モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(4)
2 . 2 表現のストックをため込む/使う
日本にいながら英語力を高める第二の方法は、表現のストックをため込んでいくことである。(1)表現を学ぶための読書を行うこと、(2)適切な言葉の選び方を学ぶこと、(3)より適した表現を模索しながら書くこと、によって表現のストックを充実させていくのである。
(1)表現を学ぶための読書
英語での表現を学ぶための読書では、自分の専門に近い分野の一般書/専門書などを、片っ端から読んでいく。この目的のためには、普通の読書とは異なり、なるべく知っていることが多く書かれている本を選ぶとよい。
このとき、最初から最後まですべてを読むのではなく、自分が学びたい言い回しがありそうな章/部分だけを「つまみ食い」して読む。私自身の経験でいうと、昨年から今年にかけて、A.-L. Barabasi の『Linked』 [7] を何度も何度も読んだ。この本からは、専門的な言葉づかいを学ぶだけでなく、ワクワクするような表現も多く学ぶことができた。どの分野でも、一般啓蒙書では難しい考え方が、わかりやすくかつ魅力的に記述されていることが多いので、表現を学ぶための読書に適している。
日頃から私は本を読む時に、重要箇所に線を引きながら読んでいるが、「表現を学ぶ」ための読書においても、使いたい言い回しや真似したい表現に線を引きながら読んでいる。線を引くのは、消しゴム付き鉛筆がおすすめ。濃さに強弱がつけられるし、うまく書けなかったときには引き直すことができる。
ある程度読み進めたら、それまでに引いた線の部分だけを読み返し、そのなかで「やはり重要だ」と思う表現を、ノートに書き写す。自分なりの「表現のストック」をためていくのである。
私は、ノートには MOLESKINE(モレスキン)の横経線のハードカバーのものを使っている。「表現がストックとしてしっかり残っている」と感じることができることが大切だと考えたからだ。このノートなら、なるべくきれいな字で書こうと思えるし、書き込みが増えて行くと、なかなか気分がいい。ノートに書き込むのには、持ちやすいグリップで長時間書いても疲れにくいボールペンを使っている。
真似をしたい表現を、紙のノートに書き写すというのは、いたって身体的な経験だ。ノートに言葉を刻み込んで行くという感覚。ノートとペンにちょっとこだわるだけで、その行為が少し特別な存在になる。そうなればしめたもので、本来は修行のような作業かもしれないが、やる気を維持しながら取り組み続けることができる(表現のストックがたまったことを本当に実感できるのは、その表現を実際に使うことができた時なのだが、そのような幸せな瞬間は、すぐに訪れるわけではない)。
以前は、ストックした表現を検索できるのがいいだろうと考え、コンピュータに打ち込んでいた。しかし、この5年ほどの経験では、結局検索なんてほとんどしなかったし、ストックをためているという実感が伴わないので楽しくない。また、1日中仕事でパソコンに向かっている私の生活においては、ノートに手書きで書くという方が、身体的に異なる行為であるため、モードの切り替えがうまくできる。そんなわけで、最近はノートに手書きで表現のストックをためるようにしている。
(2)適切な言葉の選び方を学ぶ
表現を学ぶための読書に加えて、単語の選び方や言い回しに関する解説本も読んでいくとよいだろう。研究者や学生の場合には、例えば、実際の学術論文からコーパスを作成し、どのような言い回しがどのくらいの頻度で使われるのかを示してくれている『ライフサイエンス英語 類語使い分け辞典』 [8] や 『ライフサイエンス論文作成のための英文法』 [9] というような本が出ている。学術論文での言い回しや、技術英語に関する本もいろいろ出ており、それらも目的に合わせてうまく活用できるだろう。また、日本人研究者がよく間違える単語を取り上げ、正しい使い方を教えてくれる『科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現』 [10] のような本もある。
この手の本を読むといいのは、言葉の選び方の理由が書かれていることや、微妙なニュアンスの違いについて説明してくれているからだ。その手の知識は、表現を学ぶための読書からは身に付かない。だから、表現を学ぶための読書とは別に、適切な言葉の選び方を学ぶための本を読むとよいのである。
しかも、表現を学ぶための読書と、適切な言葉の選び方を学ぶ読書は、並行して行うとよい。それらの学びには相乗効果があるからだ。表現を学ぶための読書の経験があるからこそ、適切な言葉の選び方を学ぶための本で、なぜそのような表現が取り上げられているのかが理解できるようになる。「たしかに、そういう表現ってよく出てくるもんなぁ」と。逆に、適切な言葉の選び方の知識が身につければ、表現を学ぶための読書での気づきが多くなる。「ああ、本当に、そういう言葉が使われている」と気づくわけだ。だからこそ、順番にではなく、並行して読むとよいのである。
