人暮らしで車は2台。ゲスト用の部屋ももちろん完備。日本に長く住んでいた夫婦(子供2人は東京生まれ)は日本の食事が懐かしくて仕方ないそうだが、住環境はこっちのほうがよく見える(もっとも冬はどっかり雪が降るらしい)。日本から直行便もあるし、トロント大学にポジションはないかなあ。

トロント18

 今回のCASISでびっくりしたことの一つが、カナダのトロントで起きた「トロント18」というテロ未遂事件。恥ずかしながら知らなかった。

 トロントはカナダのニューヨークみたいなところで、金融機関や企業の本社が集中している大都市である。ここで中東系の若い「ホームグロウン・テロリスト」が出てきて、爆弾テロをしようとしたらしい。

 事前にこれを察知したカナダのインテリジェンス機関がおとり捜査を行い、二人の捜査員を一味の中に潜入させ、一網打尽にしたそうだ。驚いたことにその潜入捜査に参加した捜査員がCASISにやってきてパネル討議に参加してしまった。もう一人の捜査員はまだ顔を公開していないそうだが、彼はトロント18のグループの活動を詳細に話してくれた。

 顛末を聞くと9.11のアル・カイダと比べるとお粗末な感じもするが、ヨーロッパでよく見られるようになった「ホームグロウン・ラディカライゼーション」が起きたことはカナダにとってショックだったようだ。中東で生まれた子供たちが幼いうちに西欧社会にやってきてストレスを抱え、インターネットやモスクで感化されて「聖戦」に参加するという筋書きそのままである。

 インターネットも想定以上に活用されているようで、もっとここは調べたほうが良いなと感じた。

ロバート・ジャービス@CASIS

 昨年参加しておもしろかったので、またカナダの首都オタワで開かれているCASIS(Canadian Association for Security and Intelligence Studies)に来ている。よせばいいのに今回は発表することになっているので、うわの空で他の発表に集中できない。

 CASISは一見すると学会のようだが、カナダのインテリジェンス・コミュニティの全面的な協力を得ているため、役人や企業人の参加も多い。また、米国や英国と密接なつながりをもちながら、中立的なイメージもあるので、米英はじめ西側各国からの参加者も多い。しかし、アジアや中東からの参加者はあまりいない。

 今年の基調講演は、ニューヨークのコロンビア大学のロバート・ジャービス教授である。確かに国際政治学者なのだが、インテリジェンスをやっている印象はなかった。ところが、今年になってWhy Intelligence Failsという本を出していたのだ。知らなかった。基調講演の中身は、社会科学の手法がインテリジェンスに貢献できるかというもの。なぜイラク戦争でインテリジェンスは失敗したのか、社会科学者だったらどう分析したかを論じている。

 一般的にはイラク戦争では「インテリジェンスの政治化」が起きたとされている。ブッシュ政権が望む結果をインテリジェンス機関が出してしまったというわけだ。経験を積んだ社会科学者なら、蓄積してきた知見と照らし合わせて何かおかしな事実が出てきたとき、それに集中して取り組む。その事実が何らかのエラーなのか、新しい仮説の導出が必要なのか検討し、一つの事実だけで結論を出したりはしない。インテリジェンス機関が集める秘密情報はバラバラの点でしかない。それをつなぎ合わせるには社会科学的な分析手法が役に立つはずだというわけだ。

 それはその通りなのだが、しかし、インテリジェンス機関の分析官がやっていることも同じなのではないだろうか。彼らも政治家がちょっと介入したぐらいでは自分の分析を変えたりはしないだろう。社会科学者と同じくらいの情熱で対象を分析しているのではないだろうか。そうすると、分析官と政治家の間のコミュニケーションが問題なのではないかという気がする。

 いずれにせよ、ジャービスの話を聞きながら思ったのは、社会科学者には蓄積がものをいうということ。自然科学の世界では30歳前後で大きな発見をすることが多いが、社会科学者は年齢を重ねてから偉業を成し遂げることが多い。30歳前後の社会科学者は元気だが、経験が足りないことが多く、長老の一言でつぶされてしまうこともある。

 ジャービスは政府の内部情報にいろいろ接しているようだった。それは彼が長く活躍する著名な国際政治学者であることもあるが、彼の弟子の多くがそういう世界で働いているせいでもあるようだ。優秀な先生のところには優秀な学生が集まり、卒業してから彼らが先生に新鮮な情報を運んでくれる。こういう好循環が先生の知的生活をより豊かにする。研究と教育はここでも密接に結びついているのだ。教育活動もしっかりがんばろう。

