井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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再び、セカンドライフ上でゼミを実施(井庭研究会2)

以前このブログで、井庭研究会1のゼミをセカンドライフ上で実施した話をしたが、今回はもう一つのゼミ、井庭研究会2「新しい思考の道具をつくる」をセカンドライフ上で実施した話を紹介したい(2007年7月20日実施)。この研究会では、複雑系の考え方にもとづき、思考のための新しい方法や新しい道具をつくるという研究に取り組んでいる。現在17人が参加者している(学部生15人+大学院生2人)。

SeminarPanel

ゼミは今回も、パンダフル島の会議室で行った。学期末テストの時期だったこともあり、学校の研究室やコンピュータ室などで参加した人が多かった。さらに、自宅から参加した人もいた。 ゼミは、個人研究の進捗報告を簡単にした後、輪読に入った。このときの輪読文献は、高安秀樹さんの『経済物理学の発見』の後半部分だ。チャットで輪読発表と議論が進められた。今回も、輪読する文献やレジュメは、形だけのものを作成しておいた。

SeminarPresen BookAndHandout

 今回の参加者の感想からも、いくつか抜粋してみることにしよう。まずはやはり、「同じ空間にいる感覚がする」という点について言及している人が多い。

- 「今回みたいに時間を指定すれば、みんなRealLifeでは違う場所にいても、SecondLifeでは集まることができるんだなぁと、当たり前のことなんですが、なんだか不思議な気分でした。はじめはメッセと似たような感じなのかなぁと思っていたのですが、メッセと違ってそれぞれの顔や動きが分かるので面白いですね。三次元なので、「そこに人がいる」というのがはっきり分かりますし。」

- 「自分が思っていたよりも、同じ空間にいる感じはありました。それは、リアル世界でも同じ空間にいた人が数人いたからかもしれないですが、それでも、誰かが立って歩いたり、人が新しく入ってきたりすると、文字情報以外の視覚情報で得られる感覚の大きさを感じたりしました。」

- 「セカンドライフの利点は人の位置関係とかが分かるということと、画像とかがその場で見られるということだと思います。なので、位置関係で何かが変わるような取組みをすると、ただのチャットで終わらないものになるのではないでしょうか。」

- 「何をしているのかがキャラクターの動きで分かるというのは、メッセンジャーとは異なる興味深い特徴だと思いました。メッセンジャーでは過去の情報は見ることができるけど、話している瞬間に関しては予想しかできなかったのに対して、セカンドライフではある程度今何をしているのかを振る舞いから知ることができるのが面白く感じました。」


 興味深いことに、今回の取り組みでは、チャットにおいて顔文字が頻繁に使われた。チャットに慣れているからかわからないが、アバターの3次元表現があるにもかかわらず、笑いや苦笑が顔文字で表現されることが多かった。画面上でチャットのウィンドウに注目していると、アバターの動きが目に入りにくくなるため、ある意味自然な結果だったともいえる。チャットで顔文字が使われるというのは、こんな感じだ。↓

FaceCharacter

参加者の感想にも、その点について触れられていた。

- 「アバターが視覚情報として与えられているのに、顔文字を打たなければならない感覚は不思議でした。表情や抑揚って、会話において非常に重要な要素なのだと改めて感じました。」

- 「目が合うというか話してる人の顔が見れるともっと違った印象になるのかなと思いました。客観的に見ているだけだと、話してる内容と話してる人の姿があまり一致しないので、文字は文字、人は人という感じで、話の内容に注力していると普段のメッセとの違いはあまり感じませんでした。」

- 「セカンドライフで3Dの凝ったアバターがあるのに、メッセージで顔文字などを使って表情を表現していることが少し違和感を感じました。アバターの表情が読み取れるようになると良いですね。」

- 「現実世界では聞いている人の反応をそのまま知ることができるけど、SL上では発言しないと参加している感が薄いと思いました。でも、SL上での新常識で、顔文字を使うとか「()」の中に入れるとちょっと言ってみた雰囲気になったりして、いろいろと新常識が誕生していくんだろうと思います。」


realwold さらに、フォーマルな会話とインフォーマルの会話が、リアルとヴァーチャルで入れ替わったという点も面白かった。どういうことかというと、通常のゼミでは、現実世界での会話がフォーマルで、PC上のチャットはインフォーマルな会話となる(井庭研は以前から、学生の提案により、ゼミ中のPC使用は禁止なので、そういうことはないけれど)。しかし、セカンドライフ上のゼミでは、PC上のチャットがフォーマルで、現実世界での会話がインフォーマルとなる。今回、研究室では僕を含め3人いたので、チャットでの発言に対し、口頭で突っ込みを入れたり、笑いあったりしていた。この入れ替えは、なかなか面白い感覚だった。