(3)より適した表現を模索しながら書く
以上は、日々行う基礎体力づくりであるが、より実践に即した磨き方もある。英語で文章を書く際には、自分が言いたいことを適切に表現する言葉や言い回しを調べ、それを使うようにするのである。
文章は、そこで使われる単語が正しいだけでなく、組み合わせる他の言葉(例えば、動詞や前置詞)も正しく選択される必要がある。そういう言い回しを調べるためには、辞書を引く、ということが必要になる。
辞書を引く時には、定義や説明だけでなく、いくつもの例文にアクセスできるのが理想的である。PC で文章を書いているときには、辞書もPC 上で引けると効率的だろう。執筆中にいつもネットにアクセスできるとは限らないし、Web のレスポンスタイムも気になるので、個人的にはPC にインストールできるタイプの電子英語辞典をおすすめしている。
私が使っている「LogoVista 電子辞典」( http://www.logovista.co.jp/ )は、複数の辞書をシームレスに検索できるのでかなり重宝しており、英文を書くときの不可欠なツールになっている。私が入れているのは、次の5つの辞書データである。どれも英文のサンプルが取り上げられているので、検索結果をみれば、だいたい適した言い回しの文章をみつけることができる。
●『リーダーズ英和辞典第2 版』(翻訳家も使う定番の辞典。)
●『新編英和活用大辞典』(品詞や関係性ごとに例文が載っている。)
●『日外ビジネス/技術実用英語大辞典 第4 版』(ビジネス・技術の例文が豊富。)
●『ジーニアス英和大辞典』(単語の語源が載っている。)
●『メリアム・ウェブスター英英辞典』(英英辞典なので、日本語訳ではわからないニュアンスの違いなどがわかる。また、多くの単語に発音の「音声」がついているのも魅力。)
これで見つからないものに関しては、Google で検索して調べている。検索のちょっとしたコツを知っていると、目的の英文に辿り着きやすい。コツというのは、ダブルクォーテーション(" ")でくくるとか、ワイルドカード(*)を使う、マイナス(-)を使うなどである。
ダブルクォーテーションを使えば、複数の単語の並び順を指定して検索することができる。たとえば、This study demonstrate と入力して検索すると、この単語の並び順以外のものも含めて検索されてしまうが、"This study demonstrate"とダブルクォーテーション付きであれば、この並び順のものだけがひっかかる。
ワイルドカードというのは、そこにどんな言葉が入ってもいい、ということを示すものだ。"This * demonstrate"として検索すれば、"This chapter demonstrate"とか、"This book demonstrate"などもひっかかる。
また、マイナスを使えば、その後に指定した言葉を抜きにするという指定ができる。たとえば、"This * demonstrate" -sectionとすれば、"section"が使われているページは排除される。特定分野のページを除くなど、同一ページにあるべきではない言葉を指定しての絞り込みができるのだ。
このようなGoogle検索を活用方法については、『Google 英文ライティング: 英語がどんどん書けるようになる本』という本も出ているので、興味がある人は読んでみるとよいかもしれない(この本では、シンプルなやり方が、いろいろな例を交えて紹介されている)。
以上のように、表現を学ぶための読書を行うこと、適切な言葉の選び方を学ぶこと、より適した表現を模索しながら書くことによって表現のストックを充実させていく。そして、機会があればどんどん使ってみる。これらは、焦らず、ひたすらやり続けることが大切だ。どれだけ英語がうまく使える人でも、日々、生きていくなかで表現のストックをため続けている。これは、英語でも日本語でも同じことなのだ。
(つづく)
[7] Albert-Laszlo Barabasi, 『Linked』, Plume, 2002
[8] 河本健 編, 『ライフサイエンス英語 類語使い分け辞典』, 羊土社, 2006
[9] 河本健 編, 『『ライフサイエンス論文作成のための英文法』, 羊土社, 2007
[10] グレン・パケット,『科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現』, 京都大学学術出版会, 2004
[11] 遠田和子, 『Google 英文ライティング: 英語がどんどん書けるようになる本』, 講談社インターナショナル, 2009
※「モバイル時代の英語力強化法 ―日本にいながらの環境構築―」(井庭 崇, 『人工知能学会誌』, Vol. 25, No. 5, 2010年9月)をベースに大幅に加筆・修正。
