笛を吹いた人

20081217newsweek.jpg

通信傍受の話も追いかけているテーマの一つだが、こちらでも進展があった。3年前の今頃、ニューヨーク・タイムズがブッシュ政権の令状なし通信傍受をスクープした。その情報源が誰だったのか(少なくとも私は)分からなかったが、ニューズウィーク誌が司法省の職員Thomas M. Tammであるとして、今週発売された号でカバー特集記事にしている。

まだちゃんと目を通していないが、TammはFBI一家で育ち、あの悪名高いエドガー・フーバーFBI長官の机の下で遊んでいたというから、司法省/FBIの中でも筋金入りだ。その彼が、NSAが違法性の高い通信傍受をしていることに気づき、公衆電話からニューヨーク・タイムズにタレこんだということらしい。しかし、すぐにFBIが知るところとなり、かなりの嫌がらせを受けたようだ。彼は確かに筋金入りだが、組織に対して筋を通したのではなく、正義に対して筋を通す人だった。

「blow a whistle」は「笛を吹く」の意、「blow the whistle」は「内部告発をする」という意になる。

笛を吹いた人

20081217newsweek.jpg

通信傍受の話も追いかけているテーマの一つだが、こちらでも進展があった。3年前の今頃、ニューヨーク・タイムズがブッシュ政権の令状なし通信傍受をスクープした。その情報源が誰だったのか(少なくとも私は)分からなかったが、ニューズウィーク誌が司法省の職員Thomas M. Tammであるとして、今週発売された号でカバー特集記事にしている。

まだちゃんと目を通していないが、TammはFBI一家で育ち、あの悪名高いエドガー・フーバーFBI長官の机の下で遊んでいたというから、司法省/FBIの中でも筋金入りだ。その彼が、NSAが違法性の高い通信傍受をしていることに気づき、公衆電話からニューヨーク・タイムズにタレこんだということらしい。しかし、すぐにFBIが知るところとなり、かなりの嫌がらせを受けたようだ。彼は確かに筋金入りだが、組織に対して筋を通したのではなく、正義に対して筋を通す人だった。

「blow a whistle」は「笛を吹く」の意、「blow the whistle」は「内部告発をする」という意になる。

テキサス

先週の後半、テキサス州ヒューストンに行ってきた。正確にはそこから車で1時間半ぐらいのカレッジ・ステーションという町である。レンタカーを借りて片道4車線ほどあるフリーウェイを走り続ける。テキサスはまだまだ暖かくて気持ちがよい。気温は27度くらいあるらしいが、乾燥しているせいか、不快感はない。

途中、牧場が続く田舎道を通るのだが、道はナビに任せて(ようやくアメリカでもナビが普及してきた!)、ちらちらと横を見ていると、マケインとペイリンの名前が入った看板が目立つ。オバマ陣営の看板を出しているところは無かった。やはりブッシュ家の牙城なのだろう。

20081101texas01.JPG

20081101texas03.JPG

カレッジ・ステーションには、その名の通り、テキサスA&G大学という大学がある。巨大な大学で、スポーツが盛んらしい。スタジアムやフィールドや体育館がずらっと並んでいて、車がないとキャンパス内も移動できないのではないかという感じだ。

このテキサスA&G大学のキャンパス内にパパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)のライブラリーがある。すっかり私は大統領図書館のファンになっており、レーガン、クリントンに続いて三つ目である(もっと行きたいが、たぶんこれで打ち止め)。なぜこんなところに作ったのかと元大統領はよく聞かれるらしいが、展示の最初に見せられるビデオでは、「分からないと思うけど、この雰囲気が好きなんだ」と言っていた。

20081101texas02.JPG

アーカンソーのクリントン・ライブラリーでは、そこそこの資料は見つかったものの、大ヒットはついに出てこなかった。FOIA(情報自由法)請求はしてみたものの、まだ結果は来ない。私が調べているテーマは国家安全保障にも絡むので、ほとんどの文書が非公開になっている。

ブッシュ・ライブラリーにも事前にメールを送って問い合わせてあったが、「あまりないよ」というつれない返事だった。だから、それほど時間は必要ないだろうと短めの日程を組んでいた。

ヒューストンのホテルで朝寝坊したせいで、レンタカーを借りてカレッジ・ステーションに着いたのは昼過ぎだった。アーキビストも私のテーマを聞いて、気乗りしていないのがありありと分かる。失敗だったかなあという思いがよぎる。

結局、欲しいと思っていた大統領時代の文書はほとんど何も出てこなかった。しかし、「ブッシュ大統領は、CIA長官だったこともあるよね」とふと言ってみると、「その時代の資料なら少し公開されているわよ。見てみる?」というので、是非見たいと頼んだ。これが、私にとっては宝の山だった! その重要性に気づいたとき、手に汗がにじんでくるのが分かった。来た甲斐があった。

一日目の夜、テキサス・ビーフを食べようと、安っぽいステーキハウスに入った。大繁盛していて少し待たされたので観察してみると、店員がパリス・ヒルトンみたいな雰囲気の若い女性しかいないのが異常だった。ボストンなら体格の良い中年女性や男性もたくさん働いている。食事に来ている客を見ると白人ばかりだ。バーに座っていた黒人男性一人と私だけが、見える範囲で白人ではなかった。テキサスってこわいなあ。多様性を重んじるアメリカには思えない(ヒューストンのような大都市ではもちろん違うだろうけど)。こういう州が共和党政権を支えているのだろう。