- 「授業中に友達とチャットしていることは本来ダメなことですが、昨日はパソコンの中の会話がすべきことで周りにいる人との会話はその時では余計なおしゃべり扱いでおもしろい感覚でした。」

- 「セカンドライフで集まって何かするというのは新しい取組だったので、楽しんで参加できました。ただ、自分は共同研究室で何人かと一緒にいたので、わいわいやっていられましたが、 一人で画面に向かっていたら鬱になりそうな感じはしました。」

- 「SLでは顔文字などで笑っていることを表現したりしても、現実の私は正直全く笑っていないので、こういう仮想空間が当たり前になると、今でも無表情なのにさらに無表情になっていくんだとうと少し不安です。」


 たしかに、ヴァーチャル世界におけるアバターが派手な動きや表情をしたとしても、操作している現実世界の自分は無表情だったりすると、精神的に分裂症気味になっていくかもしれない。チャットと異なり、画面上に「自分」がいるのだから、事はさらに深刻だ。

 むしろ、Webカメラの映像をもとに現実世界のユーザーの動きや表情をキャプチャして、それをアバターに反映してくれたらいいのにね。技術的にはある程度できそう。もしかしたら、そんな日も近いのかもしれない。

SeminarScreen

慶應義塾大学 SFC
総合政策学部/環境情報学部/政策・メディア研究科
井庭研究会2「新しい思考の道具をつくる:複雑系とシミュレーションによる社会研究」
担当:井庭 崇
ヴァーチャル世界の探険 | - | -

井庭研究会2007年度夏休みの宿題

井庭研の今年の夏休みの宿題は、「ウェブと社会の未来を考える。」がテーマだ。ここで紹介することにしたい。



井庭研究会 2007年度夏休みの宿題
「ウェブと社会の未来を考える。」


時代感覚をつかみ、未来を想像し、じっくり考え、自分なりのヴィジョンを生み出し、そしてそれを書き上げるという能力を身につけてもらうため、以下のような夏休みの宿題を設定します。よく読んで、しっかり取り組んでください。

Aさん「井庭研ってどんな研究をやってるんだろう?」
Bさん「調べてみようか。えっと、「井庭研」っと。」
    (Googleで「井庭研」をキーワードに検索。)
Bさん「研究室のホームページがあったよ。どれどれ。」
Aさん「へぇ、こういうことをやってるんだ!」
 ・・・

 このように、今日知りたいことがある場合には、まずウェブで調べるということが日常的に行われています。しかし、ほんの十数年前、このようなことはまったくありませんでした。というのは、WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)というものが存在しなかったからです。いまではごく当たり前の存在であるため、そのような時代は想像できないかもしれませんが、WWWは実はごく最近の社会技術なのです。
 ここ十数年で、世界は大きく変わりました。情報通信のひとつの技術にすぎなかったインターネットが、社会的なインフラとして不可欠なものになりました。そしてその上に、新しい社会が構築されているのです。そこではオープンなコラボレーションなど、従来では考えられなかった可能性も見え始めています。
 今後社会は、どのような方向に進んでいくのでしょうか? そこでの可能性や問題点はどのようなものでしょうか? そういったことを考えるためには、表層的で一時的な現象に囚われることなく、その本質を理解する必要があります。ウェブの登場で社会の何が変わったのか、変えつつあるのか、ということを踏まえて、「ウェブと社会の未来」について自由に論じてください。
 以下の3冊が、宿題に取り組むための基本文献です。これを軽く読みこなした上で、自分なりに「ウェブと社会の未来」について論じてください。論じるときには、たんなる本のまとめや一般論ではなく、「自分なりの視点・切り口」をもってオリジナルな論考を書き上げてください(授業のレポートのような浅い議論にならないように)。

『フラット化する世界』(上)(下)(トーマス・フリードマン, 日本経済新聞社, 2006)
『Google誕生:ガレージで生まれたサーチ・モンスター』(デビッド・ヴァイス, マーク・マルシード, イースト・プレス, 2006)
『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』(ドン・タプスコット, アンソニー・D・ウィリアムズ, 日経BP社, 2007)