日本にいながら英語力を高める第二の方法は、表現のストックをため込んでいくことである。(1)表現を学ぶための読書を行うこと、(2)適切な言葉の選び方を学ぶこと、(3)より適した表現を模索しながら書くこと、によって表現のストックを充実させていくのである。
(1)表現を学ぶための読書
英語での表現を学ぶための読書では、自分の専門に近い分野の一般書/専門書などを、片っ端から読んでいく。この目的のためには、普通の読書とは異なり、なるべく知っていることが多く書かれている本を選ぶとよい。
このとき、最初から最後まですべてを読むのではなく、自分が学びたい言い回しがありそうな章/部分だけを「つまみ食い」して読む。私自身の経験でいうと、昨年から今年にかけて、A.-L. Barabasi の『Linked』 [7] を何度も何度も読んだ。この本からは、専門的な言葉づかいを学ぶだけでなく、ワクワクするような表現も多く学ぶことができた。どの分野でも、一般啓蒙書では難しい考え方が、わかりやすくかつ魅力的に記述されていることが多いので、表現を学ぶための読書に適している。
日頃から私は本を読む時に、重要箇所に線を引きながら読んでいるが、「表現を学ぶ」ための読書においても、使いたい言い回しや真似したい表現に線を引きながら読んでいる。線を引くのは、消しゴム付き鉛筆がおすすめ。濃さに強弱がつけられるし、うまく書けなかったときには引き直すことができる。
ある程度読み進めたら、それまでに引いた線の部分だけを読み返し、そのなかで「やはり重要だ」と思う表現を、ノートに書き写す。自分なりの「表現のストック」をためていくのである。
私は、ノートには MOLESKINE(モレスキン)の横経線のハードカバーのものを使っている。「表現がストックとしてしっかり残っている」と感じることができることが大切だと考えたからだ。このノートなら、なるべくきれいな字で書こうと思えるし、書き込みが増えて行くと、なかなか気分がいい。ノートに書き込むのには、持ちやすいグリップで長時間書いても疲れにくいボールペンを使っている。
真似をしたい表現を、紙のノートに書き写すというのは、いたって身体的な経験だ。ノートに言葉を刻み込んで行くという感覚。ノートとペンにちょっとこだわるだけで、その行為が少し特別な存在になる。そうなればしめたもので、本来は修行のような作業かもしれないが、やる気を維持しながら取り組み続けることができる(表現のストックがたまったことを本当に実感できるのは、その表現を実際に使うことができた時なのだが、そのような幸せな瞬間は、すぐに訪れるわけではない)。
以前は、ストックした表現を検索できるのがいいだろうと考え、コンピュータに打ち込んでいた。しかし、この5年ほどの経験では、結局検索なんてほとんどしなかったし、ストックをためているという実感が伴わないので楽しくない。また、1日中仕事でパソコンに向かっている私の生活においては、ノートに手書きで書くという方が、身体的に異なる行為であるため、モードの切り替えがうまくできる。そんなわけで、最近はノートに手書きで表現のストックをためるようにしている。
(2)適切な言葉の選び方を学ぶ
表現を学ぶための読書に加えて、単語の選び方や言い回しに関する解説本も読んでいくとよいだろう。研究者や学生の場合には、例えば、実際の学術論文からコーパスを作成し、どのような言い回しがどのくらいの頻度で使われるのかを示してくれている『ライフサイエンス英語 類語使い分け辞典』 [8] や 『ライフサイエンス論文作成のための英文法』 [9] というような本が出ている。学術論文での言い回しや、技術英語に関する本もいろいろ出ており、それらも目的に合わせてうまく活用できるだろう。また、日本人研究者がよく間違える単語を取り上げ、正しい使い方を教えてくれる『科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現』 [10] のような本もある。
この手の本を読むといいのは、言葉の選び方の理由が書かれていることや、微妙なニュアンスの違いについて説明してくれているからだ。その手の知識は、表現を学ぶための読書からは身に付かない。だから、表現を学ぶための読書とは別に、適切な言葉の選び方を学ぶための本を読むとよいのである。
しかも、表現を学ぶための読書と、適切な言葉の選び方を学ぶ読書は、並行して行うとよい。それらの学びには相乗効果があるからだ。表現を学ぶための読書の経験があるからこそ、適切な言葉の選び方を学ぶための本で、なぜそのような表現が取り上げられているのかが理解できるようになる。「たしかに、そういう表現ってよく出てくるもんなぁ」と。逆に、適切な言葉の選び方の知識が身につければ、表現を学ぶための読書での気づきが多くなる。「ああ、本当に、そういう言葉が使われている」と気づくわけだ。だからこそ、順番にではなく、並行して読むとよいのである。