二日目、閉館間際に展示も駆け足で見る。ブッシュ家はテキサスというイメージが強いけれども、パパ・ブッシュの父親(現大統領の祖父)はオハイオ州出身、母親はメイン州出身、自身はマサチューセッツ州で生まれている。テキサスとのつながりは、大学卒業後に石油ビジネスに身を投じてからだ。ブッシュがテキサスで政治の世界に進んだとき、今では想像も付かないが、テキサスは民主党が圧倒的に強かったらしい(共和党員は飲んだくれて選挙に行かなかったのだとブッシュは言っている)。息子のジョージ・W(現在の大統領)は父親がイェール在学中にコネチカット州で生まれているから、テキサスとブッシュ家のつながりは、新しいものだと分かる(息子も後にイェールに進学)。息子のブッシュ大統領が休暇を過ごしにテキサスの牧場に行くのも、州知事だったとはいえ、政治的なポーズなのかもしれない。

ライブラリーからヒューストンへ戻る際、金曜日の夕方の渋滞にはまってしまう。フリーウェイで車が動かなくなってしまった。ふと前の車の窓を見ると、オバマのステッカーが貼ってある。おおっと思ってよく見ると、「STOP OBAMA EXPRESS」と書いてあった。やっぱりアンチ・オバマらしい。ボストンではマケインのステッカーを貼っている人は見たことがない。やはり土地によってはっきりしているようだ。

20081101texas04.JPG

インテリジェンス機関に関わる大統領命令改正

ぼやっとしているうちに、ブッシュ政権がインテリジェンスに関する大統領命令12333を改正し、議論を呼んでいる。

オリジナルの大統領命令12333はレーガン政権の時に出されたもので、インテリジェンス機関の活動を規定している。大枠は法律で決まるが、詳細は大統領命令で決められる。この大統領命令は、秘密だらけで訳の分からなかったインテリジェンス機関の法的制約を明らかにする画期的なもので、CIAによる暗殺を明示的に禁じたものとしても知られている。

改正された大統領命令には、オリジナルには入っていなかった以下の文章がある。

米国政府は、連邦法によって保証されている自由(freedoms)、市民的自由(liberties)、そしてプライバシーの権利を含む、あらゆる米国民の法的権利を完全に守るという厳粛な義務を負っており、この命令の下でのインテリジェンス活動の実施において継続しなければならない。

わざわざこんなことを追加して書くとは、近年のさまざまな問題は何なのだろうと勘ぐりたくなる。しかし、わざわざ書くのは前進だという見方もある。

ブッシュ政権は最近、大統領命令はこっそり改正できるという法律的立場をとっていることが分かり、問題になっている。アメリカは法律社会だというが、法律に準ずる大統領命令が、誰も知らない間に無効になっていたり、書き換えられていたりしたら、法治国家ではなくなるだろう。ますますインテリジェンス機関をコントロールできなくなる。

今回の大統領命令の改正は、近年のインテリジェンス・コミュニティの改革を反映するためのものだが、これをこっそり書き換えられるとすれば、形式的な改正でしかないのか。

CFP 2008

20080521yale.JPGボストンのサウス・ステーションからアムトラックに乗り、イェール大学(左の写真)のあるコネティカット州ニュー・ヘブンに来ている。アムトラックの特急アセラだと電源が使えるので仕事もできる。電車の旅もなかなか良い。

ニュー・ヘブンで2年ぶりにCFP(Computers, Freedom and Privacy)に出ている。なんだか規模が小さくなってしまっていて残念だ。参加者の数も少ないし、おもしろいスピーカーも少ない。観光的にはほとんど魅力のないニュー・ヘブンで開催したせいだろうか。

SNSとプライバシーの話を議論しているところはだいぶ遅れているんじゃないかという気がする。2004年頃にアメリカでSNSってどう思いますかと聞いてもよく分からんという顔をされたのも当然だったのだろう。

ネットワーク中立性についてはパネルがあるが、ブロードバンドや周波数などのインフラ系の話が全くなくなっているのも特徴かもしれない。

時差ぼけは全くないのに退屈で居眠りしてしまうセッションが多い。

期待していたのは、オバマ陣営とマッケイン陣営の技術政策担当者によるパネルだったけど、ディベートではなくディスカッションにしましょうと司会が述べたため、あまり対立点がはっきりせず、期待はずれだった。

今のところ一番おもしろかったのは「21世紀のパノプティコン」というパネルで、連邦と州の間、インテリジェンスと法執行機関の間の情報共有について。これは3月に卒業したN君が卒論のテーマで書いたテーマで、彼は先見の明を持っていたのかもしれない。無論、CFPはプライバシーを大事にする人たちの集まりだから、フュージョン・センターのような形でやたらと情報が集められ、共有され、ブラックホールに入っていくのは危険という議論だ。

かつてのインテリジェンスの世界の合い言葉はneed to knowで、知る必要のある人だけが知れば良いというものだった。ネットワーク時代にはneed to shareにしなくてはならないと私も自分の本の中で書いたが、逆に、need to shareの弊害が大きくなっていることに気づく。やれといわれたことをまじめにやりすぎてしまって問題を起こすのが政府機関の悪いところだ。

今日はこれから各国のネット・フィルタリングについての話を聞き、最後にクレイ・シャーキーのキーノートを聞いて終わり。シャーキーは最近Here Comes Everybody: The Power of Organizing Without Organizationsという本を出している(まだ読んでない)ので期待している。