WorldIsFlat1Book WorldIsFlat2Book GoogleBook WikinomicsBook

 今回の宿題は、文献を読むことではなく、文献を読んでから「考える」ことが重要なので、文献は早めに読んでしまってください。ポイントは、視点・切り口を工夫すること、しっかり考え、書いたものを推敲することです。また、誰がやっても同じというような、単なる「未来予測」にならないように、「自分」をうまく反映させてください。「The best way to predict the future is to invent it」(Alan Kay)ということを忘れずに。

【理解・発想の補助線】
 以上の本に加えて、深い理解や新しい発想を得るためのおすすめの本には、例えば、次のものがあります。
●『Webの創成:World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか』(ティム・バーナーズ-リー, 毎日コミュニケーションズ, 2001)
●『リテラリーマシン:ハイパーテキスト原論』(テッド・ネルソン, アスキー, 1994)
●『ウェブ進化論:本当の大変化はこれから始まる』(梅田 望夫, 筑摩書房, 2006)
●『ロングテール:「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』(クリス アンダーソン, 早川書房, 2006)

このほかにも関係する本はいろいろあるので、各自本屋さんで探してみてください。
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セカンドライフ上でゼミを実施(井庭研究会1)

井庭研究会では、先日、正規のゼミをセカンドライフ上で実施した(2007年7月10日)。僕が担当する2つ研究会の両方で行ったのだが、まずは井庭研究会1「理論と実践の社会研究」での実践について紹介したい。この研究会では、社会学者ニクラス・ルーマンの社会システム理論をベースに、新しい捉え方で社会を理解し、新しい方法による実践を行うという研究に取り組んでいる。この研究会には、現在16人が参加者している(学部生14人+大学院生2人)。
ilab1-seminar

 セカンドライフ上でのゼミは、パンダフル島の会議室で行った。この会議室も、研究会のメンバーがつくったものだ。この場所に、ゼミが始まる時間の少し前から、研究会メンバーが集ってきた。この日は補講期間中でほとんど授業がなかったので、それぞれ家にいたり、カフェにいたり、学校で課題をやっていたりした。

 ゼミは、いつものように僕の話のあと、個人研究の進捗報告をそれぞれ行った。僕の話も進捗報告も、チャットで行う。いつもであればサッと終わる報告も、キー入力のスピードに引きずられて結構長い時間かかってしまった。チャットの世界というのは、キー入力のスピードが、コミュニケーション能力を規定する最初の要因になっているのだ。ある意味シビアな世界だ。

 SeminarRoom Seminar1

 その後、輪読に入った。このときの輪読文献は、リチャード・フロリダの『The Rise of Creative Class』の後半部分だ。チャットで輪読発表と議論が進められた。内容的に面白かったのは、創造性と「場所」についての議論だ。フロリダは創造的な活動のために実際の「場所」を重視するが、セカンドライフのような「場」を、僕らはどう捉えていけばいいのか? この点について、ゼミ方法と輪読内容が連動して、面白い議論が展開された。

BookAndHandout 輪読する文献やレジュメについても、形だけだが、セカンドライフ上にも作成しておいた。残念ながら、この本は開いて読むことはできない。参加者は、現実世界で手元にある本物の書籍をめくることになる。輪読レジュメについても、本物のレジュメがテクスチャとして貼られているが、読みづらいので、すでにメールで送られていたレジュメを読むことになる。

 結局3時間ほど、セカンドライフ上でゼミを行ったが、終わったあとは、どっと疲れが出た。参加者はそれぞれにいろんなことを考えたようだ。通常のゼミとは異なる雰囲気と異なるコミュニケーションの連鎖を生み出す。このことについて、いくつか参加者の感想を取り上げてみよう。

- 「みんなが沈黙する場面がなかった。・・・・・発言しやすいという雰囲気はやはりあると思う。」

- 「私は自宅から参加したのですが、自分の部屋だと気持ち的に楽で、思ったことが言えた気がします。」

- 「自分の家からやってたんでリラックスして出来るかなぁと思ったのですが、案外そこまででもなかったです。でも発言がしやすいというのは感じたので、(ブレストみたいな)立場を気にしないほうが効果を生むようなことには向いていると思いました。」