人民代表大會代表的作用

加茂具樹、土屋大洋「人民代表大會代表的作用:將代表的政治性"關係"可視化」(當代中國大陸問題研討會:台灣與日本學者的對話、國立政治大學國際關係研究中心國際會議廳、2010年9月18日)。

私はほとんど何もしていないのだけど、同僚の加茂具樹さんと一緒に書いた(といってもほとんど全部加茂さんが書いた)論文を、加茂さんが台湾で発表してきてくれた(私は行けなかった)。私の書いたものが中国語になったのは初めてなのでうれしい。

この共著論文の元々のアイデアは、『国際政治』に書いたアメリカ議会上院のネットワーク分析の論文で出したもので、それを加茂さんが中国の揚州市の人民代表大会のケースに応用してくれた。

中国研究へのネットワーク分析の応用は斬新らしく、好評だったとのこと。良かった、良かった。

ワシントンDCへ

 出張や旅行は計画しているときが一番楽しい。実際に出かける前日は終えておかないといけない仕事や用事が山積みになってイライラが高まる。今回のワシントンDC出張は某常任理事からの依頼で、慶應も参加しているU.S.-Japan Instituteのイベントの一環としてパネル討論をするというもの。急な話だったし、日程的に厳しいのでいったんは断ったのだが、他に行ける人がいなくてお鉢が戻ってきた。知り合いを集めてサイバー・セキュリティに関するパネルを9月8日の午前中に開くことになった。

 9月7日、ワシントン直行の全日空2便(B777-300)に乗り込む。見たい映画がたくさんあるのがすばらしい。パラオに行くときに乗ったコンチネンタル航空は見たい映画が一つもなかった。ユナイテッド航空に乗ることが多かったけど、全日空に切り替えようかな。ユナイテッドのマイルを消化してしまおう。サイバー・セキュリティのパネルだから、見たことはあったものの、『ダイハード4.0(Live Free or Die Hard)』を見る。ま、ハリウッド映画的なやりすぎだよね。「fire sale」という言葉を覚えたのが収穫。三段階のサイバー攻撃で社会を混乱に陥れるというもの。

 ダレス空港がきれいになっていてちょっと驚いたが、入国審査が延々と長いのは変わらず。ダレス空港の名前はJohn Foster Dullesから来ている。彼のことはいつか研究対象にしたい。ダレス空港からタクシーに乗ると緑の中のハイウェイを抜けていく。ワシントン近郊にはたくさんの緑があってうらやましい。ホテルはデュポン・サークルの近くなので、見慣れた道とは違う道を通る。ポトマック川沿いを走り、ジョージ・タウン大学(実は中に入ったことがない)を左に見ながらキー・ブリッジをくぐると帰ってきたという感じがする。

 ホテルで一休みしてから友人に会いに行く。昨年子供が生まれたばかり。9ヶ月にしてよちよち歩いて少しおしゃべりも。びっくり。

 夕食は知り合いと6人でデュポン・サークルのギリシャ料理へ。いろいろな話ができておもしろかった。

 ホテルに帰って翌日のパネル・ディスカッションの準備をして眠る。機内でほとんど眠らなかった割には元気だ。

 翌日、10時半から12時までHilton Washington Embassy Rowにてパネル・ディスカッション。ちょっと時間不足の感があったが、滞りなく終了。終わった後、米国政府のインテリジェンス関係者二人から名刺をいただく。これはありがたい。彼らも困っているんだろうな。何人か知り合いも来てくれていた。地元(?)のテレビからのインタビューをいきなり受ける。なんだかよく分からないうちにカメラの前でしゃべらされて冷や汗が出る。DVDを送ってくれるというがどうなることやら。参加してくださった皆さん、ありがとうございます。

パラオ訪問

 太平洋島嶼国の一つ、パラオに行ってきた。

 かつてパラオは30年以上にわたって大日本帝国の委任統治領だった。パラオまでは現代の飛行機でも、グアムでの乗り換えを含めて8時間かかる。大日本帝国政府はパラオに南洋庁を置き、産業振興を図ったが、よくこんなところまで来たものだと感心する。

 パラオというと南洋の暑い国というイメージだったが、意外にも夜は涼しくて過ごしやすい。酷暑日が続く東京から来ると、夜の涼しさは天国のようだ。無論、昼間は強烈な太陽が照りつけるので暑いが、東京のような交通渋滞や満員電車はない。