(3)より適した表現を模索しながら書く
以上は、日々行う基礎体力づくりであるが、より実践に即した磨き方もある。英語で文章を書く際には、自分が言いたいことを適切に表現する言葉や言い回しを調べ、それを使うようにするのである。
文章は、そこで使われる単語が正しいだけでなく、組み合わせる他の言葉(例えば、動詞や前置詞)も正しく選択される必要がある。そういう言い回しを調べるためには、辞書を引く、ということが必要になる。
辞書を引く時には、定義や説明だけでなく、いくつもの例文にアクセスできるのが理想的である。PC で文章を書いているときには、辞書もPC 上で引けると効率的だろう。執筆中にいつもネットにアクセスできるとは限らないし、Web のレスポンスタイムも気になるので、個人的にはPC にインストールできるタイプの電子英語辞典をおすすめしている。
私が使っている「LogoVista 電子辞典」( http://www.logovista.co.jp/ )は、複数の辞書をシームレスに検索できるのでかなり重宝しており、英文を書くときの不可欠なツールになっている。私が入れているのは、次の5つの辞書データである。どれも英文のサンプルが取り上げられているので、検索結果をみれば、だいたい適した言い回しの文章をみつけることができる。
●『リーダーズ英和辞典第2 版』(翻訳家も使う定番の辞典。)
●『新編英和活用大辞典』(品詞や関係性ごとに例文が載っている。)
●『日外ビジネス/技術実用英語大辞典 第4 版』(ビジネス・技術の例文が豊富。)
●『ジーニアス英和大辞典』(単語の語源が載っている。)
●『メリアム・ウェブスター英英辞典』(英英辞典なので、日本語訳ではわからないニュアンスの違いなどがわかる。また、多くの単語に発音の「音声」がついているのも魅力。)
これで見つからないものに関しては、Google で検索して調べている。検索のちょっとしたコツを知っていると、目的の英文に辿り着きやすい。コツというのは、ダブルクォーテーション(" ")でくくるとか、ワイルドカード(*)を使う、マイナス(-)を使うなどである。
ダブルクォーテーションを使えば、複数の単語の並び順を指定して検索することができる。たとえば、This study demonstrate と入力して検索すると、この単語の並び順以外のものも含めて検索されてしまうが、"This study demonstrate"とダブルクォーテーション付きであれば、この並び順のものだけがひっかかる。
ワイルドカードというのは、そこにどんな言葉が入ってもいい、ということを示すものだ。"This * demonstrate"として検索すれば、"This chapter demonstrate"とか、"This book demonstrate"などもひっかかる。
また、マイナスを使えば、その後に指定した言葉を抜きにするという指定ができる。たとえば、"This * demonstrate" -sectionとすれば、"section"が使われているページは排除される。特定分野のページを除くなど、同一ページにあるべきではない言葉を指定しての絞り込みができるのだ。
このようなGoogle検索を活用方法については、『Google 英文ライティング: 英語がどんどん書けるようになる本』という本も出ているので、興味がある人は読んでみるとよいかもしれない(この本では、シンプルなやり方が、いろいろな例を交えて紹介されている)。
以上のように、表現を学ぶための読書を行うこと、適切な言葉の選び方を学ぶこと、より適した表現を模索しながら書くことによって表現のストックを充実させていく。そして、機会があればどんどん使ってみる。これらは、焦らず、ひたすらやり続けることが大切だ。どれだけ英語がうまく使える人でも、日々、生きていくなかで表現のストックをため続けている。これは、英語でも日本語でも同じことなのだ。
(つづく)
[7] Albert-Laszlo Barabasi, 『Linked』, Plume, 2002
[8] 河本健 編, 『ライフサイエンス英語 類語使い分け辞典』, 羊土社, 2006
[9] 河本健 編, 『『ライフサイエンス論文作成のための英文法』, 羊土社, 2007
[10] グレン・パケット,『科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現』, 京都大学学術出版会, 2004
[11] 遠田和子, 『Google 英文ライティング: 英語がどんどん書けるようになる本』, 講談社インターナショナル, 2009
※「モバイル時代の英語力強化法 ―日本にいながらの環境構築―」(井庭 崇, 『人工知能学会誌』, Vol. 25, No. 5, 2010年9月)をベースに大幅に加筆・修正。
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