ニュー・ヘブンの近くに海軍潜水艦博物館というのがあり、世界初の原子力潜水艦ノーチラス号が置いてあるらしい。是非途中下車したいが、今晩用事があるのでまた次回だ。

【追記】

ネット・フィルタリングのパネルはすばらしかった。クレイ・シャーキーの話もおもしろかった。来た甲斐があった。

【さらに追記】

上述のネット・フィルタリングのパネルについての記事がWIRED VISIONに掲載されている。聴衆は20人ぐらいしかいなかったけど、そこにアメリカのWIREDの記者がいたということか。さすがだ。

可愛い警官キャラ『警警』と『察察』が活躍、中国のネット検閲事情

オッペンハイマー

カイ・バード、マーティン・シャーウィン(河邉俊彦訳)『オッペンハイマー』(PHP研究所、2007年)。

アメリカの狂気を記した伝記だ。原爆開発のためのマンハッタン・プロジェクトをリードしたJ・ロバート・オッペンハイマーの生涯を分厚い上下巻で論じている。正直、上巻の途中までは読むのを止めようかと思うぐらい冗長な記述が続くが、上巻の最後に原爆実験を成功させた辺りから一気におもしろくなる。そして、上巻の冗長な記述が結局は(全部とは言わないけど)後の理解のために必要だと分かる。

原爆を落とされた国の人間としては、それを作った人たちがその投下に対して必ずしも肯定的な評価でなかったことにほっとする。今でも原爆投下を肯定するアメリカ人はたくさんいるけれども、少なくともオッピーは、敗北が明白になっていた国に対して使用したことを否定的に考えていた。彼自身は、ナチス・ドイツが先に原爆を開発してしまうことをおそれてアメリカが先に開発することを求めており、日本に使われることは想定していなかったようだ。

しかし、開発されてしまった原爆は、ワシントンの論理に縛られていくことになる。繊細な精神の持ち主であり、かつて左翼シンパであったオッピーは彼に降りかかる政治的難題をうまく切り抜けることができなかった。彼は魅力的な人ではあったのだろうが、政治的に洗練されていたかというとそうではなかったのだろう。

科学者が政治に関わる方法を考える上でも示唆的だ。彼が一科学者として、政府の言うことを聞くだけの存在だったらこんなことにはならなかった。しかし、彼は自分の信念のためにあえて政治の世界に踏み込んだ。体制に逆らい(今の言葉で言うなら空気を読まずに)、自分の信念を貫くことは誰にとっても大変だろう。

そして、何よりも、アメリカという国の汚点をしっかり書き記し直した著者たちの姿勢は立派だと思う。そもそもこうした事件が起きたこと自体が大きな問題ではある。「オッペンハイマーの敗北は、アメリカ自由主義の敗北でもあった」(下巻374ページ)。しかし、それを時間がかかっても正していこうという姿勢は、アメリカの強さでもある。

核政策を学ぶ人は是非読むべきだ。この文脈を理解しない、単純なゲーム論的核戦略は本質をつかみ損ねるのではないかと思う。

もう一つ、余計な感想としては、「セキュリティ・クリアランス」の訳語として「保安許可」というのは、判断が難しい。「セキュリティ・クリアランス」が本書の後半を読み解くカギだ。これに良い訳語はないだろうか。

ワシントンDCへ

20080507washington.JPG昨日、ワシントンDCへ来た。過ごした時間のせいか、ワシントンDCは私にとってアメリカでのふるさとだ。ナショナル空港のターミナルに着いただけで懐かしい思いでいっぱいになる。ここをホームにいろいろなところへ飛んでいった。遠くに見えるワシントン記念塔を見ると帰ってきた気になる。

といっても10ヵ月前にもワシントンDCには来ているから、そんなに久しぶりでもない。でもほっとするのは、やはりふるさとだからだろう。ボストンに戻ったときもそんな気になる日が来るのだろうか。

ワシントンはボストンと比べて暖かい。南部に来たという感じがする。今日は特に初夏といっても良いような陽気で、半袖で歩いている人も多い。

午前中、ウォーミングアップの意味を込めて、昔よく通ったLストリートの本屋ボーダーズへ。だいぶ本の配置が変わっている。地下に行ったらMANGAコーナーができていた。ボストンとは違う品揃えで、政治関係・軍事関係の本が充実している。6冊ほど欲しいものがあったが、3冊だけ購入し、後はネットで買うことにする。

ランチは二人の専門家におもしろい話をうかがいながら、Kストリートで中華をいただく。ここの麻婆豆腐も懐かしくて食べ過ぎてしまった感がある。知りたかったけど良く知らなかったことが聞けて良かった。このランチだけでもワシントンに来た甲斐がある。

Kストリートはロビイストの事務所やシンクタンクなどが多いことで知られている。しかし、数字とアルファベットをストリートの名前にするというのはボキャ貧も甚だしい。ワシントンDCの街を設計したランファンはわかりやすさを重視したのかもしれないが、その割にはJストリートがないなどよく分からないところがある。西洋流の一種の風水を取り入れて作られていると主張する本(デイヴィッド・オーヴァソン『風水都市ワシントンDC』)もあるけど、どうなのかなあ。

午後はジョージ・ワシントン大学の図書館の中にあるナショナル・セキュリティ・アーカイブに行く。ここはインテリジェンス関連の資料をたくさん集めている。しかし、行ってみて分かったのは、ここの資料のほとんどはオンラインに上がっており、わざわざ資料室をひっくり返して出てくるような目新しいものはないということだ。しかし、ここで専門家数人の連絡先を教えてもらえたので、それをたぐっていくことができる。