「パラオまで何しに行くんだ」と多くの人に言われたが、今回の目的はAPT(Asia-Pacific Telecommunity:http://www.aptsec.org/)という総務省がバックアップする団体主催のワークショップに参加することであった。テーマは無線ブロードバンド(http://www.aptsec.org/2010-WS-WBP)で、対象者は太平洋島嶼国の代表たちである。総務省はAPTを通じてこのワークショップに資金提供しているので、総務省からも担当官が来ており、挨拶もかねて日本のIT政策に関するブリーフィングを行った。

 それ以後は、無線ブロードバンドをめぐる規制や技術についてのプレゼンテーションとディスカッションが行われた。昨年、インドネシアのバリで開かれた大臣会合で「Bali Plan of Action」という文書が採択されており、それに沿った形で提言案を考えるのがゴールである。

 各国の事業者や規制者、それにクオルコムやインテル、インテルサットといったベンダーや事業者、さらに各国のコンサルタントも参加し、太平洋島嶼国を念頭に置いたソリューションのプレゼンテーションもあった。

 太平洋島嶼国の課題は二つ。(1)小さな島々をどうやってつなぐか、(2)国際回線をどうやって確保するか、である。

 島が一つだけであれば、その島の中にネットワークをつなぐのはそれほど難しいことではない。むしろ、小さい分だけ簡単だともいえる。例えば、WiMAXとWiFiを組み合わせればそれなりのネットワークは構築可能である。電波も混み合っているわけではない。

 しかし、太平洋島嶼国の多くは無数と言っても良いくらいの小さな島々で構成されていることが多い。人口が数十人しかいないという島もある。そうした小さな需要のために設備へ投資しなくてはならないとしたら大赤字になってしまう。音声電話だけならマイクロウェーブ波の無線でも良かったが、インターネットを想定するなら光ファイバーによる海底ケーブルが欲しい。これが第一の課題である。

 さらに深刻なのが、第二の問題の国際回線の確保である。音声通話の時代には人工衛星による通信が主であり、国際電話や国際ファクシミリは国営事業者にとって大きな収益源であった。しかし、電子メールが使えるようになると国際電話や国際ファクシミリの利用は急速に減り、収益も減少するようになった。さらに、インターネットのコンテンツはどんどんリッチになり、帯域を必要とするようになる。そうすると、人工衛星では大きな需要を裁ききれなくなってきた。例えば、2010年8月現在、パラオでは三つの人工衛星回線を使ってインターネット接続をしているが、合わせて30メガbpsしか帯域が確保できていない。人口が少ないとはいえ、島内の需要を満たすのは難しい。

 そこで、光ファイバーの海底ケーブルが必要になるが、その敷設には莫大な資金が必要になる。その資金をまかなえるだけの事業規模がほとんどすべての太平洋島嶼国で確保できない。米国領のグアムは米国の重要な軍事拠点となっているために、大容量の光ファイバーが接続されている。しかし、グアム(米国)やオーストラリア、ニュージーランド、台湾、フィリピンといった国々との海底ケーブル接続を行うためにはそうした国々が納得するうよな事業規模と収益が見込めなくてはならない。

 インターネットにおける相互接続では、規模の小さなネットワークが規模の大きなネットワークに料金を支払うことになる。同規模同士のネットワークならばピアリングという料金相殺を行うことができるが、太平洋島嶼国の場合は、どうしても料金を支払って接続してもらうという構図になってしまう。国内で十分な収益が確保しにくい上に多額の国際接続料金が必要となれば、海底ケーブルによる国際接続は現実的なオプションではなくなっている。「つなぎたいけど金はない」という状態を脱しないことには太平洋島嶼国のデジタル・デバイド解消は不可能である。

20100901110412j:image

 今回のワークショップを通じてもブレークスルーは見つからなかった。私にとって新鮮だったのは、O3bという人工衛星を使ったサービスである。GEO(静止軌道)でもLEO(低軌道)でもなく、中間のMEO(中軌道)の人工衛星を使い、各衛星は毎日地球を4周する。一つの衛星は10本のビームをだし、1本のビームは400メガbpsから1.1ギガbpsの間の通信容量を持つ(最大で下り600メガbps、上り500メガbps)。しかし、いまだしっかりとしたサービス実績があるわけではないようで、料金もよく分からない。地上で10キロごとに受信アンテナを作らなければいけないということも課題のようである。

 今回のワークショップで私にとっての成果は、太平洋島嶼国の当事者たちが何を考えているのか、生の声を聞けたことである。頭では難しい問題と分かっていても、実際に会って話をするとより多くの情報が伝わってくる。彼らも自分たちの課題を痛いほど理解しているし、それが解決できないことに非常にいらだっている。APTがそうした当事者たちの声を束ねる場になっており、それに日本が資金を出してくれていることに感謝してはいるものの、それだけで話は進むのかとイライラしているのだ。