 これらは発言のしやすさという気持ちの問題だが、チャットで会話することの実質的なメリットもある。複数人が同時並行で書くことができるということと、ログが残るということだ。

- 「対面下では二人同時に別々の話題で会話をするということはありえないが、テキストでの会話ならそれも可能になる(発言のタイミングにこだわる必要性が低い)というのも、発言しやすい理由の一つだろう。」

- 「会話のやりとりがチャットで記憶されるため、何を言っていたか確認するのに便利だと感じました。」

SeminarChat しかし、セカンドライフでゼミを行うことの最も重要な点は、単なるチャットと違って、同じ場に「いる」という感覚があるということだ。チャットの場合は、しばらく文字を打っていない人の存在感はどんどん薄れていってしまうが、セカンドライフでは黙っているアバターの姿が見える。しばらく何も操作しないと、アバターはウトウトしだすので、メンバー間で「起きろ~」なんて発言があったりする。このようなヴァーチャルな存在感については、参加者の感想でも指摘されている。

- 「お互いにリアルでは同じ場所にはいないのに、セカンドライフ上では同じ場所にアバターが集まっていて、それが意外と「同じ場所にいる感覚」がするものだなぁ、というのが発見でした。この同じ場所にいる感覚、というのがただのチャットと違うところなんだなぁと思います。」

- 「会話に参加していない人も、アバターによって認識できるという点、そしてその場を共有しているという雰囲気が議論を有意義なものにするのかなと思いました。」

- 「ちょうど今朝、ポリコムのテストで3地点を結んだのですが、同じ画面上にいるという共通点はあるものの、Second Lifeでバーチャルでありながらも同じ場にいるのと、明らかに別の場所にいるのでは、会話をするときの距離感が違うと感じました。(SecondLifeのほうが近く感じて、同じ場にいるという感覚がありました)」

- 「一体のアバターが動くということが多くの可能性をもたらしてくれそうです。インターネットでは個人はあまり見ることができないので。」

 あとは、PCのスペックや通信速度の問題で、動きが粗く、反応も悪かったという感想もあった。それだけでなく、本体が異様に熱くなったりフリーズしてしまったりする人が数名いた。今後、このような場を設けるときには、参加者の参加環境についても意識しておくことが重要だということがわかった。

 このように、実際にセカンドライフ上でのゼミを行ってみると、いろいろなことを感じ、考えることができた。なかなか面白い試みだったと思う。

SeminarScreen


慶應義塾大学 SFC
総合政策学部/環境情報学部/政策・メディア研究科
井庭研究会1「理論と実践の社会研究:社会システム理論を究める」
担当:井庭 崇
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NetworkScience ニューヨーク学会旅行

5月下旬にニューヨークで行われた国際学会に参加・発表するため、井庭研メンバーとニューヨーク学会旅行に行ってきた。今回はワークショップとカンファレンスあわせて5日間の学会だった。その前後もつけると7泊8日(+機中泊1)という、結構長い旅行となった。終わってみるとあっという間だったけどね。
 今回泊まったところは、ニューヨークといってもマンハッタンではなく、コロナ地区というところ。マンハッタンから地下鉄で3、40分くらいの地域。夕方に学会が終わったら、マンハッタンに地下鉄で向かう。おいしいものを食べたり観光したりと、短くとも充実した時間をすごす。ということの繰り返し。デリバリー中華から始まり、オイスターバー、コリアン、メキシカン、イタリアンなどなど、振り返ればいろいろおいしいものを食べたなぁ、という感じ。それだけでなく、ソーホーの素敵なカフェを見つけたり、かわいいチョコレート屋さん(Marie Belle)やカラフルなキャンディーショップ(Dylan's Candy Bar)にも行きました。
 学会自体がとても刺激的で、それだけでもかなり価値があったのだけど、こういう付加価値もついて、今回の旅はかなり充実したものだったと思う。