資料がないことは少しがっかりしたが、新しい可能性がいくつか見えてきた。調べるべきポイントもより明確になってきたし、話を聞ける人が見つかったことも大きい。フィールド調査をやるときは、こうした可能性に自分の心を開いておくことが重要だと思う。うまくいかないことも多いが、そこでふてくされていると先に進まない。

ジュネーブ

火曜日の夜、肩が痛いまま、ボストンのローガン空港へ向かった。地下鉄でアクセスできる空港はすばらしい。スイス航空に初めてチェックイン。2002年に一度つぶれているが、その後どうなったのだろう。夜の9時半のフライトなのに、食事がどんと出てくるのには文字通り閉口する。その分、早く眠らせて欲しい。しかし、食事が終わっても肩の痛みでよく眠れない。結局、一睡もしないままチューリッヒに到着。乗り換えて30分のフライトでジュネーヴへ。初めてのスイスだ。

空港の外に出ると暑かった。額に汗がにじんでしまう。スーツケースにマフラーと手袋を入れてきたが、バカなことをしたと思った。バゲージクレームのところで手に入れた無料バスチケットを持って5番のバスに乗る。2両連結の長いバスだ。ドアは自分でボタンを押して開ける。6つめの停留所がホテルの目の前だ。周りの人たちを見ると、乗るときも降りるときもチケットを見せていない。ちょっと心配なので降りるときに運転手に見せるが、興味なさそうだ。豊かな国なんだなあ。ホテルにチェックインすると、さらに滞在中全ての乗り物が無料になるチケットをくれた。何なんだ。

少し眠りたいので横になるが、ホテルの改修工事が行われていてうるさい。NHKの国際放送がテレビで見られるようになっていたので、騒音を消すためにつけっぱなしで眠る。1時間ぐらいで目を覚ますと、『プロフェッショナル』をやっていた。トヨタ方式の大野さんに弟子がいたとは知らなかった。山田日登志さんという方の話。無駄を省くって重要だ。

20080424geneva01.JPG気を取り直して夕ご飯を食べに行く。またもや5番のバスに乗り、レマン湖を渡るまで乗ってみる。途中、国連欧州本部の前を通り、UNHCRの前も通る。鉄道の駅を通り、繁華街を通り抜け、レマン湖から流れ出る川を渡ったところで降りる。なかなか良い雰囲気だ。湖岸を少し歩いて散策する。ヨーロッパの都市は川沿いにあることが多いが、湖畔にこれだけ大きな街ができているところは他にあるのだろうか。

市街で食事。フランス語で分からないものを食べる元気がないので中華料理屋に入る。味はまあまあだけど、高い。何で3000円もするんだ。

20080424geneva03.JPG20080424geneva02.JPG帰りは歩いてホテルまで戻る。途中、国連欧州本部の前を通る。門の前に大きな椅子のオブジェがあり、足が1本かけている。その下にある解説を読むと、対人地雷防止条約の批准を呼びかけるためのものだそうだ。最初はよく分からなかったが、意味が分かるとインパクトがある。とにかく大きい。周りにはITU(国際電気通信連合)やWIPO(知的所有権機構)がある。こういう位置関係は現場に来てみないと分からない。グーグルのストリートビューを使ってもこの距離感はまだつかめないのだ。

国連欧州本部はもともと国際連盟本部だったところだ。日本は国際連盟の創設から常任理事国だった。しかし、自ら脱退してしまった。なぜそうなってしまったのだろう。

翌朝4時に目が覚める。時差ぼけだ。やはり東に行くと時差ぼけになりやすい。6時半まで寝直す。

ジュネーブに来た目的は、国連欧州本部で開かれる「情報通信技術と国際安全保障」というセミナーで話をするためだ。こういうテーマで国連がセミナーを開くなんて、今までやってきて良かったなあと思う。陽の目を見ないテーマでもいつか出番が来るものだ。聞き手は各国政府代表部の方々や本部のスタッフの方々など(一般にはオープンになっていない)。

20080424geneva04.JPG8時半にホテルを出て、国連欧州本部の裏口へ歩いていく。受付で2日間有効なIDを作ってもらい、中へ。会場はCouncil Chamberだ。ここは国際連盟時代の本会議場というわけではないだろうが、かなり大きな部屋で、天井と横壁に大きな絵が描いてある。開始前に日本代表部の人が声をかけてくれ、ロシア代表部の人も紹介してくれる。このセミナーを企画したのはロシアなのだそうだ。ロシアはこの分野に関心を強く持つようになっているという。意味深だ。

オープニング・セッションは国連側とロシア側の挨拶。セッション1の最初のスピーカーが私だ。トルコで話した内容をアップデートし、短くしたものを話す。今回はまじめな会議なのでジョークは控えたのだが、笑ってくれても良いようなところでもしーんとしている。笑ってくれるのは政府代表ではないパネリストだけだ。国連の会議というのは拍手がない。誰が話してもしーんとしていて、伝わったのかどうか分からない。話が終わった後の休憩時間やランチタイムにいろいろコメントをもらって、おもしろかったと言ってくれた人が多かったのでほっとする。

他のパネリストたちも、インターポールやスウェーデンの研究機関、ケルン大学の人などで、おもしろい話が多い。初日で一番おもしろかったのは、最後のセッションの最後の発表者。某国からオンラインで攻撃された国の研究者が、その時の分析を発表した。相手国の名前は一言も発しなかったので、知らない人には何が何だか分からなかったらしい。だけど、その相手国の代表がかなりむきになって何度も発言を求めたのだ。発表者の国の政府代表も負けじと発言する。表面的には穏やかな言い方なのだけど、緊張した40分だった。外交の現場を見た気がする。これを見られただけでも来た甲斐があった。明日はどんな話が聞けるのだろう。自分の出番が終わってしまうと気が楽だ。