 それでは日本が援助すれば良いではないかという声もあるが、日本のODA予算は1997年を頂点に、その後はどんどん減ってきている。財政赤字の拡大が大きな要因である。総額が減り続ける中で、通信関連のODA予算は総額の1%を切っており、どんどん縮小傾向にある。

 また、被援助国によっては通信事業はすでに民営化されており、民間会社を直接的に支援することも難しい。音声電話の基本サービスならまだしも、インターネットは「贅沢品」とする見解もまだ残っている。

 最終日、ワークショップは昼で終わり、午後は地元のPNNCという国営事業者を見学。写真の二つのアンテナのうち、上を向いているのがインターネット用、斜め上を向いているのが音声用とのことだった。

20100902144632j:image

 飛行機は夜中の1時発である。PNNC見学の後、ボートに乗り、ロック・アイランドというダイビングの名所に連れて行ってもらう。本格的なダイビングではなく、シュノーケリングだが十分楽しめた。あいにく雲があったが船上で夕日が沈むのを見て、港に変えるまでは久しぶりに天の川を眺めた。開発が進んでいないからこその美しさだと思うと複雑な気分になる。

20100902182214j:image

山家さんの連載「バングラデシュより」

 ワシントンDCで知り合いになり、拙著『ネット・ポリティックス』にも登場してくださった山家さんは、今はバングラデシュで仕事をしておられる。その苦闘ぶりをネットで公開されているのでリンク。

http://tsuko46.org/top/series/yamage/no1/top.html

http://tsuko46.org/top/series/yamage/no2/top.html

http://tsuko46.org/top/series/yamage/no3/top.html

大変そうでもあり、楽しそうでもある。

日本公共政策学会

 6月5日と6日の週末は、浜松で日本公共政策学会(http://www.ppsa.jp/)の2010年度研究大会に行き、6日の午前中にセッションの司会をしてきた。自分の発表がないので気楽なものである。

 5日の夜は仲間と繰り出し、老舗で鰻を食べた後、浜松餃子なるものをいただく。いくつか知られた店があるそうだが、「むつぎく」という飲み屋街にあるお店に行くと、閉店間際にかかわらず行列している。味もおいしくて、鰻でお腹がいっぱいなのでぺろっと食べてしまった。

20100605203516j:image

 翌日、セッションの後で関係者と昼食。また鰻。これもおいしかった。

20100606120737j:image

 発表者二人の話(エネルギー技術の話と宇宙技術の話)は学ぶところが大きかった。行って良かった。

インターネットの未来(未来のインターネット)

 前にも紹介した通り、ヨーロッパのプロジェクトで未来のインターネットに関する研究を行っている。

昨年の9月にブリュッセルでワークショップがあり、今年の3月にボストンのMITで、そして、5月に東京でワークショップを開いた。その報告がウェブに載った(ボストン東京)。ご協力いただいた皆さん(その多くがICPCのプログラム委員とアドバイザリー・ボードの皆さんです)、ありがとうございます。

そしたらスウェーデンの海賊党からメールが来た。おもしろいもんだ。返事しなくちゃ。

最初は私も勘違いしていて、「インターネットの未来」に関するプロジェクトだと思っていたけど、「未来のインターネット」が正しかった。

私にとってはヨーロッパは暗黒大陸。何が起きているのかさっぱり分からない。

中国は広大なコモンズ

 週末に大学院生たちと合宿。課題論文のうちの一つは中国政治について扱ったものだった。議論の中で、中国の土地はいまだに国有になっている話に及ぶ。まるで私有地のように家は建ち、工場が並んでいるが、原則として利用権を得て利用しているだけだという。無論、先祖代々そこに住んでいるという例もあるのだろうけど、いざとなれば政府は立ち退かせることができる。

 これは電波の世界で議論しているコモンズの話に他ならない。

 電波帯域は技術によってある程度「広がる」可能性があるが、一般的には土地のように限られた資源である。誰がどの周波数帯を使うかは、土地をめぐる争いと似ている。日本では電波を使うには免許を取らなくてはいけないが、いったん免許をもらうと実質的に居座ることができた。地デジ化は特定の電波帯域からの立ち退きを迫るという点で画期的なことだ。

 そう考えると、中国の国土利用はすごい可能性を持っていることが分かる。3月に同僚の加茂具樹さんと揚州市というところに行き、畑の真ん中に政府が一気に道路を敷いている様子を見てきた。国土という広大なコモンズを中国政府はいざとなれば自由に使えるのだ。成田空港や普天間基地のような問題は起きない。すごいなあ。