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MPS大阪学会旅行

5月16・17日、大阪大学で行われた学会で発表するため、井庭研メンバーとともに1泊2日の大阪出張に行ってきた。
 学会発表前日は、やはりホテルで発表スライドの最終確認を行う。これがあると、やっぱり学会旅行だなぁ、という感じ。どの学会旅行でも、たいてい夜にはこうやって発表の最終調整や練習、研究に関するいろいろな話をする。途中からお酒も入って、たいてい夜更けまで話しあうことになる。新幹線やホテルなどで、意外とたくさん話せるのが、学会旅行のいいところ。ふだんの大学生活よりも密なコミュニケーションができるのだ。
 当日は、発表が最後の方だったので、最後まで気が抜けなかったが、無事発表も終わった。なかなか好評だったようだ。よかった、よかった。
 あとはせっかく大阪に来たのだからということで、たこ焼きでプチ打ち上げをして、新幹線に飛び乗りました。もう一泊できればよかったけれど、次の日が授業だったのでね。短いながらも充実した学会旅行だった。

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学会発表「書籍販売市場における上位タイトルの売上分析」

5月17日に行われた情報処理学会MPS(数理モデル化と問題解決)研究会で発表した研究の2つめは、「書籍販売市場における上位タイトルの売上分析」というものだ。

 これは、日本における書籍販売市場の実データを解析した研究だ。書籍販売市場は、売れているものは爆発的に売れているが、たいていのものはほとんど売れていないというのが現状だ。クリス・アンダーソンのロングテール論などでもこのような話は有名だが、それが実際にどのような分布になっているのかを実データで示した研究は国内外でもほとんどない。
 そのような分布を明らかにするために、僕らは日本全国の書店のPOSデータを用いて実証的に示したというわけだ。結果からいうと、販売冊数と順位の分布はほぼ「べき乗分布」に従っていた。このことは年間でみても、月間でみても当てはまる。
 分布がいつも一緒ということは、非常に興味深いこと。書籍販売市場では、毎年約7万7千点の新刊が出ており、書籍の顔ぶれは日々変わっている。しかも、ふつう同じ本を2冊以上買う人はいないので、買っている人の顔ぶれもどんどん入れ替わっている。しかし、それにもかかわらず、販売冊数と順位の分布はいつも同じ形をしているということは、実に不思議なことなのである。
 まとめると、個々の書籍、個々の購入者というレベルは絶えず入れ替わっているのに、販売冊数-順位分布という市場レベルでは、ある法則性が維持されている。これは、まさにこの法則性が、市場レベルの「創発」特性だということを示している。

 この研究では、その販売冊数-順位分布の特徴について解析したのだ。詳しくは論文を参照していただくとして、今回わかったことは、次の2点。
1)売上の上位1.5%の書籍が、市場の約半分のシェアを占めている。
2)売れるものがますます売れるという傾向がある。

どちらもなかなか興味深い。なぜこのような傾向が生じているのかについては、今後の研究で明らかにしていきたい。

MPS64-BookSales
●井庭 崇, 深見 嘉明, 吉田 真理子, 山下 耕平, 斉藤 優, 「書籍販売市場における上位タイトルの売上分析」, 情報処理学会 第64回数理モデル化と問題解決研究会, 大阪, 2007年
Paper 論文PDF


また、この市場レベルの創発特性ということについては、以下の雑誌にも書いた。オンラインで読めるので、こちらもご覧ください。

●井庭 崇, 「新しいシステム間にもとづく思考と実践」,『Mobile Society Review 未来心理』, vol.009, 2007年3月
Paper 論文PDF
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学会発表「プロジェクトを推進するためのパターンの提案」

5月17日に行われた情報処理学会MPS(数理モデル化と問題解決)研究会で、「プロジェクトを推進するためのパターンの提案」を発表した。

 この研究は、プロジェクトを遂行するためのノウハウを、「パターン・ランゲージ」として記述・体系化するというものだ。パターン・ランゲージというのは、建築家のクリストファー・アレグザンダーが提案した手法で、専門家が持つ暗黙知を言語化することで、共有・再利用できるようにしようという試みだ。この手法は、その後、ソフトウェア開発の分野で大成功をおさめている。
 これまで、井庭研でも、「ファシリテーション」のパターンや、「体験学習ゲームづくり」のパターン、マルチエージェントによる「モデリング」のパターンなどを提案してきた。今回はそれに続く、独自のパターンの提案だ。
 このプロジェクト・パターンは、現段階では提案しただけなので、今後は、これを評価・ブラッシュアップしていくことになる。

MPS64-PatternLanguage
●古市 奏文, 若松 孝次, 湯村 洋平, 井庭 崇, 「プロジェクトを推進するためのパターンの提案」, 情報処理学会 第64回数理モデル化と問題解決研究会, 大阪, 2007年
Paper 論文(PDF)
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