John W. Dower講演

20080407dower.jpg日本の占領期を描いた『敗北を抱きしめて』でピューリッツァー賞を受賞したジョン・W・ダワーが、MITのキリアン・アウォードを受賞し、記念講演を開いた。キリアン・アウォードというのは、MITの第10代学長で多大な貢献をしたジェームズ・キリアンを記念した賞で、毎年MITのファカルティから1人選ばれる。分野を問わずに優れた業績を挙げた人が選ばれる。慶應で言えば、福澤賞・義塾賞に相当するものかな。ちょっと違うのは、キリアン・アウォードを受賞すると、「Killian Award Lecturer」という肩書きが一年間与えられ、講演をすることになっている点だ。

講演のタイトルは、「Cultures of War: Pearl Harbor/Hiroshima/9-11/Iraq」というもので、歴史的な裏打ちもなく、パール・ハーバーや広島の原爆の話と、9-11やイラク戦争の話が対比的に語られるのは良くないと指摘していた。また、意外にもインテリジェンスの話が出てきて、インテリジェンスの失敗というのは、歴史的なイマジネーションの失敗でもあると強調していた。歴史を知らずしてインテリジェンスを語るなということだろう。戦争とは文化なんだという指摘もおもしろい。

http://web.mit.edu/newsoffice/2008/dower-tt0402.html

“Dower to deliver Killian Award lecture April 7,” MIT News, April 2, 2008

http://web.mit.edu/newsoffice/2008/dower-tt0409.html

“Dower probes ‘cultures of war’ in Killian award lecture,” MIT News, April 9, 2008

「しおかぜ」への影響が懸念される電波への対応

やっぱりこういうことが起きているんですねえ。

総務省は、本日の早朝、特定失踪者問題調査会(代表 荒木 和博)が運用する無線局「しおかぜ」と同一周波数で発射された電波が、北朝鮮からのものであることを確認し、当該電波の運用が国際電気通信連合(ITU)の定める無線通信規則に違反すると認められたことから、本日、ITUを通じて北朝鮮に対して同規則違反を通報しました。

http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/071102_2.html

ヨーロッパで狙撃?

先々週から先週にかけてヨーロッパに出張する。通信と放送の融合に関する調査と学会参加が目的である。

最初の目的地はロンドン。空港からタクシーに乗った。窓の外を見ながらボーとしていたところ、突然バーンと大音響が響いた。何事かと後ろを振り向くと、タクシーの後部座席の窓が粉々に砕け、バスケットボールぐらいの大きな穴があいている。全く何が起きたのか分からない。運転手は私が頭をぶつけたのではないかと思ったらしく、大丈夫かと聞いてくるが、私はどこもぶつけておらず、ガラスの粉をかぶっただけだ。

驚いたことにタクシーの運転手は止まりもしないで走り続ける。銃で撃たれたのか、石が飛んできたのか、と聞いてくるが、私には何も分からない。ガラスが内側に向けて割れているのが確認できるが、石は見当たらない。警察に電話したらどうかと運転手に言ってみるが、そのまま走り続ける。狙われて銃撃されたのなら走り続けるのが正しいが(この辺がロンドン・タクシーのプロフェッショナリズムか)、そんな覚えはない。

運転手は携帯電話で誰かに話し始めたが、どうも家族か友人に話しているような口ぶりだ。そのまま市内のホテルに到着した。車を止めて二人で確認するが、何が起きたのかよく分からない。あまりにびっくりして写真を取り忘れたのが悔やまれる。正確には、撮ろうと思ったのだが、それどころじゃないだろともう一人の自分が言っていた。

20071021mi5

20071021mi6

インテリジェンスの研究なんかやるから警告されたのだろうと友人に言われたが、懲りずにMI5(上の写真)とMI6(下の写真)を見物に出かける(もちろん外観だけ)。両者はテムズ川を挟んでそれほど遠くないところに位置している。MI6の建物は英国らしくない奇妙なデザインだ。007シリーズでここからボートに乗って007が飛び出してくるシーンがあるらしい。

その後、学会のためにフランスのニースに行き、再び調査のためにベルギーのブリュッセルに行く。両方とも2回目なので懐かしい。

9月はじめにオーストリアで開かれたザルツブルグ・グローバル・セミナーで会った欧州委員会の友人にブリュッセルで再会。彼は欧州委員会で安全保障を担当している。ロンドンでの経験を話したら、そんなことあるかと笑っていた。しかし、原因は分からない。ヨーロッパは危ないところだ。

全然関係ない話だが、ブリュッセルで会ったスコットランド人にITとエネルギー/環境問題について日中共同研究をしているんだと説明したら、「お前はロンドンの霧って見たことあるか」と聞かれた。話には聞くけど見たことはない。実はあれはテムズ川の霧ではなく、工業化によるスモッグだったのだとか。今の中国と同じというわけだ。霧というとロマンチックだが、スモッグといわれるとがっかりする。

情報による安全保障

Johoanzenhosho

土屋大洋『情報による安全保障—ネットワーク時代のインテリジェンス・コミュニティ—』慶應義塾大学出版会、2007年9月25日、本体4500円+税、ISBN978-4-7664-1417-2 [慶應義塾大学出版会のページ

2001年の9.11以来、丸6年。ようやく研究してきたことをまとめられた。たくさんの方々に教えていただいた。感謝!

レンディション

スティーヴン・グレイ(平賀秀明訳)『CIA秘密飛行便—テロ容疑者移送工作の全貌—』(朝日新聞社、2007年)。

来月上旬に参加する予定のセミナーの予習として読む。

レンディション(rendition)とは本来「演奏、翻訳、演出、公演」という意味である。しかし、CIAが絡むと「国家間移送」という意味になる。

これはパナマのノリエガ将軍の事例が典型的なように、外国にいる(米国にとっての)犯罪者を本人の意思に反してCIAが米国へ移送し、裁判を受けさせるということを意味した。

ところが、9.11以後、米国は、ドイツからエジプトへというように第三国から第三国へテロ容疑者を移送し始めた。これを「特別レンディション」と呼んでいる。その飛行機はCIAがチャーターした豪華ビジネス・ジェットである。主役級としてこの本に出てくるのは「ガルフストリームV」という飛行機だ。

CIAは何をしているのか。拷問の外注(アウトソーシング)というのがこの本の取材結果だ。拷問は米国法でも禁止されているし、国際的にもジュネーブ条約で禁止されている。そこで米国政府は、「拷問はしない」という口約束だけに基づいてシリアやエジプト、タジキスタンといった国々にテロ容疑者を渡し、実際にはそこで拷問させ、情報を得ているというわけだ。

本書の第一部は、読むのが苦痛だ。無実の人々が誘拐され、拷問された様子が再現されている。もちろん、完全に無実ではない人も含まれているのかもしれないが、実にひどい。それに比べて第二部と第三部は著者の取材過程と特別レンディションに反対する人々の話が展開されておもしろい。

拷問によって得られる質の悪い情報に比べて、彼らと彼らの家族・友人が持つ敵対的な感情は、さらに多くの人を反米テロリストにしていく。こういうのを「ジェニン・パラドックス」というそうだ。

著者の結論は、「拷問をやってはいけないのは、それがわれわれ自身の社会を劣化させるからだ。拷問は社会を蝕んでいき、偽善的な秘密で隠さなければならなくなり、法の支配とわれわれ自身の道徳性の基盤を崩す結果へとつながる。だから、ダメなのだ」というものだ。

陰謀論渦巻く

ワシントンDCで時間が余ると本屋に行ってブラウズしていた。Barnes and NobleやBORDERSが大きな書店だが、いくつか書店を回ってみても、めったに「Economics(経済学)」というコーナーがない(唯一あったのは専門書に特化したReiter’sだけだ。ここは私のお気に入りだが、最近移転してビルの地下の穴蔵みたいな店になった)。政治学は「Current Affairs」というコーナーに置いてあることが多い。

アメリカ人はあれだけ経済学が好きなのに経済学のコーナーがないのはおかしいと思って知り合いに聞いてみると、「専門書は在庫コストが高すぎるから、書店の店頭には置かなくなった。みんなオンラインで買うんだよ。後は大学の中の書店だね」とのこと。「Current Affairs」のコーナーがあるのもワシントンDCならではなのかもしれない。

インテリジェンス関連の本を見ていて目立っていたのが9/11陰謀論についての本。ネット上では9/11がブッシュ政権の仕業だとか、あるいは少なくとも事前に知っていただとかいう陰謀論(conspiracy theory)が渦巻いている。日本ではベンジャミン・フルフォードという元フォーブス誌アジア太平洋支局長が『9.11テロ捏造』という本を出している(しかし、この本には英語の原著がないようだ)。こんなビデオも出回っている。

こうした陰謀論を検証するためにPopular Mechanicsという雑誌が陰謀論を検証する『Debunking 9/11 Myths』という本を出した(debunkは「正体[偽り・誤り]を暴く[暴露する]、すっぱ抜く」という意味)。ジョン・マッケイン上院議員が序文を書いている。

これに怒った陰謀論者のDavid Ray Griffinは、『Debunking 9/11 Debunking』という本を出した。この人は神学の大学教授だった人だ。

言論の自由とはこういうことなんだろうね。

戦争と情報

20061207chuchill二泊四日で英国に出張。

帰国便は夜だったので、午前中の用事を済ませた後、午後はチャーチル博物館を見に行く。ブレア首相のいるダウニング街10番地のすぐ裏手にあって、非常にこぢんまりとした入り口だ。実はここは第二世界大戦中の内閣が置かれていたところで、この入り口から先が複雑な地下施設になっている。閣議が開かれた部屋や、チャーチルの書斎、寝室、キッチン、スタッフの寝室、通信室、作戦室などがあって展示されている。その戦時内閣室(War Cabinet Rooms)の奥にチャーチルの博物館がある。

ところで、第二次世界大戦中の日本の暗号が解読されていた話はよく知られている。しかし、なぜ日本はそれほど情報を軽視したのか、その理由がよく分からない。

谷光太郎『情報敗戦』(ピアソン・エデュケーション、1999年)を読むと、日本の参謀本部はドイツを手本にしていたからだという説明がある。プロイセンの伝統を受け継ぐドイツでは情報参謀よりも作戦参謀のほうが幅をきかせていたのに対し、フランスや米国では両者が対等な関係にあった。日本はドイツをまねしてしまったために、情報よりも雄弁を好む作戦参謀の暴走を許したということらしい。

そこで、渡部昇一『ドイツ参謀本部』(中公文庫、1986年)を読んでみる。しかし、ドイツの参謀のヘルムート・モルトケが電信を重視するなど情報を重視したことは書いてあるが、情報参謀と作戦参謀の力関係については何も書かれていない。

飛行機の中で、大江志乃夫『日本の参謀本部』(中公新書、1985年)を読む。これによると、モルトケの推薦を受けたお雇い外国人のクレメンス・メッケルを通じて、確かに日本はドイツの影響を受けていたことが分かる。もっと興味深いのは、明治の元老・山県有朋が情報政治家、謀略家であり、山県の影響が陸軍に強く残り、「日露戦争を契機として情報活動とは謀略活動であると考える伝統が成立した」ということである。こうなってしまうと、まっとうな精神の持ち主が情報を忌避したくなるのが分かる。

20061207churchill2

しかし、チャーチルは、「すばらしいこととは、それが何であれ、真実の姿を得ることだ」といっている。ここが違いだろう。

トラフィック横流し

AT&TがトラフィックをNSA(国家安全保障局)にそのまま横流ししているという話が駆けめぐっている。AT&Tの元従業員の協力を受けたEFFが訴訟を起こした。

Whistle-Blower Outs NSA Spy Room@Wired News

AT&T Forwards ALL Internet Traffic Into NSA Says EFF@LinuxElectrons

使われているのはNarusというアメリカの会社の機器で、最近では上海テレコムがVoIPをブロックするために発注したという。

China Firm Wants Internet Calls Blocked@ABC News

『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンの『パズル・パレス』という訳本が出た。NSAが舞台らしいので買った。しかし、原題はDigital Fortress(デジタル要塞)だ。パズル・パレス(The Puzzle Palace)はJames Bamford が書いたNSAのノンフィクションの本のタイトルだろうに。原書を読もうと思って勘違いする人がいそうな気がする。

ちなみに『ダ・ヴィンチ・コード』は著作権侵害で訴えられたが、著作権は表現をカバーするだけだから、アイデアは著作権ではカバーできないのでは。同じアイデアで売れた本に対する腹いせの訴訟なんだろうか。

さらについでに、4月7日の日経夕刊に、聖書に出てくる裏切りのユダは、実はキリストに頼まれて裏切りをセットアップしたという内容の古文書が発見されたという記事が出ていた。これも何だか小説になりそうなネタだ。2000年を超えてユダの名誉が回復されるのだろうか。考古学って地味だけど楽しそうであこがれる。

1700年前のパピルス文書『ユダの福音書』を修復・公開:ユダに関する新説を提示@ナショナルジオグラフィック日本版

SOCA

今朝の日経にイギリスのSOCAについての小さな記事が出ていた。先月の学会でもイギリスの担当者が来て発表をしてくれたのだが、あまりその重要性に気づかなかった。イギリス人はその辺、控えめというか、あっさり話すのでよく分からなかった。

「英版FBI発足、4000人、組織犯罪に対応。」

2006/04/04, 日本経済新聞 朝刊, 8ページ,  , 188文字

SOCA(Serious Organized Crime Agency:「ソカ」と発音。英語のsoccer[スポーツのサッカー]の発音とよく似ている)は、Serious Organized Crime and Police Act of 2005に基づいて作られた。その役目はイギリス版のFBIということだが、MI5との住み分けはどうなるのだろう。MI5はIRAなどのテロ対策で、SOCAはその他の組織犯罪ということなのだろうか。

日本の暗号解読

20060322anime.jpg

日本チームと入れ替わりで昨日からサンディエゴに来ている。しかし、ダウンタウンから離れたホテルで開かれている学会(International Studies Association)に缶詰なので野球の余韻はまったく味わえない。ただし、日本の面影は写真のような店で見ることができる。店内はミニ秋葉原みたいな感じだ。私が泊まっている別のホテルにも本格的な寿司バーがある。寿司は本格的に流行っているなあ。

この学会は、40ほどのセッションが同時並行で進み、それが午前2回、午後2回、4日間繰り広げられる巨大なものなので、きっとおもしろい話を聞き逃しているに違いない。テーマと発表者で選んで聞くしかないが、当たり外れが当然ある。外れだと非常にがっかりする。

今日聞いた中でおもしろかったのを紹介すると、まず、ジョージタウンのJennifer Simsの「インテリジェンス理論の開発」と題する話。「インテリジェンスの目的は真実を見つけることではない。競争上の優位を獲得することだ」とのこと。そうだとすると、イラク戦争は必ずしも失敗ではない。

次に、インディアナ大学のJeffrey Hartの「情報通信技術の国際レジーム」。私と問題意識が近い。同じセッションのアメリカン大学のSimon J. Nicholsonの「遺伝子組み換え食品のアンビバレントな政治」。ザンビアへの援助として遺伝子組み換え食品が送られているのに対し、ザンビアの大統領は「毒付きだ」といっているそうだ。

一番おもしろかったのは「インテリジェンスにおける歴史的な教訓を活用する」という題のセッション。イスラエルのハイファ大学のUri Bar-Josephは、イスラエルの情報機関のパフォーマンスを1953年から2003年まで検証すると、成功したのはたった5%だという。これは低すぎる数字のような気がするが、どうなのだろう。

同じセッションで神戸大学の簑原俊洋助教授が「日本のブラック・チェインバー」と題して発表した。アメリカの暗号解読機関について暴露したハーバート・ヤードリーの『American Black Chamber』をもじったタイトルだ。日本の戦時中のインテリジェンス活動については、1945年8月13日にほとんどの文書が燃やされてしまったが、簑原先生が見つけた文書では、米国、英国、中国などの暗号を解読していたらしい。パネルの聴衆はインテリジェンスの専門家ばかりだが、みんなよく知らなかったらしい。これは大きな発見かもしれない。ペーパーが公刊されるのが楽しみだ。

毒が回るインターネット

Barton Gellman, Dafna Linzer and Carol D. Leonnig, “Surveillance Net Yields Few Suspects: NSA’s Hunt for Terrorists Scrutinizes Thousands of Americans, but Most Are Later Cleared,” Washington Post, February 5, 2006; A01.

日本の新聞でも引用されていたが、ワシントン・ポストが報じたところによれば、昨年末に発覚したブッシュ政権の令状無し傍受の対象になった人は5000人にもなる可能性がある。当初の報道では3000人という数字が出ていたが、とにかく多い。そのほとんどがテロとは無関係だという。

この記事はさまざまな専門家に取材していておもしろい。法律が求めている「probable cause(相当な根拠)」がなければ傍受できないとすると、ほとんど使えなくなる可能性は高くなるが、それにしても5000人を傍受無しでやっているというのは尋常ではない。ブッシュ大統領は記者会見で「30件」と言っていたから、「5000人」という数字のインパクトとは大きくかけ離れている。

この記事がもう一つ面白いのは、ネットワーク分析で使う「degrees of separation」を使っていること。つまり、ケビン・ベーコン・ゲームをテロ分析に援用していることだ。

電子メールの傍受がどう行われているか、少し説明されている点も面白い。

ところで、下記は頼まれて書いた原稿だが、前にもほとんど同じことを書いていた(情けない)ので自分でボツにした。若干付け足されている情報もあるからここに載せておこう。

「毒が回るインターネット——ブッシュ政権の通信傍受と民主主義」

土屋大洋

 米国でキング牧師を記念する休日となる1月16日、アル・ゴア前副大統領が演説を行った。ブッシュ政権による令状無しの通信傍受は、行政権の拡大を意味しており、立法、司法、行政の三権のバランスを目指した米国憲法の精神が深刻な危機に陥っていると指摘した。2005年12月、ニューヨーク・タイムズ紙の報道を受けて、ブッシュ大統領は、法律で求められている令状を得ることなく、30件以上の電話や電子メールの傍受を行わせていたと認めた。キング牧師は政府によって通信を日常的に傍受されていたという。この日に合わせてゴア前副大統領はブッシュ大統領を非難したことになる。

 対米同時多発テロ(9.11)の直後から、ポスト冷戦の時代に死に体になっていたインテリジェンス・コミュニティ(情報機関)が再び活発になる様子を見るにつけ、いずれこうしたことが明るみになるだろうと考えていた。そもそも外国人を対象とした令状付きの通信傍受は日常的に行われている。それが米国市民を対象として令状無しで行われるようになるのにそれほど時間はいらなかったのだろう。

 そもそもインターネットは性善説に立って作られている。プライバシーを守るようには作られていない。電子メールは丸裸のままさまざまなサーバーをすり抜けていく。ウェブ・ページは、普通のユーザーが想定している以上にたくさんの情報を収集している。クッキーやIPアドレスが収集されていることはよく知られているが、さらに、どのOSを使っているか、パソコンの解像度はどれくらいか、どのブラウザーを使っているか、どんな検索語を使ってそのページにたどり着いたかということまでウェブの管理者は把握することができる。

 米国の通信事業者は法律によってインテリジェンス・コミュニティに協力することが義務づけられ、協力している事実を公表することは許されていない。公表を認めないことで通信事業者を守っていることになるが、ユーザーはそうした事実を知らされないまま、情報が収集されていることになる。

 テロが脅威であることはいうまでもない。しかし、テロは通常の政治制度の中で意見を聞いてもらえない人たちが最終的にとる手段である。テロという行為が許せない行為であることに異論はないが、彼らが本当は何を求めていて、それがなぜ実現されないのか、なぜさまざまな人の意見をすりあわせていく政治制度としての民主主義が機能しないのかを考えることは重要だろう。ゴア前副大統領がいうように米国の民主主義が壊れていっているのなら、アルカイダのねらい通りということだろう。

 日本の内閣情報調査室の室長だった大森義夫氏は、インテリジェンスとは毒だと論じている。一匙の毒は薬として効くこともある。しかし、毒が全身に回り、麻痺してしまえばもはや健康体とはいえない。テロを予測し、防止するためにインテリジェンス・コミュニティの役割は不可欠だ。日本について言えば、もっと拡充してもいいはずだと私は考えている。しかし、それをコントロールする目と制度が備わっていなければやめたほうがいいだろう。

 米国のインテリジェンス・コミュニティがインターネットを傍受しようと、日本に住むわれわれには関係がないと思うかもしれない。確かにそうだ。しかし、インターネットはグローバルなメディアであり、米国よりももっと、ネット通信傍受を活用したいと考えている政府が世界にはたくさんある。それがインターネットのデフォルトになってしまったとき、日本だけが無縁でいられるかどうか分からない。アジアの一部の政府が日本のネット・トラフィックを傍受しつづけるということも、できなくはないだろう。

 性善説に立って作られていたインターネットには深刻な問題がある。インターネットにおける自由を本当に欲するなら、何もしないのではなく、何かをしなくてはならない。PGPという個人用暗号ソフトウェアを開発したフィル・ジマーマンにインタビューした際、「なぜ日本の憲法に、(米国憲法で明記されていない)通信の秘密が書き込まれたのか考えた方がいい」といわれた。通信の秘密と言論の自由は、民主主義にとって不可欠の要素だ。これがなくなったとき、eデモクラシーの神話は崩壊してしまうのではないだろうか。